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「見栄を張るということ」

住宅街の中にある静かな商店街。とある雑貨屋の壁に、もたれかかるように座り込む男がいた。酒屋や小売店が、ぼちぼち開店しようかと動き始める朝。雑貨屋の店主の男にとって、朝から抜け殻のように座り込むその男は顔なじみだった。雑貨屋の店内。カウンターの脇にある質素な椅子に座らされたヘイゼル。それから話を聞くと、雑貨屋店主は大笑いした。

「笑うなよ・・・」

「酒に酔って連帯保証人か、いつかはそうなるんじゃないかってみんな思ってた。ついに奥さんの堪忍袋の緒が切れたか。いくらだ」

「2000万ティア―」

「おうおう、騙す方だって悪いけどさ、まぁお前はある意味有名だからな。だったらやることは1つじゃねえか。ほらシャキッとしろ!」

「悪い、酒、くれないか?」

「ったく、しょうがねえなぁ」

酒瓶片手に店を出るヘイゼル。そんな意気消沈の背中に、雑貨屋店主は親しげな笑顔を贈った。

「しっかり稼いで来いよ!」

コミュニティカフェの前で立ち尽くすヘイゼル。

「おっさん、その歳で冒険はやめた方がいいぜ」

カフェに入っていく若者にそんなことを言われてしまえば、確かにそうだよなと更に落ち込む。ポケットの中の小銭を確認する。ろくに金も持ってこなかった。

「あれ、おっさん、久し振りじゃないすか」

「お、おう」

「ちょうど良かった、数合わせ、また付き合ってくださいよ」

同時刻、コミュニティカフェから道路を挟んだ道端。小さな花壇の前のベンチに少年たちはいた。まさかついさっきキレてきた知らないおじさんが後をつけてきてることも知らずに。

「小僧ども、もっと面白いもの見せてやるよ。来たら金やる、10万」



第2話「見栄を張るということ」



門前大広場。ヘイゼルを連れてきたカサンは手を振った。カサンに手を挙げ返したのは同じチームの男、ラクナ。しかし途端にラクナは落胆する。

「男かよ。しかもおっさん、こっちはちゃんと現役連れてきたのに」

「あはは、おっさんだって現役っすよね?」

「一応。悪いな、どうしても稼がなきゃいけない理由があるんだ」

「どうせ借金かなんかだろ」

「おう、よく分かったな」

「いいじゃんいいじゃん、冒険は助け合いだ」

カサンとラクナはコンビで活動する冒険者。チーム名は特に決めていない。

「この子はアンリだ」

「アンリよ。最近この辺りに引っ越してきたの」

「オレがカサンだ。で、ヘイゼルのおっさん」

「面白いね。冒険の度にメンバーを変えるなんて。でもリスキーじゃない?」

「あぁ。リスクが面白い。それも冒険だ。人生とも言える」

「冒険も多様性ってやつだよな」

3人とも20代の中、アンリは不安そうにヘイゼルを見る。おじさんで、気弱そうで、服もヘタレてて、片手に酒瓶を持っている。

「あなたも魔法使い?」

「まあな」

「大丈夫なの?不安しかないんだけど。ペンダントは?」

「そんなもんつけない」

「はあ?ラベルとランクで実力証明が常識でしょ?本当にこの人大丈夫?」

「あはは、実はおっさん、こう見えて冒険も長いし色々詳しいんだ。頼りにはなる」


それは今朝のこと。寝室のベッドで爆睡しているヘイゼル。いつものように深酒で、妻のハリヤに激しく揺さぶられても起きない。

「起きなさい!起きなさいってば!」

「んーー」

「どういうこと?ねえ!何したの!」

「んーー」

思い立ったハリヤはキッチンから水が入ったコップを持ってきて、ヘイゼルの顔に水をかけた。

「ぶはっ・・・なんだあ?・・・」

それからダイニングテーブルの椅子に座らされたヘイゼルに、ハリヤは怖い顔であるものを差し出す。それは誓約書だった。そういえば確かにそんなことがあったとヘイゼルは水を一口。

「冒険の数合わせとか、護衛とかならしょうがないけど、2000万の借金は絶対に許さないから!朝から怖そうな人達がこの紙持ってきて、大変だったんだから!」

「悪かったって。これはつまり、どういうことだ?」

「怖い人達がこの借金してた人、逃げたって言ってた。だから連帯保証人のあんたの所に来たって。あんた騙されたの!何やってんの!こんなの怪しいって分かるでしょ?」

「マジか・・・・・いい奴だったんだけど」

「一晩で何が分かるの。借金、返すまで帰って来ないで」

「え、ええ!悪かったって。ちょっと待ってくれよ」

「とにかく行きなさい!朝ご飯も抜き!」

「悪かったって」


門前大広場。カサンはスマホの画面を今日のメンバーに見せた。

「今回のクエスト契約はクラウンヘッドの毒袋。ウチでは分け前は6対4に決めてあるけど、個人でゲットしたものについては自由にしてもらっていい」

「そういう感じなんだ。私が前にいたチームは、個人で採っても最後に全部一緒くたにして平等に分けてた」

「分けられないものは?」

「そういうものは企業に。こっちはお金だけ」

なるほどなぁとカサン達が頷く。冒険者の報酬に、明確な法律はない。その方が夢が持てるから。ヘイゼルは意を決するように酒瓶を握りしめた。家族の為だ。

「ひとつ頼んでいいか?」

「なんすか?」

「湿地林に行く途中、風穴地帯に寄らせてくれないか?」

「確かあそこにはドラクゴイルがいるんだよな?レベル5の。さすがに無理だ」

「おっさん、いくら借金したからってレベル5は厳しくないっすか?」

「いや、地下空洞の鉱石が採りたい」

「でもドラクゴイルに鉢合わせしたら」

「1番南の風穴からのルートなら、地上のドラクゴイルに会わなくても地下空洞に行ける」

「そうなのか。聞いたことないけど」

「だったら帰りでいいすか?」

「あぁ」

「ていうか、何で借金したんすか?」

「酒飲んでたら、話の合う若い奴が居て、冒険に行って借金返すからそれまで保証人になってくれって」

すると2人は爆笑した。

「すげー冒険詐欺あるあるじゃないすか」

「笑うなよ・・・。そんで、ウチのやつに家追い出された」

「あーあ。そりゃあ稼がないとっすね。いくらっすか?」

「2000万」

そして2人は爆笑した。


木造アパート。自宅に戻ったのは、知らないおじさんにキレられて、金で誘われて冒険に出て死にそうになった少年の1人、トマク。反抗期真っ只中のトマクはただいまも言わず、キッチン前のダイニングテーブルにお金と食べ物を置く。冒険の報酬だ。昼食の支度をしていた母親は、静かに驚いた。

「どうしたのそれ」

「マテリアル、狩ってきた」

お金もあるし、食料だって取ってきた。トマクは仏頂面の奥の奥に、期待を募らせていた。

「何してんの!まだ中学生なのに、怪我したらどうすんの!」

「別に楽勝だったし、それに1人じゃなかったから」

「武器なんて持ってないじゃない」

「借りたんだ」

「学校にも行かないでフラフラしてると思ったら冒険なんて、バカじゃないの!?」

見晴らしの良い丘の上の公園のベンチ。トマクは溜め息を吐いた。無性にイライラしていて、地面の小石を木に投げつける。そんな時に足音がして振り向いてみれば、やって来たのは一緒に死にそうになった相棒、イアンだった。同じように落胆していて、だから2人はそれを鼻で笑った。

「お前も怒られた?」

「あぁ。何なんだよマジで」

「だよなぁ。金も食いもんも持ってきたのにさ。普通の親なら褒めるよな」

「マジでうざいんだ。何をやっても怒ってばかりでさ。この前のテストだってギリ赤点じゃなかったのに。学校も家もつまらないってマジでクソだ」

「うん。それな・・・・・でもさ、冒険、面白かったよなぁ」


門前大広場にはワープポートがある。サファイアのような色と光沢を見せるタイル。形と面積はそれぞれだが、主要都市、観光地、大きなデパートの中、それは国中にある。ワープのやり方さえ覚えれば、ポートがある場所なら誰だってどこにだって行ける。遠距離恋愛なんて無いし、車で旅行するなんてトレンド何週目だろうといった具合に。

ディッセンディア王国の国土内にある、比較的冒険難易度の低い場所、カルメアウス湿地林。広大な湿地と木々が生い茂るエリア。そこにポツンと1つ、休憩所がある。屋根があって、囲いがあって、囲いに沿ってベンチがある。当然、ポートもある。ポートから姿を現した4人。カサン達はすぐに薄い霧が漂っていることに気が付く。

「ちょっと見通し悪いなぁ」

カサンの声からは余裕とワクワクが伺える。

「さっさと済ませてキャンプしようぜ」

いち早く収納魔法で膝上ブーツをポンと出し、履き替えているのは用心深いアンリ。

「ここって底なし沼とか無いよね?」

「あるよ」

カサンとラクナが同時に楽しそうに応えたから、アンリは余計にうんざりする。3人が湿地用の装備に着替えているそばで、ヘイゼルは酒瓶のフタを開けてラッパ飲みで一口。

「え!お酒飲んでる場合じゃないから。まさか戦わないつもり?」

「へへ、俺、酒の力が無いと度胸が出なくて」

「何よそれ。告白するんじゃないんだから。絶対頼りにならないじゃんこの人」

何とも歩き応えのない感触。常にくるぶしまで埋まってしまう足取り。クラウンヘッドには目印がある。頭にある、王冠のような形のヒレ。それが沼から常にひょっこりしているのだから、見つけるのは簡単。

「ここってこんなに寒いんだね。インナー間違えちゃった」

しばらくしてカサンは指を差した。ゆっくりと動く王冠があった。あとは槍で刺してもいいし、防壁魔法ですくってもいい。なるべく音や振動を出さないように、カサン達は近づいていく。

「ストップ」

3人を制止したのは、ヘイゼルだった。ヘイゼルはクラウンヘッドなんか見てなかった。

「これは、霧じゃない」

「どういうこと?本当は戦いたくないだけじゃ」

「しっ」

カサンが真剣な顔で静止してきたことに驚いた。アンリが不安を募らせる中、ヘイゼルはふと足元に目をやる。何もない静寂なのか、不気味な静寂なのか、アンリにはそれすら不安だった。

「おいあれ」

ラクナが指を差したのは、霧と地面の境い目。霧は湿地を這う。そう、這っていた。しかも湿地を凍らせながら。まるで霧が生きているように、4人を取り囲んでいく。

「来るぞ」

ヘイゼルの言葉に、カサン達はパッと眼差しに信頼と警戒を宿らせる。

「何なの。何が来るの」

もう霧とは言えないぐらいの濃霧になっていた。ヘイゼルは感覚を研ぎ澄ませる。そして直後、ヘイゼルはとある方向に向かって、火炎放射の魔法を放った。同時に濃霧の向こうから猛吹雪が襲い掛かってくる。火炎放射と猛吹雪がぶつかってからようやくアンリは防壁魔法を展開する。火炎放射をかわしながら霧から飛び出してきたのは、巨大な鳥だった。5メートルの真っ白な鳥。

「お前ら!挟み撃ち!」

「オッケー!」

信頼の返事。カサンとラクナは分かれて走り出す。突然の戦闘開始にも、アンリはただ立ち尽くしていた。冷気を操る巨鳥、アイシクス。美しく大きな翼が羽ばたけば、みるみる湿地は凍っていく。剣のカサン、斧のラクナは近付こうにも近付けない。ヘイゼルは大きな火球を撃ち放つ。アイシクスは華麗に飛び回って吹雪を放つ。両者の攻防が続く中、カサンはアイシクスの背後に回った。しかしその足音に驚いたのか、近くに潜っていた巨大ナマズ、クラウンヘッドが大きく飛び跳ねる。

「うえっ」

気が付いた時にはもう、カサンはクラウンヘッドのタックルにぶっ飛ばされていた。頭から豪快に沼に突っ込み、全身泥だらけ。

「何なのあれ!」

「普段は夜行性だが、珍しくはない。クラウンヘッドは、アイシクスの好物だ」

さっきまでとは別人のような冷静な解説と火球。でもアンリにはヘイゼルを分析する余裕はない。

「レベル5だ。無理ならセーフティー行け!」

ワープポート、すなわちマテリアルに攻撃されないように魔法がかけられたセーフティーゾーン。アンリは一目散に逃げていく。

ヘイゼルを見ているアイシクスに斬りかかるラクナ。でも最悪な足場ではジャンプもままならず、アイシクスは逆にラクナを蹴り飛ばす。すぐにカサンが斬りかかっても結果は同じ。そしてアイシクスは大きく羽ばたいた。

「真下に立つな!凍るぞ!」

ヘイゼルの号令。猛烈な冷気が吹き下ろされると、湿地は凍るどころか氷柱が出来た。雪原のように真っ白で、クラウンヘッドも動けなくなる。間一髪逃れたカサン達。するとアイシクスはクラウンヘッドの下に飛んで行った。

「オレ達の獲物だ!」

巨大ナマズを鷲掴みにしようとした矢先、アイシクスは飛び上がった。火球をかわす為だった。それから更に高く飛び上がった。逃げてくれたら良かったが、そう甘くはなかった。冷気を纏い最大加速で急降下してくるその姿は、まるで氷の隕石。地面に落ちたときに発生する突風は全てを凍てつかせる。為す術なく3人は吹き飛んだ。衝撃波と冷気と湿地の泥。こんな組み合わせの津波は他にないだろう。全身は泥だらけで、しかも凍てついていた。仰向けで空を見上げるヘイゼル。

「みんな!もういいからセーフティーに!」

アンリの叫びに、カサンとラクナは遠くで見つめ合い、決意を分かち合った。2人はゆっくりと立ち上がる。そんな時にヘイゼルは手の平に光をちらつかせた。雑貨屋店主に貰ったものではない、小さな酒瓶を握った。そして意を決し、鮮血のように真っ赤な酒をグイッと一口呑み込んだ。泥だらけでボロボロで、酒を飲むヘイゼルの姿に、カサンはニヤッとする。

「こっちだ!」

クラウンヘッドを鷲掴みしているアイシクスに向かって、カサンは剣をぶん投げる。ただの闇雲ではない。力の入らない投げ込みを、アイシクスは翼で簡単に叩き落とす。確かに殺意がカサンに向けられた。でももう、手遅れだった。ヘイゼルが放ったのは火球。でも先程のよりも速く、何倍もの爆発を引き起こした。霧すら晴れる大爆風だった。アンリは茫然とした。ドサッと、丸焦げのアイシクスが墜落する。

「ふう、助かったぁ」

膝から崩れ落ちるカサン。

「あなた、何者なの?私、前にAランク魔法見たことあるけど、それくらいの威力だった」

「へへ、そうかい?」

力の無い笑い方だった。泥だらけでボロボロで、でも覇気のある隙のない笑顔。アンリはますます混乱する。

「酔っぱらってる・・・」

「ああ、そのおっさん。酒が入るとマジで強い魔法使いなんだ。言ったろ?頼りになるって」

「とりあえず、腹減ったな、アイシクス、食おうぜ?」

「おお、おっさん出来上がってんな」

「分かった。あなた、本当はAランクなんでしょ?どうして隠すの?そんなすごい魔法使うならもっと都会でいい仕事あると思うけど」

「あっはっは。酔っ払いが都会で仕事出来る訳ねえだろ」

湿地であぐらをかくヘイゼル。ふと脳裏に浮かんだのは妻と息子と娘。家族の姿だった。

「俺はただ、見栄を張りたいから酒を飲んでるだけだ」

読んで頂きありがとうございます。

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