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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――殺されたNo.19――
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 エルダーがローブを渡すと、それは「ありがとうございます」献身的な女の顔で笑った。


 代わりにもらったNo.20のローブに袖を通す。

 ああ、いやだ。

 愛に操られている女のにおいがする。


 エルダーの表情に気づかない彼女は、早々とNo.19のローブを着て頭を下げた。


「本当に、ありがとうございます」

「いいのよ。愛しているのね、王太子殿下を」


「!」

「あ……」


 思わずと言ったように口に手をやって「ごめんなさい、出過ぎたことを」と気まずそうな顔で言うと、彼女は心からほっとしたように肩の力を抜いた。


「いえ……いえ、いいんです。なんだかちょっと、安心して。誰にも言えないことでしたから」

「それは不安だったわね」

「はい、でも、婚約も破棄してくださるらしくて」

「オーディルーの王女と?」


 彼女はこくんと頷いて顔を赤くする。


 そんな馬鹿な。どこまで操られれば気が済むのだろう。全てにおいて秀でているカーラよりもこれを選ぶなんて、あの抑圧された王太子は一体どういうつもりなのか――いや、これから父親を殺すのだから、中身は割と激しいのかもしれないのかもしれないが。

 エルダーは、ふとゼラの顔を思い出す。



 ――兄上がようやくその気になってくださった。



 長い時間をかけた。

 警戒心を解き、無害であるとじわじわと向こうに示してきた。苦悩を聞き、共感し、労り、あの父親の傀儡になっていた王太子に、あなたの自我があっていいのだと囁いてきた。時折鬱陶しくなったエルダーが「殺せばいいのでは」と進言したこともあったが、ゼラは面白そうに笑うばかりだった。



「……あなたのその可愛らしいお顔は、もう殿下に見せているの?」

「いいえ、それは、まだ」

 

 ふるふると首を横に振る彼女は、幸せそうに頬を緩ませる。


「落ち着いたら、結婚式で顔を見せて欲しい、と」

「まあ、素敵ね。結婚の予定が?」

「はい! ですから、今回、こうしてあなたが入れ替わってくださったことに心から感謝します。第五王子の企みを暴き、あのお方を安心させてさしあげたいのです。その暁には、あなたも自由になれますから」


 互いにメリットしかないのだと力説する彼女の手を、エルダーはそっと両手で包む。


「あなたに幸運を。マリー」


 あと数十分しかない彼女の幸福を祈ると、彼女はエルダーを見上げた。

 なるほど、地味な顔をしているが、庇護欲をそそるタイプらしい。そして、その顔をすると相手が落ちることをよく知っているのだろう。少しだけ悲しげにして見せた。


「あの……やっぱり、あなたの素顔を知りたいです」

「マリー」

「ごめんなさい、何度も。でも」

「私の素顔は誰も知らないわ。入れ替わっても大丈夫よ」

「No.19」

「ローブを渡すことであなたへ誠意を示したつもりだけど、駄目だったかしら」

「! いえ!」


 ぱっと彼女が引く。馬鹿ではないらしい。


「お、お部屋を、しばらく交換していただきたいのですが」

「もちろんよ」


 エルダーの笑みに、彼女は一歩後ろに引いた。フードをかぶる。


「では、これで失礼します」

「ええ。()()()()()()()()()()()はずだけど、一応気をつけてね」

 

 手を振るエルダーに、彼女はまるで急くように部屋を出ていった。



 そのまま立って待つ。

 十分くらいした頃だろうか、扉がが音もなくすっと開いた。


 入ってきた少年に向かって、エルダーは深い礼をする。背中の刺繍が見えたのだろう。ゼラは夜色の長い前髪を掻き上げて、おかしそうに笑った。


「どうした? 趣味の悪いローブを着ているな」

「ふふ。どうです?」

「早く脱いでしまえ」


 軽口をたたき合い、エルダーはローブを脱いで壁に掛ける。


「で、何事だ」

「入れ替わって欲しいそうで。熱意に負けてローブを貸して差し上げました。部屋を出た者が私でないとおわかりに?」

「当然だ。足音も歩き方も違う」

「まあ」

「それで?」

「彼女、王太子と結婚するそうですよ」


 エルダーの言葉に、ゼラの眉が訝しげに跳ね上がる。


「本気か」

「本気で言っていました。可愛らしいほどに」

「それで、()()()()私の治癒士のことを聞き、それと入れ替わって私を殺そうとしている、と? あれの為に?」

「そのようですね」

「驚いたな」


 ゼラが苦笑する。


「私の動向を気にして結尾の誰かと繋がっている、とはカーラから聞いてはいたが、女だったのか。それはそれは、()()が怒るはずだ」

「教えてくださった情報はNo.18のことだけ……彼女らしいですね」

「ふ。本当にな」


 カーラはエルダーには王の愛人を教え、マリーには味方のふりをしてエルダーを売った。無駄のない、自分の手を一切汚さない方法は見事と言えた。完全にはこちらを信頼していない、ということらしい。

 それでいい。

 王が死ぬ。

 それだけは確実だ。


「他には?」

「ああ……彼女、私に素顔を晒しましたよ」

「馬鹿なのか?」

「そのようで」


 エルダーがくすくす笑うと、ゼラがほんの少し眉を顰めた。


「見せたのか?」

「いいえ。しつこかったですが、丁重にお断りさせてもらいました」

「……ふうん」


 ゼラが考え込む美しい顔を見つめながら、エルダーはさてどうしようかと考える。

 一番に「対処」しなければならないのは、自分のふりをしているNo.20、マリーだろう。No.18のことは、また明日考えよう。


「ふふ」

「楽しそうだな?」


 エルダーが答えるつもりがないのは見透かされているらしい。ゼラはそっと頬を撫でてきた。額に唇が寄せられる。目を伏せて、幸せに身を委ねる。


 ああ、この人のためならなんでもできる。




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