「望むということ」
あと2か月で30歳になってしまう。そんな事を焦る余裕もない。
大手ファッションブランド会社「トゥルース」。その自社ファッション誌の企画担当のハナツキは今日も漠然と残業していた。5年のキャリアがあって、後輩にも慕われてる。この前は新グッズのデザインをやってみないかと言われた。ボツにはなったけど。だいたい、チーフはいつも無茶ぶりだ。
「来たってよ、行くぞ」
「はい」
それに半年間担当につかせて貰ってるデザイナーのアリーチェさんもいつも渋い顔で気難しい。天才と言われる人はみんなこうなのかと思ってしまうくらいの、典型的な眼光。
「そういうことで、この企画で進めていきたいと」
「待って」
出たー。アリーのストップ・ザ・タイム。どんな企画も吹き飛んでしまうほどのパンチ力を秘めた、恐怖の呪文。何度も企画が巻き戻しになったことか。
「何故、海のモチーフなの?」
「やはり、夏と言えばというか」
「何故、夏と言えば海なのかしら」
「分かりやすさは大事じゃないでしょうか」
頑張れ先輩。企画チームで唯一、魔女の眼光に臆さない夏の似合う男。
「海モチーフには反対しないわ。けどそんなの、どっかの安いブランドがやればいい。海・・・そうね、深海と、海底火山を感じるような、こう、燃え滾る秘めた想いを合わせたらいいんじゃない?」
ちょっと時間が押したから食堂は空いていた。私はいつもの、考えなくていい日替わりランチ。
「さすが先輩です。魔女・・・じゃなかった、アリーさんを上手く導けるのは先輩だけですから」
「ですね。カズさんは才能溢れるネゴシエーターです」
「お前らビビりすぎなんだよ。もう半年だろ、いい加減慣れろよ」
「慣れませんよ。あの、凍りついたような眼差し」
なんだかんだ、カズ先輩は本当に優秀な聞き上手。チーフだってトレンドを読むセンスが抜群。それに比べて私なんて。ただ、必死で働いてるだけ。妹はパティシエールになって、この前取材もされてた。同級生たちはほぼみんな結婚して、子育てに忙しい。同い年なのに話が全く合わない。そしてこの前、彼氏に振られた。
第15話「望むということ」
今日も残業だった。だから夜ご飯は便利な冷凍食品。食べながらだって私はメールをチェック出来るし、資料だって読める。ついでに自分のところのファッション誌だって読んでおける。最新号をパラパラと見ながら、贅沢カニクリームパスタを掻き込む。でもそこで私は凍りついた。
「ちょっと、これ、何ですか!どうして、この前ボツになった私のデザインの新グッズが、発売されてるんですか!」
次の日にチーフを問い詰めた。一瞬固まったが、再起動したチーフは何かを悟った。
「諦めるしかない。誰かが拾ったんだろ、データが完全に消える前に。ここまで出たら、仕方ない。グッズのチームはしょっちゅうゴミ漁りするからな」
「そんな・・・」
もちろんチームが違うだけ。他社でもなければ、ライバルでもない。他社にパクられるよりかはマシだと慰められても、モヤモヤは晴れなかった。私のデザインなのに。誰がどうやってデータを拾ったのか、真相は知りたい。でもそんな余裕は今はない。モヤモヤが致死量になる前に、私には行けなければならないところがある。
そういえば今日は週末だった。助かった。危うくモヤモヤに沈められるところだった。友達が働いてる居酒屋。私のオアシスで、私はビールを喉に流し込んだ。
「どうしてよお!私のデザインなのにぃ!」
「ひどいことするよね。はい、特製スパイスのからあげ」
「うん」
「そうだメグ、今度、話題の海上レストラン連れてってあげる」
「・・・え?」
「えって、あんたもうすぐ誕生日でしょ。今ぐらいから予約しないと」
「・・・誕生日。忘れてた。考えてもなかった・・・ううっ・・・ううっ」
「あらら、どうしたの急に泣き出して」
「・・・・・フラれた」
「え・・・マジで。・・・あの野郎」
「ううっ・・・ううっ」
「あーよしよし」
カンナは大親友。すぐに抱きしめてくれる。この居場所が無ければ、彼女が居なければ、私はとっくに人生を辞めてるだろう。
「うわーん」
「メグはほんといつも頑張ってる。偉い偉い。天才デザイナーと一緒に仕事出来るんだから、小さなことなんか忘れちゃいな」
「・・・うん」
泣きつかれたら何だかスッキリした。デザイン業界ではよくあることだ。厳密に言えば、誰がパクってないか、それが本当にその人の頭の中から生まれ出たものなのかは、証明出来ない。それでも、私のアイデアが世界に羽ばたいただけでも、良しとするか。そんな週末だった。
週初め。気分は晴れない。晴れるわけない。何なんだ。急に別れようって。浮気してるような素振りは見せなかった。なのに、何で。
「おい、行くぞ」
「あ、はいっ」
切り替えなきゃ。今からアリーとミーティングだ。いつもアリーはお気に入りのバニラミントカフェモカを片手に、優雅に会社にやってくる。きっと今日も、私なんかの想像を超えるようなワンピースを纏ってることだろう。
「大丈夫ですか!」
でも、事件は起こった。私達がビルのエントランスに出向いたところで、アリーは倒れていた。警備員さんが必死に呼びかけていた。カフェモカも悲惨な状態だった。でも幸い、ただの過労だった。幸いなのかは何とも言えないが、救護室でスッと起き上がった様子に、私は安心した。
「ごめんなさい。一昨日から、寝てなくて」
「だったら今日は休んでください。無理したって良いアイデアは出ませんよ」
「そうね。でも、立ち止まってなんかいられない。あたし・・・働いてないと、不安で。いつどこで、誰に先を越されるか分からない。明日には、あたしが作りたいものを誰かが生み出してるかも知れないって思うと」
「気持ちは分かりますよ。オレ達企画チームもずっと戦ってます」
すごく意外だった。魔女とも言われる天才デザイナー、アリーチェ。私よりも少しだけ年上なのに、自由に才能を羽ばたかせて充実してるんだと思ってた。こんな時、どうすれば。
「ハナツキ、ボケっとすんな。タクシー呼べ。家まで送り届けろ」
「は、はいっ」
「でも、ミーティング」
「アリーさん、その靴、ファッションですか?」
「え?」
よく見ると、左右で全然違う靴を履いている。確かに、ファッションだと言われてしまうと。
「あ・・・」
「頭回ってないじゃないですか。今日はしっかり寝てください」
「・・・分かった」
タクシーに乗って、行き先を告げたアリーは、気絶するように爆睡した。私はドキドキしていた。天才デザイナーの家。どんな感じだろう。セレブ街に建つ一軒家だとは聞いてるが、そのエリアには、そこに住んでいない一般人は入れない。こんな状況でもなければ、私なんかじゃ一生住めない、高級住宅エリア。
「アリーさん、着きましたよ」
「・・・んん」
半分寝ているアリーを担ぎながら、何とかベッドルームまでやってきた。アリーはそしてまた倒れこむように爆睡。何とも人間らしい。魔女も人間なんだと、改めて思った。で、私はどうすれば?
勝手に家の中を見て回る訳にも行かないので、さっさと会社に戻ると、先輩も後輩も静かにデスクワークをしていた。
「あ、おかえりなさい。どうでした?」
「すっかり爆睡してる」
やっとお腹が空いてることに気が付いたので、食堂でランチ。
「なんか意外でした。私、アリーさんて完璧だと思ってたので。あんな不安そうな感じ、初めて見ました」
「分かる。私もあんな愚痴を溢す人なんだなって、親近感」
「完璧な人間なんかいる訳ないだろ」
「そうですね。それにしても、よく気づきましたね。アリーさんの靴」
「先輩、良い目敏さですね」
「アリーさんは、基本的にシンメが好きな人だから、おかしいと思った」
「心配ですね。体もそうですけど、心の方も」
心が疲れてしまった時、どうしてあげたらいいだろう。私だったら・・・。
「何か、スイーツでも持って行ってあげたらどうでしょう」
「おいおい、お前みたいな、何でも食って解決するような人間ばっかじゃない」
「で、ですよね。それに、どんな超高級スイーツを持っていったらいいか分かんないし」
それからアリーから連絡が来たのは、定時退社する30分前だった。突然の電話に、起きたんだと安心した。
「ありがとう。家まで届けてくれて」
「いえ。当然のことをしただけですよ。具合はどうですか?」
「少しすっきりした。カズにもお礼を言っておいてね」
「はい」
「それで、その・・・今晩、空いてるかしら?」
「へ?」
「お礼にご馳走するわ」
「え・・・い、いいんですか」
何で私だけ。急にドキドキしてきた。でもそこで私は、勇気を振り絞った。
「あの、もし良かったら、食べたいスイーツ、何でも言ってください。こういう時は心のエネルギーチャージです。買って行きます」
いつも気難しい魔女で知られる天才デザイナーに、言ってしまった。こんな平凡な人間が、きっと余計な気遣いだ。
「・・・あたし、行き詰った時とか、ダメになりそうな時に、ふと食べたくなるものがあるの」
「え?」
ハナツキは走っていく。これも意外だった。天才デザイナーなんてセレブがどんなものをご所望かと思えば、まさかあの「ぱみぱみ」のチョコモンブランだったなんて。子供の頃、大好きだった、可愛いウサギのミミちゃんの店。とにかくリーズナブルで、素朴で、庶民の癒しだ。
地図アプリで見れば、ちょうど近くのデパートにあるではないか。ついでに私の分も買っちゃおう。天才デザイナーと、小さな女子会だ。しかしデパートに差し掛かる静かな路地で、私は固まった。同じように目を合わせた相手も固まった。
「・・・メグ」
ユウタ・・・。なんで、ここに。
「ごめん、今、急いでるから」
でも彼は、通りすがらせてはくれなかった。腕を掴むと何やら頭を下げた。
「ごめん、オレ」
「はあ!?何なの?謝るくらいなら、なんで別れるなんて!」
「だって・・・最近、全然、楽しくなかった。あのデザイナーの担当が決まってから、ずっと忙しいだろ。だから、オレ、居なくてもいいかって」
「意味わかんない。何それ・・・」
私は泣きたい気持ちを抑え、怒りに身を委ねることにした。デザイナーか彼氏かどっちかを選べってこと?そんなこと出来るわけない。
「何で、何も言ってくれないの?勝手に身を引いて、カッコつけてるつもり?バカじゃないの?」
「だからって、仕事変えろなんて言えないだろ。じゃあどうすりゃいいんだよ。お前喜んでただろ、あの天才デザイナーと仕事出来るって。でもそのせいで2人の時間が作れなくなって、こうするしかないだろ」
私は何も言い返せなかった。私のせい?仕事が忙しい私のせい?
最悪の気分だった。でもこれからアリーと女子会だ。ぱみぱみはすぐ目の前。私は、ユウタを追いかけなかった。こんな時、何で人は妙に冷静なんだろうか。それからケーキを買ってタクシーに乗って、高級住宅エリアへ。全然外を見る気になれない。アリーの家に着いてようやく気が付いた。私、着替えてない。オフィスカジュアルのままだ。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
まだ少々やつれ気味のアリーを前にしたら、落ち込んでる場合じゃないって自分に言い聞かせた。私は、アリーを元気づける為にケーキを買ってきたんだから。広々としたダイニングでは、料理をしてる男性がいた。家族でもパートナーでもないのは見て分かる。さすがセレブだ。と思ったら次は女性がシャンパンを用意し始めた。
「ぱみぱみのケーキ、買ってきました」
「ありがとう、楽しみ」
私はアリーと一緒にただ座っているだけ。きっと何十万もする高級ダイニングテーブルだ。何だか緊張してきた。
「アリーさん、その、いつも、徹夜してるんですか?」
「これでも、週に2回までって抑えてるつもりなんだけどね。アイデアが出ると、どうしても忘れないように描かないといけないから、つい」
「大変ですね。でもすごく尊敬します。私、アリーさんと仕事出来るって決まった時は、本当に嬉しかったんです。いつも輝いてて、強くて」
するとアリーは力なく笑った。呆れられてしまったのかと、私は萎縮した。
「そんなんじゃ。あたし、そんな風に見えてるのね。でも、あたしは、いつも焦ってる。強くなんていられないわ。むしろ、だから必死に、何か、生きた証を残したいって思うの」
それからシャンパンで乾杯して、本物のパスタを頂いた。冷凍食品じゃない。私は絶句した。そしてデザートはお楽しみのチョコモンブラン。あんな高級な料理の後じゃ、きっとミミちゃんも緊張するだろう。でも一口食べて、アリーはとてもしみじみとした笑顔を浮かべた。
「まだデザイナーになる前、貧乏学生の時、これが唯一の癒しだったのよ。今でも、疲れた時に無性に食べたくなる。これを食べると、夢を見てた自分を忘れないでいられる」
「そうなんですね。私にとっても・・・」
あれ、なんでだろう。だめ、だめ。
「・・・え、どうしたの、大丈夫?」
涙が溢れてしまう。これは私にとっても想い出の味。去年の誕生日にも、ユウタと一緒に。
「うぅ・・・ごめんなさい、その」
アリーは小さく頷いた。するとなんと、静かに歩み寄ってきて、優しく抱きしめてくれた。私はもう涙を我慢出来なくなった。少し落ち着いて、黙ってるのもなんだから、彼氏に振られたことを打ち明けた。それだけじゃない。周りがみんな輝いて見える。先輩や後輩、妹も。でも私はただ必死に働いてるだけ。思わず愚痴を溢してしまった。
「メグ、あなたは何も悪くない。自分を責めてはだめよ。あたしも同じだから」
「仕事か彼氏かなんて選べない。なのに・・・ううっ」
「そうね」
気が付けば、目の前にはハーブティーがあった。良い香りで、飲むと気持ちも落ち着いてきた。
「メグ、ちゃんと冒険してる?」
「冒険ですか?いやいや私、戦うのは」
「違うわよ」
「え?」
「自分で感じて、自分で考えて、自分で選び、生きていく。それを冒険っていうのよ。決して周りに流されないように。あなたの人生の主人公はあなた。それは、本当は残酷な言葉なのよ」
「残酷・・・」
「どんなに嬉しくても、苦しくても、誰も人生を代わってくれない。自分の人生は自分で決めるしかない。どうしても彼氏と別れたくないなら、ちゃんと自分で選び取るのよ」
「自分で、選び取る・・・」
「ぶっ倒れるような人に説得力はないかもだけど、あたしはこの仕事が好き。だから選んだ。好きなものは簡単に手放しちゃだめよ」
元気づける為に行ったのに、逆に励まされてしまった。でも尊敬するし大好きなアリーさんの言葉には、信念がこもってた。冒険の本当の意味を教えてもらった。アリーさんと別れて私はすぐ、ユウタにメッセージを送った。待ち合わせは私の住んでるマンションの前。
「メグ」
夜の9時に呼び出したもんだから、彼は走ってきたようだ。
「ごめん、夜に。どうしても話したくて」
「いや、オレも」
「その、ごめん、2人の時間、作れなくて。でも私、別れたくない」
するとユウタは抱きしめてきた。仕方ないのでよしよしと抱きとめてあげることにした。
「オレの方こそ悪かった。さっきは、それを言おうとしたんだけど、オレ、冷静になれなくて、勝手に被害者ぶってた。本当はオレだって別れたくない。距離を取るしかないかって思ったけど、でも逆に、その、一緒に暮らしたらいいんじゃないかって」
私は思わず笑ってしまった。それは私が言おうとしてたところだったから。
「うん、いいよ」
決めたんだ。私は、こうやって生きていくって。
読んで頂きありがとうございました。




