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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――殺されたNo.19――
27/136

27:降伏と幸福


「――お前たちがグレフィリアを恋しく思うのなら、戻っていい。ただ、こちらの事情もわかってもらえれば助かる。一日待って戻ってくれるかな?」


 ゼラがそう言うと、フェーネはゆっくりと歩いてきた。次いでロムが、スラーが、淀みない足取りでこちら側に来る。

 真っ青になって手を震わせるアキレアだけが、その場で灰色の敷石を見たまま動かない。


 エルダーは一歩前へ出る。今にもこの場で倒れてしまいそうなアキレアの元へ行こうとして、レカに止められた。



「姉さん」



 エルダーはその手をやんわり上から叩いて「大丈夫よ」と笑ってみせる。心配そうに眉を下げるレカの隣で、フェーネが驚いたように「おやまあ」と口にした。


「エルダー、彼はあなたの弟なのですか? 比喩ではなく?」


 はっきりと聞いたフェーネを、ロムが「うわあ、さすが」と感心する。ジードがそれを呆れた目で見下ろし、スラーは眼鏡を押し上げる。

 エルダーは姉の顔でレカに優しく笑った。


「比喩ではなく、私の弟よ。可愛いでしょう――ほら、大丈夫だから、ここで待ってて」


 そう言って手を離すと、背後で「殿下のフリがお上手ですね」とフェーネがレカを褒める声が聞こえた。慌てたように照れながら答えるレカの声を聞きながらアキレアの前に立つと、なんとも言えない視線を感じた。

 慣れ親しんだ視線が、いつもよりも鋭く背中に刺さる。

 それを愛おしく思いながら、エルダーはアキレアを見上げる。



「お加減が優れないようですが……大丈夫ですか?」

「やめろ」


 切羽詰まった拒絶をするにしては、弱々しい。

 エルダーが微笑みかけると、ひきつったように息を飲み込んだ。


「アキレア様」

「やめろ」

「わがままね」


 びくりと身体を硬直させるのは、この話し方が「No.19」の話し方だからだろう。彼にとっては見た目は守らなければならないと誓った「エルダー」なのだ。


「あなたを追いつめたけど、ゼラ様に害なす者はいないか確かめたかったのよ」

「……」

「そこは理解してくれるのね。よかった」

「第五王子の治癒士は」

「私よ。正解だったわ」


 アキレアは気づいていた。

 お茶会を初めて一緒にしたときにそれを言われたときには、エルダーは心底驚いた。一緒にいたゼラも、言葉にはしないが感心していたことだろう。

 アキレアは言った。


 ――もし俺がエルダーが殿下付きの治癒士であると言えば、エルダーはあの中の誰かに殺される。


 その通りだ。

 モナルダが知れば、躊躇わずに殺しに来たことだろう。あれは王を心底愛していたらしい。

 エルダーはアキレアを褒めるようににっこりと見上げた。


「とてもカンがいいのね。本能かしら」


 アキレアの顔に、じわりと、悲しみのような怒りのような複雑な感情が滲む。


「あのとき」

「私は嘘などついていない。こう言ったの」



 ――私が、殿下付きの治癒士、なんですか?

 ――No.19が、殿下付きの治癒士が私だと言っていたのですか?



「ね。私は、違う、なんて言っていない」


 アキレアの顔が歪んだ。

 エルダーはそれでも穏やかな表情を崩さずに続ける。


「あなたがあの夜殺そうとしたのはNo.20よ。私じゃない」

「……何を言っている」

「そのままの意味だけど。殺意を抱いた相手は彼女でしょう。もし、彼女があなたを傷つける物言いで追い出そうとしなかったら? もし、彼女が素顔じゃなかったら? あなたはきっと殺そうと思わなかった。だって、揉めるのは嫌いでしょう?」


 アキレアが「信じられない」というように眉を顰める。けれどその瞳の奥には、どこか希望を包んだ光が浮かび上がってこようとしていた。

 エルダーはそれを逃さない。


「私じゃないわ。あなたが殺したかった相手は、あの夜の彼女よ」


 双眸にぬらりと光が浮かぶ。


「あなたがあの夜、私に何を頼みにきたのか知ってる」


 エルダーはその光を引っ張るように、じっと見つめた。


「もうあなたに何も聞かせない。あなたが望むように、静かにしていると誓う。噂話なんて聞かせないわ」


 その必要はもうないのだから。

 そう付け足すと、アキレアの瞳が揺れた。


「あなたは私を殺したい訳じゃない。そうでしょう?」

「……エルダー」

「なに?」


 優しく答えると、アキレアは浮かんだ光を上手に再び沈めた。


「結尾のNo.の誰かが殿下付きの治癒士であるという噂を、なぜ俺に聞かせた」

「あなたに見つけてほしかったから」


 即答したエルダーを、アキレアは奇妙なものでも見るように見下ろす。


「アキレア――あなたはゼラ様に危害を加えることはない。グレフィリアに忠誠を誓っている様子もないし、だからといってオーディルーに肩入れしている様子もなかった。ただ粛々と己の役目をこなす。誰のためでもなく、自分のために。そういう人だと思ったから、話したの。あなたが見つけてくれたときには、今までの意地悪を謝りたかった。ゼラ様の側にいてほしいと頼みたかった」


 エルダーはそっと目を伏せて、ゆっくりと頭を下げた。銀色の髪がさらさらと肩を流れる。

 

「謝るのが先だったわ――ごめんなさい」



 さあ、これで殺せるものならば殺せばいい。



 俯いたエルダーの瞳がうっすらと開く。

 濡れたような煌めきの中に狂気が棲んでいることも知らず、アキレアは浅いため息を吐いた。



「――もういい」

「……」

「いいから、頭を上げろ」

「……いいえ」

「エルダー」


 言葉の端に、ほんの少し庇護欲を感じる。

 それでも頭を下げたままでいると、アキレアが腕に触れた。


 なんて単純な。

 

「本当に、もういい」

「でも」

「あの日はおかしかったんだ。ものすごく苛ついていて」


 アキレアが言葉を濁す。


「とにかく、もういい」

「……ありがとう」


 頭を上げると、その目には光が戻ってきていた。

 自分に非はない。

 そういう光だ。

 人を許す言い訳を得た光。

 

 正しくいようとする光。



「オーディルーに降伏するのなら、一緒に行く。俺がいれば、容易いだろう」


 アキレアは続けて呟く。


「知らぬふりを続けていた罪を清算する――これでいいか。グレフィリアの第五王子殿下」


 エルダーが振り返ると、ゼラはいつもと違う笑みを浮かべて頷いた。


「ありがとう。助かるよ。オーディルーのアキレア殿下」



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