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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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 自然と膝を折り、頭を下げたエルダーは、彼女に向かってさらに深く頭を下げた。


「……女王陛下――グレフィリアの治癒士、エルダーと申します。この度は」

「エルダー」


 一通りの言葉を並べようとしたエルダーを優しく制したその人は、細い枯れ枝のような手でそっとエルダーの肩を撫でた。


「堅苦しいことは一切必要ない。言ったでしょう。お前と話がしたいと」


 どうしてだろう。

 肩に置かれた手は軽いはずなのに、ずしりと重い。

 それだけではなく、どこまでも穏やかな気配と声を前にして、決して逃げられないことを本能が悟った。恐ろしいのとは違う。(かな)わない。そう全身が叫んでいる。ひれ伏せと、その手に命を差し出せと、まるでそれ喜んでいるように痺れる。

 

 ああ――なるほど。


 エルダーは深く納得した。


 この国はやはり「違う」のだ。

 人に尽くし、人に尽くされてこの国が創り上げられたように、人々の上に立つ者が持つのは「王位」という単純なものではない。そこに立てるのは、人に尽くし、人に尽くされる素質のある者でなければならないのだろう。


 思慮深く、愛情深く、すべてが桁外れの「情」でできている。

 同時にエルダーは悟った。

 


 ()()()()()()()()



 エルダーはゆっくりと顔を上げる。

 老いた女王陛下は、華美な服には身を包まずとも清廉な空気で満ちていた。不思議なことに、乙女にすら見える眼差しをしている。

 未だ膝を折ったままのエルダーを見て、彼女は困ったように眉を下げた。


「――ソト、彼女に椅子を」

「結構です、女王陛下。お話はこのままで」

「その体制は辛くないかしら」

「長いお話になりますか?」


 エルダーが聞き返すと、彼女は「おやまあ」と顔を綻ばせた。


「聞いていたとおり、変わったお嬢さんね。怖いもの知らずなのは、お前を怯えさせる存在が居なかったからかしら。そうだといいわ。地下の子供だったんですって?」

「はい」

「どれくらいの子が死んだの」

「私は把握しておりません」

「……把握できないほど多くの子が死んだのね」

「ここ数年は、誰も」

「そう」


 痛みに耐えるように小さく息を吐き、彼女は「ごめんなさいね」と呟いた。


 エルダーは奇妙な心地になる。

 何を謝ることがあるのだろう。

 そもそも、彼女は何をしたいのだろう。

 そして、どこまで知っているのだろう。

 

「陛下――私を牢へ入れた理由を伺ってもよろしいですか?」

「あ……ええ、そうね。話しておかなくてはね。少し、大変だったのよ。表向きにはお前は城で療養していることになったけど、隠す必要があった。理由は、今ならばわかるわね? ()()については黙っていてほしいの。お願いできるかしら」


 エルダーはじっと見つめる灰色の瞳に向かって、小さく頷いた。彼女が笑みを深くする。


「聡いね、お前は。問題を起こしたかったのは、死にたかったからか、ここから出て行きたかったからか……どちらかだろう。でも、何をしても、どんなに怒らせても、フツリがお前をここから出すことはしないよ。うまく周りをまとめて、お前を牢からだそうとしていたもの。私を出し抜けなかったのは残念だけどね」


 母親の顔をしてくすくすと笑う彼女は、エルダーを優しく見つめる。


「フロイドの息子――あれは、お前を心底大切にしているのね。お前を返さなければ、彼がどうにかなってしまうとフツリが何度も話にきた。全て突っぱねたが、あまりにもしつこいので、グレフィリアにNo.19が生きていると告げると言ってようやく黙ったくらいよ。何よりもお前が大切なんだろう。可愛らしいこと」

「……」

「あの子が――フツリがフロイドの息子を独断で連れてきたときは驚いたわ」


 彼女がゆっくりと目を伏せる。


「和平が訪れたことは、本当に喜ばしい。お前が大人しくしてくれていたこの一年、我らはようやくそれを手に入れた。長かったわ……あの出会いから、途方もなく長い月日をかけて、捻れたものが戻ろうとしているのよ」



 エルダーは口を挟めないまま、彼女が話したいことを聞くしかできなかった。

 何故だろうか――既視感がある。



「フロイドの息子と、イトセの婚約のおかげね。二人とも安全な場所で幸せになってくれればいい。けれど、一つ問題があるの。これから先のオーディルーのことよ。わかるかしら、エルダー」

「……次代の女王のことでしょうか」

「そうよ。そう」


 何度も頷く。


「イトセとフロイドの息子、あの二人の間に子を成すことは許されない。フツリはそれを絶対に許さないでしょう」

「……」


 フツリの立場が危うくなるからだろうか、と言い掛けた口を噤む。その様子に、気高き女王は美しく笑んだ。


「ねえ、エルダー。私はグレフィリアの新王を信用できぬ。あの王は駄目。治癒士と結婚したいと言っているの。駄目ね、あの王は駄目。あれがいる限り本当の平穏は訪れないわ」



 ああ――動いているのか。

 リュゼは、本気でNo.20と結婚する気だったのだ。哀れなことに、その中身が殺そうとしたNo.2であるカーラとは知らないまま。

 エルダーが黙りこんだことに気を良くしたように、女王は続ける。

 


「あの困った新王を引きずり下ろすのは私ではなく、女王となったフツリでなくてはいけない。けれど、フツリは中々椅子に座ろうとしないの。妹がようやくふさわしい者(女の子)を生んだのに、フツリは養子に迎えようとはしない。まだ時間があると思っているのね――ないわ。時間などない」

 


 不意に、エルダーは彼女の言っていることをじわじわと染み込むように理解し始めた。


 何故――何故、この異様さに気づかなかったのか。


 肩に手を置かれたままのその手がきつくエルダーの肩を掴んでいることに気づけなかった。



「時間がないの」

「……陛下」

「イトセがいて、そこにフロイドの息子がいる限り、時間などない。フツリの王座の安定にはほど遠い。イトセに王の器はないというのに、このままでは彼女を担ごうとする愚か共が増えるだけ。あの小娘など捨て置けばよかったというのに……仕方なかったとは言え、どうにか私が殺すべきだった。しかも()()()が戻ってくるなんて」

「陛下」

「許されないでしょう。イトセと()()の間に子供など……ねえ、エルダー」



 笑う。

 女王が笑う。



「だって、あれ(ゼラ)はフツリの子だもの」

 







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