「癒しの場所」
ディッセンディアの領土の中でも比較的安全なハイキングスポット。通称「テリセン山道」。危険なマテリアルが全く出ない訳ではないが、冒険者ガイドをつければ楽しいハイキングを体験出来る。そんなテリセン山道を、ひたすら登る人が居た。彼女はレナ。5人組アイドルグループ「アイラブ」のメンバー。テリセン山道のとあるポイントに着くと、レナは自然を一望する。
「わぁー、良い景色」
少し厳しい山道を登った後の汗ばんだ笑顔はきっとファンを魅了するだろう。
「一旦カメラ止めますね」
すかさずレナのメイク担当がやって来て、レナにタオルを差し出す。
「シンチャさん、ここで歴史を語るナレーションを入れたいんですけど」
「いいんじゃない?景色バックで撮っといて」
視聴者に普段体験出来ない景色を届けるというコンセプトの冒険体験番組「世界の一望」のプロデューサーのシンチャとディレクターが話していることなど、レナにとっては関係ないので、レナはただマネージャーから渡されたスポーツドリンクを飲みながら、普通に景色を楽しんでいた。
「マネさん、なんかいる」
「え?うわ」
崖下には、おおよそ3メートルの巨体を有する草食系マテリアルがのんびりと過ごしていた。
「よし、じゃあ皆さん、休憩済んだら、いよいよメインの撮影スポットに行きます。レナちゃん、体力は大丈夫?」
「全然大丈夫です!」
「いいね、流石普段から歌って踊ってるアイドルだ」
それから何となく過ごしていたレナの下に、ディレクターの男性がやって来る。
「レナさん、度胸があっていいっすね。さっきなんか、普通の人だったら躊躇するところを率先していくなんて」
「ありがとうございます。こういうハイキング、実は元々趣味なんです」
「へーそうなんだ。一応この番組、新人の俳優とかを出して、少しでも売り出していこうって裏コンセプトみたいなのがあるんだけど、アイドルでこういうの出てくれる人、ほんと居なくてさ、結構オファー関係が苦労しててさ、だから出てくれて助かるんすよね」
撮影が再開され、レナはまたひたすら歩き出す。メインは景色なので、気の利いた感想などは出てこなくていい。体力さえあれば、難しくない仕事だ。しかしそこで、冒険者ガイドを連れて先行していたアシスタントディレクターの女性が、遠くで大きくバツのジェスチャーをした。
「え?」
「・・・一旦、止めます」
「何があった?」
「この先に危険なマテリアルが居ます」
「はあ?」
第12話「癒しの場所」
「どういうことだよ。ちゃんと調査したよな?」
「しましたって。危険なマテリアルが出るとしても、まだ季節じゃないんで」
「くそっ。おい!ガイド!なんとかしてくれよ」
「あのタイプは食べ物を求めて回遊する。時間が経てば離れる」
「時間ってどれくらいだ?正午の1番明るい時に撮りたいんだよ」
「こっちが知る訳ない」
「だったら追い払ってくれよ!」
「俺はガイドとして安全を第一で考える。戦うってことは、ガイドの持ち場を離れるってことだ。それは出来ない」
「ちょっと気を逸らしてだな、遠くに向かわせればいいだろ」
「ガイドの持ち場を離れるのは最善じゃない」
「融通が利かないな!いいだろちょっとぐらい」
「俺が離れている間に何か起こったらどうする」
「それは・・・あああもう!くそ!」
一先ずはここに居れば、あっちから狙われることはないとのガイドの適切な指示で、安全は確保された一同。でも空気は険悪だ。テリセン山道の1番の映えスポットでは、最も明るい時にしか見れない現象がある。シンチャはそれをどうにか撮りたいらしい。そしてタイムリミットまで2時間。目的地まではここから1時間ほど。基本的には余裕も確保しながら計画を立ててはいるが、撮影の準備も考えると、すぐにでも近付きたい。
「あのう、シンチャさん。私、少しくらいなら戦えますよ?魔法は使えます」
「いやいやいや、レナちゃんは気にしなくていいから。演者さんにそんなことして貰ったらコンプラ最悪だし。ガイドに任せればいいから」
「シンチャさん、とりあえず落ち着きましょう」
そういって温かいコーヒーを差し出してきたのはアシスタントディレクターの女性。
「そういえばレナさんのチーム、雑誌の取材がすごいらしいですよ。やっぱり女神効果ですよね。つむぎちゃんもテレビ出てくれたらいいのに」
「そ、そうっすね、す、すごいっすよね。ダメもとで、この番組にオファーかけてみますか?タレント枠になるんすかね女神って」
「まぁ、エマ様が大女優だったからね。そりゃ、メディアも取り上げるよな。いやでもさすがに猫1匹で画は持たないよ」
「そしたらまた私にオファー下さい」
「あー、んー、そうだねぇ。ははは、アイドルに猫なんて、おさんぽ番組じゃないんだから」
プロデューサーに笑顔が戻って、ディレクター達がほっとした矢先、シンチャはガイドを呼びつけた。
「ほんとにどうにもならないのか?」
「まぁ、もし人件費をかけられるなら仲間を呼ぶけど」
するとシンチャは苦い顔で頭を抱えた。
「・・・・・・・分かった、しょうがない。今日の打ち上げはなしだな」
「えーっ」
スマホが鳴った。電話を取ったのはロナウザーだった。ちょうどコンビニに居た。
「どうした?」
「応援を頼む。麻酔弾があればいい」
「分かった。今日はテリセンだよな?」
「あぁ」
コンビニを出て、右に曲がって数分先の銀行の目の前にワープポートがある。ロナウザーはコンビニで買った肉まんとミルクティーを持って、ワープした。
今日は冒険者ガイドの仕事をしていたタケミチ。テレビクルーの護衛は初めてだが、人を護る仕事は大得意。どんなに安全なハイキングスポットでも例外はある。テレビクルーの道を塞いだのは、レベル5相当マテリアル。特別に凶暴ではないし、負ける相手じゃない。ただ人を護ることが最優先の今回に至っては、1人ではどうにもならない。あれが、群れじゃないという保証もないから。
様子を見ようと、マテリアルが見える所まで顔を出したタケミチ。思わず溜め息を漏らした。なんと親子連れだった。2匹の子供を連れていた。そしてもっと最悪なことに。
「どうでした?」
戻って来たタケミチに問いかけるアシスタントディレクターの女性。
「悪い状況だ。こっちに向かって来てる。しかも親子連れだ。出くわせば、親は必ず襲ってくるだろう」
顔面蒼白のアシスタントディレクター。そしてプロデューサー。全員が言葉を失っていた。
「そ、そ、そんな冷静に言わなくたって」
「問題はない。対処の仕方は分かってるし、もうすぐ仲間も来る。あのレベルなら、俺にとっては敵じゃない」
「それを早く言って下さいよ!もー。心臓が縮みましたよっ」
「ちなみに、レベルって」
「5だ」
「おぉ・・・中々ですけど、本当に大丈夫なんですか。安かったから雇ったんですけど」
「・・・俺は、元騎士だ、仲間も全員。それと俺は――」
ふとタケミチは思い出した。それは今朝の事。タケミチの家で、エクレアと朝食を取っている時のこと。
「タケミチはね、自分の功績を言わないクセがあるからねぇ。いい?自慢じゃなくて、怖がってる相手を落ち着かせたい時に、ちゃんと言うんだよ?」
それからタケミチはおもむろにネックレスをつまみ上げ、ペンダントを見せる。
「Aランク魔法使いだ」
「まじすか!すご!」
「カッコイイ・・・」
空気が一気に穏やかになるのが本当によく分かった。今まで自慢たらしくするのは嫌だったタケミチ。でも、称号はこういう風に使うものだと初めて実感した。
レナはふと思い出していた。子供の頃から冒険に興味があって、大人になったら冒険をしてみたいと思っていた。でもアイドルになって、それも楽しくて、冒険は趣味にした。冒険が出来るアイドルというジャンルで売れたらいいなと思ってない訳はない。でも今、実感した。自分の冒険のスキルなんて、全く役に立たないと。自分は魔法使いとしてのランクはE。下から2番目で、きっとそんな人、戦力にはならない。
やがてガイドの仲間がやって来た。応援要請から10分くらいした頃で、どんな魔法を使ったのか気になった。ガイドの仲間はたった1人で道の向こうに去っていって、すぐに戻って来た。歩き出したテレビクルー。マテリアルの姿はまるでなく、静かだった。
「あれ?マテリアルは?」
アシスタントディレクターが聞くと、ロナウザーは崖下に指を差した。
「眠らせて、移動させた」
「魔法ってすごいですね」
それから正午前には撮影スポットに到着し、撮影は無事に行われた。テリセン山道の頂上から望める景色では、真上からの太陽の光によって、崖下の湖の湖面がとてもきれいに輝くという現象が見れる。それは真昼の星空とも呼ばれるくらいに観光客に人気の情景である。
「すごいですね。ちょうど湖全体が輝いてます」
「・・・・・一旦止めます。いいですね!いい画が撮れました。最高っす」
つむぎストライカーズ専用の集合場所にて。今日の仕事を終えたレナはつむぎに会いに来た。
「今日はね、得意分野の仕事だと思って張り切って頑張ったんだけど、本当は私、全然冒険の実力がない事に気付いて、落ち込んじゃった。好きなのに上手くいかないって、なんか悲しくて」
「そっか。レナはきっと、遠くを見過ぎてるんじゃない?」
「え?」
「ハイネティスに居た時、部活で悩んでる男の子が居て、優勝しか見てないって言ってた。でも、結局優勝出来なくて、上ばっかり見てて、基礎がおろそかになってたみたい」
「基礎・・・んー。んっ!そっか、私、もっと冒険しなきゃ。趣味レベルじゃ仕事貰えないもんね」
レナにはファンから貰った武器と魔法がある。魔法とはプログラムコードのようなものであり、エクササイズの手順のようなもので、手紙で渡したり、ドキュメントにメモしてメールでもすれば、簡単にアイデアという名の魔法はプレゼント出来る。
それからレナはスマホを取り出した。つむぎストライカーズの誰かがノーコードアプリでシンプルな掲示板を作っていて、仲間達はそこでクエストの相談や、待ち合わせの話し合いをする。そして翌日、レナの呼びかけに集まった3人と共に、レナはプライベートで冒険に出た。
「レナちゃんと冒険出来るなんて、最高すぎる。デビューの時から、何となくストリーミングで聞いたりしてたんだ。この前、ファンクラブに入ったよ」
「そうなんだ。嬉しい」
レナとペロ、それから植物学系女子大生キョウカ、腕利きの魔法剣士ジュウゴ。そんな4人がやって来たのは、レベル3から4のマテリアルが生息する山道。
「みんな、ストップ。レベル4のテリアン・バンクルだ。オレが先に行くから」
まだまだチームワークなんてない4人。だから危険なマテリアルに遭遇すれば、ジュウゴが1人で向かって行って、女子たちを守る。でもジュウゴにとっては、それが目的。何故ならジュウゴはつむぎストライカーズの中の”守り人”の1人だから。つまり、冒険に行きたいけど自信がない人と、親切で強くて戦いたい人がうまくマッチングされた即席チーム。
「すごい、簡単にやっつけちゃった」
「バンクルなんかもう数え切れないほど倒したからな。カリカリに焼いた皮が美味いんだ。あとで食べる?」
「いいね」
盛り上がるペロとキョウカ。でもレナは戦いたいと言えなかったことに落ち込んでいた。でも脳裏に浮かんだのは、つむぎの顔。
「ねえ、戦い方、教えてくれない?」
「え、ああ全然いいけど」
「レナちゃんはいいの。怪我したら大変じゃん」
「私、今まで冒険が趣味で、だけど、全然強くないし魔法もEランクだし、けど、冒険でもっと仕事が貰えるようになりたいの。せっかくファンから貰った武器と魔法があるから。私、クイーンみたいに強くなりたい」
「へぇ~いいんじゃない?」
「そうだったんだ、なんかごめん」
「いいのいいの。次バンクル出たら私も行く」
「オッケー」
最高で最強の冒険者キング・アルトゥスに肩を並べる、最強の絶世の美女クイーン・オーロラ。彼女は永遠の27歳。30歳になる誕生日の前日に転生し、25歳に戻る。それはもう8回目。転生を繰り返して永遠の若さを保ちながらも冒険の経験値は凄まじく、魔法ランクはS。現在108人いるSランク魔法使いの中で実力を決める世界大会では、堂々の第3位に輝いた。冒険者なら知らない者はいないし、女性冒険者の憧れ。冒険者の中では、勝利の女神とも呼ばれている。
「へぇー、すごい人なんだ」
キョウカがそんなオーロラの公式サイトを見ている中、一行は頂上に辿り着いた。とても見晴らしの良い大草原を望みながら、一先ずジュウゴはキャンプ用品を広げる。バンクルの肉の香ばしい匂いが漂う中、レナは大草原の景色をスマホでパシャリ。
「いい感じだ、焼けたよ」
キャンプチェアで火を囲みながら、4人はカリカリに焼かれたバンクルの皮を頬張る。
「んーっ、最高!」
「はは、いい食レポだな」
「・・・私にとって、癒しなんだよね、冒険。自然に触れて良い景色見て、仕事のストレスとか吹き飛んじゃう」
「めっちゃ分かる~」
「でも、好きな事を仕事にするって難しい」
「アイドルは?好きじゃないの?」
「楽しいし好きだけど」
「私、植物が好きで、それでずっと生きていきたい。分からないことだらけだけど、難しいって思ったことない」
「案外、難しくないんじゃないか?オレだって戦いたいから冒険やって、仕事かどうかなんて考えたことない。結局それで飯は食えてるし。そんなに深く考えなくてもいいんじゃないかな」
レナは火を見つめた。ゆらゆらと揺らめく、実体があるようで無いような火が、なんだか自分の人生と重なったような気がした。
オリヴィアとつむぎは、ハイネティスに来ていた。といっても懐かしいというより、こんなところもあったんだという密林を歩いていた。やがて目的地が見えてきた。それは森の真ん中にポツンと建つコテージ。
「こんにちは」
「おう来たか」
ウッドデッキにあるテーブルで本を読んでいたおじいさんは明るく出迎え、老眼鏡をおでこに上げる。
「嬢ちゃんが新しい女神か」
「あ私じゃなくて、猫のつむぎです、新しい女神様は。私はお手伝いで、オリヴィアといいます」
「ん、そうか。まぁ上がりなさい」
木のさわやかな香りが微かにする、まるで本屋のようなリビングで、オリヴィアはハーブティーを出してもらった。
「ウツセミから聞いてるぞ。龍に関してじゃったな」
「ドラゴンと違うの?」
「猫とジャガーみたいなもんじゃな」
「あ~」
「向こうの国じゃ、龍もドラゴンも変わらんじゃろうが、ハイネティスじゃ、荘厳で聡明な方を龍という」
「ソーゴン、ソーメイ・・・」
「ウツセミさんは、龍に聞けばエマ様の病気のことが分かるかもって言ってましたけど」
「物知りじゃからなぁ。ただ、マテリアルは日々進化し、新種も生まれる。龍と言えど、全てを知ってる訳じゃない」
「でも、せっかくなので、会いに行きます」
読んで頂きありがとうございました。




