「新しい仲間」
「週刊冒険」は巷で話題の冒険者を取材したり、冒険に役立つ情報を発信する人気の雑誌。
「ディアウスドラゴンの全体納品は例が少なく、とても貴重な成果ですよね」
「いやあ、運が良かっただけですよ。たまたま強力な助っ人に巡り合えたので。お陰でこの通り、新しい剣を新調しました。ラベル5です。これでもっと冒険の幅が広がります」
「その助っ人というのは」
「あの期待の新生ストームズにいた人で、何というか、戦いのセンスが違いました」
週刊冒険に載れた冒険者はそれなりに有名になれる。パンツァードというチームもこれで少しは箔が付いたことだろう。もしかしたら企業からの依頼が来るかも知れないし、スポンサーになりたいと言ってくるかも知れない。
そんなことには別に興味のないニュークスは、家族とショッピングモールに来ていた。狩猟するのが難しいマテリアルの、まるで釣ってすぐ冷凍した新鮮な魚のような”全体納品”となると報酬が大きく上がる。双子の弟と妹は久々のお出かけにはしゃいでいた。
おもちゃ屋の前のベンチでニュークスとおじさんはしみじみと缶コーヒーを飲む。
「お前は本当に天才だよ」
「言い過ぎだって」
「3ヶ月は食い物に困らない。きっとあいつも天国で喜んでるよ」
「・・・うん」
「兄ちゃーん、これにするー」
レストランを探して歩く中、ニュークスはとあるポスターに目を留めた。1枚の猫の写真と、大々的に”新しい女神です”という言葉がレイアウトされただけのシンプルなポスターだ。まるで迷い猫を探してますみたいなポスターだと、世の中ではバズっていた。
それは2年前、ストームズを作って1週間くらいした時の事。ニュークスは悩んでいた。リーダーで幼馴染のケインと何か息が合わないという事に。大人になったらチームを作ろうと約束していた。友達としては上手くいってた。でもいざ冒険になった時、意見も方向性も噛み合わなかった。
1人で街をぶらついていた時、たまたまドラマ撮影の現場に出くわした。結構な人だかりで、皆の目線はエマに集まっていた。大人気女優でハイネティスの女神エマ。普通の芸能人を見かけるよりも何倍も嬉しい出来事だが、ニュークスは浮かない顔をしていた。
休憩中だったからか、何を考えたのかエマはニュークスに近付いてきた。
「少年、浮かない顔だね。冒険で悩んでんの?」
「何で分かったんですか」
「良く引き締まった体をしてるから、冒険者かなって。当てよう。剣士だな?」
「あ、はい。幼馴染と一緒にチームを作ったけど、全然息が合わなくて」
「面白いじゃないか」
「え?」
「君の冒険だ。そういう時だってあるのが人生ってものだよ。君には君の冒険がある。それでいいんだ」
第5話「新しい仲間」
レストランで昼食を食べ終わった頃、スマホにメールが来た。待ち合わせ場所の小さな公園に行くと、そこにはテンザーがいた。
「雑誌見たか?」
「え?」
「え、見てないのかよ。まぁいいか。ちょっとさ、折り入って話がある」
ベンチに座り、真剣な表情を伺わせる様子でもう大体の予想はついた。
「また助っ人?」
「いや、正式にチームに入ってほしいと思って、スカウトしに来た。冒険は確かに自由だ。けど1人じゃつまらないのも人生だろ?それにオレ達結構良い連携取れてたと思うんだ」
「まぁ・・・」
確かにストームズの時よりは。そうニュークスは空を見上げた。家族の為にはどうしたって良い報酬が欲しい。
「それに次は盾を新調したいからさ。どうだ?」
ストームズは念願の夢だった。だから固執しなきゃいけないと思ってた。でも、本当は、冒険が夢だったのかも知れない。今更、エマの言葉の意味が分かった気がした。それでいいんだ。
「分かった。チームに入るよ」
「よっしゃあ・・・いやあ断られたらどうしようかと思った。じゃ、よろしくな」
「あぁ」
ディアウスドラゴンを狩る前夜のキャンプで、お互いの事は大体話した。のんびりした良い時間だったから、それで良い連携も出来たのかもしれない。そういえばストームズのケインは本当に人の話を聞かない奴だった。あんなにのんびりした関係を築けてたら、少しは変わったのだろうか。
セオラ達とは、プロクロの前で合流した。本当はすぐに出発する予定だったが、標的の名前を聞けばニュークスとしてはそれは出来なかった。
プロフェッショナル・クローズ。それは大手の衣料品ブランド。企業理念は「冒険に日常を」。
売り出している服は全て自社製品。主力商品の1つは、冒険者が選ぶ最高のインナーベスト10で12年連続で1位を獲得している「エアメイル」。
独自開発の編み方で作られたインナーは、ウェットスーツのように肌に張り付き、まるでテーピングしているかのように筋肉を保護する。伸縮性抜群なのに、レベル3マテリアルの攻撃でも傷ひとつ付かない防刃機能がある。冒険の初心者なら誰でも必ず手に取るという、衣料品業界きっての高品質インナー。
もうひとつ紹介するとすれば、プロクロと言えばこれというものがある。冒険者にカジュアルという概念を植え付けた最初の商品。超耐火機能を持った「断熱カーディガン」。
見た目はどんなカジュアルコーデにも使える、普通でオシャレなカーディガン。とある蜘蛛の糸、とあるウナギのヌルヌルの体液、そしてとある鉱石を独自の圧縮魔法製法で極限まで高密度に編み込んだ商品で、ディアウスドラゴンの熱線でも燃えない。もちろん色、サイズ展開は豊富である。
低コストながら超品質商品を作り出して一躍有名になったプロクロはまさに、冒険にも日常とカジュアルを取り入れたい人の為の衣料品ブランド。
店内をそれぞれ散策するパンツァードの面々。ニュークスが真っ先に手に取ったのはイヤーガードだった。感心するテンザー。
「正直、魔法でなんとかなると思ってたけど、甘かったか」
「あるとないとじゃ全然違う。この下にイヤホンマイク付ければ普通に話せるし」
「さすが2年もエリートやってたやつは違うな。こういう、ちょっとしたアイデアなんだろうな。冒険の良し悪しって」
そしてニュークスが最後に取った商品は、救命浮き輪だった。
「本当にいけるのか?」
何となくイメージは分かったが、テンザーは半信半疑だった。
必要なものは揃ったので、いよいよ門前大広場。でも基本的にワープは使いたくないから、そのまま平原まで歩いていく。何か変な感じだ。でも何故かワクワクする。その時、門前大広場には何やら人だかりが出来ていた。ニュークスは自然と足を止めた。人だかり、マスコミに囲まれているのは、ストームズだった。
「ダークエリアに挑戦されるという事で、今のお気持ちは」
「自信しかない。必ず新しい素材をゲットして、最高の武器を作る」
「それはやはり”進軍”に備えてですか?」
「それもある。けど純粋に高みを目指したい」
人だかりは盛り上がっていた。誰かがダークエリアに挑戦するという話題はいつだって盛り上がる。それは多少の嫉妬や羨みを含めた、大きな応援の渦だ。
「おおーすげーな。ストームズ。もうダークエリア挑戦かよ」
テンザーでさえテンションが上がるのだから、世間ではかなりのニュースだ。ワープポートに立って消えていくストームズを眺めていたニュークスは複雑な心境だった。
始まりの平原で車を出したテンザー。
その数キロ離れたところでは、2人の少年が剣を構えていた。不要になったものを個人間で売買するフリーマーケットアプリで買った安い剣だ。もちろん母親には内緒で。ジョンのせいで冒険の楽しさに目覚めてしまった少年達、トマクとイアン。そこには少年達だけではなく、他にも”生徒”がいた。それは冒険の楽しさを知る為の小さなワークショップ。もちろん悪徳ではない。
「冒険はもう時代遅れと言われてますが、人間社会の発展を支えているのは紛れもなく冒険であり、冒険者たちです。冒険はとにかく楽しいです。でも楽しい事ばかりではなく、危険なことが沢山あります。当然ですが、1番死者の多い職業は冒険者です。それでも何故この時代でも冒険者になりたいという人が絶えないのか、今日はそれを皆さんに体験してもらいます」
講師をしてくれてるのは明るそうな大学生の3人。冒険サークル活動の一環で、こういうワークショップを行っている。そして今日のワークショップにネットで応募して来てくれたのは10人。1人を除き全員が16歳以下だった。ちなみに最年少はトマク達。
「これから行くところはソニック・アンド・ウェーブという会社が所有している森林です。レベル1と2のマテリアルが放し飼いにされている場所で、安全に冒険の体験が出来ます」
歩くことから冒険は始まる。そうしてワークショップ一行がやって来たのは、森林の一画を塀で囲んだ冒険体験施設。
「ここは約150ヘクタールあります。迷子になったらマテリアルに殺されてしまうので決して1人にならないで下さい」
明るい表情でサラッと怖い話をした大学生を前に、トマクはジョンの事を思い出した。
「それじゃあ先ずは3チームに分かれましょう」
大学生達は3人共”魔法剣士”だ。魔法も使うし、剣も使う。そして優しそうで強そうな雰囲気の女子大生、ヨジョンのチームになったのはトマク、イアン、そしてアオナ。便利屋に無理やり魔法使いにさせられた彼女だが、結局は彼女もまた冒険に望みを抱く1人であった。
「君達中学生だよね?剣はどこで買ったの?」
「フリマアプリ。だめか?」
「ううん。すごいなと思って」
「え」
「だってやる気満々ってことでしょ?」
そう言って大学生のお姉さんが微笑んでくれたことにトマクはびっくりした。褒めてくれるなんて思わなかったから。トマクは初めて中学生らしく可愛く照れ臭そうに笑った。
「あなたは、もしかして唯一の同年代?」
「あ、あは、うん」
「ランクは始まりのFか。ファーストのFとも言うけど。魔法使いになったばっか?」
「うん。3日前に。防壁しか出来ないけど」
「いいのいいの。これから覚えられるから」
「オレ達も魔法使える?」
「魔法が使えるのは、このペンダントを持ってる人だけ」
「どこで貰えるの?」
始まりの平原から約4時間。カーナビは「目的地周辺です」ととりあえず言ってみた。
「いやあ、入り組んだ道だから時間かかっちゃったな」
「さっそく夕飯にしよう」
大体半径300メートルくらいの防壁のドームを作っておけば安心。キャンプ飯の匂いにつられて新しい食材が来ることもない。ふとニュークスはものすごい良い景色と夕焼けに目を奪われた。
「何回か来てるのに、こんな楽しみ方知らなかった」
テントを張りながら、あえて何も言わないで微笑むテンザー。パンツァードのキャンプ飯のメニューは決まっている。ホワイトシチューだ。ここに来るまでに狩猟したバイバイバードのローストと合わせて、良い感じに豪華な夕食になった。
「ストームズのこと、羨ましいか?」
ローストレッグにかぶりつきながら、ライフルのドルガンがそんな話を切り出した。からかっているような声色ではなく。ニュークスが浮かない顔をしているのはみんな分かってた。
「羨ましくはないよ。心配だ。だって早すぎる。俺がいたら反対してた」
「考えすぎかもしれないが、だからお前は外されたのかもな」
「いや、多分そうだ。あいつは、リーダーのケインはずっととにかく早く強くなりたいって言ってた。俺もあいつも、アルトゥスみたいになりたいって思ってたから」
「誰だって憧れるよな。キングのアルトゥスには。英雄で絶対王者、最強の冒険者だからな」
景色の良い丘の上で夜を過ごした一行は、朝になればジャングルに足を踏み入れた。いよいよそこが今回の標的、ドルテグアンの生息地だから。胴回りの直径はなんと2メートルの大蛇。レベル5認定のマテリアル。ジャングルはどこも同じような風景だから非常に迷いやすい。とは言え、巨大な標的を見つけるのには苦労はなかった。
「いた」
ザザザッと巨大な胴体が地面を引きずっていく。武器を出したのはドルガン、槍のハクダンと魔法使いのセオラだけ。
「今回の標的はドルテグアンにしようと思ってる」
プロクロに行く前、公園でテンザーはそう切り出した。
「まぁ良い盾と防具は作れるだろうな」
「経験は?」
「3回」
「いいね。頼もしい。オレもリサーチくらいする。ドルテグアンはとにかく剣が通じない。斧も。ラベル9の刃物でも切れない、とてつもない伸縮性と防刃性だってな。望みがあるのは槍と銃弾、魔法」
「実は、厄介だけど簡単な方法がある」
ドルテグアンの武器は大蛇らしい牙、その毒。そしてもう1つ。
「ジャーー!!」
ドルテグアンはニュークスを補足するなり威嚇した。みるみるドルテグアンが”縮んでいく”。全長何キロにも及ぶ大蛇が、5分の1ほどにもなる。縮むという事は、伸びるという事。それはまるでゴムのような瞬発力。その速度でドルテグアンは獲物に噛み付くのだ。特急列車が口を開けて突撃してくるようなものだろう。早速ニュークスはさらわれた。鼻の中に剣を突き刺したのだ。呑み込まれることはないがそうなるともうジェットコースター状態。しかも自在に伸び縮みする皮のお陰で予測不能で機敏な方向転換も見せてくる。
「大丈夫かよ」
人間の力では追いかけることも、避けることも出来ない。だからって実際にニュークスと同じことが出来るかと言われたら、ほとんどの冒険者は首を横に振る。やがてドルテグアンは頭を着地させた。その隙をずっと狙われていたとも知らずに。ニュークスはパッと救命浮き輪を出現させた。それは予め魔法に収納して置いた、膨らませた状態の浮き輪。すっぽりと浮き輪はドルテグアンの口を塞いだ。ドルテグアンは口を縛られるとおとなしくなる。その隙にハクダンが頭上に回っていく。その時にドルテグアンの尻尾の先が震えた。そして大爆音が響いた。更にもう1つのドルテグアンの武器、それはショックウェーブ。対策してなければ鼓膜が破れるどころでは済まない。脳震とうで気絶してしまう。そして捕食されてしまう。ドルテグアンに挑もうとする冒険者が対策しない訳はないが。
槍は突き立てられた。脳天を貫通し、一刺しでドルテグアンは息の根を止められた。
「今回はドルテグアンの全体納品ですか。パンツァードは快進撃ですね」
「いやあ、とても優秀な新入りが活躍してくれました。お陰でこの通り、伸縮自在で一瞬で大きくなる最高の盾を新調しました」
「新入りというのは、例のストームズを脱退した」
「ええ、常人では考え付いたとしても出来ないような作戦をやってのけて、かなり信頼してます」
これを機に、実はニュークスも防具を新調した。ドルテグアンの皮は防具の素材としてかなり優秀だから。防具の仕立て屋から出てきたニュークス。ふと店先の小さな街頭ビジョンに流れたニュースに立ち尽くした。
「ダークエリアから帰還したストームズのリーダー、意識不明の重体」
読んで頂きありがとうございます。
150ヘクタールは大体、ハウステンボスくらいをイメージしてみました。