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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――在るべき場所――
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 ――ねえ、エルダー。あの新王はね、治癒士と結婚すると言っているのよ。恐ろしいことに、敵国の女王である私にそれを伝えることができた――それがどういうことかわかる? あれは力を持ったのよ。王という絶対的な力を自分のものにした――結局、自分の思うように周囲をねじ曲げたの。フロイドと同じ。あの王は信用できぬ。私ではなく、フツリがそれを引きずりおろさなくては、フツリの立場は無くなっていくわ。想像してみて。きっと、フツリはあの王を導こうとするでしょう。でも、それはあれ(新王)の言いなりになっているように見えないかしら? フツリには味方が多い。けれど、味方が多い人間には、敵も多いわ。私は老いた。もう守れない。とにかく、彼女に王位を――さあ、お前にしか頼めぬ――



 (しわが)れた声が、懇願するように、それにしては気高く、強く響く。


 エルダーは手に持っていた短剣を見下ろした。

 彼女はまだ囁く。



 ――大丈夫。フツリはここを見て理解するでしょう。今や全てが複雑に絡まってしまった。イトセとあの子(ゼラ)をまとめて守ることなんて出来はしない。どうせまたこのまま悪化して行くだけ。イトセとの間に子でもできたら目も当てられない。フツリはそうならないように手を回すでしょうけど、自らが狂わせた歯車に巻き込まれたら、出られないどころか永遠に身体を潰され続けるだけよ。お前ならわかるでしょう?



 ええ、わかる。

 エルダーは何も言わずに短剣を握っている。



 ――フツリは今まで私の歯車の上にいたけれど、もう守れない。時間がない。自分では決して回そうとしない歯車を、フツリに渡さなければならないわ。受け取ろうとしないのなら、押しつけるまでよ。時間がないの、エルダー。全て終わったら、教えた通りにこの椅子の下の地下通路から逃げなさい。フツリしか知らぬが、フツリはお前を決して追いつめない。あの子は賢いもの、わかってくれるわ。ソトも何もしない。大丈夫よ。さあ。早く。



 ぐっと手を握られ、導かれる。

 老いた女の細い身体の上に、短剣の切っ先が置かれる。


 エルダーは、母の顔をした女王をじっと見つめ、それからゆっくりと強く抱きしめた。


 斜め後ろに控えていたソトが、その瞬間を待っていたように口から血を流す。彼女が、女王が、同じように囁いた。



 ――ありがとう。


 


 

 




「兄上に、子が?」


 ゼラの声にハッとする。

 白昼夢を見ていた心地に、エルダーはゆっくりと瞬きをして心を鎮める。

 

 未だ馬車の中、ゼラとジオは向かい合って互いに集中していた。


 エルダーはほっとすると同時に、気を引き締める。

 まだ夢の中のようだった。

 兄弟の気配に触れないように、視線をジオの隣の空席に向ける。


 赤い布。

 それが記憶と被る。

 

 王というのは、奇妙な生き物だ。

 王の呪与士というのも、奇妙な生き物だ。


 あの二人は互いの立場と尊厳を守るために、エルダーを使った。都合が良かったのだろう。

 自害した女王と守らなかった呪与士は、今や敵国の治癒士に殺された被害者だ。フツリを王座に強制的に座らせることもできた上に、これによりフツリに非難が来ることは限りなくないと言えた。全て「牢に閉じこめていた治癒士を温情で出そうとしたが見誤った」で終わらせることができる。


 結局あの軟禁は、フツリからエルダーを離すためのものだったのだろう。全ての判断は「女王にあった」せいだと、フツリは何も関与できなかったと、そう周囲に知らしめるためだ。


 母の愛というのは凄まじい。

 おぞましいと言ってもいいほどだった。


 フツリもまた、同じようにゼラを愛しているのだろうか。

 だから、彼に非難が来ないうちに早々と国から出したのかもしれない。手土産を持って帰ると言ったゼラに、本当ならば逃げてほしいのかもしれない。

 けれどきっと、ゼラは戻る。

 これが終われば、オーディルーに戻る選択をするはずだ。あれが彼の国なのだから。



「そう。ラスとレイラ()の子だ。予定より早く生まれてきた」


 ジオが「全てのタイミングが都合良すぎる」と呟く。

 ゼラが笑った。


「そういうものですよ。で、子の性別は男だった、と」

「ああ。都合良くな。ラスの子を王太子として養子に迎えると言ったからこそ、治癒士との結婚が認められたらしい」

「認めさせた、の間違いでは。兄上はそれを受け入れられたのですね。相変わらず、あの人(リュゼ)に甘い」

「……まだ、レイラには言えていないそうだ」

「めずらしい」


 ゼラが驚いたようにこぼせば、ジオは疲れたようにため息を吐く。


「あの二人は相思相愛の夫婦だからな。いくら長兄の為に生きろと植え付けられたラスでも、愛しい妻の産んだ子をあの馬鹿な兄に渡すなんて言えないだろう」

「もしくは、本当は渡す気がないのでは?」


 エルダーは黙ったまま息を飲む。

 ジオがゆるく首を振った。


「無理だよ。ラスはリュゼに対して負い目がある。母親の愛を一心に注いでもらった負い目と――その母親からかけられた呪いまである。兄を支えよ、と。皮肉なことに、王の資質はラスの方があるというのに」

「問題ありませんよ。すぐ交代していただきますから。いつです?」


 ゼラが尋ねると、ジオは人差し指をくるりと回した。


「時間がない」


 どこかで聞いた台詞だ。


「明日の朝、国王陛下は親しい人間と治癒士を集め、教会で自分の治癒士と結婚式をする――そしてその場で、元No.1(父の治癒士)をラスの子につけていることを明言するらしい。つまり、自分の後継者になる、と宣言するつもりだ」


 ああ、本当に時間がない。

 エルダーは、ゆっくりとジオの顔を見た。

 決して、兄を殺すことを心から望んでなどいない苦悩する弟の――そしてゼラの兄の顔を。

 


「ゼラ。馬車を降りてもらう。湖畔で夜を明かし、明朝グレフィリアに入れ。一気に城の教会まで行き――国王陛下を、父と同じ場所へ送って差し上げろ」




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