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No.19の遺影  作者: 藤谷とう
――殺されたNo.19――
1/136

1:殺人と告白



 到着して二日目の朝、柱時計の重々しい音とともに、休息の洋館は異様な騒がしさに包まれた。


 酷く残忍な不穏さと、それでいて興奮しているような熱気。

 それが夜明けの静謐(せいひつ)な空気と混ざり合い、ひたひたと扉の隙間から流れ込み、壁を這い、天井を覆う。


 彼女は一人、自室の窓際に立って息を潜めていた。


 外は鈍色の雲間から薄く光が差し始めている。

 暗い森はようやく長い夜を終え、光を求めるように葉を揺らしていた。広く深い森の先、争うために(あつら)えられた舞台の方向から煙は上がっていない。昨夜も休戦状態だったのだろう。

 ここ数日、事態は膠着(こうちゃく)していると聞いている。

 


 争いは長い。

 もう五十年近く二国は争っているが、一向に決着が付きそうになかった。

 治癒士(ちゆし)を抱えるグレフィリア。

 呪与士(じゅよし)を抱えるオーディルー。

 お互いの出し合った兵がどれだけ傷ついても、彼らは傷を癒し、またはその傷を呪う。そうして、もう何年も何年も兵を入れ替え、死人を一人も出さずに不毛な争い続けている。

 

 うっすらと見える向こうの休息の館を、白い指が窓の上からなぞる。

 あの中にも、ここと同じように戦地に出るのを待っている呪与士がいるのだろう。

 こちらを見ているだろうか。

 それとも、戦地にいる仲間を(おもんぱか)っているだろうか。

 この無情な争いを憂いていれくれればいい。



 部屋の扉が、ドンと乱暴に叩かれた。



「緊急。談話室へ。殿下がお待ちです」



 そっと振り返り、壁に掛けていた繊細な刺繍を施された白いローブを手に取ると、フードの部分に瞳と花の刺繍がぐるりと一周しているそれを深く被った。


 部屋を出る前に、鏡を見る。

 いつもの背の高さ。

 ほんの少しだけ見える首の白さ。

 声を出し、いつもの声であることを確認して、部屋を出る。


 白い後ろ姿には「No.20」の刺繍が踊っている。




  





「No.19が死んだ」


 談話室に入ってすぐ、厳かな声がそう言った。

 まだどこか幼さを残した声の主は小柄な身体のどこからそれほどの威圧感を出しているのか、談話室の空気は限界まで張りつめていた。


 黒いローブに、深く被ったフード。

 玉座のような赤い椅子に座り、左右に二人ずつ黒い護衛を従えて悠然と座っているのは、グレフィリアの第五王子である少年だった。

 そして、この休息の洋館の絶対的な管理者でもある。


 談話室にはすでに三人の治癒士が揃っており、玉座に向かって扇状に配置された椅子に背を正して座っていた。ローブを見れば、No.16、No.17、No.18の刺繍を持つ者しかいない。

 No.20を背負う彼女は、赤い椅子の前で膝をつくほどの深い礼をした。


「殿下。遅れましたこと、お詫びいたします」


 少女のような、それでいて変声期前の少年のような声が謝罪を口にすると、頭上から笑った気配が落ちてくる。


「ああ。座りなさい、No.20」


 許しをもらい、近くの椅子に座る。

 隣は空席だ。


「ジード」

「――はい、殿下」

「詳しい話を頼む」


 呼ばれた一番背の高い几帳面そうな男は、恭しく礼をすると一歩前に出た。


「――先ほど殿下が仰られたように、No.19が死んだ。確認は私が。殿下の許可なく勝手に戦地に赴いたわけではなく、自室のベッドの上で事切れていた。が、もちろん向こうの誰かがここに侵入したわけではない」


 ジードはゆっくりと扇状に配置された椅子に座る白い治癒士達を見つめる。

 同じ背格好。

 同じ白いローブ。

 同じ声をした、量産されたような治癒士達を。



「No.19は、耳を切られ、口を裂かれ、目玉をつぶされ、腕、手、足、関節部分でどれも鋭利に切断されていた。尋ねる。誰の仕業だ?」



 談話室がしんと静まる。

 数秒の沈黙は異様な重さがあった。

 そこに、軽やかに笑う声が響く。



「ふ。さて、誰も話さないときたか。どうしようかな?」

「殿下、この者たち一人一人を聴取なさいますか?」

「お前の聴取は怖いよ、ジード」


 殺気立つ護衛を微笑むような声で抑えた管理者は、くすくすと笑いながら思案している。

 


 (よわい)十五のグレフィリアの第五王子。

 名前は知らされていないが、この休息の洋館の管理者という危険な任を預かっている少年は、生まれが「正しくない」ことで冷遇されているのは周知の事実だった。

 城のある中央から、戦地の前線である治癒士達を預かる休息の洋館に捨てられて一年。王は知っているのかそうでないのか、彼はとても理性的で冷静、そしてなにより頭が切れた。


 兵を癒すために前線に出る五人と、休息の洋館で待機する五人。そして、一昨日中央に帰された五人。

 それぞれを交代させるタイミングはいつも的確で、一人一人に声をかけることはないが、代わりに護衛達に送る指示で、常に治癒士達は精神的な問題もなく、むしろ今まで以上に穏やかに過ごすことができていた。


 城に待機する五人の治癒士をあわせて、グレフィリアの治癒士はたった二十人。その内の十五人の治癒士を動かす全責任を彼一人が負っている。

 たった十五の少年が。

 ここで治癒士の治癒士による殺人が起きたとなると、彼の責任は重い。



 白い手を挙げたのは、No.20を背負う彼女だった。




「――私が、殺しました」




読んでくださり、ありがとうございます。

初めてのハイファンタジーで緊張していますが、完結まで走りますので、どうかよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
言葉の選び方がよく雰囲気を現していて、とても素晴らしいと感じました。治癒師という平和そうな職業でいきなり凄惨な殺人が起きるとい言のはいきなり予想外の展開ですね。続きが気になります。
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