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「ゼラ様」
王族の黒いローブを脱ぎ、黒い護衛の服を身に纏っていた「治癒士」が声をかけると、ゼラは「ああ」と顔を上げた。
エルダーが殊更丁寧にした治癒で、頬は綺麗な状態になっている。残っている血を、エルダーがローブの袖で優しく拭う。
「そろそろ戻っていいですか」
「いいよ。ご苦労」
ゼラの言葉を聞いた瞬間、辺りよ血のにおいが消し飛ぶような芳香が談話室に広がった。
短い髪は胸の辺りまでの銀髪に変わり、長い前髪が目元を隠している。
ゼラと酷似した背格好と髪型に、近くにいるスラーは「は?」と小さな声で戸惑いを口にした。
ゼラがくすくすと笑う。黒いローブを受け取ると、慣れたように袖を通した。フードは被らないまま、全員の顔を見渡す。
「戸惑わせてしまってすまないね。こちらはレカ。レカ、挨拶を」
「レカです」
「もう少しましな挨拶はしないのかな?」
「僕から言えることはありませんから。ゼラ様が説明すべきでは?」
「一理ある」
「あら、お待ちくださいませ」
そこに、白い手が上がる。
No.2が、ストップをかけた。
「その件は内輪の皆様でなさってくださいな。私には時間がありませんの。これ、もらいますわね」
指をさしたのは、モナルダだったものだ。
No.2は、近くに寄ると自分の薬指から指輪を抜き、モナルダの干からびた指に通した。次いで、ローブを脱ぐ。現れた見慣れた「初代様」の姿の彼女は、ふんふんと鼻歌を歌いながら、死体に自分のローブを着せていく。
「さあ、仕上げをしましょう」
No.2がそっと手を翳すと、モナルダに着せられたローブの内側からじわじわと血がにじみはじめた。その身体を傷つけているのだ。ローブが血で染まると、今度はモナルダの身体が朽ちていく。年を取り、ミイラになっていくように、細胞が死に、あっという間にそれは見る影もなくなった。あまりにも軽々しく、息をするように簡単にやってのける姿は神々しくすらある。
「こんなものかしら。じゃあ、エルダー、脱いでちょうだい」
「どうぞ」
エルダーは血に染まったローブを脱ぎ、渡す。
それを広げて背中の刺繍を見たNo.2はどこかいびつな表情で笑った。
「うふ。ゼロが増えちゃったわ。結尾のNo.だなんて、若返った気分ねえ」
「これも」
エルダーがポケットから取り出したものを、彼女へ渡す。受け取った手には、ころりと指輪が転がった。
「あらあら――芸がないのね、あの人も。指輪を贈るのが好きなのかしら。わたくしのより若いデザインね」
憐れむような笑みは、彼女のかぶったフードに隠される。そうして、まるでどこかの令嬢のように美しい礼をゼラに向ける。
「それでは、殿下」
「ああ。後は頼む」
「お任せくださいませ――けれど一つ尋ねたいことがございます」
「何だ」
「わたくし以外に、殿下と手を組んでいる者が城にいるのなら、教えていただきたいわ。是非その方と協力関係を結びたく思います」
頭を下げているはずだ。それでも、彼女から滲む威圧感はなんだろう。エルダーはゼラの前に出ようとした。が、優しく手を繋がれて止められる。ついでに、反対の手もレカに繋がれて止められた。
「いないよ」
ゼラは穏やかな声で言う。
「君のことを知っているのは私だけだ。存分に兄上に愛されてくるといい」
「……ふ、ふふふ。まあ、なんてひどい」
頭を下げたまま笑う彼女が、ゆっくりと背を正す。
「……あの方は、殿下に帰還命令を出していらっしゃいます。わたくしが伝令役で参りました」
ゼラがくすっと笑う。
「表向きはな。で、本音は?」
「全員殺してこい、と」
「ほう、あの繊細な兄上が。今まで爪を隠しておられたか」
「元々気性の激しい方ですのよ。それを立場が許さなかっただけで……散々愚かな父親に利用されてきた。今ようやく自由になれたのだわ」
「それはそれは。喜ばしいことだ。しかし、父上と同じ道を歩まれてはかなわないね」
「ええ。ですから、わたくしはあなたに与したのです」
彼女の口元がにっこりと笑う。
「では――No.2は命令を果たせず、返り討ちにあって絶命。管理者である第五王子殿下は、自分を殺そうとした新国王に反旗を翻すために、残りの治癒士と戦地の兵を率いて、王城へ攻めてくる……そう生き残りのNo.20が伝えますが、よろしいですわね?」
「ああ」
「これで二日は持ちましょう。殿下の武に秀でたところも、治癒士からの信頼が厚いことも、あの方は知っていらっしゃる。戦地の兵だけではなく九人の治癒士を味方に付けて攻め入ってくると知れば、王城、城下町は閉鎖。残りの兵をかき集めても守備にしか振りませんわ」
「手堅いね。悪くない」
「殿下を説得しようとなさるはず。国力の象徴、そして戦力である治癒士を取り返し、兵を一刻も早く戦地に戻したいと考えるでしょう」
「さすが。兄上のことをよくわかっている」
「ええ、よく……よくわかりますわ。わたくしがNo.20と共にここの全員を殺せたときは、No.20にわたくしを殺すように言いつけてあることも、命令を果たせずにわたくしが殿下に殺された際には、No.20が全員を殺す手はずであったことも、全て」
「我が兄上ながら、女性への扱いが酷いな」
「本当に可愛らしいでしょう。わたくしとNo.20が入れ替わっているなんて気づきもしないわ。あの人は。死んだフリをして殿下が戦地に向かった隙に洋館を抜け出してきた、と言っても信じてしまう人ですから」
思い出し、慈しむように、彼女は口元に手をやってころころと笑う。
「ゼラ様。裏切りは無しですわよ」
「もちろんだ。私は君の願いを叶えるよ。カーラ」
「……グレフィリアに平和を」
「ああ。グレフィリアに平和を。そして、君だけの王に平和を」
その言葉に、彼女は子供のように全身から喜びを滲ませて、血塗れたローブで談話室を出ていった。残った死体の上に、沈黙が積もっていく。




