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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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 療養を終え、女王陛下に謁見するエルダーを迎えに行きたい、とイトセが言い出したとき、フツリはそれを飲むかどうか躊躇った。


 ゼラがイトセに言わせている可能性を考えたからだ。それほどに、この一年はゼラが突発的な行動に出ないかに相当気を配っていた。

 


 驚くことに、ゼラを抑えていたのはイトセだった。

 常にゼラの側にいて、しかし何も言わず、聞かず、ただそこにいるのが当然のようにいた。時折イトセが気分転換に庭に出ると、ゼラがそれについて行くことまであったのだ。



 イトセがエルダーの心配を口にするのは、フツリの前だけだった。

 表向き、エルダーは療養していることになっていたが、その場にいたとされるロムやフェーネから話を聞いているはずのグレフィリアから来た者たちは、エルダーが軟禁されていることについて不自然なほど一言も口にしなかった。

 全てはゼラを刺激しないためだろう。



 フツリは目の前に座るゼラをそっと観察する。

 落ち着いた様子で窓の外を見ているその目は凪いでいる。時折、隣に座るイトセとレカが話していると穏やかに笑って相づちを打っていた。


 彼女が軟禁されていることを知っているはずだというのに、その佇まいはイトセと同じで「回復した者を迎えに来た」ように見える。

 それが何故か恐ろしい。


 そう感じているのはフツリだけではなく、フェーネも、ロムも、アキレアも、スラーも、ジードも、()()()()()()()()()()()()()()()()()イノンも同じだった。

 穏やかにイトセの話しに耳を傾けているフリをして、ゼラの一挙一動を見逃さぬようにしている。


 よくわかる。


 エルダーが牢から出ることを女王に許されたと聞いたときから、フツリは嫌な胸騒ぎが身体に巻き付くのを感じていた。

 バンザと兵たちは、扉のすぐ近くに立って待機している。



 フツリは再び目を伏せる。

 大丈夫だろうか――エルダーは、あの人を怒らせたりしないだろうか。


 あの恐ろしい王に、殺されてはいないだろうか。




      

      ○

 



 

「ちょうどいいじゃないの。あれを連れて会ってらっしゃい」



 フツリの母は、ベッドで疲労困憊の娘にそう言った。

 フツリの腕の中で生まれたばかりの赤子がもぞもぞと動く。泣かないのは、彼の聡さだろう。


「……どうして、こちらに」


 汗に塗れた額を侍女が拭う中、フツリは何も知らせていなかった母である女王が僻地の療養地に来ていることを未だに理解できなかった。


 子が出来たことも言わなかったのに。




 妊娠がわかったのは、グレフィリアからなんの停戦の合意も取れずに戻ってから五ヶ月後のことだった。本当ならばもっと早くに気づくべきだったが、城は予想外の出来事に混迷していたのだ。王配の愛人が――呪与士が子を宿したことが城内に知れ渡ってしまった。


 その対応にあたるまでは、自分の母を素晴らしい女王だとフツリは思っていた。気高く、けれど人々に親愛の情を持って接する姿は、尊敬すべき見本だ、と。




「なぜって――娘の出産なのよ。駆けつけるでしょう?」

「……」

「お前ったら、あの裏切り者の呪与士を遠くに置いて監視するだなんてもっともらしく言って。本当に上手ね。城では、フツリ様は王配の子を身ごもった愛人の身の回りの世話まで自らしている、と、立派だという声もあるわ。お前がそれを隠れ蓑に、自ら敵国の王の子を産んでいるなど、だあれも思ってはいないわよ」

「……お、かあさま」

「疲れているのでしょう。喋らなくていいわ。わかってる。全部わかっているから――さあ、その子を見せて。早産のせいね、小さい子。やはりちょうどいいわ。あの裏切り者の呪与士の大きな腹を、フロイドに見せてらっしゃい」


 フツリは言っている意味が分からなかった。

 女王はご機嫌な様子で続ける。赤子の頬をつんつんとついた。


「ねえ、いつから知っていたの、フツリ。あの人が呪与士に手を出しているなんて――忙しいお母様は気づけなかったわ。情けないわねえ」


 フツリは身体が震え始めているのを感じたが、どうすることも出来ない。


「可哀想に思ったの? あなた優しい子だから、叶わない恋をしている二人を応援していたのかしら? 自分は想う人と結ばれなかったから? 酷いわ……会わせてあげたじゃないの。最後に会わせて、きちんと可哀想な男を諦めさせてくれるかと思えば、その男の子を身ごもって帰ってくるだなんて、びっくりよ」

「……」


 言葉が出ない。フツリは腕の中にいる赤子を必死で抱きしめる。


「フツリ……何のためにグレフィリアに行くのに王配の呪与士をわざわざつけたと思っているの? あなたからあの女に別れるように説得してくれると思っていたのよ。でも、あなたはそうしなかった。私の信頼を裏切ったの――三人も。夫と、娘と、夫を守るためにつけていた治癒士の三人に、私は裏切られたのだわ」

「……も、申し訳、ありませ」

「まあフツリ。自分の過ちを悔いているのね。では、先ほどの言葉の意味はわかるわね?」


 フツリは蒼白になって王を見上げる。


「……それだけは」

「賢いわ! 賢いわね、私の娘。次の女王に相応しいあなた――さあ、早く身体を治して、もう一度グレフィリアに行くのよ。そしてあの呪与士も連れて行って、フロイドに示してきなさい、あの夜の相手は自分ではなく、身代わりにした呪与士にやらせたのだと。それであの男も諦めるでしょう。そこまであなたに嫌われていると知れば、絶望で自ら命でも絶ってくれるかもしれないわ」

「……それだけ、は、できません」


 フツリはようやく絞り出した。

 出来ない。そんなことをしたら――


「まあ……愛しているのね、あの寂しい子を」

「も、申し訳ありません、他のことならば、何でも致しますので、ご容赦を」

「ふふ。許しません」


 優しい母の笑みと、その言葉の落差に愕然としていると、フツリの腕に抱かれていた子は、するりと女王の手に渡ってしまったのだった。





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