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「――No.20、君が?」
「はい、殿下」
「何故?」
静かに聞かれ、彼女は座ったままゆっくりと頷いた。
白いローブが揺れる。
「……昨夜、消灯後にNo.19が私の部屋に尋ねてきました。話がしたいと。確かに、様子が変だとは思っていたのです。中央を出てからここまで、彼女はずっと塞ぎ込んでいる様子でしたから。何度か話をしようかと接触を試みていたのですが、そのときは放っておいてほしいと言われていたものですから、ようやく話してくれる気になったのかと部屋へ招き入れました」
穏やかな声が静かに談話室に染み込んでいく。
誰も聞いていないようでいて、それぞれが集中して聞いているのを隠すような奇妙な空気が、扇状に広がる椅子の真ん中に淀んでいくようだった。
「しかし、彼女は部屋に入ると突然素顔を見せ、私にも晒すように強要してきました。我々がこうして初代様の姿をしている理由を知らぬはずはないと言うのに」
素顔を晒す。
その言葉は、治癒士にとって禁句でしかない。
残りの三人が息を飲む気配を感じながら、彼女はもう一度ゆっくりと頷いた。
「もちろん彼女を説得しました。私たち治癒士はその力を以て、顔、身体、声、全てを初代様に変えてローブを着ることが掟であり、お互いに名前も素顔も決して明かさないことで国と自らの身の安全を守っているのだ、と。素顔を見せることはできないと断ると、彼女は誰も知らないはずの話で私を脅してきたのです」
そこで一度言葉を切ると、吐息が震える。
「――私が殺しました。No.19を」
膝の上でぎゅっと両手を握りしめる。
護衛が動く音がした。
が、すぐに止まる。
彼女が顔を上げると、一歩前に出たジードを、まだ華奢な手が抑えていた。
黒いローブの袖が垂れる。
顔は一切見えないが、何故か微笑んでいるのがわかった。
「なるほど、No.20。君が殺した、と」
「はい」
「理由は、君の秘密を暴いて脅したから」
「はい」
「ふうん。君はオーディルー側の人間だったりするのかな? それが秘密?」
「……いえ、いいえ、違います!」
ハッキリと否定する。
しかし、何故か赤い椅子に座る第五王子である管理者は至極楽しそうだった。
「てっきり、向こうの息のかかった者がNo.19を手に掛けたのかと思ってね。君も秘密を知られたと言うし。でも違ったか。それは残念」
「……恐れながら殿下、向こうの息のかかった者などここにはおりません」
「ああ、そう?」
「はい。私たち治癒士の忠誠はグレフィリアに。そして、そもそも向こう――オーディルーは争いなど望んでおらず、奇襲をかけることは絶対にないと言い切れます。私はあちらと繋がってはおりませんし、ここにいる仲間の彼らもまた、そうではありません」
「では、ただ単に君の私怨で殺した、と」
「そうです」
「どうやって?」
なんて無邪気なのだろう。
じっと椅子に座ったままで話していることが罪のように思える。
今すぐに目の前に言って、膝を折って、頭を垂れて、そうして許しを乞いたい衝動に駆られる。彼女はそれを押し殺し、手のひらをきつく握った。
「彼女を部屋から無理矢理追い出した後、私は混乱していました。寝付けないほどに、ずっと苛立っていて――彼女の喉を押し潰すところを夢想しました。ハッキリと、鮮明に、彼女の部屋に入り、彼女の上に乗り、喉をつぶし、二度と口が利けないよう、ベッドのそばのデスクに置いてあったペーパーナイフを頬に突き立てるところを考えながら眠りに落ちていました。心像を、使ったのだと思います」
「兵を治癒するときのように?」
微笑む声が、ゆっくりと追いつめるようにまとわりつく。
「人を癒し、自分の本来の姿も変えられるその恐ろしい能力を使って、No.19を殺したと、そう言いたいのかな?」
まるで哀れむように。
そして幼い子を抱きしめるように。
そのローブの意味を忘れたのかと断罪するように、けれど軽やかな口振りで、少年が場を包む。
ローブを脱いではならない。
目に誰かの顔を映した瞬間から、治癒士は心像を自在に使うことができる。身体ならばどこにでも作用できる希有な能力は、癒すという言葉からはかけ離れた危険なものでもあるので、深いフードをかぶり、決して誰の顔も見ず、誰にも危害は加えないことを白いローブを着て身をもって示す。
王族が同じように深いフードを被るのも、同じ理由からだ。
治癒士に殺されぬように。
そして、治癒士たちもお互いの素顔も名前も知らないのは、殺し合わぬように。
「はい。私が、No.19を」
白く細い手が、フードにそっと置かれる。
そうして、躊躇うことなく、まるで雨を払うように彼女はフードを取り払った。
顎の辺りで揺れる短い髪に、少女のようでいて少年のような中性的な顔立ち。
まるで量産された人形のように美しい隙のない顔を晒して、彼女は立ち上がる。
一歩歩くと、その左目の下からズッと模様が浮き上がってきた。
突然彼女から強く香り始めた花の香りに気づいたように、座っている三人が驚愕に身を引く。
左目の下に小さな花が群生したような模様が定着したと同時に、彼女の短かった髪が一気に豊かに広がった。腰の位置まである銀髪がゆらゆらと揺れ、今までは中性的だった顔は柔和で穏やかな顔へと変わっていた。
そうして、赤い椅子の前で胸に手を当てて膝をつき、頭を垂れる。
「殿下、エルダーと申します。この身を以て償いを」
素顔を晒し、名前を告げる。
死ぬ準備はできた、と幼い王子に伝えるエルダーは、護衛を目に入れぬように目を伏せた。長い銀髪が床でたゆむ。
その時を待っていると、ガタリと大きな音が背後から響いた。
「お待ちください」
その声は、治癒士の声のそれだった。
「違います――No.19を殺したのは、わたくしです!」