特別というのろい
「もう潮時じゃない?解散しよ。」
静かな部屋、空気に反してチクタクという秒針の軽い音が響く。少しは空気くらい読めよ。時計もさ。
‥我ながら変なツッコミ。ツッコミですらないか。
職業、お笑い芸人。とはいっても爆笑を掻っ攫えるほどの技量はない。地下ライブから抜け出せずバイトで生計を立てている、売れていない芸人だ。 相方に話がある、と呼び出された。予想はなんとなくついていた。ついていたけれど。 実際に解散、となると言葉がずしりと響く。ぐるぐると色々なことを考えてしまう。ああ、やっぱりな。とか、意外と涙はでないんだな、とかあのライブまだ出てないのに、とか。あと、今日の夜は何食べようかな〜なんてくだらないことで現実を見ないようにしている自分もいた。 理由に心当たりがないわけではない。方向性の違い、なんていったらそこらへんにいるカップルみたいだけど実際そうなのだから仕方がない。漫才に身が入ってないのなんか気がついていた。隣にいるのだから。わかっていてわからないふりをしていた。バトルライブの結果も伸び悩んでいたし、限界だったのだろう。
「‥‥いいよ」
やっと絞り出せたのはこの3文字。やけに時計の音が頭に響く。相方は、意外とあっさりしてるね。もっとごねられるかと思った、と少し悲しそうに、困った顔をしたように笑っていた。
なんだそれ、メンヘラかよ。しょうがないだろ。
‥なんて言えるわけなく、愛想笑いをするのが精一杯だった。ここは理由を聞くべきか、迷ってやめた。
「今後どーすんの」
なんだよそれ、ファンかよ。よくわからないツッコミをしつつも動揺が隠せていないのが明白で恥ずかしくなった。
「続けるしかないよね、まだ夢叶ってないし。」
夢。夢ってなんだろうか。子供の頃から芸人になるのが夢で、大学生にならずに家を飛び出すようにでて、行き当たりばったりでいきてきた。夢ってこんなもので叶うんだろうか。もっとこう、人生の中の分岐点を全て成功させて、計画的にコツコツやらないと叶わない気がする。あの時大学にいってれば、実家にまだいたら、って。考えたらキリがないか。
「そっちはどーすんの」
「ん、なにが?」
「‥今後」
あほかこいつ。この流れでそれ以外ないだろ。
「んー、今後はやめるよ、げーにん」
「やめちゃうんだ。もったいな。」
「いやだって、お前とだからやってたし笑、今更他と組んでどーすんの」
「あーずるいか、自分から解散持ち出したのに。」
「ずるいでしょ。」
「なんかさ、思うんだよね。多分友達、の方がいいんだよ。相方じゃなくて。」
「どういうこと?」
「んー、仲悪くなっちゃうの。嫌なんだよね。自分が足引っ張ってるのかもって思ったら最近身も入らないし、」
全然気が付かなかった。こいつがこんなことを考えていたなんて。いって欲しかった。いや、言われなくても気が付かなきゃいけないのが相方なのかもしれないけど。
‥‥返す言葉がない。
「ほら、すっごい幸せな時ってこのまま死んじゃいたい、って思わない?終わらせたくないって。それと一緒。2人でやってたこの時間を、変な形で終わらせたくない、みたいなさ」
照れくさそうに笑っている。なんだこいつ。それって
「逃げてないよ。逃げてない。こういう決断だって必要。」
もっと一緒にやりたかった。もっと一緒に、1秒でも長く舞台に立っていたかった。こいつが作り出す雰囲気が好きだった。楽しそうにネタをやっているところが好きだった。信頼を置いていたし、本気で上まで上がれると思ってた。伝えたいことは溢れてくる、でもそれ以上に、こいつがこんなに信頼をおいてくれていたのが嬉しかった。
「もっとばちばちにやりあうのが常識かと思ってた」「わかる」「これってさ、普通に」
「「円満解散」」
秒針の音にのせて、2人の軽やかな笑い声が部屋に響く。
澄み切った空、呪いを解かれたふたりの笑顔のように、星空は輝いていた。
自己満です