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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――呪われた娘――
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「バンザ様」

「なんだ?」


 レモンケーキを一つ食べ終えたエルダーは、指を舐めて尋ねる。


「フツリ様はいつになったら私を許して下さるのかしら」

「どうした。暇か?」

「暇よ。八ヶ月目でようやく一人会わせて貰えるなんて、この先はずっとずっと長いの?」

「俺には答えられないな」


 バンザは簡潔に答えた。

 鬱憤晴らしに兵たちで遊んでいたと答えたが、あれについては半分は信じている、というところだろうか。

 目的を持って兵舎に出入りしていることを最初から知っていたのなら、フツリは国を出ようとしていることに気づいているのかもしれない、とエルダーは思った。

 そうであれば、バンザには警戒するように言っているはずだ。


「私を守れってカイに言ってあったっていうのは――逃がすなって意味ね?」

「さあ」

「フツリ様は私が必要だとお考えのようね」

「ああ」

「前、そう仰って下さったわ。四人でね、夜に少しお話をしたの――いつだったかしら……そうだわ、まだここに来たばかりの頃よ。三週間くらいだったかしら」

「……よく覚えているな」

「ええ。どんな話をしたかは、彼女の名誉のために誰にも教えられないけれど」

「……」

「ごめんなさいね、バンザ様。私も口止めされているの」


 あなたも知らないことを、知っている。

 そうほのめかすエルダーにバンザは一瞬苛立ち、それから口元を歪めた。


「元気になったようだな」

「心配して下さっていたの? ありがとう。フツリ様はお元気?」

「君が気にする必要はない」

「失礼ね。()()()は私が必要だと仰っているのよ?」

「逆らうなという意味だろ」

「いいえ? 私に自由も下さった」

「君を繋ぐためだ」

「ならば繋ぎにいらっしゃればいい」

「彼女は来られない」

「まあ、意外と臆病なのね」

「違う」

「違わないじゃない。私を処刑もしない。アキレアの父親を殺したときのようにすればいいのに」

「彼女に裁量はない!」


 バンザがハッと目を見開く。


「……」

「もしかして、何かあったの? フツリ様のお立場が悪くなられた?」

「……」

「違うのね。よかった――では、私をここに閉じこめているのはフツリ様ではない方ね……そう」


 だとすれば一人だ。


 ガタリと音を立ててバンザが立ち上がる。

 その顔は警戒心がむき出しで、これ以上は何も聞き出せそうになかった。今すぐ腰に帯剣しているそれに触れそうなほどだ。

 エルダーは籠のレモンケーキを一つ摘んで見せる。


「よかったらいかが? もう毒味で頂いているかしら」

「毒味など必要ない」

「怒らないで。素敵な顔が台無し」


 エルダーがにこりと微笑むと、バンザは睨み下ろしてきた。

 そのまま出て行こうとする。


「あら、バンザ様。最後の一言をお忘れよ」

「……」

「伝言をお願い」


 エルダーは摘んでいたレモンケーキに唇を寄せる。


「――此度のご迷惑を謝罪したく、お目通り叶う日を待っています、と、女王陛下へ」


 エルダーの伝言で顔を歪めたバンザは、黙って部屋を出て行ったのだった。


 イトセが作ったというレモンケーキを口にする。

 甘くて、さわやかで、ほんの少し苦みのある可愛らしい味。籠の奥を探ってみれば、イトセからの手紙が入っていた。







     ○ 








「着替えろ」


 突然鍵が開く音が聞こえたかと思えば、見知らぬ兵がエルダーに大きな包みを渡してきた。着替えらしい。

 渡されてすぐに閉められるが、鍵をかける気配はない。


「とうとう処刑日かしら」


 そう呟きながら、包みをベッドの上に置く。

 ベッドサイドの丸椅子には、束になった手紙が置かれていた。全てイトセから送られたものだ。初めての差し入れでもらったレモンケーキの香りが、エルダーの記憶の中でふっと香る。


 あれから、イトセは何度も焼き菓子を差し入れしてくれた。イトセからのものは調べられないのか、手紙はいつも入っていてエルダーを安心させたものだった。




 時間の感覚が確かならば、カイに会ってから四ヶ月が過ぎ、エルダーがゼラたちから離れて、もう一年が経っていた。





『エルダー、身体の調子はどう? こちらは皆元気です。私はフツリ様の塔に身を寄せたままになっているわ。何も変わりはありません。未だ、体調が優れないと聞き、皆あなたを心配しています。お菓子を作ったけど、食べられるかしら。無理をしなくていいので、食べられるようなら一口、どうぞ。   イトセ』




 最初の手紙にはそう書かれていた。

 本当にイトセが書いたものかわからなかったが、返事も書けないエルダーに、彼女からとされる差し入れと手紙は何度も届けられた。

 イノンとジードに伝えていた出て行く期限を過ぎても衝動的な行動に出なかったのは、この手紙の存在があったからに他ならない。




『エルダー。あなたが突然倒れたと聞いてからもう九ヶ月。少しずつ回復しているとのこと、ほっとしています。寂しくはないかしら。あなたが少しでもオーディルーで休めますよう、フツリ様とともに手を尽くしています。この手紙が届いているといいのだけど。皆、変わりはありません。安心してね。     イトセ』




『エルダー。呪与士たちに助けてもらっていると聞いています。まだ体調に波があり、起きあがっていられる日を徐々に増やしている最中とのこと、無理なさらずに。皆変わりはありませんが、心配しています。     イトセ』




『エルダー。もう十ヶ月ね。あなたがいないと、皆元気がありません。顔が見たいわ。皆変わらず静かに過ごしているけど、きっと誰もがそう思ってる。私と対等に話をしてくれるあなたの優しい声を聞きたい。心配よ。  イトセ』




 誰かが彼女のフリをしているのではないかと疑ったが、何通目かで確信した。

 この手紙はイトセ本人からで、同時に誰かが干渉している、と。


 変わりはない、という言葉が何を意味するのか、エルダーは正しく受け取ったのだ。


 乗り切れる。


 この手紙が届く限り、オーディルーを出る時間を稼ぐことができる。エルダーの決めた期限は三ヶ月も過ぎていたが、ただひたすら牢でじっとしているのも、昔を思いだせば苦でもなかった。

 


 そしてとうとう今日、その日が来た。



 着替ええの包みをゆっくりと開く。

 白いワンピースと、イトセからの手紙――そして見える、No.19の刺繍。


 一年ぶりに見る、エルダーのローブだった。



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