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「守るということ」

クロスバイクが街を走っていく。繁華街からは離れた、静かな住宅街。タケミチの目的は坂の上のコミュニティではない普通のカフェ。店の前で立って待っていたのは、若いきれいな女性だった。カフェの店内。向かい合わせに座る女性とタケミチ。

「それで、どんな依頼」

「3日前、父が倒れまして。冒険者なんですけど、悪い病気を貰ってきたみたいで。でも薬が無いって医者に言われてしまって。魔法で進行は止められますが、根治したかったらテンペストから作った薬を飲むしかないと」

「根治しなきゃいけない理由があるのか」

「魔法じゃずっと月額で治療費を払わなきゃいけないじゃないですか。ウチは父が1人で冒険で家計を支えてて。何とかしてあげたいんです。ダメですか?」

「テンペストか」

「あなたが13人目なんです。やっぱりダメですよね」

「いや。俺が行く」

「本当ですか!ありがとうございます!もちろんかかった費用はこちらで用意します。良かった・・・これで心置きなくやり直せる」

「やり直す?」

「あっ実は私、転生しようと思ってて」

女性はカフェラテを一口。安堵した女性の表情とは裏腹に、タケミチの表情は険しくなっていく。

「何で転生なんか」

嫌悪が滲む問いに、女性は少し戸惑う。まるで甘いと思っていたチョコレートが強いビター味だった時のように。

「ああ。その、私、大学生で就活してて、全然うまくいかないし、実は家族は父以外全員女で、妹達はまだ幼いし。転生して人生やり直そうかなって」

「依頼の条件を付ける」

「え?」

「転生をやめることだ」

「そんな。意味分かんないです」

「俺は転生が嫌いだ。転生する奴も嫌いだ。転生なんか自殺と変わらない。自分の人生と向き合う度胸もない奴は、何をやったって上手くいく訳ない。人生を捨てるなんてバカの発想だ」

「・・・もういいです」

怒ってカフェを出ていった女性。それを窓から眺めるタケミチの眼差しは、冷えていた。コーヒーの湯気が行き場を無くしていた。それでも気持ちを切り替えようとスマホのメールをチェックする。依頼ならまだある。でもコーヒーは、1ミリも減ることはなかった。



第3話「守るということ」



信号待ちをしていた女性に追いつくタケミチ。

「おい!いいのか?父親助けたいんだろ?」

信号は青になる。でも女性は躊躇うように立ち尽くしていた。

「転生なんて、みんなやってます。私の友達だってこの前、小学生に戻りました。陸上部のエースで、高校の時は何度も優勝して。でもこの前怪我しちゃって、それで」

「また陸上を?」

「いえ、アイドルになるって」

「バカじゃねえか」

「何がいけないんですか?顔も、名前も、体も、戸籍だってやり直していいってちゃんと法律があるのに」

「何が幸せなんだよ」

「え・・・」

「どうせアイドルで売れなかったらまた転生だろ?それで何が幸せなんだよ」

赤になる歩行者信号。


公園で待ち合わせしていた女性。やって来たのは知らない女の子だった。でもその子はアオナに手を振っていた。

「おーいアオナ」

「まさか、モナ?」

「うん。でも今はもうミルキーになった。可愛いでしょ?」

「ミルキー・・・何で言ってくれなかったの?」

「サプライズだって。深い意味はないよ。私さ、これからはアイドル目指そうと思って」

「陸上は?」

「好きだけど、本当はアイドルにもなりたかったから。だから転生しちゃおって。まぁ高いけどね。1回1000万だし」

後日、アオナはモナ改めミルキーの家に遊びに行った。何度も言ったことのある友達の家。おばさんは普通で、リビングも変わってない。でもミルキーの部屋だけはもう別人の部屋だった。タンスの上にあったのは、アオナとモナの写真。


赤信号を見つめるアオナ。

「家に帰る途中、言いようのない虚無感に押し潰されそうになりました。これから一緒に大学行ったり、お酒飲んだり、いつかママ友になったり。そういうのがもう無いんだなって。モナは死んだんだなって。・・・確かに自殺です。でもやり直すんです。だから羨ましくて、私も」

タケミチの表情には決意が宿る。アオナは本当はまだ、横断報道を渡る勇気を持てないでいたのだ。泣きながら帰っていたあの日から。それは生と死の横断歩道だ。

「俺は依頼は受ける。テンペストが必要ってことは、ほぼ不治の病だ。放っておけない。でも人生捨てようとしてるバカも放っておけない。だからお前も一緒についてこい」

「え!嫌です!何で私が冒険なんか」

「今回の依頼は、テンペストを採りに行くお前の護衛だ」

「勝手に変えないで下さい。意味分かんないです」

「ただのキノコ狩りだ。場所は危ないが戦うわけじゃない」

「無理無理無理」

「人生で1回くらい本気出してみろ。どうせ捨てる人生なんだろ?」

後日、門前大広場。待ち合わせは3番ポートの前。クロスバイクは階段をガタガタと下っていく。自転車を降りたタケミチを、アオナは恨めしそうに見つめていた。手の平にちらつかせた小さな光にクロスバイクを収納するタケミチ。

「怪我したら、訴えますから」

「魔法さえ忘れなければ問題無い。逃げるより前に防壁を作る癖をを付けろ。冒険の基本だ」

「急に怖くなってきた。ていうか、本当に素人が行って大丈夫なんですか?たらい回し案件なんでしょ?」

「テンペストはただのキノコだが、生えているのはアラシデラスという風穴地帯の谷底。無数の風穴から常に風速40メートルの風が出てる。つまり常に強風がぶつかり合う嵐の中だ」

「私を殺す気ですか」

「常に防壁を張っていれば問題無い。マテリアルはいないが、自然が敵ってことだ。ちゃんとレクチャー受けたんだろ?」

初めて魔法使いになる時、魔法協会からとあるドリンクを渡される。美術館のように静かで清らかな建物だった。受付を済ませて、魔法使いとして名前を登録する。メルマガも登録する。そしてそれを飲む。決して美味しくはない、体に良い訳でもない。だが体の遺伝子が魔法使いとして覚醒する。とあるマテリアルの生き血だと、誰もが飲んでから言われる。吐きそうになるのはあなただけじゃないとも宥められる。

「やってみろ」

アオナは指輪に意識を集中した。右手の人差し指の指輪には、とある宝石があった。結婚指輪のように突起したデザインじゃ邪魔。だからリングに宝石が巻き付いている。昔から宝石(パワーストーン)は魔力を高めてくれると言われている。

「出来た」

アオナの周囲に確かに防壁があった。微かに青みがかった透明の魔法の壁。生まれて初めての魔法に、アオナは感動していた。

「歩きながら常に防壁を張っていれば、アラシデラスでも死ぬことはない」

「ふうー、魔法って意外と簡単なんですね」

「それは初級の基礎だからな。誰でも出来る」

門前大広場には毎日のように冒険者がやってくる。だからどんな人が歩いていたとしても、誰も気にしない。たとえ武器を持たない子供だとしても。

「いないな。いた?」

「こっちじゃないか?」

少し自信がついて緊張が解れたからこそ、その時、アオナは2人の少年に気が付いたのかもしれない。

「あんな子供でも冒険に行くんですね」

少年たち、トマクとイアンに目を向けたタケミチは表情をしかめた。

「おい、そこの2人」

「え?オレ達のこと?」

「まさか冒険に出る気じゃないよな?」

「何だよ、いけないのかよ。いいだろ別に」

「怪我するぞ」

「別に2人じゃないし。前に冒険に連れてってくれたおっさんを捜してるだけ」

「おっさん?」

「ジョンって呼ばれてる」

「ジョンって。ここいらで有名な悪徳冒険者だ。新米冒険者を騙してお金を儲けてる」

「確かに悪いおっさんだったけど、装備貸してくれて、ちゃんと守ってくれたし、お金だってくれた」

「囮にされなかったか?」

「それは、されたけど」

「関わらない方がいい」

「でも冒険楽しかった。また行きたいんだ」

「だったら別のまともな奴に頼んだ方がいい」

鬱蒼としたジャングル。例の如くその真っ只中には凶暴なマテリアルでも近づかない場所がある。開けた場所、屋根とベンチ。休憩所であり、ワープポートである。パッと現れたアオナは、突然と変わり果てた景色に混乱する。でも感心もしていた。

「ここは、ジャングルですか?谷底じゃないんですか?ていうかこの休憩スペースは」

「マテリアルが近づかないように魔法がかけられたセーフティーゾーン」

「へえ~。冒険ってこうなってるんですね。そういえばさっき自転車消してましたけど、それも魔法ですか?」

「収納魔法。ありとあらゆるものを光の中に閉じ込める」

「便利ですね。あとで教えて下さい」

「あぁ。あっちだ。ここから常に防壁魔法だ。いいな?」

「まだジャングルなのに?」

「出れば分かる」

ジャングルを出て早々アオナはビクッと立ち止まる。知らない虫が防壁にへばりついたから。そんな冒険初心者を木の上から眺めるものがいた。シックルというマテリアルだ。尻尾が鋭利な刀のようになっている巨大なイタチである。ジャンプして、前方宙返りして、標的に手痛い一太刀を浴びせる。

「きゃあああっ」

防壁が激しく振動した。お寺の住職が鐘を突くような振動。中に居る者はさぞかし不愉快だろう。しゃがみこんだアオナは暗殺を回避できたことに喜ぶ暇もなかった。

「防壁魔法を忘れて怪我したら自分の責任だからな?早く行くぞ」

「やっぱり来るんじゃなかった」

シックルがその場を離れたのには理由があった。いつどこで自分の天敵に出くわすかも分からないジャングルでは、素早く逃げるのが最も安全策だ。ジャガーがアオナに狙いを定めたときには、もうそこにはジャガーよりも弱い者の姿は無かった。

「きゃあああ」

ベタンッ!と、ジャガーの怖い顔、かわいい肉球が防壁にへばりつく。アオナはどちらを見て、叫んだのか。

「ジャングルは早く出た方がむしろ安全だぞ?」

天然ゼロ距離サファリパークと化したジャングルを抜け、ようやく辿り着いた谷への道。背後のジャングルとは対照的に、草木の生えない道が続いていた。アオナはもう精神的ダメージを相当受けていた。その上、下り坂の向こうからは何やら絶えず轟音が響いていた。

「何の音?」

「嵐の中では常に小石や骨が舞い上がっていて、生身で入ればミキサーにかけられたようにグシャグシャになって死ぬんだ」

「吐きそう」

「テンペストはその嵐の中で育つ」

アオナは精一杯の深呼吸をした。いよいよ坂を下っていくタケミチとアオナ。本当に大丈夫なんだろうか。アオナは魔法協会での記憶を思い出し、カフェでのことを思い出し、魔法で何とかなってるからと笑う父親を思い出し。

近くまで来たら、まるで滝の轟音だった。でも水の轟音とは少し違う。そして嵐の中に足を踏み入れた途端、目の前は真っ白になり、常に防壁がガンガン、バリバリと揺さぶられた。それはもう、初めて行ったものが耐えられる轟音じゃなかった。

「きゃああああ!ジャングルの方がマシぃーー!」

アオナは強くタケミチの腕をつかんだ。

「もう無理!もう帰る!」

しかしタケミチはわざとらしく耳に手を当ててみせる。

「聞こえない!」

嵐の中からタケミチを引っ張り出すアオナ。

「もうここで待ってる!」

「父親は、こういうことをして、お前を食わせてきたんだ」

驚くほど淡々とした態度だった。怒り返す訳でもなく、情に訴えるような優しさを見せるわけでもなく。その態度はむしろアオナの怒りに油を注いだ。

「そういうのいいから!もう分かったから!絶対死んじゃう!」

嵐を前に、アオナの心は完全に折れていた。恐怖と憎しみという感情の裏返しを見せるほどに。タケミチは小さく溜息を吐く。

「お前の父親がこの時代でどうしてわざわざ冒険に行くか分かるか?」

「そんなの・・・知らない」


幼いアオナ。父親の膝に乗りながら、アオナは一緒に父親のノートを見る。ノートには先々での風景や、マテリアルの生態が写真と文章で記録されていた。2人にとって、それが絵本だった。

「何で冒険が好きなの?」

「やっぱり楽しいからかな。危険なことばかりじゃないんだ。その場所にしかない景色があったり、そこでしか食べられない美味しい食べ物があったり、とにかく飽きないし、どれもいい思い出になるんだよ」

「いいなー。大きくなったら連れてってよ」

「お、本当か?じゃあお父さんの好きな景色、一緒に見に行こうな」

「うん!」

いつからだろう。冒険に興味がなくなったのは、学校では確かに義務教育だ。冒険が文明を作り、社会を作り、インフラ技術を作った。人間社会のすべてが冒険の賜物。でも芸能人やアイドル、スポーツ選手、警察官、漫画家、パティシエ・・・。正直、冒険なんかより楽しいことがありすぎる。少なくとも、小学生の将来なりたいものランキングで、冒険者は1位じゃない。

いつからだろう。お父さんがどこに行ってきたとか、そういう話を聞かなかくなったのは。お父さんはいつも笑顔だった。自慢たらしくなくて、欲しいものは買ってくれて、大学のお金も当たり前のように出してくれた。私は、お父さんが大好きなんだ。


膝から崩れ落ちたアオナ。大学のお金も、欲しい物のお金も全部、一歩間違えれば死ぬかもしれない冒険のお陰だった。ずっと忘れていた。

お父さんが倒れて病院から帰って来た時、お父さんは笑っていた。病院で魔法をかけて貰って来たから、どこも痛くないし苦しくないって。これからも冒険は続けられるし、テンペストはいらないって。でも本当は欲しいに決まってるって分かってた。

「人生を捨てる奴には、人生を楽しむ人の気持ちは分からないだろう」

アオナは溢れる涙を拭っていた。お父さんいつも楽しそうだった。それを知ろうとしてこなかった私は、本当にバカだ。

「行きたいけど、キノコ欲しいけど、でもやっぱり無理。助けてください。約束します。転生やめます」

「なら良い魔法の使い方を見せてやる」

大きく手を広げたタケミチ。直後に嵐は止んだ。小石や骨が一斉に地面に落ちた。

「防壁魔法であっちの山肌と、こっちの山肌を覆った。風穴を防げば嵐そのものが無くなる」

「・・・さっさとやればいいのに。ひどい」

静寂のアラシデラス。しばらく歩いていると、やがてタケミチは谷底の真ん中でしゃがんだ。地面から生えた渦巻き状の石。その根元を魔法で切り裂いた。

「それですか?ただの石でしょ?」

「嵐の中で生きるために進化したんだ」

差し出されたテンペストを受け取るアオナ。これは恩返しじゃない。ただ大好きなお父さんへのプレゼントだ。そう彼女は思い出を懐かしむような柔らかい表情を浮かべていた。


いつかのタケミチ。騎士の制服を着た彼は、団長と共に夕焼けに照らされた街を望んでいた。どこか浮かない表情のタケミチの隣で、団長は優しく見守る母のような表情を浮かべていた。

「今日も命令を無視したんだって?チームワークを乱すのは良くないよな?」

「俺は人を守るために騎士になったんですよ」

「みんなそうだって言いたいところだけどね。給料の為に騎士をやってる人もいるからなぁ。でもオレはお前みたいなバカは好きだ。お前は、その人の人生まで守る、立派な騎士だよ」

読んで頂きありがとうございます。

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