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第四王子であるジオはゼラの三つ上で、他の兄弟から少し離れた立場に立っている印象だった。
彼が実質末っ子のような扱いだったからだろう。
王太子ほどの期待もなく、兄を補佐するという第二王子ほどの重要な役目もなく、第三王子ほど自分の立場への向上心と怒りもしなかった。
ただ粛々と、兄たちを刺激せぬよう、静かに王子としての務めのようなものをこなし、そして無関心を貫く。
弟であるゼラが忌み嫌われてどんな扱いをされていても、彼のスタンスは変わらなかった。
彼は意図してそうしていたのだろう。
もし、彼がゼラと自ら交流を持っていたら、彼だけでなくゼラにもあの頃以上に厳しい監視がついた上に、扱いがより酷くなったかもしれない。
ゼラに絶対的な味方ができたことは大きかった。
エルダーにも、ジオが裏切らない確信があることはとてつもなく大きな安堵だったように思う。何があっても、彼もゼラを助けてくれる、と。
ジオには大切なものがある。
彼の治癒士のマツリカがそれだ。
彼女はジオにとっての最愛で、彼女にとってもジオが最愛だった。一目見てわかった。彼らは「健全な」愛に包まれている。
それはきっと、今も変わらない。
「ゼラ」
「はい」
「……フツリ王女という方は、信頼に足りそうか?」
ゼラは迷いなく「はい」と答えた。
「あの方は話が通じる方ですし、何より力があります。人を従える力がある。それは、私たちの父のようなものではなく――言わば誰にとっても母のような、そういう逆らい難い愛情の力です。従えると言うよりは、彼女に尽くし、応えたくなる、そういう方でした」
エルダーは黙ってゼラの声に耳を傾ける。
知らないはずだ。
知っているのは今や、フツリとエルダーだけなのだから。
ジオが小さく笑う。
「話が通じる、か」
「ええ、大切でしょう?」
「そうだな。道理がわかる相手なら、リュゼよりもラスの方がいいということも、よくわかっておいでだろう」
「私がその証明になるかと」
ゼラがそっと胸に手を置く。
本来ならば、女王を殺した者を連れていたゼラを、それこそ牢に閉じこめるだろう。暗殺を指示したと思われても仕方はない。
けれどそうしなかった。
彼女は自分の子に甘い母ではない。ゼラに「母親は死んだ」と言ったのだから。
エルダーは眩しい玉座を思い出す。
あの人の言った通りだ。
「……リュゼを殺してくるから黙って繰り出せ、と言って、頷いたのか? 隙を見て逃げたのではなく?」
「はい。快く送り出すために、馬まで貸してくれました――彼女も新王の危うさはわかっていたのでしょう。父に狂わされた兄に国を預かることは難しい。フツリ殿であれば正しく導けるかもしれませんが、相当な時間がかかる上に、オーディルーには彼女以降の後継者が不在です。即位する必要に迫られた今、オーディルーは恒久的な安定をもたらす者と話を付けておきたいのでしょう」
「ラスならば可能と話しておいたのか」
「ええ。彼女はお喋りがお好きなようで、よく私に話をしに来ていたので、その時に」
「母である女王を殺されたことについては?」
ジオの質問に、ゼラは一瞬だけ黙った。
が、すぐに口を開く。
「エルダーは一年近く軟禁されていました。フツリ殿は、どうやら女王がエルダーを殺すために出したのではないかと思っていらっしゃったようでした。それが失敗したのだろう、と」
「返り討ちにあったと?」
「そう考えているようです」
嘘だわ。
エルダーは無表情のまま、心で毒づく。
フツリはわかっている。あの女王の恐ろしさを知っている。彼女がどうして死んだのかわかっていて、そう言っているのだ。
エルダーの残した血文字も、彼女によってすぐさま消されたのだろう。
あの通路を使って誰も追ってこなかったことが、全てを物語っている。
「ゼラ」
「はい」
「フツリ殿下に他に約束したことは?」
「――エルダーを連れて戻れ、と」
「……だろうな」
馬車の中が不自然な沈黙に包まれる。
フツリがゼラを差し向けたのは、ゼラがリュゼを廃すための駒である面もあるが、今回女王を殺したエルダーを的確に捕らえるために放った面もあるのだろう。
そう言わなければ、オーディルーの誰一人納得などしない。
だとしたら、できることはやはり一つしかない。
「そう言えば、兄上はお元気ですか?」
ゼラが話題を変えると、ジオは驚きもせずにそれに乗った。
「ゼラの嫌いな長兄? それとも混乱の中死んだ三番目?」
「どちらでも」
ゼラが流すと、その表情を見ていたジオは目に諦めを灯してゼラと同じように軽く笑う。兄弟の顔だった。
「父の後を追うような最期だった。抵抗さえしなければ、とは思ったが……あの強欲な兄には生きていた方が地獄だったかもしれないな」
「苦しまれましたか?」
「いいや」
ゼラは一瞬だけ第三王子を思いだしたようだったが、すぐにそれをやめたらしかった。ジオも話を戻す。
「長兄である国王陛下はお元気だよ。人目もはばからず、治癒士を側に置いている。彼女は今や婚約者だ」
「どうやって」
ゼラが不思議そうに尋ねる。
「前国王の時ならまだしも、今治癒士を個人所有することに、グレフィリアの大臣らは強い嫌悪を示すのでは?」
いいや、すでにオーディルーの女王にそれを宣言するくらいには周りを固めていた。そう内心呟くエルダーの脳裏に、あの玉座が浮かび上がってくる。
――私はグレフィリアの新王を信用できぬ。
そう言った老女の顔が、光で霞んで見えない。
――あの困った新王を引きずり下ろすのは私ではなく、女王となったフツリでなくてはいけない。
もしもをいくつ並べても、きっと結果は変わらないような気がした。
エルダーは無表情で自分の爪を見つめる。
時間がなかったのだ。
エルダーにも、フツリにも、ゼラにも、あの女王にも――
ゼラの凪いだ目に向かって、ジオが答えた。
「相当もめたらしい。が、口を出す者は文字通り封殺してきた父を、それこそ大きな力で無理やり退かせたあの兄に、大声で反対はできないだろうよ。それに――」
ジオが浅く息を吐く。
「ラスに子が生まれた。リュゼはそれを取り上げて、自分の子にするつもりらしい」
エルダーは思う。
本当にあれは父にそっくりに育ったものだ、と。




