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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――殺されたNo.19――
10/136

10:疑惑と脅威




「あの……あの、わたくしもご一緒してもよろしいかしら。エルダーさま」



 控えめな声に、エルダーは顔を上げた。

 灰色の庭に入ってきた可憐な少女を見つけると、本をぱたんと閉じる。

 そうして、ベンチに本を置いた。


「モナルダ様。どうぞ、こちらへ」


 エルダーが微笑んで頷くと、モナルダは白いローブをドレスのようにはためかせて駆け寄ってきた。が、途中で少し離れたところに立つアキレアに気づいたらしい。不思議そうに、敷石が敷き詰められた彩度のない庭へやってくる。

 彼女のゆるくウェーブした髪がふわふわと揺れる。





 昨日、あのお茶会が微妙な空気で終わった後、アキレアはエルダーに「すまない」と謝ってきた。彼はどうやらロムの言うようにカンでそう思ったらしく、根拠のないことを口にしてしまったことをエルダーに詫びた。


 エルダーは「大丈夫です」と言ったが、どうやら気にしていたようで「明日からなるべくそばにいる」と護衛を申し出てきたのだった。

 固辞しようとしたが、片づけをしていたゼラまでも「そうしたほうがいいですよ」とやんわりと言ってきたので、拒否もできずに今に至る。


 アキレアは言った。


 絶対に、二人ともエルダーに接触してくる、と。


 何故かと聞いても「なんとなく」としか言わなかったが、不思議とアキレアの「なんとなく」は信頼できるような気がして、こうして一緒に庭にいる。


 アキレアは離れたところでじっと洋館の茨のような柵の向こうを見ているまま動かない。あの向こうに獣がいて、にらみ合っているようにしか見えなかったが、そこにいるだけでアキレアは護衛の意味をなしていた。


 三人。

 誰か治癒士がやってきても、その場が三人であれば絶対に相手は何もできない。

 アキレアがエルダーの味方でいる限り。






「No.17は、どうしたんです……?」


 モナルダがそろそろとアキレアを注視しながらエルダーの隣に座る。


「お友達になったの」

「……お友達、ですか?」

「ええ。昨日、ゼラ様のお茶会にご一緒して、たくさん話をしたのよ」

「ゼラさま?」

「護衛の方。一番小柄で、夜色の髪が胸の辺りまであって、前髪がここまである」


 エルダーが自分の鼻に触れると、モナルダは「ああ!」と花が咲いたように笑った。


「ついさっきも一緒にお茶をご馳走になってね。まだ時間もあるから、本を借りたの」

「そうなんですか……で、あちらは何を?」

「風を読んでいるそうよ」

「……まあ、そうですの」


 よくわからない、という表情を隠そうとしない彼女は、純真に見える。

 彼女の丸い額の横顔を見ていると、どうしても彼女が危険なようには見えなかった。警戒心も湧いてこない。


「部屋から出られたのね」


 アキレアを見ていたモナルダは、ハッとしたようにエルダーを見た。

 瞳に動揺が走る。


「はい……はい。そのままでいろと言われて、恐ろしくて、また、誰かを傷つけないかと」

「そう」

「エルダーさまが出ていらっしゃるのは知っていました。でも、護衛の方達に会うのも怖くて。あの人達、一人はずっと館内を歩いていますでしょう?」

「彼らの仕事だから仕方ないけれど、確かに見張られているようで少し怖いわね」


 エルダーの共感に、子供のようにモナルダはほっとした。

 心像(イメージ)で目玉を潰したと告白していたが、それならばあの中では誰よりも殺意がないのだろうか。

 アキレアの言う相手は、モナルダではない。


「モナルダ様はあの時、私の次に手を挙げたわね。どうして?」

「え?」

「私を庇ってくれたの?」

「……いえ、違います」


 少しばかり身体を小さくして、モナルダは首を振る。


「すぐに、告白するべきでしたわ。エルダーさまより、先に。そうすれば、わたくしはここから離脱ができた」


 小さな声で呟くように「帰りたいんです」と彼女はこぼした。

 エルダーは声を潜めて寄り添う。


「戦地に出たくないの?」

「血のにおいもなにもかも嫌です。No.19もきらい」

「……モナルダ様」

「本当にあれが怖かった。いつもわたくしを断罪するように見張っていて、薄気味悪く笑うんです。戦地では率先して一番前に行く。負傷した兵を見つけると嬉しそうに走って行く。ローブに血が付いてしまうわ。ああ……もう、どうして。どうして――あんなものに知られてしまったの」


 モナルダが顔を覆う。


「あの人のところへ帰りたい」


 呻くように苦しげに言う声に、エルダーはそっと肩を抱く。


「……好きな人がいるのね」


 何度も頷くモナルダは、エルダーの胸に寄りかかって顔を埋めた。


「No.19に脅されたのは、そのせい?」


 小さな頭が頷く。

 エルダーが「そう」と背中を撫でると、モナルダは堰を切ったように声を震わせた。


「あの人とわたくしのことを知られました。誰にも知られるはずがないのに、どうして知っていたのかわからない。知られたことが恐ろしかった。早くあの人に言わなければ。ここから出なければ。No.19を傷つければ、強制的に帰されると思ったんです。だから、二度とわたくしを見ないように、目を潰してしまおう、と。彼女は二度と心像(イメージ)を使えない。No.も剥奪される。わたくしたちは安全になるわ。離されるなんて絶対にいや」


 声が、じわじわと妙な気配を帯びていた。


「……あれが、他の誰かに喋っていたらどうしましょう――No.17は治癒士の噂は聞いていないと言ったけれど……本当かしら……?」



 あ。

 エルダーは腕の中のモナルダの中身が激しく揺れたような気がして、一瞬身を引こうとした。

 けれど、ぎゅうっときつく抱きしめる。


 アキレアがこちらを見た。


 離れて、と視線で合図する前に、アキレアが何かに気づいたようだった。

 視線がエルダーを通り越す。


 瞬間、背後のガラスが激しい音を立てて割れた。





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