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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――殺されたNo.19――
18/136

18



 ゼラの視線が、天井の血飛沫から壁へ、そうして床に倒れるモナルダに定まった。

 ローブの背のNo.2の刺繍を見て、浅いため息を吐く。


「死体がまた増えてしまったか。この新入りは幼すぎたな」

「……新入り?」


 破れた沈黙の中、アキレアが思わずと言ったようにこぼした。


 ゼラの紺碧の双眸が、ゆっくりとアキレアを捕らえる。

 羨ましい。

 エルダーはゼラの横顔をそっと盗み見た。

 なんて羨ましいのだろう。

 あれで見つめられると動けなくなってしまう。

 自らを律する怜悧な目。底光りする静謐さ。人の上に立つ空気がにじみ出ているそれは、悲壮感を感じるほど美しい。無風の湖面に映る夜空のように、そこには孤独が横たわっている。

 

 エルダーは、じっとゼラを見て言葉を待つアキレアに同情した。もう逃げられない。

 だからこの人は恐ろしいのだ。


「そうだよ、アキレア。彼女は新入りだった。半年前に中央からここへ来るときに入れ替わってもらったが、気づかなかったかな?」

「治癒士は二十人だけでは」

「……ふ。お前は本当に妙な男だね」


 アキレアを慈しむように見たゼラが、柔らかに笑う。


「予備がいる。前のNo.18はもう心像(イメージ)を使える状態になかったので、替えることになった」

「予備」

「お前たちは、()()()治癒士だから知らないだけだよ」


 生まれが正しくない王子。

 その言葉の意味は誰も知らないが、誰もが第五王子をそう影で呼ぶ。

 ゼラが放った威力は十分だったようで、アキレアは口を閉じた。

 ずっとアキレアの腕を取っていたフェーネが、ようやく手を離す。そうして、エルダーの隣に立つレカを見た。


「殿下。彼もそうなのですか?」

「いいや、レカは違う――ああ、レカのことも話しておかなくてはね。場所を変えよう。外にでも行こうか」



 モナルダの死体が転がる談話室を出て、灰色の庭へ。

 エルダーが途中で抜けると、代わるようにレカがゼラの傍らに寄り添うように歩く。

 葬列を引き連れるようにして先頭を歩くゼラは、物語を読み聞かせるように軽やかに語った。


「――昔、まだ小さい頃にレカと出会ったときに、彼が治癒士の才能を持っていることに気づき、思いついてしまった。このまま誰にも知られずに育てることは可能だろうか、と。幸運なことに、私を気にかける者はいない。無力な子供が同情心から遊び相手をねだった――周りはそんな認識だったろう。よもや治癒士の卵とは知らずに」


 ゼラはくすくすと笑う。


「レカはとても努力家で勤勉なんだよ。ジードから治癒士のことを学び、剣も扱えるようになり、世話役も――私のフリも、器用にこなしてくれた。私の側を片時も離れず、誰かに自分の名前を明かすこともなく。ロムとスラーが私の護衛に就いたときには、既に何度も城で入れ替わっていた。気づかなくとも当然だ」


 ゼラが足を止めて振り返ると、ロムとスラーは息を詰めたように背を伸ばした。その様子を見てふっと笑う。


「お前たちを信じていなかったわけではない。驚かせてしまって悪かった」

「僕も。ごめんね」


 レカが一緒に言えば、二人は戸惑ったようにゼラとレカを何度も見比べた。並ぶと同じ体格、同じ髪型。けれど、顔つきがまるで違う。レカは少年らしいあどけなさが残っているが、ゼラはそうではない。王族の風格。その一言に尽きた。

 ロムがゆっくりと表情を微笑みに変え、美しい礼をする。


「殿下、あなたに忠誠を」

「ありがとう、ロム。今までのように名前で呼んでくれても良いよ」

「それは、遠慮させてもらいたいなあ、じゃなかった。遠慮させていただきます」

「ふ」


 ロムの隣で、スラーも頭を下げる。


「変わらず忠誠を捧げます」

「ありがとう、スラー。言葉を崩しても構わないよ」

「……いえ」

「口が悪かったなんて、城にいた頃は知らなかったな」


 ゼラが悪戯っぽく笑うと、スラーはすっと視線を外し、レカは驚いたように目を丸くした。


「そうなんですか……ここでは殆どをゼラ様の代わりとして過ごしていたので、気づきませんでした。これからはロムさんやスラーさんとたくさんお話しできるといいなあ」


 ロムが「あれ」と声を上げる。


「ええと、レカくん、は、ずっとここで黒いローブを?」

「はい。重要なとき以外は」

「じゃあ、いつもお茶を一緒に飲んでいたのは」

「私だね」


 その言葉に、ロムとスラーは同じ表情で凍り付いた。

 

「お前たちをよく知れて、楽しいお茶会だった」


 護衛であったときの穏やかな笑みを二人に向けたゼラは、何かに気づいたようにその目を慈しむように細めた。



「ゼラ様。お待たせいたしました」



 エルダーが走ってくる。

 白いローブを身にまとい、ロムとスラーを追い越し、フェーネとアキレアの隣を駆けていく。その背中の刺繍を見たアキレアが目を見開いた。フェーネがすぐにアキレアの腕を掴む。


「……駄目ですよ、彼女を殺してはいけない」


 フェーネの顔を見たのは、アキレアだけではない。

 ロムもスラーも、フェーネを見て、それからエルダーの背中の数字を見る。



 No.19。

 


「おい、なんだあれは」

 

 スラーがフェーネを睨み、ロムは茫然とゼラに向かって行くエルダーを目で追っていた。アキレアの腕が、ひくりと震える。

 

「あれですか?」


 フェーネが答える。


「あれが、本物のNo.19――殿下の治癒士であるエルダーですよ」


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