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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――殺されたNo.19――
19/136

19:No.16の独白



 握っている腕は屈強で、何のために鍛えているのだろう、と混沌とした状況の中で頭が妙に冷静になっていくのを感じる。


 フェーネは、ふりほどこうとしないアキレアの腕を掴んだまま、こちらを見るエルダーに微笑んだ。




「……お前、何を知っているんだ」


 アキレアが掠れた声で呟いた。

 フェーネを見る目は猜疑心で溢れている。それに向けてただ穏やかに見つめ返すと、アキレアは何故かぎくりと身を強ばらせた。


「フェーネ」


 エルダーから呼ばれると、呼ばれていない者の視線もエルダーへ向かう。

 よくわかる。

 彼女は存在感がある。

 無垢でやわらかな表情。瞳に満月を宿したように瞬く目。銀色の長い髪。引力のように吸い寄せられたあとは、内側まで深く響く声が根を張る。


「フェーネ。放してあげて。大丈夫。アキレア様は私を殺しはしないわ」

「そうですか? かなり我慢している様子ですが」

「――もう誰も殺さない」


 エルダーがまっすぐにアキレアを刺す。


「そう言ったわ。俺はこれ以上殺さない、と。ですよね? 私はアキレア様を信じます」

「!」


 アキレアが口を噤んだ。フェーネは「やれやれ」と呆れたように息を吐くと、掴んでいた腕を放す。

 

「彼女を殺さないでくださいよ。殿下の怒りに触れたくはないので」


 ゼラに聞こえたのか、薄く笑うとエルダーを伴って歩き始めた。

 あの背中について行かない選択肢は誰にもなく、ただ引き連れられるように白と黒が列をなす。

 

「……本当に、エルダーが?」


 乾いたようにこぼすアキレアを、フェーネは気の毒そうに見た。あれの見た目に完全に騙されていたのだ。


「ええ。彼女が本当のNo.19です」

「どうして」

「込み入った事情がありまして」


 フェーネはその後ろ姿をじっと眺める。

 こちらの話は聞こえていて、彼女は面白がっている。そう思えた。

 後ろを歩くロムがこそっとフェーネを呼ぶ。


「あのさ、聞いていい?」

「どうぞ」

「君、殿下とレカくんが入れ替わっているのは知ってたの?」

「いいえ」


 フェーネは首を横に振る。


「知りません。ただ殿下の言葉を全て信じ、与えられた役割をこなす。そう言う立場です」

「何も聞かされてない、と?」


 スラーも声を潜めて尋ねてきた。

 思わず笑みが込み上げる。


「聞く必要がありますか?」


 彼らは思いの外、あの少年に騙されていたことが堪えているらしい。自分から聞けないのは、忠誠を疑われることが恐ろしいからだろう。フェーネはレカという存在を聞かされていなかったが、驚きはしたもののショックを受けることはなかった。


 枯れ果てそうな自分の全てを託せるのは、第五王子であるその人だけだ。

 レカでもゼラでもどちらでもいい。

 ()()()、この人だと思った。それだけで十分だった。



「知っているのは二つだけですよ。No.19がエルダーであること。そして彼女が殿下の大切な治癒士であるということ。私はただ、彼女を守るためにある。それが殿下の願いならば、それを全うするだけです」


 フェーネが言えば、三人は再び黙ってしまった。

 歩く。

 灰色の庭へ。

 外までが恐ろしく遠く感じる。この葬列が永遠に続く錯覚に陥るほどに。

 彼らは疑っているだろうか。本当は全てを知っていただろう、と。

 フェーネは一人、足元を見て笑んだ。


 知らない。


 あの夜のことは、何も知らされていなかった。




     ○




 休息の洋館にやって来る最中の、何とも言えない緊張感の中、No.20がちょろちょろと動き回っていたことにフェーネは気づいていた。


 No.は上であればあるほど力も権力もある。

 一番最後のNo.20はいつも粛々と心像(イメージ)を使い、それでいて、交流もない結尾の五人の中では唯一よく気を配っていた印象だった。

 淑やかな聖女のように物腰が柔らかく、忠義に厚い。

 その彼女が、何度も何度もエルダーの馬車に近づく。イヤな予感のようなものがフェーネに過ぎり、そしてそれは到着して一日目の夜に現実となる。




「何度も接触してきていたようですが、何かありました?」


 No.19の部屋を訪ね、くすねてきたワインを飲んでいたエルダーに聞くと、彼女は素顔のままグラスを傾けて笑った。


「……さあ。No.18がとても怯えていたわね。見ていられなくなったんじゃないかしら」

「あなたが怯えさせたんでしょう」

「いやだわ、フェーネ。怯えなければならない理由を彼女自身が作ったのよ」

「またそんなことを」

「飲みたい?」


 エルダーがフェーネの唇にグラスをそっと当てる。フェーネが目を伏せると、それは優しく傾けられた。


「――どこから盗んできたんです?」

「大丈夫なところから」

「ああ」


 殿下から。

 フェーネは納得する。

 ここへきたご褒美のようなものらしい。


「一緒に飲めないのは残念ですね」

「そうでもないのよ?」


 エルダーは笑う。

 その横顔は美しい。


「私、時々あなたが怖いわ。よくわからない。あの人が信頼すると言うから、その言葉を信じているけど、あなたを信じるかは別よ。あなたは何をしでかすかわからない。聖職者みたいな顔の下に、なにがあるのかしら」

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」

「似た者同士ね?」

「ええ」


 フェーネはエルダーの髪を一束手に取る。そこに口づけを落としたとき、部屋の扉がノックされた。

 あまりにも静かに。

 誰にも知られたくないようなその音に、フェーネはエルダーと顔を見合わせる。


 あれが始まりだったのだ。


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