「旅をするということ」
ワイバーンが空を飛び始めてそんなに経ってないのに、セドは山肌に降りていくように一行を先導していく。ドルヘッド山脈の標高はだいたい8000メートルくらい。でも降りた場所はまだ3000メートルにも満たない平坦な場所。ワイバーンと繋がってる命綱を外し、降りたオリヴィアとつむぎは良い景色を眺めるのだった。
「ただ景色を眺めることは、人によっては無駄かも知れないが、物事は捉え方で価値が変わる」
なんだか意味深な事を言ってきたセドに、オリヴィアとつむぎは特にリアクションはしなかった。
「急に山を登ると高山病になっちゃうから、こうやってちょっとずつ薄い酸素に体を慣らすんだよ」
「へぇ~そうなんだ」
「ジーン、すぐばらすなよ」
「でもね――」
するとジーンはレザーベストにある無数のポケットの1つからタブレット菓子の容器を取り、手のひらに2粒の緑色の何かを出した。
「今の時代はこういうのがあるの、はい、食べて」
ジーンから受け取ったものを、オリヴィアとつむぎはとりあえず食べてみる。
「これはとある深海にある、バブラブルっていう海藻から作ったもので、1粒食べておくと8時間は血中酸素濃度が安定して高山病にならない」
「つまりだ、これで本当に景色を見てるこの時間は無駄になったってことだ」
「セドの言うことは面倒くさいから気にしなくていいよ。それでも本当に急に登りすぎちゃうと体が順応しきれないから、ゆっくり山を登ることは大事なことなの」
「そっか、ありがとう」
「確かに空を飛べばすぐだけどな、あぁ~山登ってるなぁ、気持ちいいなぁって感覚が無いと、来た意味がないだろ?人生も同じだ。オレはこの景色なんか何十回、いやもっと見てるが、飽きないんだよな。時間帯や季節で全然違うし」
「その気持ち分かる。私も地元でしか冒険者ガイドやってないけど、生まれ育った場所なのにガイドしてて飽きないんよね」
「そういや、エマにもここのガイドしてやったことあったな」
「そうなんですか!」
ふとオリヴィアは思い出した。ハイネティスに帰って来た時は、エマは色んな話を聞かせてくれた。
「おお食いつくなぁ。あんたはエマのファンなのか?」
「えっと、ファンっていうか。私、2歳の時に両親を亡くして、それからずっとエマ様に、育てて貰って。女優になったり女神になったり、忙しくなってもいつも帰ってきてくれて、色んな所に行ったって話を聞かせてくれて」
神妙な空気。セドは真顔でゆっくりと頷いた。
「・・・そうだったのか」
「それは寂しいね」
そう言ってリヴはオリヴィアの背中に優しく手を置いた。
「でも、エマ様のこと、世界中の人が知ってて、しかも愛されてて、私、嬉しいんです。エマ様が来た場所に来られて、なんか、ぬくもりを感じられるっていうか」
「この景色を見せたときに、エマが言ってたな――」
ワイバーンを降りて、景色を眺めて深呼吸。そんなエマの横顔を見ながら、セドはニヒルに微笑む。
「私は、旅をすることって、誰かへの贈り物だと思うんだ。私が来たことでこの場所のことを知って、その誰かの想い出を作るきっかけになれたら、それは私にとって嬉しいことだから」
第14話「旅をするということ」
「ガイドなんて仕事をしてると、エマの言葉の意味がよく分かるんだよなぁ」
少し休憩してまたワイバーンに乗り込む一行。だいたい高度1000メートルほど上がったところで、セドはまた着地を先導する。ドルヘッド山脈には洞窟が幾つもある。冒険者にとっては寒さを凌げる良い休憩地になったりするが、もちろん手強いマテリアルの住処になってたりもする。それからそこでの休憩も終わろうというところでリヴはふと、近くのとある洞窟の入り口から、人が出てくるのを見かけた。
「えっ!遭難!?」
みんなが振り返る。その男は標高3700メートルくらいの場所で、カジュアルコーデでやつれていた。なんだか知らない奴らがゾロソロと近づいてくるもんだから、男は戸惑って洞窟に帰ろうとする。
「ちょっと待って。そんな恰好じゃ危ないよ」
そうジーンが呼び止める。
「いつから遭難してるの」
「いやあ、その、オレ、別に遭難してないし」
「はあ?どう見たってボロボロじゃん。私達、ガイドやっててここに詳しいの。もうこの標高でその薄着じゃ凍えちゃう、降りた方がいい」
真っ当なアドバイスにも、男はただ戸惑ってボサボサの頭をかく。まるで宗教の勧誘に困っているかのように。そんな男を、セドは何やら神妙に見つめる。
「山は、下りない」
「え?」
「下りたって何もない。その、オレ、山じゃなくて・・・しいて言うなら、人生に遭難してる」
「・・・え?」
するとセドは小さく頷いた。
「オレらは先に進もう」
「そんな!ダメだよ」
リヴの反論にも、セドは冷静に支度を始める。
「そいつは、冒険者としてかなりの手練れだろう。見た目はボロボロだけど、清潔感がないだけで傷もないし、そもそもこんなところをカプセルホテルみたいに使ってるんだ、精神力だって相当のもんだ。放っておこう」
「そ、そうなんだ」
するとそんな時だった、つむぎが男に歩み寄った。
「大丈夫?悩んでるなら、いくらでも話聞くよ?」
カジュアルコーデの男は気怠そうに、大きな溜め息をついた。
「お前くらいだよ。そんな風に聞いてくれんの。周りの奴らはみんな自分のことばっかり。オレが冒険者だと分かれば、どうせ逞しく生きていけるんだろって」
ジーンがふとセドの顔を見れば、セドは呆れたようにこめかみをポリポリ。
「周りは何かと推し活だのって、推し活すりゃ悩みも消えるだの、うざくて、別にオレ、好きなアイドルとかいないし、だから山籠もりしようと。でも考えてみたら、人生で楽しい事なんてないし。結局、羨ましいんだ、楽しそうにしてる奴らが」
「冒険は楽しくないの?」
「冒険は、別に楽しいとかじゃない。冒険は人生そのものだから。どうしたら楽しいこと見つけられるのか分かんなくてさ」
つむぎはふと野球少年を思い出した。先生からもっと楽しくやれと言われるけど、野球は人生だから、楽しんでやることじゃないと言っていた。
「そっか。冒険は生き甲斐なんだね。生きるために必要な事なんでしょ?」
「まあな」
「別に無理やり楽しいことを見つけなくてもいいと思うけど、でもわたしから見たら、あなたは輝いてるよ。生き甲斐がある人ってみんなかっこいいもん」
男はなんだか険しい顔で神妙に空を見上げた。
それから一行は更に2000メートルほど高度を上げた。そこでセドはまた山肌に降り、とある大きな洞窟に向かうと言った。
「ノジさんはこの山に居る時、いつもここら辺の洞窟に居るんだ」
「何かいるよ」
そいつを見つけたのはリヴだった。さすが狩猟の達人。そうつむぎも感心していると、そいつはこっちに向かってきた。レベル7相当マテリアル。そうかと思えば、同じ奴がもう1頭姿を現す。
「つむぎとオリヴィアはとりあえずあの洞窟に隠れてくれ」
「うん」
ワイバーンだって多少の護衛なら出来る。そうオリヴィア達が乗るワイバーンも一緒に洞窟に隠れながら、そしてセド達はマテリアルたちと対峙した。それは、狩りだった。ワイバーンたちが空から追い立て、時に火球を吐きながら援護し、そして腕の立つ竜人達が魔法を使った身のこなしで素早く仕留める。仕留めたのは1頭だけ。何故なら狩猟とは、命を無駄にしないことだから。
つむぎ達が隠れていた洞窟を少しだけ進み、そこでキャンプ用品を広げるセド達。体重5トンのマテリアルを1頭狩れば、みんなの昼食には十分。
「冒険と言えばキャンプ飯だ。とんでもなく美味いスパイス持ってるから、期待していいぞ?」
「おー楽しみやね」
洞窟の入り口付近で、お肉とスパイスが焼ける良い匂いが立ち込めていく。するとドスンドスンという足音が洞窟の奥から響いてきた。絶対こっちに来る。そうつむぎとオリヴィアは不安げにセドを見るが、セドは料理に夢中だった。
「ったく、何の用だ?」
やがて姿が見えたのは高さ7メートルくらいの龍だった。そう言いながら、まるで料理が出来たから当たり前のようにやってきた家族みたいに、その龍は座り込む。
「ん、客か」
「もしかしてノジルドにぃ?」
「そうだが?あんたは」
「私はリヴ、ハイネティスで冒険者ガイドやってるんよ」
そうしてみんなは昼食を囲んだ。この山で生息数の多いこのマテリアルは、寒さに耐えられるように脂身も豊富。煮込めばとてもプルプルになる。
「おおじぃがな。おせっかいなこった。んなことよりエマの病気の特定か、大変そうだな。セドも行くのか?」
「いやあ、オレは仕事あるし」
「そうか、なら、オレが手伝ってやろう」
「ええ!」
「本当ですか!?」
「こう見えてエマには1度世話になったんだ。それにダークエリアだろ?頭は多い方がいい」
「でも大丈夫かな?ノジさんが街に行ったら、多分パニックになるんじゃない?どうする?芸能事務所からスカウト来たら」
そう言ってジーンは豪快に肉にかぶりつく。
「そっちのパニックかよ」
「おいおい街には行かねえぞ。人間の街は狭すぎる」
「確かに警察とか呼ばれちゃうかもね」
「ノジルドさんはどうして里で暮らさないの?」
つむぎがそう聞けば、ノジルドは小さく笑った。
「んなもん、旅が好きだからよ。旅ってのは、縛られなくていいんだ。自分が何者かとか、こうしなきゃいけないとか、そういうもんから解放される」
しかしそこでジーンが呆れたように失笑する。
「何言ってんだか。パラディンのくせに。おおじぃが居たらどんな顔するか」
「オレぁ旅行出来るからパラディンになったんだぞ」
竜人達には分かるジョークみたいだが、つむぎはただポカンとする。
「パラディンってなに?」
「知らないのか。女神だったらそれくらい覚えとけよ。パラディンってのは、ディッセンディアを護る為に派遣される龍のこった。女神ってのが交流の懸け橋だろ?パラディンってのは両国のボディーガードよ。今は10頭だ。代々パラディンは里から離れて暮らして、危険なマテリアルから両国を護ってんだ」
「えっ、そんな大事な仕事があるのに、手伝ってくれるの?」
「まぁ何つうか、直接の護衛じゃないが、世間的にはパラディンの評判と女神の評判は繋がってるからなぁ。女神になんかあった時はパラディンも動くもんだ。だからまぁ、仕事の内っちゃそうだ」
「そうなんだ」
「だから芸能事務所からのスカウトも、あながち無くはないの。人気者だから」
「へー」
「って言ったって、パラディンも毎日決まった仕事がある訳じゃない。好きなとこいって、適当に暮らせるんだ、良い仕事だろ」
「でも解放されちゃダメよね」
そうジーンが言えば、また竜人達は笑う。今度はつむぎもその面白さを理解出来た。
「ノジさんだけでしょ?定期連絡サボってんの」
「そんな龍は簡単に死ぬもんじゃないだろ。何が定期報告だ」
「だからこうして女神が来たんよね」
「だったらウツセミに伝えとけよ?そっちから様子見に来いよって。こっちは旅行の予定が詰まってんだ」
「あー怒られちゃうよ?」
「ノジさんの言う旅行の予定はね、パラディンとしての回遊ルートのことなの。パラディンってパトロール範囲がすごくて忙しいから」
「ジーン、ばらすなよ」
そうして、つむぎ達はつむぎストライカーズの集合場所に帰ってきた。朝から龍の背中に乗って龍の里に行ったり、ワイバーンに乗って山を登ったりと、今まで生きてて一番スリリングだった。そんなつむぎの話に、カグラやペロは目を輝かせていた。
「パラディンが・・・ぱぱ、パラディンが、仲間に・・・」
「竜人の次はパラディンなんて、もうSランクパーティーをも凌ぐ勢いだね」
「ダークエリアってどんな植物があるのかな」
植物学系女子大生キョウカが呟く。
「じゃあなんかお土産、採ってきてあげる。見たことのない植物」
「ほんと!やったぁ!」
「あの、リヴさんは、つまりライダーってことですか?」
「ライダーって?」
「えっとそれこそワイバーンとか、人間と共存してるマテリアルと人間がコンビを組むんです。それで人間は相棒の背中に乗って戦ったり、冒険したり」
「んー、いつも乗せてくれるにぃには居るけど、にぃにも冒険したことないんよ。一緒に狩りするだけで」
「そうなんですね。もし龍も一緒に戦ってくれるなら、相当な戦力アップですけどね、それこそレベル10以上でも倒せるくらい」
「そっか、じゃあ誘ってみようかな」
カランカランとドアベルが鳴った。誰かが入ってきたり、出ていったり、そんなことは日常だから誰も気にしないが、それでも振り返ったリヴは指を差して驚いた。その時、ふらっとつむぎストライカーズの専用集合場所に入ってきたのは、さっき山で会った人生の遭難者だった。相変わらずしけた面だった。
「どうしたん?」
リヴが問いかけると、その男はボサボサの頭をポリポリ。
「あれから検索してさ、猫が女神だったって知って、それで何となく、どんなチームかなって」
するとカグラが男に歩み寄り、つむぎもキャットタワーをスッと降りていく。
「このチームのリーダーをやってるカグラです。このチームは、基本的には誰も拒まないから、入りたかったら入ってくれて全然いいですよ」
「そうか・・・」
「良かったらあなたも・・・って、名前は?私はリヴ」
「・・・タロト」
「さっき山で会った時、セドが手練れだって言ってたけど、そうなん?」
「いやあまぁ、どうかな」
「もし魔法使いなら、ランク教えてもらえますか?」
カグラがそう聞くと、タロトは使い古されたリュックサックを漁り始めた。何となくの雰囲気からしてまぁまぁの実力者なんだろうとカグラは思っていた。でも取り出されたペンダントは「銅」だった。
「えええっ!まじで!・・・え、Sランク!?」
ぞろぞろと集まってくるチームメイトたち。まるで価値のある宝石でも見つめるようにみんなが見てくるもんだから、タロトは気まずそうにペンダントをリュックの中に放り込んだ。
Sランク魔法使いになると、ペンダントが変化する。アルファベットでの識別から、色での識別になる。そしてその色は魔法協会に登録されているランキングに沿って、自動で染まる。
「105位だし、Sでも底辺だ」
「いやいやいや、すごいに決まってるじゃないですか!Sなんて誰だってなれるものじゃないし、それに”今も”Sでいることが出来るって、本物ですよ」
「今もってどういうこと?」
「Sランク昇格試験は、それはもう並大抵の努力では突破出来ないんです。でも昇格試験よりも大変なのが、月に1度の更新試験。それでいつも何人ものSランクが降格させられる」
「更新試験って何するの?」
「ランキング戦です。Sランク魔法使いの戦力維持と価値を守る為に。原則として、Sランク魔法使いは108人しか在籍出来ません。だからせっかくSランクになっても、競争に負ければまたAに落ちる。でもその環境が、より強い魔法使いを育成する」
「詳しいね」
「いやぁ実は、オレ、Sランクを目指してるんです。女神様のチームのリーダーたるものSランクじゃなとって思って。って言ってもまだBなんですけど。そんなことより、タロトさん、ぜひ一緒に冒険してください。今、すごく危険なマテリアルを討伐するために仲間を集めてるんです」
タロトは目を輝かせるカグラを前に、ふとこの前観た再放送ドラマを思い出した。それは天才地理学者の役をやっていたエマのセリフ。
「冒険は、楽しいから行くんじゃない。冒険が、楽しむことを教えてくれる」
読んで頂きありがとうございました。




