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「きっかけの女神」

ディッセンディア王国からは独立している小さな国、ハイネティス。精霊信仰が根強い、自然豊かな国だ。

とても静かで、神々しい雰囲気に満たされた大きな庭園がある。庭園の中央には精霊の祭壇があり、そこに今、若くて美しい女性が佇んでいた。オリヴィアは祭壇の前で優雅に座り、リラックスして庭園を見渡していた。

そこにやって来たのは、白い猫だった。体重およそ8キロくらいの、大型で長毛の普通の猫。猫は緊張した様子で、振り返ったオリヴィアと目を合わせた。

「女神様、こんにちは」

「女神様なんて。わたし、つむぎっていうの」

「可愛い名前。オリヴィアよ」

「オリヴィア、あなたが執事?」

「ううん、私はただの清掃バイト」

「じゃあ、今サボってるってこと?」

「えへへ、えーと、そうなっちゃうのかな。でも新しい女神様が来るって聞いてたから待ってたの」

「ふーん・・・ねえ猫が女神っておかしい?」

「私、好きよ?猫」

「好きかどうか聞いてるんじゃないのよ。本当に猫が女神になんてなっていいのかな」

「いいんじゃない?前の前の女神様はゾウだったって聞いてるよ。絵を描くのが得意だったって」

「へー。じゃあわたしにも出来そうかも。わたし、目を瞑って食べてもどんな魚か言い当てられる」

足音が聞こえてきて、2人は振り返った。生垣で仕切られて迷路みたいになってる庭園を迷わずに歩いて来たのは、誰が見ても執事だとわかる格好の男性だった。オリヴィアは立ち上がり、つむぎは何となくその隣にお座りする。

「2人共お揃いになられましたね。オリヴィアさん、改めまして、この度新しく女神の仕事に就いてくれることになりました、つむぎ様です」

「はい」

「では早速洗礼の儀式を行いましょう。つむぎ様、祭壇の中央にお立ち下さい。オリヴィアさんはこちらへ」

「・・・ここ?」

「はい。精霊の皆々様、この度の新しき宣告者に祝福を」

祭壇の4つ角に立つ柱に絡みついた蔦が、ゆっくりと花を咲かせた。ただそれだけのこと。

「それでは記念撮影しますね?」

スマホでパシャリ。それも儀式込みなのかは聞かなくても何となく分かった。

「別にわたしSNSやらないけど」

「大丈夫です。アカウント管理と更新は私がやりますから。さっそくアップしますね。国民の皆様への初めての紹介です」

執事の男性、ウツセミは満足そうだった。

「そう言ってくれたらちょっとは背筋伸ばしたのに。顔、変じゃない?」

「すごく可愛いですよ」

「そういえば前の女神、何で死んじゃたの?」



第4話「きっかけの女神」



手を止めたウツセミ。執事としての冷静さの中に、物悲しさがあった。

「エマ様は、ご病気で。それで、新しい女神様には、その病気の解明をして頂きたいのです。もちろん私がサポート致しますし、オリヴィアさんにも手伝って頂きます」

「え、私、ここの掃除が」

「何しろ不測の事態ですので、オリヴィアさんにはつむぎ様のサポートに回って頂こうとの決定が下されました」

「そうですか」

「そんな重たい仕事があるなんて、何であの時言わなかったの?ただの猫に出来るの?」

「問題はございません。つむぎ様には精霊様の加護がありますから。それに決して1人ではございませんよ」

つむぎは港町の地域猫だった。人に撫でられて、魚を食べるだけの毎日。そこでスカウトされた。君可愛いね、女神にならない?といった具合に。要は、つむぎは暇だった。

「・・・まぁ、それなら、やってもいいかな」

精霊の祭壇がある庭園は宮殿の中庭にある。宮殿とは、王様や司祭が仕事したり、生活しているところ。猫にはそれくらいの説明で十分。庭園にもワープポートがある。

「それではつむぎ様のお力について説明します。迷ったときは、この言葉を思い出して下さい。女神とは、人々の背中を押す優しい存在」

「・・・それだけ?」

「そうですねぇ。もう少し噛み砕くと、女神と関わった人は皆、知らず知らず元気になったり、小さな悩みが消えたり、もうちょっと頑張ってみようかなという気持ちになるのです。その力は形の無いものであり、特別なものでもない。1番大切なことは、つむぎ様はありのままでいいということです」

「まるで雲を掴むようなヒント」

「エマ様も、その前の女神様であったゾウのクラリス様も最初は悩んでました。でも大丈夫です。つむぎ様も、お好きなように生きて下さい」

「じゃあ、何か美味しい物食べに行きたい」

「えぇ。ディッセンディア王国には星の数ほど美味しいものがありますよ」

「わーい」

パッと景色が変わった。急に匂いも変わった。あれだけ静かだったのに、目の前には大量の通行人。つむぎもオリヴィアも呆然とした。

「私、こんな都会に来たの初めて」

「わたしも。先ずは、観光しよう。でも仕事あるのか」

「いいんじゃない?やりたいことやっていいってウツセミさん言ってたじゃない」

「そだね」

ウツセミから貰ったお小遣いで、フードデリバリーを頼んだオリヴィア。ちょうどいい公園で待っていると、やがて自転車に乗って男性がやって来た。

「あんたがオリヴィア?」

「はい」

自転車を降りた男性はデリバリーバッグから、屋台で買ってきたようなプラスチック容器に入った、ふっくらと塩焼きされた魚のほぐし身、そして行列が絶えないお店のほっくほくのフライドポテトを取り出した。支払いはスマホアプリ、ティアペイ。オリヴィアが魚のほぐし身のパックを開けてつむぎの前に置くと、男性は納得したように頷いた。

「猫のエサか」

「んー。いい匂い」

「喋る猫か。珍しいな。どこの猫だ」

「私達、ハイネティスから来たんです」

「そうか」

「ていうかそっちもすごい甘い匂いだね」

「まさかこの国は初めてなのか?」

「何で分かったの?」

「自分で歩ける奴がわざわざ公園でデリバリー頼むのは珍しいからな。観光客でなければ迷子だ」

「迷子、と言えば迷子かな。観光したいけどどこ行けばいいか分からないし。ま、美味しい物食べれてるからいいけどね」

「あの、エマ様のゆかりの場所、知りませんか?」

「この前死んだっていう。まぁ、沢山あるな。ハイネティスの女神はどこに行っても人気だ。エマは女優だったし。ドラマのロケ地巡りでもしたらどうだ?」

「ドラマって何?」

「猫はドラマ見ないのか?」

「家猫じゃないし」

「そうか」

「わたし達、エマの病気のこと知りたいの」

「・・・それは俺も詳しくない。大方、未知の感染症にでもかかったんじゃないか?ネットでもそう言われてる」

「ネットって何?」

「猫はネットも見ないのか」

「だってわたし港町の地域猫だもん。人間の家とか分かんない」

「テンペストの薬でも治らなかったらしいからな。ダークエリアから来た未知のウイルスだろうって言われてる。分からなければ何でもダークエリアのせいだ」

「色々教えてくれてありがとうございます」

男性は去っていった。それを見送るつむぎの目は細かった。

「親切だけどトゲのあること言う人だったね。正義感こじらせてるっていうか。ねえ一口ちょうだい?」

しばらくして、プラスチックのパックと紙袋を公園のごみ箱に捨てたその時だった。

「あのぉ」

オリヴィアに声をかけたのは、何だか元気の無さそうなスーツの男性だった。

「はい?」

「私こういうものなんですけど」

名刺を受け取ったオリヴィア。それから間髪入れずにパンフレットも貰った。

「ニューエラ・プロモーション・・・」

「ニューエラ・プロモーションのサクハと申します。突然声をかけてすいません。あまりにも可愛らしいお嬢さんだったので。芸能の仕事、興味ありませんか?ドラマとかCMとか、あなたなら絶対にモデルとしても活躍できますよ」

「はあ・・・」

「何か怪しいな」

「えっ・・・いえ、あの、ウチはちゃんとした芸能事務所ですよ?ほら、ご存じありませんか?ここに載っているアイドルのレナ」

「私、ハイネティスから来たので全然分からなくて。アイドルってなんですか?」

「そうですね。歌を歌ったり、ダンスしたり、女優としてドラマに出たり、バラエティーにも出たり」

「女優って、エマみたいな?」

「そうですそうです」

「わたしも女優出来る?」

「えーと、ウチは動物タレントは扱ってないのですが。でも猫さんもすごく気品があって、存在感があるので、いけるんじゃないですかねぇ」

「マネさーん!」

公園に1人の女性が小走りでやって来た。その女性はふとオリヴィアに目を留めると、何やら表情を一変させた。

「ちょっと!まさかあんたなの!?マネさん奪おうとしてるの!よくもこんな時にこそこそ移籍の打合せできるよね。最低なんじゃない?」

「待って待って違うから!この人は僕がたった今スカウトした人で。ていうか移籍もしないし」

「嘘。だって社長から聞いたもん!マネさんが辞めたがってるって」

「それは、その・・・レナのマネージャーは僕じゃない方がいいんじゃないかって」

「何で?私の事見捨てるの?」

「何でそうなるんだよ、違うだろ。レナは・・・」

「あのお」

2人に声をかけたオリヴィアは、まるで草原に吹くそよ風のように優しく微笑んでいた。

「もっと冷静に話し合った方がいいですよ?」

「あんた誰・・・私の方が可愛いし」

「何でそんなに怖がってるの?」

レナはつむぎを見て言葉が出なかった。その猫の真っ直ぐな眼差しは自分の心を見透かしているような気がしたから。

「怖いに決まってんじゃん・・・どんどん人気が落ちていって、バラエティーの回数も減っていって。バズったのは最初だけ」

「レナが悪いんじゃない。ウチの事務所が小さいからだ。だから僕が社長に提案したんだ。レナをもっと大手の事務所に移籍させたらどうかって」

「え・・・そんなの、やだ!ここで頑張りたい!ここで頑張らないと、マネさんに恩返しできないじゃん!ここじゃなきゃやだ!」

「レナ・・・」

「あのお、2人共、お互いの事を思ってるんだったら、生きてる内に本音を話した方がいいですよ。手遅れになってからじゃ遅いです」

何だかスッと冷静になったレナはおもむろにベンチに座った。終始元気が無さそうな男性に、不安に縛られている女性。そんな2人を見て、つむぎは何となくレナの隣に座った。

「何でそんなに元気が無いの?」

「・・・頑張ってるのに、ずっと不安だからよ。頑張れば頑張るほど、今までやって来たことには本当は意味なんか無かったんじゃないかって思えてくる。そんなことないって自分に言い聞かせてるけど・・・」

つむぎが右前足を優しくレナの手に乗せると、レナは静かに泣き出した。つむぎは思い出していた。港町で有名だった悪ガキ。でも猫には優しくて魚をくれた。強く見せないと不安で死にそうだって言っていた。

「先の事を考えると、どうすればいいのか分からなくて」

「アイドルって楽しい?」

「・・・分かんない・・・ううん、楽しいよ。続けたい」

「レナ、実は前々から、新しく出来る冒険番組に出ないかっていう話があって。マテリアルと戦うことはないけど、険しい登山したり、景色を紹介したりっていう。最初は単発なんだけど、視聴率が良ければレギュラー化も検討されてるって。でも怪我なんかしたらパフォーマンスに響くし、断ろうかと思ってて」

「・・・冒険」

「レナ、今でもたまにブログですごい景色載せてるでしょ?バズったきっかけのトレイルランニング。それを番組プロデューサーが見てくれたみたいで・・・どうする?」

「・・・やってみたい」

「うん」

「それで・・・この人達は、あっごめんさっきは、いきなり怒鳴って」

「ううん」

「ていうかスカウトって言ってなかった?」

「僕的には光る原石かなって」

「ふーん。まぁ可愛いけど」

「私達にはやらなきゃいけないことがあって、エマ様の病気の事調べなきゃいけないんです」

「ああそうなんだ。もしかしてハイネティスから?」

「はい」

「エマ様がエージェント契約していた大手芸能事務所のアスブリなら何か知ってるかもしれませんが。ところでその、ハイネティスの宮殿の方なんですか?」

「そうなるのかな。わたし、女神だし」

「・・・・・え?」

「そっちじゃなくて猫が?」

「うん」

「え、本当ですか?」

マネージャーの男性はスマホで検索した。ハイネティス王宮のSNSアカウント。さっきアップされた写真があった。

「あーーー!!」

投稿写真と目の前の猫とを見比べる男性。

「つむぎ・・・様。本当に女神様なんですか!」

「うん」

「ぜぜ是非ウチと、ええエージェント契約を」

レナはつむぎの頬っぺたを両手で包んだ。

「私の家の子にならない?そしたら私一生バズれる」

「家猫には興味ないよ」

「んー、美味しい物いくらでも食べれるよ?」

「んー。言ったでしょ?仕事があるの」

「でしたらウチと契約を」

「動物は扱わないんでしょ?」

「ぐぐ・・・・・すぐに社長に連絡しなければ」

「じゃああなたは、つむぎのマネージャー?」

「ただのお手伝いです」

「ふーん。ふわふわだね毛並み。あ、そうだ。ありがとね。相談に乗ってくれて。お陰で何かすっきりした」

「良かったね」

「あわわ、レナ。もう時間だから」

「じゃあね。またね」

「うん」

「あの!必ず連絡ください!」

オリヴィアに念を押して慌ただしくマネージャーとレナは去っていった。それからオリヴィアはゆっくりベンチに座る。

「すごいね。女神の力」

「わたしは何もしてないよ。ただ何かちょっと気になったから。でも、すっきりしたって言ってた。これが女神の仕事なのかな?」

「そうなんじゃないかな。じゃあ、早速行ってみよっか。エマ様が契約してた芸能事務所」

「そだね」


エマはハイネティスに留まらず、ディッセンディアでも名が知れた人物だった。オリヴィアは庭園清掃員としてその人望を間近に感じていた。彼女はいつも生き生きとしていた。オリヴィアも何度励まされたことだろう。

それはとある日のこと。いつものようにオリヴィアは庭園の落ち葉をホウキで集めていた。

「オリヴィアさん――」

ウツセミの冷静さを欠いていた表情は今でも脳裏に焼きついている。

「エマ様が、倒れられました」

それからたった2日でエマは息を引き取った。世界に衝撃が走った。ニュースは光の速さで広まった。

オリヴィアは泣き崩れた。慌ててオリヴィアを抱きかかえるウツセミ。エマは心の拠り所だった。いつも優しく話を聞いてくれて、いつも明るく話を聞かせてくれた。親の居ないオリヴィアにとっては親のような存在だった。


オリヴィアはやっぱり寄り道をした。そこは博物館の中にある、エマの死後に作られた写真集コーナー。大小様々なエマの写真、エマが撮った景色の写真が沢山ある。

「エマってどんな人だったの?」

抱っこされながら、つむぎはオリヴィアの顔を覗く。

「エマ様はすごく優しくて、いつも明るくて、みんなに愛されてたのよ」

とは言え、まだ死後2週間にもかかわらずにこういうものが出来るなんて大したものだ。

オリヴィアは嬉しかった。エマの病気の解明に関われたことが。もしかしたら、3日間食欲が無かった自分を心配してくれたウツセミの取り計らいなのかも知れない。オリヴィアはエマの笑顔の写真を見上げながら、改めて恩返しの決意を固めたのだった。

読んで頂きありがとうございます。

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