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「酔い火」

珍しく不安感で目が覚めた。いつものベッドじゃないからか。それともあまりお酒を飲んでなかったからか。時間だって早い。こんな朝らしい朝に目が覚めたのもどれくらい振りだろう。

スマホが鳴った。ベッドから出ずに手に取ると、それは電話の着信だった。

「起きれたんだ」

「そんなに飲んでなかった」

「昨日の夜何食べた?」

「ビジネスホテルのレストラン」

「私、思ったんだけど、借金はきっときっかけなのよ」

「きっかけ?」

「あなたが、また冒険を楽しめるようにっていう」

「・・・そうなのかな。なあ、本当に全額貯めなきゃ帰っちゃダメなのか?」

「しょうがないなぁ。1000万いったら1回帰ってきていいよ」

「お、そうか」

妻のハリヤの声を聞いたら何だか朝からやる気が出てきた。

「2人は?」

「エリン、ロック、パパに頑張ってって」

「パパー、頑張ってー」

「あぁ」

ハリヤは俺の扱い方を知ってる。水で顔をバシャバシャしたところで、ドアがノックされた。開けると目の前には”アンリたち”がいた。そういえば隣の部屋に泊まっていた。それは昨日の事。



第6話「酔い火」



「じゃあおっさん、また」

「おう」

あっさりとした別れ。何回も冒険を共にしてるし、再会も別れも日常の一部なのだろう。あの2人にとっては。

「・・・あの」

「ん?」

「弟子にして」

一瞬、時間が止まった気がした。まだ完全に酒が抜けてないヘイゼルはすると、まるでずぶ濡れの子猫でも見かけたようにふっと笑った。

「おう、良いぜ。そういや、引っ越してきたって、前はどこに」

「サンフラウスの郊外。ベリーテ・バリーっていうチームの、2軍に入ってた。私、実は魔法使いになってまだ全然日が浅くて」

「そうか。立ち話もなんだし、そこで一杯おごってやるよ」

戦闘時はどうなることかと思ったが、話してみると確かに優しくて、溜まってたものを話したくなる雰囲気を作ってくれた。こんな気の良いほろ酔いのおじさんなら、借金を押し付けても怒らないだろうと思うレベルの。そうアンリは自分でも驚くほどにぺらぺらと話し続けた。

「お前はいい奴だな」

何度目かのそのセリフ。心の中ではまたかよと引っかかるが、ほろ酔いのおじさんにひたすら褒めてもらうと、何だか気が楽になってくる。ちょうどお昼の時間だからとオーダーしたパスタも、何だかよりおいしく感じるほどに。

「私、次はレベル4と戦いたい。アイシクスは無理だったけど、レベル4ならいけるかも」

「さすがにそれは危ないな。Eランクじゃ、レベル3でもキツイはずだ。普通は採集クエストをコツコツやっていくもんだ」

「そんなの退屈よ。もっとスリルが欲しい。ヘイゼルがいれば問題ないでしょ、ね?お願い」

朝に酒屋から貰ったお酒を、ヘイゼルはラッパ飲みでぐいっと一口。それでもヘイゼルは渋っていた。そんな気晴らしの一口を、アンリはおねだりの眼差しで見つめる。

「・・・・・分かったよ、しょうがねえなぁ」

ああこうして借金を押し付けられたんだと、アンリは微笑んだ。ふと目に留まったのは、空になった酒瓶。

「じゃあもっといいお酒買ってあげる」

「お!そうか」

たった数十分話しただけで、ほろ酔いヘイゼルの攻略法を身につけたアンリはそれからオシャレな酒屋に入った。フルーツのお酒、クラフトビール、マテリアルのヒレ酒なんかもある。アンリもたまにお酒をたしなむ。だからこういうウィンドウショッピングも興味が無いことはない。

「私も、お酒飲んだら魔法強くなるかな」

「お?そうなんじゃないか?一応な、アルコールで体が熱くなると、魔力が上がるって研究結果もあるらしいぞ」

「え、何それ。噓でしょ。あ、でも、証拠が目の前に居るか」

それを聞いて、半信半疑にもアンリは1本の酒瓶を手に取った。それはアンリが割と好きな感じである、柑橘系の甘いお酒。アルコール度数は3パーセント。

「そんなんじゃない。もっと強い酒だ」

「アイシクスと戦ってるときに飲んだのは?」

「ありゃ、ここには無い」

そういってパッと手の中に酒瓶を出現させた。改めて見るとまるで血みたいに真っ赤。しかも瓶には商品ラベルは無く、市販品ではなさそう。アンリは冷静に驚いた。

「何のお酒?」

「これは、ドゥルベルドラゴンの血酒だ」

「けっしゅ・・・・・本物の血!?」

「血液に酵母を入れて発酵させたんだと。知り合いが作ったのを貰ってる」

「売り物じゃないんだ」

「あぁ。とにかく全身が熱くなる。でもこれは、しょっちゅうは飲まない。切り札だ」

「何か、ちょっとかっこいい」

良い感じのラム酒を買って、それから2人は大人のピクニックへ。

標的はレベル4認定のマテリアル、ネイヴァロス。向かった先は、見晴らしの良い大きな丘があったりと、中級ハイキングコースで有名な、スヴァナッチ平原。その平原に設置されたワープポートに現れた2人。アンリは大きく深呼吸した。見渡す限りの目に優しい壮大な平原。誰もが空気のおいしさに笑みを溢す事だろう。

目指すはスヴァナッチ平原で最大の丘。ガイドブックでは巨人の足と紹介される。始まりは緩やかな坂道で、危険なマテリアルも居ない。少しずつ傾斜がきつくなっていく途中で、道幅が狭くなるポイントがある。そこは所謂”小指”に差し掛かるところで、崖から落ちようものならただでは済まない。そんなところで、2人は奇妙な生き物を見かけた。

「大丈夫?」

思わず声をかけるアンリ。何故なら道端に倒れていたその犬は怪我をしていたから。懐中電灯で光を当てるように、アンリは回復魔法を犬に施す。

「このまま死ぬのかと思った」

2人がそのシューディー・コリーを奇妙に思ったのは、装備をしているという点だった。

「勇敢だが無謀だな、たった1匹で冒険か」

「行けると思ったんだ。でもネイヴァロスのちっちゃい奴にやられちゃって。必死でここまで下りてきて、でも体力の限界で動けなくなった」

「私達もこれから行くところなの」

「じゃあ一緒に行く。ボク、どうしてもネイヴァロスの音波攻撃を解明したくて」

傷が癒えればスッと立ち上がった犬は全身をブルブルさせる。

「ありがとう。あとで一杯おごってあげるよ」

「え、うん」

人語を話すマテリアルは珍しくないが、冒険するマテリアルを見たのは初めてだった。アンリは戸惑いながらもスタスタと歩きだした犬についていく。

「名前は?」

「ボクはトモピッピ」

「何それ。可愛過ぎるんだけど」

「トモでいいよ」

「もしかして、ハイネティスから来たのか?」

「そうだよ。冒険したくて。そこ危ないよ、崩れやすいから」

「詳しいんだね」

「うん。さっき落ちちゃったから」

「大丈夫だったの!?」

「それくらいならへっちゃらだよ」

いよいよ丘の頂上にやってくれば、そこにはまた全長1キロにも渡る広大な平地が広がっていた。この台形の大地が巨人の足とも呼ばれる所以になっている。壮大な景色を見ながらキャンプをしたらさぞかし最高な場所。心地いいくらいに心拍数が上がりながら見渡す大自然に、アンリは立ち尽くした。

「すごい景色」

「あ、見て、バイバイバードがいるよ?」

振り返ると、大木の枝に止まっている、数羽の鳥。

「バイバーイ」

「・・・バイバーイ」

けらけらとトモピッピは笑った。その鳴き声を聞くと、何だか面白い気分になるから。無害なレベル1マテリアルがいるという事は、標的はもうちょっと先に居るはず。そう散策を続ける中、アンリはまた立ち止まった。草むらの中に見つけたのは――。

「これ、もしかしてスリーボルトレモン?珍しい」

「お?採っとけ、良いつまみになる」

更に歩いていくと、やがて静かになった。それはつまり、誰かの縄張りに入ったという事。直後にサイレンが鳴った。と錯覚するようなけたたましい鳴き声が響いた。バタバタと羽ばたきが聞こえてきて、冒険者の恐怖を煽る。ネイヴァロスと交戦する時、まず先兵としてやって来るのが”子分”と呼ばれるコウモリのマテリアル、ルモス。ルモスなんてものは防壁魔法でいなしておいて、ヘイゼルは頭上を冷静に観察した。

「もうっこのっ」

「ワンッワンワン」

連れがルモスたちと戯れている間にも、ヘイゼルはラム酒を一口。

「来るぞ!」

先兵に翻弄されてる獲物を遠くから見定めてタックル。しかしネイヴァロスのそんな得意技は容易くいなされた。防壁魔法で軌道を逸らされ、そのまま地面を転がった体重50キロの怪鳥。バタバタとルモスが下がっていく。

「またやられるところだったよ」

「キョァーー!!」

悶絶するアンリとトモピッピ。それはただの鳴き声じゃなく、獲物を混乱させる音波攻撃。ヘイゼルは立ち尽くしていた。

「よく目を見ろ。次にどう動くか分かるはずだ」

「そんな、こと、言ったって」

「来るぞ!」

先兵の突撃。アンリは必死だった。とにかく炎の玉を作り出し、それを機雷のように爆発させるスタイルで応戦した。爆発を怖がって散開するルモスたち。

「ウィンド!」

トモピッピから生み出された風が更にルモスたちを追い払っていく。

「ハイネティスの呪文魔法?」

「そうだよ」

炎と風にルモスたちが逃げていったところで、ネイヴァロスはまた叫んでアンリ達を悶絶させる。

「なんで、攻撃しないの!してよ!」

「特訓したいんだろ?」

反論出来なくなったアンリは怒りの矛先をネイヴァロスへと変えた。

「いいこと考えた。ボクが気を引くから、その隙にアンリが攻撃して」

「え、うん」

「アクセル!」

レーシングカーのように、尋常じゃないスピードで走り出したトモピッピ。

「トモ!円を描け!」

「え?うん」

まるでねずみ花火みたいに駆け回るトモピッピを、ネイヴァロスは必死で目で追いかける。そしてやがてネイヴァロスはふらふらし始めた。

「今だ!」

アンリがとっさに思い付いたのは、落雷だった。雷魔法に打たれてバタンッとぶっ倒れた怪鳥を前に、アンリは安心して思わず尻餅。

「鳥ってのは目が良いだろ?だから目を回してやるのがいい」

「やったー!!やっほ~!」

嬉しくなったトモピッピは飛び回ってアンリに抱きつく。そんな犬の頭を撫でながら、アンリは遅れてきた高揚感と達成感に微笑んだ。そんな一方で、ヘイゼルはふと昔の事を思い出した。それはまだ冒険を楽しいと思っていた頃の若い記憶だった。

「ねえ知ってる?ここに来る前に聞いたんだけど、この丘の洞窟にはきれいな魚がいるんだって」

「え・・・嘘でしょ。私ここに来るの初めてだから分かんないけど、そうなの?」

「丘の中は洞窟になってて、水脈が通ってる。大きな池があって生き物もいる。きれいな魚ってのは、エクエスのことじゃないか?」

「へえ、この下、そんな感じなんだ」

「ボク、そこにも行きたいんだ。一緒に行こうよ」

「え・・・洞窟、ねぇ・・・」

「そうだなぁ。良い晩飯にはなるだろうなぁ。かなり美味いって話だ」

「ほんと?」

丘の麓から入っていける洞窟、ガイドブックでは巨人の土踏まずと紹介される。とても静かな洞窟で、土踏まずと称されているが地下にも繋がっていてとても広い。採集クエストでしか立ち入らないような初心者の為のフィールドだが、迷えば命取りになり兼ねない。そんな洞窟を出るともう空が赤く染まっていた。

「ウォーター・・・ウィンド」

全身に水をかけて、乾かす。泥だらけになっていたトモピッピだったが、こんなのへっちゃらだと笑った。それから広範囲に防壁を展開して、キャンプ用品で夜ご飯の支度。焼き鳥と焼き魚。豪華ではないが、そこにスリーボルトレモンをかけると、お酒との相性が抜群だった。実際に3ボルト程度の電気を含んでいるレモン。その果汁はとても心地の良い刺激があり、中毒者が絶えない。そんなレモン果汁をかけると、焼き鳥も焼き魚もトモピッピが遠吠えするほどの美味さに変貌した。

「冒険、楽しいね。もっと行こうよ」

「じゃあ、私達のチームに入る?」

「いいの?入る!」

思わずヘイゼルは笑ってしまった。犬とチームを組むのは、25年の冒険人生でも初めてだから。

「お前ら、良いコンビになるよ」

アンリとトモピッピは嬉しそうに顔を見合わせた。そんな若者たちを前に、ヘイゼルはまた昔を思い出す。

あれは冒険を始めて3年目の時、17歳。チームリーダーから同じような事を言われた。まさか、自分が人に冒険を教える側になるなんて。

「ヘイゼルは今までどんなどころに行ったの?」

トモピッピのまるで純粋な子供のような質問に我に返った。

「数え切れないな。もう、20年以上あちこち行ってるからな」

「すごいね。すごく美味しいもの教えてよ」

「そうだなぁ・・・」

それから色んな冒険の話を喋らされた。人に冒険の話をする。思えばそれがオレとハリヤの出会いだった。こいつらみたいに、ハリヤも冒険話が好きだった。――そうだ。

「ボクはねー、あそこに行ったことあるよ。トミー・エルグスのお墓」

「誰それ」

「懐かしいな。何代か前のハイネティスの女神だ」

「永遠に荒らされないように防壁魔法がかけられた岬で、その周辺にいるジュノコが美味しいんだ」

「結局食べ物の話なのね」

街に戻るとヘイゼルはビジネスホテルにチェックインした。部屋で独り、ベッドに寝転びながらメールを送った。1枚の写真を添えて。それはスヴァナッチ平原、夕暮れに照らされた巨人の足の写真。すぐに着信が来た。

「ヘイゼル、今日の冒険、どうだった?」

「知り合いの若い奴らとナマズを狩りに行ったんだ。そしたらナマズを狙ったデカい鳥と鉢合わせして大変だった。泥だらけでさ。でも美味かった。あと洞窟にしかいないすげえ美味い魚も獲った。お前達の分もあるから、待ってろよ?」

「うん。それってどれくらい稼いだの?」

「石も採って、ざっと250万ってところだな」

「まだまだじゃない。もっと頑張って」

「1回帰っていいよな?」

「ダメ。お金とか鳥とかは郵送で送って」

「マジかよ」

「楽しみにしてる」

「ああそうだ。実は、弟子が出来たんだ」

「・・・その人見る目無いのね」

「おいおい、一緒に冒険に行った若い奴でさ。未熟だが本当に悪い奴じゃない」

「写真は?」

「あとで撮る。それに犬もな」

「ん?犬?」

「ハイネティスの喋る犬。面白いだろ?犬が冒険だなんて。でも良い奴だ。これからは弟子と犬とで冒険することになる」

「へー。それは面白そう。じゃあ子供たち寝かしつけるから。愛してる」

「あぁ。愛してる」

いつからだろう。冒険がただの出稼ぎになったのは。いや、考えてみれば、あの時からだ。酒が手放せなくなったあの時から。何のことはない些細な事件。チームリーダーが戦死した。それからだ、オレの炎が酔い始めたのは。チームもバラバラになって、冒険がただの出稼ぎになった。でも、またオレは冒険の楽しさを思い出しつつある。弟子のお陰か、借金のせいか。いや、ハリヤの為だ。


それから翌朝、ノックされたドアを開けるとアンリとトモピッピがいた。朝からまるで遠足を楽しみにしてる子供のような顔だった。

「もう準備出来てるよ」

「楽しみでぐっすり眠れたよ」

「・・・元気だな、お前ら」

読んで頂きありがとうございました。

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