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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――殺されたNo.19――
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 どれくらい()()を続けただろう。

 時計を見ると、たった三十分しか経っていなかった。


 フェーネの下でひゅうひゅうとかろうじて息をしている見知らぬ女は、顔を真っ青にして目を血走らせている。

 額からは脂汗がにじみ、極度の集中から目を見開いたまま睫をクッと持ち上げたまま固まっていた。

 ふるふると震える睫、どこを見ているのかわからない目。彼女は三十分間集中し続けている。折れた骨を治し続けている。


「痛覚を遮断した方が楽になれますよ?」

「!」


 はくはくと口が動く。


「? 何が言いたいのです?」

「も、ころ、し、て」

「……つまらないことを」


 フェーネは悲しげに眉を下げて彼女の首から手を離した。


「興が削がれました」


 乾いた咳を繰り返す彼女は、ベッドの上で丸まった。

 フェーネはそれを足でごろりと転がし、自分のローブを手に取る。彼女の視線がそれを追いかけてきた。目を見開く。


「私を殺しますか? 偽物さん」


 彼女はびくりと身体を揺らした。


「無理はしてはいけませんよ。三十分も連続で心像(イメージ)を内側に使い続けたんですから、それ以上使うと脳が焼ける。もう既に頭痛と吐き気で起きあがれないでしょう?」

 

 フェーネは汗にまみれた額に張り付いた髪を摘む。

 大げさに反応する怯えたそれに、慰めるように笑みを浮かべた。


「後で、ちゃんと殺してあげますからね」


 撫でてやると、どうしてか震え出す。


「集中したいので、部屋に戻ります――じゃあ、さようなら」


 

 



 すべて、告白したとおりだ。

 嘘は吐いていない。

 フェーネは部屋に戻り、それから一番苦しむであろう時間を待って、治癒ができないようにあちこちを切り離してあげた。

 まさか、その前に他の誰かが手を出していたなどとは知らぬまま、そのまま気怠い眠気に目を閉じた。

 

 あれは誰だったのだろう。

 治癒士の誰が、No.19になりすましたかったのだろう。仲間に嫌われ、そして王子に愛されているエルダーのローブを、誰が着たかったのだろう、と。

 



 翌朝、呼び出しに応じて談話室に入ってすぐ、それは判明した。

 あの女はNo.20だったらしい。

 フェーネは既に揃っている二人のNo.の刺繍をそっと見る。No.17と、No.18。この二人は無関係だろうに、この威圧感の中でじっと座っているが可哀想に思えた。


 護衛を左右二人ずつ従えて、王子は赤い椅子に気配を消して座っている。

 気配を消してこれなのだ。

 小柄であるとわかるその上に、黒いローブ。顔は見えないが、彼が冷静で、そして冷酷であることは知っている。


 ああ、自分もここまでか。


 フェーネは挨拶を手短に済ませ、椅子に座る。


 No.20。あの聖女を、ベッドの上で殺した。


 エルダーと女の間に何があったのかは見当も付かないが、敵討ちだったもしても殺したことは償わなければならないだろう。治癒士として、してはならないことをした。あの王子は、手中の駒に容赦をしないという慈悲深さを持っている人だ。

どんなお叱りが飛んでくることか、と重い沈黙の中で考えていると、談話室の扉が開いた。


「No.19が死んだ」


 王子がそう厳かな声でそう言う。

 フェーネは動かぬように、ただじっと床を見つめていた。

 ふと、黒い床に、白い蝶がふわりと過ぎった。

 フェーネは目を見開く。蝶ではない――白いローブだ。

 自然と視線がそれを追いかけ、背中に向かう。

 No.20。

 その刺繍が目に焼き付く。

 No.20のローブ。

 No.20の。


 それは王子の前に膝を付くような深い礼をした。


「殿下。遅れましたこと、お詫びいたします」


 瞬間、フェーネは理解した。


 入れ替わったのだ。

 エルダーは生きていた。



 エルダーが一番に「私が殺した」と手を挙げたのも、自らの素顔を晒す意図があったのだろう。フェーネに無事であることと、余計なことは言わずに話を合わせることを伝えたのだ。


 No.18も「殺した」と言いだし、No.17までもが「殺した」と言い出す。最後にフェーネが手を挙げれば、「誰が一番にNo.19を殺したのかわからない」という状況に落ち着いた。



 妙だ。

 フェーネは全員の話を反芻しながら、自室に引きこもっていた。

 

 モナルダと名乗った少女の言動はどう考えてもおかしかった。エルダーへの恨み辛みを吐き出していたが、やったことは小さく、そして素顔を見たとも言わなければ、どこで心像(イメージ)を使ったのかも決して言わなかった。

 そのことを、あの聡い王子が気づかないわけがない。あの隙のない護衛たちが、聞き逃すこともない。


 そのまま過ごされよ、と言いつけてきたのなら、あの女が死んだことなど本当にどうでもいいのだろう。それによって起こる何かを、彼らは待っている。


 フェーネは窓の外をじっと見つめた。

 白い蝶が三匹、灰色の庭に迷い込んでいる。




 幼い幼いとは思っていたが、No.18の幼さは想像をフェーネの超えていた。

 庭に面した廊下から外の様子をうかがっていれば、まるで子供が癇癪を起こしているようにしか見えなかった。介入してみれば、驚くほど簡単に転がる。挑発にも乗るし、更に煽れば心像(イメージ)まで使ってきた。

 肩の傷を繰り返し治癒しながら、フェーネはあることに気がついた。


 それは、談話室にロムとジードがモナルダを連れてきて言った言葉で確信となる。



 ――ベッドに倒れたNo.19の上に乗り、ベッドサイドのデスクの上にあったナイフで心臓を刺したそうです――



 ジードはそう王子に報告した。



 殺していなかった。

 治癒士は誰一人として、No.20を殺していなかったのだ。


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