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ようやく会えた。
それだけで気分は高揚していた。
エルダーは道中気分よく過ごしていたし、何故かそれを恐れていたNo.18に、馬車を降りる時に思わず「大好きな人と離れて残念ね」と言ってしまうほど、最高に機嫌が良かった。
戦地でそれとなく言うつもりだったのだが、いかんせん二週間ぶりに休息の洋館に帰って来れられたことが嬉しくてたまらなかったせいで、口が滑ってしまったのだ。
その情報を得たのは出立の直前、No.2――カーラからの接触で、No.18が王の愛人であることを知った。愛する人と離れるのは辛いわね、と共感を示したつもりだったし、ほのめかすことで彼女を刺激して、排除する動きに入るつもりでもあった。
ゼラを排そうとする怪物から愛されている治癒士が、いつ何時ゼラを殺そうとするかわからない。
そんな者がいるのなら、先に殺しておかなければ。
エルダーは誰にも言わずに動くつもりだった。
そもそも、ゼラから何かを指示されたことはない。
全てエルダーの好きにさせてくれる。
あの夜もそうだった。
突然尋ねてきたNo.20の部屋まで歩いている最中、廊下に慣れ親しんだ気配を感じた。
ゼラだ。
エルダーは背後に向かって、指先をちらちらと振り、大丈夫であることを知らせる。先ほど、ジードと同室のゼラの部屋に行ってワインを受け取ったときにNo.18が王の愛人である話は終えていた。
状況が動いたら考える、とゼラは言ったが、エルダーに何もするなとは言わなかった。戦地の治癒士と交代するまで約五日ほどとは聞いたので、No.18の始末はその間にしよう、と心に決めながら廊下を歩く。
No.20の部屋に着いて早々、清涼感のある香りが部屋に広がった。素顔になった彼女が、フードを取る。
「――マリーです。No.19、あなたに話したいことがあります」
「まあ……」
エルダーは間延びした答え方で驚いて見せた。
何をしてるんだ、彼女は。
少なくとも正気ではない。正気ではできないことを、この部屋でしようとしているのだ。
エルダーは穏やかな口調で尋ねる。
「私を、信頼してくださっているということですか?」
「ええ! もちろんです。ですから、あなたにも素顔になって欲しくて――それから話を」
「無理よ」
「理由が、理由があるんです!」
「私には素顔になる理由はない。そういうことなら、失礼させてもらいます」
エルダーが踵を返すと、彼女は強引に腕を掴んで引き留めてきた。意外にも強いその力に、得も言われぬ必死さを感じる。簡単に言えば、嫌な予感がした。
エルダーは取りあえず「素顔になれないそれらしい理由」を口にしてみたが、彼女は引かない。
それでも無視して部屋を出ようとすると、彼女は言ったのだ。
「あなた、第五王子の治癒士なんでしょう?!」
断定的な言い方に、エルダーは一瞬考える。
ゼラの治癒士が誰かを知っているのは限られている。多くの者に、ゼラに治癒士をつけないことで存在を納得させているところがあるからだ。
知っているのは王と王太子――その治癒士くらいなものだろう。
エルダーはそっと振り返った。
「……第五王子の治癒士に、話があるということかしら」
彼女はじっとりとこちらを見てくる。口元がほんの少し歪んだ。
「No.19、あなたがそうであることは、誰にも知られたくはないのでは……?」
「あらまあ、脅されているのね、私」
「話を聞いてください」
エルダーが黙ると、彼女は縋るように話してきた。
「第五王子である管理者が何か企んでいるのではないかと、心配さなっている方がいらっしゃいます。No.19、何か知っていませんか」
「……何かって、何かしら。私はあなたが知りたがっているようなことは知らないわ」
その瞬間瞬間に決断を下す人だ。前もった計画などないのに、知りようがない。ただ、愛国心がないことは知っているが。
ずいぶん素直らしい彼女が、ほっと息を吐く。
「そう、そうですよね……第五王子の治癒士だなんて、あなたも大変でしょう? 名誉も何もない上に、隠されているんですもの。王位継承権もない人に仕えるだなんて、鎖で繋がれているのも同じだわ」
なるほど。
第一王子の手先らしい。
にこにこと共感しようとする彼女の首をひねり潰したくなるが心像を使わぬように表情を和らげて息を吐く。
何を勘違いしたのか、彼女はぱあっと顔を輝かせた。
「ああ、やっぱり! あなたがいつも不機嫌であった理由はそこだったんですね? あの管理者の治癒士を無理矢理させられてるなんて、さぞ辛かったでしょう」
「マリー」
親愛を込めたように装って呼ぶと、彼女は「はい」と安堵の笑みを浮かべた。
「私にお願いしたいことはなあに?」
優しく聞いてやると、彼女はほっとしたように何度も頷いた。
「はい……私と、入れ替わっていただきたいのです」
「入れ替わる?」
「何を企んでいるのか直接探りたくて。危険な思想の持ち主であれば、対処しなければ」
対処。
相談や報告ではなく、対処。
つまりその裁量を王太子から授けられている、ということらしい。それほどに近い位置にいる。この最後尾の女が。カーラからは何も聞いていないということは、エルダーがゼラの治癒士であることを教えたのはカーラだろう。
こうなることをわかって教えたはずだ。
エルダーがなにを選択するかわかっていて――
エルダーは失言したことに気づいていない彼女に向かって、微笑んだ。
――ああ、これも殺さなければならないらしい。




