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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――殺されたNo.19――
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12


「嘘だろ、おい」


 誰かがそう漏らした。

 次の瞬間、エルダーの腕が掴まれ、引っ張られる。アキレアだ。エルダーの腕から離されたモナルダは一人その場でうずくまり、両手で顔を覆った。


「、あ」


 アキレアが盾になるように前に立とうとするのを、エルダーは必死で止めた。わかっている。彼はもう誰も殺しはしない。けれど、モナルダを止める為だとしても心像(イメージ)を使わせることは避けたかった。護衛が二人もいる前で、そんなことはさせられない。


「あ――ああっ、違う! ごめんなさい! 違うの!」


 モナルダが灰色の敷石に額をすり付けて叫ぶ。

 フェーネが肩に触れて治癒を施したが、再び同じところから血が吹き出した。フェーネが治癒した後に、また心像(イメージ)を使っている。本人にはそのつもりがないのだろう。繰り返すように何度も何度も、その映像が頭の中に流れ続けているのだ。迂闊に近づけない。今の彼女の視界に入るのは危険だった。誰も動かない。


「おやまあ」


 治癒をしては傷つけられる自分の肩を押さえながら、フェーネが感心する。


「なんて幼い」

「フェーネ様、黙ってください」


 エルダーが鋭く言うと、フェーネは微笑みだけを返してきた。割れたガラスの向こうで、自分の肩を押さえて治癒を繰り返しながら、まるで部外者のようにこちらを眺めている。


「モナルダ。私を殺す気はないのですか? 私は()()()()()()()?」

「フェーネ様!」

「狙うのなら、ここ、ですよ」


 フェーネの血に濡れた手が、胸にそっと置かれる。心臓の上に。

 頭を押さえて呻いていたモナルダが、ピタリと止まった。ゆらりと立ち上がる。



 止めなければ。



 エルダーが足を踏み出したところをアキレアに止められた瞬間、黒い塊がモナルダを止めた。

 ジードだ。

 大きな一歩で振りかぶるように左手でモナルダの顔面を掴み、間髪入れずに右手の拳で腹部を突き上げる。

 華奢な身体はその衝撃に耐えられず、人形のようにだらりと崩れ落ちた。


 その場にいた誰もがほっとする。

 フェーネを見れば、ようやく完全に治癒ができたらしい。ジードの腕に落ちているモナルダを、罪を許すかのように一瞥している。


「出てこい、ロム」


 ジードが声を張ると、フェーネの奥にある廊下の影からロムが軽い足取りでやって来た。いつから潜んでいたのか、片手に鞘を抜いた剣を持ったままだ。


「はいはい、今行きますよ、ジード兄さん」

「お前の兄になったことはない」

「真面目か」


 ロムは剣を仕舞い、ぽん、とフェーネの肩を叩く。


「だめじゃない、フェーネくん。エルダーちゃんが挑発するなって言ってるのに。あの子に恨みでもあるの?」

「いいえ。彼女だけ何かをずっと隠していたようなので、少し、つついてみたかっただけですよ」

「……ああ、怒ってるんだ? 君とNo.19は()()()()()んだっけ?」


 含みを持たせた言葉に、フェーネはゆるく頷いた。受け止めるでもなく、かわすのでもなく、ただ笑んで見つめ返す。ロムは「あ、苦手かも」と言うと、割れた窓からひらりと庭に降り立った。ジードからモナルダを剥がす。


「これ、地下?」

「ああ」

「んー、拘束レベルはどうする?」

「お前に任せる。意識が戻り次第聴取だ」

「はいはい。聴取はジードに任せるから。あれ苦手なんだよね」

「ふん、よく言う。スラー、終わるまでこの三人を頼む」


 ロムが脇に抱えたモナルダを見下ろしたジードが、気配を消していたスラーへ声をかける。ぼそりと「うわあ、面倒くせ」と呟いたスラーは、すぐに取り繕って「わかった」と返事をした。

 ため息をついたジードはちらりとスラーを睨んでから、ロムが運ぶものと共に出て行く。

 灰色の庭には、湿った無言と血のにおいが残されている。





 談話室へ移動後、フェーネは血に染まったローブを洗ってくると言って席を外し、スラーはそれに何か言いたげだったが、窓を塞いでくる、と出て行った。


 エルダーはテーブルの席に着き、アキレアは扉近くの一人掛けのソファに座っている。

 今日の昼にもここでゼラとお茶をしたというのに、紅茶もお菓子もない談話室は、日差しが届いていてもどんよりと薄暗く感じる。

 

 一体どうなっているのだろう。

 腕の中にいたモナルダが子供のように震えていたことが忘れられない。フェーネが余計なことをしなければ、あのまま落ち着かせられたはずだった。


 彼女は確かに危うい。

 ストレスに弱く、相手を遠ざけるために防御ではなく攻撃を選択してしまう。それも心像(イメージ)を使おうとして使っているのではなく、頭の映像が感情と共に溢れてしまっているらしかった。


 うずくまり、額をすり付けてどうにかそれを止めようとしていた姿が脳裏に浮かぶ。


 未熟としか言いようがないが、彼女を刺激しなければ何ともないはずだ。落ち着かせることが困難な訳ではない。なぜあの状態でNo.を背負っているのかはわからないが、少なくとも、今まで素顔を見せない状態での彼女は暴走をすることはなかった。


 エルダーは静かに息を吐いた。

 思った以上に、状況は複雑らしい。


 談話室の扉が開く。

 

「ただいま戻りました」


 フェーネが、護衛達のような黒い服に身を包んで戻ってきた。後ろにはスラーがいる。まるで、従えるように。



「さあ、お話でもしましょうか」



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