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「闇の魔法使い」

朝早くから連絡があった。それはリリアからだった。病院に駆け込んだニュークス。

「緊急処置として、細胞の活性化を緩やかにする魔法を施しましたが、正直いつまで持つか分かりません」

病室で淡々と説明する主治医。夜明け前、ケインの容態が急変した。昨日まで普通に話していたのに、今はもう昏睡状態。

待合室。ニュークスとリリアは無言だった。

「リリ!ニュー!悪い寝てた」

ベルナがやって来て、すぐにジャックスもやって来た。魔法治療を始めるかどうか、悩む時間すら与えられなかった残酷さに、2人の大人も黙り込んだ。

「俺、手当たり次第に魔法使いに頼んでみるよ」

魔法使いは、何も戦う為だけの職業じゃない。医療専門だっているし、サーカス団員にだっている。何人かの魔法使いに相談したが、揃ったように言うのは、ダークエリアから持ち込まれた病気だから、治せるか分からない、ということ。ケインの主治医だって、希望的観測で断言していたに過ぎない。でも1人の魔法使いが、どんな病気でも確実に治す天才魔法使いがいると教えてくれた。

そこは大都会の高級タワーマンション。エントランスにはコンシェルジュがいて、天才魔法使いであるコートを訪ねてきたと言うと繋いでくれた。繋いでくれただけでも変だと思った。どうせ相手にされないだろうと、タワマンを見た時に思ってた。

「どうぞ」

「え・・・」

「あちらの専用エレベーターをお使い下さい」

魔法使いのくせに家の中にワープポートは無いのか。ニュークスは心の中で呟いた。最上階にしか止まらない専用エレベーターなんて、やっぱりすごいな。そうぼんやりと45で止まった数字を見上げていた。エレベーターのドアが開くとすでにリビングだった。確かにわざわざ玄関を作る必要はないのかもしれない。

「こっち」

声がした方に歩いていくと、大きなL字ソファーには1人の男性が座っていた。両肘を背もたれに乗せて、おおっぴろげに寛いで。ニュークスを見ると、シャンパングラスをひょいと挙げてみせた。

「ニュース見たぞ?リーダー、大変そうだな」

「・・・あぁ。その、今朝、昏睡状態に」

「あーそうか。時間無いよな?だったら単刀直入に」

そう言うとコートは指を3本立てて見せた。小指、薬指、中指。オッケーサイン?・・・。

「・・・・・3000万?」

「ハハッ・・・ズレてんなぁ。億だ。3億ティア。それで治してやる」

ニュークスは、生唾を呑み込んだ。



第8話「闇の魔法使い」



やっと深呼吸が出来るカフェで、リリアはスマホ相手に顔をしかめた。

「闇医者だって。すごい噂じゃん。桁外れの金銭要求に、現在、3人の女性と事実婚状態で、子供が3人・・・ちょ・・・こいつ女の敵ね。まったく、こんな奴に頼っちゃダメ」

「いやでも、他に方法が無い。冒険に出るしかない」

「にしてもなぁ、3億相当のマテリアルだぞ?レベルで言ったら、8、いや9以上だ。オレらまだフルメンバーで7がやっとだったろ?」

「でも、ちまちま稼いでる時間無いし」

「あたしはいいよ?腕が鳴る」

「アホか。9だぞ。死ぬぞ」

「とにかく、調べよう。3億稼げるマテリアル」

開放的なカフェのテラス席で、ふと話し声が聞こえた。それは病の話だった。何となく振り返るニュークス。

「え・・・」

そのテーブルに居たのは、女性と猫だった。

「・・・女神?」

ん?と言ってリリアも何となく顔を向ける。するとパッと猫もニュークスを見た。無言ではしゃぎ出したリリアの様子に、ジャックスとベルナも振り返る。つむぎはピョンッと椅子を降り、ニュークスに歩み寄る。

「あなた達も誰か病気なの?」

「可愛い・・・」

小声でささやきながらリリアは写真をパシャリ。

「あぁ」

「喋った」

「ベルナ知らないの?ハイネティスの女神だよ?」

「あー。へぇ」

「ほんと戦い以外興味ないんだから」

「今、とてもまずい状況。親友が、昏睡状態で。ダークエリアの病気で」

「そっか。大変だね。じゃあいいこと教えてあげる」

「え?」

「あたし達も、ダークエリアの病気を調べてて、それで、この世には5大万能薬があるって」

「5大万能薬?」

「・・・何だっけ」

つむぎはオリヴィアに振り返ると、オリヴィアはスマホを取り出した。

「テンペスト、メレコ、アマノシズク、プーラ、アヌビスの鱗粉、です」

「5つ揃えたら、どんな病気でも治るのか?」

ジャックスが尋ねる。

「えっと、その5つの素材を調合して出来る秘薬というのがあるみたいなんです。その秘薬はどんな病気も治すって噂らしいですよ」

「何だよ噂かよ」

「作れる人が世界で1人しかいないみたいで、レシピも非公開だそうで」

「ニュー。それだよ。3億より絶対そっちがいい」

「ただの噂だろ?」

「でも5大万能薬は本当なんだから、あり得るよ。教えてくれてありがとう女神様」

「うん」

どうやら話を聞いていたのはあっちも同じだったようだ。でもすごく希望が見えた。

「テンペストは私が行く。あんなの10分で採れるし」

「メレコは聞いたことある。あれもキノコで、確か何千万で取引されてるって。それでも買い付けるのは無理そうだな」

「他のは聞いたことない。知ってる?」

「いや。まぁ、違う大陸の素材なんだろ」

「とにかく、採りに行こう」

旅行なんて気分じゃないが、何千キロも移動した。ワープだし実感もないけど。メレコの名前の由来は天使。とても希少なキノコだ。真っ白でひらひらで、まるで天使が着る服みたい。アマノシズクはとある海域の海底洞窟にある、特殊なミネラルが含まれる湧き水だった。プーラは、カレーの文化が特に発展している地域で採れる、天然のスパイスだった。4つは1人でも採れるような食材だった。でも最後の1つ、アヌビスは、レベル9のマテリアルだった。しかもその巨大な蝶の鱗粉は人がそのまま吸い込んだら即死する劇物。ニュークス達は絶望した。

翌日、ニュークス達はカフェにいた。ニュークスの戦いのスタイルは、準備。とにかく相手をリサーチする事から始まる。アヌビスは横幅3メートルの蝶。鱗粉は身に危険を感じた時に出す防衛手段。でもその猛毒はどんなマテリアルでも死に追いやる。

「先ず顔全体は防壁で覆うとして、問題はどうやって鱗粉を採るか。リラックスしてたら出さないから、結局脅かさなきゃいけないけど、臆病な性格で、すぐに逃げ出す。鱗粉は逃げられないと思った時に出すものだって」

「捕まえりゃいいんだろ?」

「そうだけど、そう簡単じゃない」

「何でだ」

「アヌビスの好物は、マジクラリシオンっていう樹の樹液。それに集まる。でもその樹の皮が好物なマテリアルがいる。そのバクマフっていうレベル8のマテリアルがいると、アヌビスは来ない。バクマフは、アヌビスを食べるカエルなんだって」

「え?どんなマテリアルでも殺す鱗粉があるんだろ?」

「バクマフも猛毒ガエルだから、大丈夫なんじゃない?唯一の天敵って書いてあった」

「つまり、樹液があるポイントでアヌビスを待ち伏せするけど、カエルが来たらアヌビスは逃げるんだな?」

「そういうこと。でも、俺にアイデアがある」

初めて訪れる地域。自分が暮らす街とは何千キロも離れた場所。そもそも同じ国だから、言語も通貨も同じだけど、何となくの風土が全然違う。建物の作りだったり、ファッションだったり、法律的には同じ国だけど、人や服、暮らし方とか、このデルバラという地域にしかない文化がある。

「なんか寒くない?」

「あぁ。俺達の街より大分北だからな」

「あたしは平気だけどな」

「鈍感なだけでしょ。さっさと終わらせて帰ろう?」

いつものストームズは、とにかく真面目。いや、バカ真面目。目的達成が1番。だからこそ急成長を遂げた訳だが、そこでふとニュークスは立ち止った。ゆっくり街を見渡した。

「・・・俺さ、チーム抜けてた時、別のチームで、大事な事を教わったんだ」

それからニュークス達が入ったのは、人気のレストラン。ちょうど昼時で、賑わっていた。寒い地域だからこその大人気メニューのスープ料理に、リリアはうっとりする。

「何これ最高なんだけどぉ」

「俺さ、ずっと、強くなりたいって思ってて、それしかなかった。冒険も、人生も、楽しんでこなかった。俺、あいつが戻ったら、もっとみんなで冒険を楽しみたい」

すると3人は爆笑した。

「え?」

「真面目かよ。あたしら、十分楽しんでるけどな。あんた達2人だけだ、永遠にケンカしてるの」

「言っとくけど、チームの雰囲気悪くしてたの、お前ら2人だからな?オレらは最初からまぁまぁ楽しんでやってる。じゃなきゃとっくに辞めてる」

「ていうか今更?呆れるわ」

ニュークスは絶句した。どうしたらいいか分からず、とりあえずスープを一口。

「まぁ、ストイック過ぎるお前ら2人についていくのは厳しいが、そのお陰で実力もついたし、良い武器も持ててる。そういや、聞いてなかったな。新しいリーダーとして、どうしていきたい?」

子供なのは俺とケインだけだった。その事実がようやく分かったところで、ニュークスは3人の期待の眼差しに戸惑った。

「・・・あいつに、お土産、持ってってやりたい」

世界一危険な毒沼と言われている、ミックテック沼。そこにはとにかく毒の生物たちが暮らしている。毒というものは身を護る為のものだが、現実、天敵のいない生物はいない。どんな生物でも弱点はあるし、関わりたくないと思うやつはいる。

「いた、バクマフ。うじゃうじゃだね」

カエルは基本的に触らなければ大丈夫。そしてカエルの天敵は。

「クエェーーー!!」

鳴き声が響き渡る。2メートルのカエル、バクマフたちはみんな一斉に散っていく。感心するジャックス。

「おー、効果てき面だな」

怖い奴が来れば誰だって逃げる。毒を持ってようが、それが本能。バクマフの天敵はサキッパーという巨鳥。体内の解毒機能が高く、毒の生物など、特に好物のバクマフなんか構わず食べてしまう。でもそこに、サキッパーの姿は無い。

「これで時間は稼げるはずだ」

何故なら録音した鳴き声を流しただけ。そして4人は少し遠くから、樹液の染み出た1本の大木を観察する。天敵のカエルの気配が無くなってから数分後。

「来たぞ・・・」

黄金に縁どられた、ターコイズブルーとエメラルドグリーン。まるで宝石か、神の使いか。そんな誰もがその美しさに見とれてしまう巨大な蝶がバサバサと降り立った。リリアは消音にしながらスマホでパシャリ。まるでバッグにしまうように小さな光にスマホをしまい、直後に杖を取り出す。そしてリリアの眼差しに真剣さが灯る。まだ、そのアヌビスは見えない防壁の球体にすっぽり閉じ込められたことに気付いていない。樹液に夢中だった。

「単純な強さではないレベル9か。あたしには無縁だな」

バサバサとパニックなアヌビス。見てて少し気の毒だ。人間が近づいて来たので逃げようとしたのに、逃げられないから。舞い散る鱗粉は防壁の内側に付着していく。

「こんなもんだろ」

大都会にやって来たニュークス達。素材は集まった。だから秘薬を作ってくれるという魔法使いに会いに来たのだった。女神は肝心な名前を教えてくれなかったが、ネットで検索すれば簡単に住所が出てきた。しっかりとホームページまで作っていた。フリーランス、何でも治す魔法使い、コート。ニュークスは拍子抜けした。

「じゃああとでね」

相手がコートだと知ったら、リリアはベルナを連れてショッピングに行くと微笑んだ。

「高えなあ」

エレベーターの中で、ニュークスは不思議な縁を感じた、ような気がした。悪名高く、セレブしか相手にしない天才医師が、そもそも何で前のめりで協力してくれようとしているのか。

「こっち」

エレベーターを出ると、コートはデカいダイニングテーブルで女性と女の子と食事中だった。家政婦も2人居て、改めて遠い世界の人だと実感する。

「もう3億集めたのか?」

「いや、秘薬を作ってほしい。5大万能薬を採ってきた」

ピタリと動きを止めたコート。すると何やら呆れたように1人で爆笑した。

「・・・面白えなぁ。いや、冒険者ってのはそういうもんか」

「え?」

「いやあ、3億ってのは、それを調達する資金なんだ。まさか自分達で採ってくるなんてな。情報収集力も行動力も、ほんと大したもんだ。あでもな、タダではやらないからな?」

そう言うとコートは、指を2本立てた。小指、薬指。・・・独特なオッケーサイン。

「2000万?」

「いや、200万ティア。オレの1回のオペ費用」

「気になってたんだけど、何でそんなに協力的なんだよ。全然、知り合いでもないのに」

「はあ?客に知り合いもないだろ。協力じゃない、仕事だ。オペは明日。この街の1番の大学病院でやるから連れてきてくれ」

翌日、大学病院では記者会見が開かれていた。ダークエリアの未知の病気を見事に完治させたのは世界でも数例しかないから。しかし相変わらず秘薬のレシピは非公開。世間からひんしゅくを買うコートだがそんなのはお構いなし。そしてニュークス達もそんなのはお構いなし。大学病院の病室で、すっかり良くなったケインに、リリアはお土産話を聞かせた。ニュークスはようやく気が付いた。リリアは、いつも笑顔だという事に。俺が見てなかっただけだという事に。退院してそれから、ニュークスは激辛ビーフジャーキーを渡した。お土産だ。ケインはとにかく激辛が好き。だからめっちゃ喜んだ。


世界でも指折りのとある大学病院。世界中の病気、病原体の研究が行われているそこに、つむぎとオリヴィアはやって来た。エントランスで出迎えてくれたのは副院長の女性。

「ウツセミさんから伺っております。どうぞ」

院内を猫が歩くのは何となくアレだからと、つむぎは終始オリヴィアの腕の中。応接室で待っていると、やがて1人の研究員がやって来た。新しい女神に現状の報告を。そう聞いていた研究員は椅子に座るなり表情を曇らせる。

「恥ずかしながら、解析は進んでおりません」

「なんで?」

猫からの質問に、研究員の男性は脳内で必死に言葉を選ぶ。

「病原菌の持ち主が分からないんです。どんなマテリアルなのかが分かれば、病原菌の性質や、ワクチンの作り方など、色々と見えてくるんですけど。今は、我々が知ってるマテリアルが持ってる病原菌でこれと似てるものが無いか探したり、あとはとにかく沢山のマテリアルを捕まえて、サンプルを増やしたりしてますが、砂の中から金の粒を探すようなものですから」

「そうなんだ。わたしなら匂いでどんな魚か分かるけど」

「匂い・・・」

その瞬間、閃いたような閃いてないような、男性がそんな顔をしたのを、誰も見てなかった。

病院を出てつむぎ達が向かったのはカフェ。オリヴィアはウツセミとビデオ通話を繋いだ。

「そうですか。分かりました。では世界一の天才魔法使いに話を聞いてみるのはどうでしょう?何でも治す魔法使いで、病気に詳しいはずです。私が連絡しておきますね」

「はい」

そしてつむぎ達は高級タワーマンションを見上げた。それはニュークスが初めて訪れる2時間前の事だった。

読んで頂きありがとうございました。

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