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「もし花束になれたら」

クロスバイクが走っていく。緩やかな坂道、階段、砂利道。住所を確認して、タケミチは自転車を降りた。古いアパートの一室のインターホンを押す。出てきたのは1人の青年。

「ニュークス・スタンベルトへの届け物を依頼された」

「俺だけど」

タケミチが手の平にちらつかせた小さな光から出現させたのは、これまた小さな巾着袋。でもニュークスには見覚えがあった。

「ケイン・エクスセルからだ」

ニュークスはそれを手に取るのを一瞬躊躇った。もうそれだけであいつの言いたいことは分かった気がしたから。少しずつ怒りが湧いてきた。でもタケミチの目には、何だか悲しそうに見えた。

ニュークスは迷っていた。行くべきだとは思っていた。でもなんて言ってやればいいのか分からない。でも先に仕掛けてきたのはあいつだった。きっとケインは、これを渡せば来ずにはいられないと思ったんだろう。あいつの思った通りだ。そうニュークスは病院の前に来た。

「ニュー!」

待ち構えていたのはリリアだった。ストームズの1人で、幼馴染。真っ先にリリアはニュークスにしがみつくように抱きついた。号泣だった。親友が死にかけたんだ。ニュークスだって泣きたい気分だった。

「これ・・・」

少し落ち着いた頃合いを見て巾着袋を見せる。

「さっき届いた。でも返しに来た。急に渡されても困る。どういうつもりなんだよ。リリ、渡しといて」

「会っていってよ。そうして欲しいってことでしょ」

「でも・・・」

リリアは病院入り口の前のベンチにニュークスを座らせた。

「勝手すぎるだろ、いつもだけど。辞めさせておいて、死にかけたら”これ”かよ」

「実は、ニューが辞めてからみんなちょっとギスギスしてて、ケインの言ってる事1番理解できるのニューだけだったし、連携があんまり取れなくて」

「は?・・・知らないし」

「本当にみんな、ニューに戻ってきてほしいって思ってる。ケインがあれだし、リーダーはニューしかいないってみんな思ってる」

「そんな事、急に・・・・・あいつは、どうするつもりなんだ。辞めるのか?」

「分かんない。先ずは回復が先でしょ」

「どれくらいで治るんだよ」

「魔法を使えば1週間だって。使わなかったら分からないって」

魔法の医療費は高い。それは誰にでも頭に過ること。

「悪いけど、あいつの顔を見る気にはなれない。でも”これ”は預かっておく」

「うん。ねえ、夜、一緒にご飯食べよ?話したい事、ありすぎて」

「・・・うん」



第7話「もし花束になれたら」



とあるカフェ。タケミチは少し休憩がてらコーヒーを飲んでいた。ふとさっきの依頼を思い出していた。便利屋だから、基本的には何でも依頼は受ける。色々な依頼の中でも、さっきのは珍しい方だ。そう思った矢先、隣を見ればさっき荷物を届けた青年が来た。ニュークスも、偶然に隣の席にさっきの人が居て、思わず会釈する。

「ひとつ聞いていいか?」

「え?」

「便利屋として色んな仕事をしてるが、メダルを1枚届けるだけの仕事は珍しくてな。あのメダルは何だ?」

「あれは・・・リーダーの証です。幼馴染で作ったチームで、メダルを持ってる奴がリーダーってことにしてるんです」

「そうか。じゃあ、交代ってことか?」

「・・・どうですかね」

2人はコーヒーを一口。2人それぞれ、違う意味でほろ苦かった。

「依頼の時、ケインが言ってた。本当は最初からこうすべきだったって」

ニュークスの脳裏に突風のように甦った記憶。


メダル自体はゲーセンで取った何の変哲もないやつ。リーダーの証になったのも単なる遊び心だ。深い意味はない。

「じゃあ、裏だったらお前で、表だったら俺な?」

ちょうどポケットにあったから、指で弾いて、パシッと取る。裏だった。俺とケインとリリアはそうしてチームを作った。


ニュークスも去り、コーヒーを飲み干して、さあ店を出ようとした頃、タケミチのスマホにメールが来た。依頼のメールだった。クロスバイクで向かうと、指定された場所は小さな公園だった。やって来た便利屋に手を挙げる女性。

「こんにちは」

「あぁ。どんな依頼?」

「実は、ニュークスにあなたの事を聞いて連絡したんです。リリアです。珍しい花を取るの、手伝ってほしくて。お守りの星屑っていう花、知ってますか?」

「あぁ。山にしか咲かない希少な花だ」

「少し事情知ってますよね?ストームズのリーダーのケインが重症で。多分、もうストームズは終わりだと思います。だから最後に、3人で初めて行った冒険で見たあの花の、花束を作りたいんです」

「何で俺に?チームの実力なら問題ないだろ」

「今はみんなギスギスしてて、そっとして置いた方がいいというか、ケインの為に花なんて摘みに行く気分じゃないと思うので。私も1人じゃさすがに厳しくて。あの花を見れば、きっと、仲直りしてくれるんじゃないかなって。チームが終わったら、また親友に戻れるように。それに、あの花を見れば、ケインも転生を考え直してくれるかも」

「転生・・・」

一瞬にしてタケミチの表情に険しさが宿った。その単語は今や、元騎士たる男のやる気スイッチなのだ。

「転生なんて、バカの発想だ」

「そうですね。でも人間関係が修復出来なくなった人にとっては、唯一の逃げ道です」

「そんな簡単に諦めていいのか?」

とばっちりで怒られているようだと、リリアは困った。

「私も、もう一度、あの楽しかった頃に戻りたいって思いますけど、どうしたらいいんでしょう」

「一先ず、依頼は受ける。だが条件がある」

「え」

「ストームズを続けることだ。最後の手向けじゃない。チーム修復の為の花束だ」

「・・・出来るでしょうか」

リリアの脳裏にはいくらでも2人のケンカが甦る。でもそれ以上に、2人は親友だってことも理解している。それが出来るなら、どんなにいいか。それでもリリアは決意した。

「分かりました。お守りの星屑で、必ず2人を仲直りさせます」


今日も冒険の予定だった。だから打ち合わせの時間通りに、ニュークスはテンザーの下へ。とある駅前のベンチ。テンザーはまた、ニュークスが何かを悩んでいると一目で分かった。そして人々が明るく行きかう駅前のベンチで、テンザーは暗い表情の訳を聞いた。

「なるほどな・・・・・そうか。分かった」

それから全てを悟ったかのように、テンザーは陽気に微笑んだ。

「ニュークス、お前は、ストームズに行け」

「・・・いいの?」

「あはは、それはこっちのセリフだぞ。このままじゃ後悔するぞ。本当にいいのか?友達にチームを託されたんだぞ?なに迷ってんだよ。しっかり話し合わなきゃダメに決まってんだろ」

「・・・そうだよな」

「短い間だったが、お前は仲間だ。お前の居場所がここじゃないなら、ちゃんと送り出してやる」

「・・・ありがとう」

「頑張れよ?ちゃんと仲直りしろよ?」

「・・・うん」


フリーストン地方で最大の高原。アリノア高原。高原全域が標高3500メートル以上になっていて、そこには独自の様々な植物が生息している。アリノア高原を冒険したいときの必須アイテムが、高山病対策グッズ。ワープポートから一瞬で低酸素の環境に飛び込むのだから、対策しないのは命を投げ出すようなもの。シンプルに酸素ボンベを持っていけばいいのだが、それでは重たいし動きづらいし戦いづらい。今の時代、対策は色々ある。肺機能向上と、体温調節機能のあるインナー。鼻の中に詰め込むだけで、吸い込んだ酸素の濃度を上げるという、小さなボール状の特殊繊維フィルター。あるいは、高濃度の酸素を閉じ込めたバブルを作る魔法。

「冒険の事、詳しいんですか?」

高原を歩きながら、リリアはそんな話を切り出した。さすがに無言は気まずいから。

「それほどじゃない。ランクは高い方だが」

「魔法使いなんですか?あれ、でもペンダントしてないですよね」

「別にしなきゃいけない訳じゃないからな」

「せっかくだから教えて下さいよ」

「今は、Aだ」

「すごい!何で便利屋なんかやってるんですか?チームとか入ったら絶対活躍出来るのに」

「冒険そのものに興味は無い」

「どういう事ですか?」

「依頼を受けたりして行く冒険ならやりがいは感じるが、別に自分の為に行く冒険に興味は無い」

「そうなんですね。じゃあずっと便利屋なんですか?」

「・・・いや。元々は、騎士だった」

「ええぇ!!何で辞めちゃったんですか」

「まぁ、色々あって」

「そうなんですか」

アリノア高原にある最高峰の山アンジェロ。標高8688メートルの山。今回の目的の花はその山道に生えている。そしてアンジェロには、冒険者を悩ます強敵がいる。遭遇する確率は低いが、出くわせば生半可な冒険者では戦いにもならない。


病院にやってきたニュークス。とにかく気が重たい。でもお見舞いしたい気持ちがゼロかと言ったらそうでもない。何て話せばいいか分からない。無言でメダルを返して立ち去るか、それも何かダサい。昨日何食べた。何だその質問。気が付けばもうエレベーターを降りていた。確か4階の412号室。

「・・・ニュー」

待合室でばったり見かけたのは運が良かった。そうニュークスは安心する。チームの1人、ジャックス。俺とケインのケンカをいつもとにかく宥めてくれる兄貴分。

「これ、便利屋に届けられて」

「そうか・・・。まぁとにかく顔見ていけよ」

「1人じゃ無理だ」

「分かった分かった」

ドアを開けると、ゆっくりとケインが顔を向けてきた。顔の半分は包帯で、片足と片腕が包帯だった。思ったより悲惨だった。だからニュークスはふと思ったことを口にした。

「誰にやられた」

「知らないドラゴン。レベル7のオルタスクドラゴンっぽい、亜種っぽい何か」

「それ亜種っていうんだろ」

そうニュークスは失笑した。子供の頃と同じようにツッコんでしまい、だからケインもつられて笑った。

「どこで」

「平原から、山岳地帯に差し掛かったところだったかな。・・・お前、今まで何してた」

「は?辞めさせて聞くのおかしいだろ」

「おいニュー」

「ていうかこれ、なんだよ。急に渡されたって」

「だって、オレこんなんだし。お前しかいないだろ」

「知るかよ。辞めたんだぞ俺。リリでいいだろ」

「本人が嫌だって」

「それになんだよダークエリアって。まだ早いに決まってんだろ」

「それは・・・うっ」

「おい大丈夫か。無理して喋りすぎたな。ニュー、ちょっと来い」

ジャックスに連れられて病室を出てようやく、ニュークスは反省した。

「まだ興奮させんな」

「ジャックスは、リーダーやらないの?」

「スナイパーがリーダーってのもおかしいだろ」

「別におかしくは」

「ニュー!」

チームの1人、ベルナがコンビニ袋を持ってやって来て、ニュークスは戸惑う。ベルナは男気のある強くてカッコイイお姉さん。そしていつも明るく、細かい事は気にしない。だからこそ、今はそんなポジティブ人間に付き合える状態ではないと、ニュークスは戸惑った。それから待合室の椅子に座り、3人で缶コーヒーを飲む。

「ベルナは、リーダーやらないの?」

「面倒臭いからなぁ。やる気があるから来たんだろ?」

言葉が出なかった。そうだからパンツァードを辞めてきた。自分でも分かってるけど。そこでベルナはパシンッとニュークスの肩を叩く。

「なぁ、何で2人共、ダークエリア行くの止めなかったんだ」

「それは・・・」

単純なベルナも、冷静なジャックスも言葉を濁した。明らかに変だ。そうニュークスは立ち上がった。

「これ、返してくる」

「ちょっと待て、座れ。本当は本人が言うべきだが、あの状態だからな」

ジャックスの言葉には素直に言う事を聞く気になれる。ニュークスは静かに椅子に戻る。

「あいつは、お前を戻すつもりだった」

「え」

「オレが言ってやったことが、染みたんだろうな」


ニュークスが居なくなって初めての冒険。相手はレベル7。でも不安は無かった。そう思っていたのはケインだけ。本当にこれでいいのか。そんな”まともな”迷いがケイン以外には伝染していた。だから何となく身が入らなくて、本気になれない。そして小さな事件が起こった。いつもなら前線はケイン、ニュークス、ベルナ。でも1人いなくて、上手くいく訳が無くて、リリアが重症を負った。

「リリア!」

マテリアルは倒したし、骨折くらいなら魔法で1日で治る。でもそういう問題じゃない。

「仲間の事見てないのか!ニューが居なきゃその程度かよ!」

思わず怒鳴ってしまったジャックス。


「だから、あいつはダークエリアに行くって言い出したんだと思う。もっと強い武器が必要だし、お前の分も作って、謝ってまた戻って来てもらおうって」

「俺の、為に・・・」

「だからあたし達、断り切れなくてさ。深追いはしないって決めたし、大丈夫だろうって。でもあんな目に。みんな油断したし、あいつ、リリアをかばったんだ」

「・・・ふざけんなよ」

「おい待てって」

気が付けば走り出していた。病室のドアを開け、詰め寄って、ニュークスはケインの胸ぐらを掴む代わりにベッドの柵を握りしめた。

「俺の為って、それで無茶して死んだら意味無いだろ」

怒鳴りたくても出来なかった。必死に泣くのを我慢してたから。

「・・・そう、だよな。ごめん」

「武器じゃないだろ。俺が居ればこんなことにはならなかった。お前をそんな目に遭わせなかったのに」

「リリ」

ベルナの言葉に振り返るニュークス。ジャックスとベルナの向こうから姿を現して病室に入って来たリリアは、花束を抱えていた。見覚えのある花に、ケインとニュークスは茫然とする。リリアの表情は、決意を感じさせる凛々しさがあった。

「便利屋に付き添って貰って、採ってきた。ねえ2人共、ちゃんとまたやり直そうよ。私、またみんなで楽しく冒険したい。このままケンカ別れなんて嫌。だからニューも戻ってきて。ケインも転生なんかしないで」

「え、お前」

「その、治らなかったら、それしかないかなって」

リリアが歩み寄って来た時には、ニュークスは我慢できずに涙を溢していた。3人で初めて挑戦した登山。マテリアルを相手に何も出来なかったけど、楽しかった。

「オレだって、またみんなで冒険したい。でも仲直り出来なくてずっと後悔してた。だからニューに、何か強くてカッコイイ剣をプレゼントしたかった」

「そんなの無くたって、仲直り出来るだろ、友達なんだから」

「・・・だよな」

ニュークスはポケットからメダルを取り出して見せる。

「お前の怪我が治ったら、俺がリーダーってことでいいんだな?」

「・・・あぁ」

「分かった」

それからお守りの星屑の花束は花瓶に収まり、ニュークス達は今までのことを語り合った。


タケミチの下にメールが届いた。それはリリアからで、2人は仲直り出来て、チームも存続出来て、丸く収まったという、感謝のメールだった。添付された写真は病室での5人の写真。

「人は、その人の花束になりたくて頑張るものなんだよ」

騎士だった時の団長の言葉をふと思い出した。クロスバイクにまたがり、タケミチは街を走りだした。

読んで頂きありがとうございました。

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