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同樹の桜

作者: 瀬嵐しるん


ここ数年、活躍が目覚ましいひとりの男性俳優がいる。


スラっと細身で、高めの身長は何を着ても似合う。

そしてモジャモジャと言われるヘアスタイル。

イケメンというよりも、どちらかといえば個性のはっきりした顔立ち。


森山和重、三十五歳。俺の推し。

ドラマや映画が好きな俺が、今一番注目している俳優だ。



俺は橋崎八尋。田舎に住む、しがない高校二年生だ。

今は夏休み。

田舎ゆえにバイトはなく、半農の家の畑の手伝いをする日々。

都会と違ってアクティブな引きこもり生活。

毎日、畑の草取り、水まき、そして収穫がある。


部活は野球部だが、通称は草野球部。

甲子園など目指す者はいないので、暇は十分にある。

従って、それなりに真面目に勉強もしてる。

将来の目標は特にないが『選択肢を増やすには、まず学歴』という姉の助言を素直に受け取った。


そんな俺の唯一の楽しみは、溜めておいたドラマの録画鑑賞。




「ねえねえヒロ! 髙志君、お祖母ちゃんのお見舞いに来てるらしいよ。

仕事途中で寄ったって」


「へえ」


今はお盆。

社会人の姉も休暇中。


缶ビール片手に、姉は器用にスマホをいじっている。

髙志兄ちゃんは、ここらじゃ一番の情報通と言われる姉の幅広い交友網に引っかかったらしい。


玄関チャイムが鳴った。


「あれ? 誰だろ。ヒロ、出て」


「うん」


ここらは田舎ゆえ、近所の人は勝手知ったるでチャイムなんて鳴らさない。

チャイムが鳴ったら、逆に警戒するくらいだ。


「あれ? 髙志兄ちゃん!」


「おー、ヒロ、元気か?」


「元気元気。兄ちゃんも元気そう」


「おう、お陰様でな。

今、病院帰りなんだけど、祖母ちゃんの同室の人が、親戚からもらった土産持て余してるから、持ってけって。

そんで、おすそ分け持って来た」


「ありがとう。ん? 病室に土産? 見舞いじゃなく?」


「入院が急で、見舞いが間に合わなかったらしい」


「なるほど?」


立ち話が長いので、姉ちゃんが出てきた。


「髙志君、おひさ。

いやもう、すっかり都会人だね、玄関から入って来るとは。

お茶くらい飲んでけば?」


この辺じゃ、知り合いは縁側から上がり込むのがマナーである。


「サンキュ。んじゃ、ちょっと上がらせてもらうわ」


「ん、これくれるの?」


「うん、貰いもんの横流し」


「つまみに丁度いい! うれしー。ありがと」


髙志兄ちゃんは近所に住んでた幼馴染。

姉ちゃんと同い年で、家族ぐるみの付き合いだ。


「おじさんとおばさんは?」


茶の間に入ると、髙志兄ちゃんは周りを見回した。


「盆休みで旅行中」


「ああ、そっか。畑あるもんな。盆くらいしか休めんな」


「そそ。あたしとヒロが水やり留守番できるうちにね。

髙志君は仕事中だって聞いてるけど?」


「情報早いな」


「真理子に会ったでしょ? 病院で」


「アイツか。腹重そうだったから、油断したわ」


「妊婦だと警戒心薄れるね」


「まあ、秘密を暴露したわけじゃないから」


「え? 秘密あんの?」


「実はさ」


「うんうん」


「俺、今、ドラマの大道具やってるんだ」


兄ちゃんは大学卒業後、テレビ局に就職した。


「あんまり詳しく言うと、サイン貰って来いだの言われるから内緒にしてる」


「あー、だねー。田舎もんは、まずサインだね」


「ほんとにファンならともかくさ」


「うんうん。あたしもプロレス中継に関わってるって言われたら、サイン貰ってって拝み倒すけどね!」


「お前も、相変わらずだな」


「まあね。あー、でも、ヒロはドラマ好きじゃん」


「ヒロは、拡散しないだろ」


俺に話が振られた。


「しないけど、何のドラマか訊いていい?」


「二時間サスペンスの『サスペンダー刑事』

山越えた隣町の農家の空き家を借りて撮影してる」


な、なんですとー!


「それって、主演森山和重さんじゃん! 俺の一押し」


「相変わらず、渋い趣味だな」


「……ロケ見たいな」


「お前なら滅多なことないだろうから、連れて行ってもいいけど、帰りは明日になるぞ。

夜の撮影あるから現場で貫徹。食事はロケ弁だ。

大丈夫か?」


「帰ってから寝られるからいい。

ロケ弁、憧れだった」


「……いや、ロケで食うだけで普通の弁当だし」


「え、そうなの!?」


ブハっと姉ちゃんが噴き出す。

そうだ、今は姉ちゃんが家長代理だった。許可を取らねば。


「姉ちゃん、いい?」


「いいよー。あんたのご飯の心配しなくて済むと楽~」


姉ちゃんは、芝居や俳優に全く興味が無い人だ。


「うおっしゃ! つまみも来たし、一人でビール飲みながらプロレス見ちゃる!」


「相変わらずだなー、お前の姉ちゃん。いっそ清々しい」


道の駅で働く姉は、いわゆる体育会系。

さっぱりしたとこが老若男女に人気らしい。

観光地の道の駅ならお盆で休むなど有り得ないが、ここは田舎中の田舎。

お盆は休むのが当然。


そして、一昔前なら親戚が集まるのも当然だったが、時代も変わった。

うちの親戚たちは話し合って、人の移動が多い時期に集まるのは止めたのだ。

というわけで、両親は心置きなく旅に出た。



俺は兄ちゃんの運転するトラックの助手席でワクワクしながら山を越えた。


「ほわー、ドラマと一緒だ!」


我ながら間抜けな感想を述べると、兄ちゃんが笑う。


「あれだろ? ドラマ中で映される、ドラマの撮影してる現場と一緒ってことだろ?」


「そうそう!」



「おー、髙志! 待ってたぞ」


「ありがとうございましたチーフ、寄り道させてもらって」


声をかけてきた人に、兄ちゃんは社会人っぽく頭を下げた。


「いいよ、盆休み無かったもんな。時間とれてよかった。

ん? この子は?」


「近所の高校生なんですけど、これが今どき珍しいほどのドラマ好きで。

見学させてもいいですか?」


「いいですか、って、もう連れてきちまってるじゃないか。

まあ、邪魔しなきゃいいよ」


「ご迷惑にならないようにします。

よろしくお願いします」


「お、挨拶できるじゃん。結構結構」


「あの、お茶配りでも、荷物運びでも、出来ることあれば手伝います」


「わかった。仕事ありそうなら頼むよ。楽しんでいきな」


「ありがとうございます」


「ヒロ、やったな。あの人、大道具の責任者で、少し気難しいとこあるんだけど。気に入られたみたいだ」


渋趣味のイマドキでない高校生なのが功を奏したかもしれない。



「あ、髙志く~ん!」


大道具の責任者さんが去った後、黒スーツのパリッとした女性が近づいて来た。


「お疲れ様です」


「お疲れ! ねえ、その子、バイト?」


「いえ、俺の幼馴染です。実家がここから近いんで、祖母の見舞いに行った途中で会って。ドラマ好きだから見学に連れて来ました」


「あ、じゃあ、もしかして今、暇かなあ?」


「は、はい」


顔を覗き込まれてドキッとした。

かなりの美人だ。


「私、森山和重のマネージャーの戸田です。

もし嫌でなければ、しばらく森山の話し相手頼めないかな」


なんですとー!


「相槌打っとくだけでいい。

いや、黙っててもいいから。

一人にしておくと、たまに突然落ち込んだりするから、面倒臭いのよ」


「是非!」


「え?」


食いついた俺に、戸田さんは呆気にとられた顔になった。


「こいつ、森山さんの大ファンで」


髙志兄ちゃんに、また笑われている。


「あらあ、そうなの! じゃあ、お願いするわ。

私、ちょっと他のマネジメントで外さなくちゃいけなくて」


「お任せください!」


浮かれた俺の口から、今まで言ったこともない台詞みたいな言葉が自然に出た。




仕事に戻る兄ちゃんと別れ、戸田さんに連れられて行った場所にあったのはキャンピングカー。

タープが張られ、その下のデッキチェアでは森山さんが珈琲を飲んでいた。


絵、絵になる! しかも名画だ。


「森山君、私しばらく外すから、この子に見張りをお願いしたわ」


「え、俺、見張られてんの?」


森山さんは、笑いをこらえながら俺を見た。


「君は?」


「あ、初めまして。俺、橋崎八尋といいます。

森山さんの大ファンです!」


「おっ?」


「大道具の髙志君の幼馴染なんですって。

見学に来てたんだけど、人手が欲しかったから攫ってきたのよ」


「君も災難だね~。こんなオバ、いやおねえさんに捕まってさ」


「誰がオバサンか! ってまあ分類上オバサンでもいいけどさ。

出番まで大人しくしててね。じゃあ、橋崎君お願いね」


戸田さんは、さっさと行ってしまった。



「橋崎君? 普段は何て呼ばれてんの?」


「ヒロです」


「じゃあ、ヒロ君て呼ばせてもらおう。

そこ、座って」


「はい」


うわあ、このアウトドア装備一式、森山さんの私物だ。

雑誌の取材記事で見たことある。


「珈琲でいいか?」


「はい。ありがとうございます」


森山さんは手早くカップに珈琲を注いで手渡してくれた。


「よし、では事情聴取を始めようか?」


「おおおー! サスペンダー刑事!」


「ハハッ、本当に見てくれてるんだ」


「もちろんです!

これ全部、私物ですよね。アウトドア用のチェアってこんな座り心地いいんですね」


そして珈琲うまっ!


「ヒロ君、マジで俺のファンだな。

アウトドア好きも知ってるなんて」


森山さんのアウトドア趣味は、それなりに有名だと思ってた。

雑誌やバラエティ番組なんかでちょいちょい紹介されている。


「お陰様で忙しくてさ、キャンピングカー持ってても使いどころが無いんだ。

小さい子供もいるし、思い立って出かけるってのも難しい。

で、今回のロケに乗って来ちゃった」


「ぴったりでしたね」


「だろ? むしろ、今日のために買ったんじゃないかってくらい」


虫除けキャンドルも、いい雰囲気だ。



「えーと、高校生だよね?」


「はい、高二です」


「部活は?」


「草野球部、あ、いえ、野球部……」


「く、くさやきゅうぶ!」


すごいウケた。ネタじゃないけど、なんか嬉しい。


「創部以来、そう呼ばれてます」


「いいね、なんかこう、目標無い感じが楽しそうでいい!」


「そうなんですよ、すごく緩いです。

放課後、突然バットを振りたくなった生徒が飛び入り参加したりして」


「うんうん、健全健全。

バットは打席で振るべきだ」


「こっちも部員が足りないことがあるから、むしろ、飛び入りで帳尻が合ったりして」


「ありそう」


「あの、森山さんは部活してました?」


「俺か~。なんかの幽霊部員だったことは覚えてるんだけど、何だったかな~つーくらいの部活だったな。ほんと、何だったろ?」


「意外です」


「ん?」


「森山さんは目標まっしぐらって感じに見えたから」


「今はねぇ、役者まっしぐらだけど、この道に出会うまではフラフラしっぱなしだったよ」


「そうなんですか?」


「役者って不安定って、よく言うだろう?

すごい売れてる人でも、微妙なスキャンダルで引きずりおろされたりさ、不安も大きい。

役者道を歩き始めて、最初はゆっくり、キョロキョロしながらだったな。

でも、だんだん面白くなってきて、今じゃ行けるところまで走って行こうと思ってる」


「なんか、カッコいいですね」


「……多胡春陽さん、知ってるだろう?」


もちろん知っていた。

多胡春陽。日本一と言っても文句が出ないほどの売れっ子俳優だ。

森山さんより二歳年上でキャリアはそれ以上に長い。


「俺なぁ、勝手にあの人のことライバルだと思ってんの。

コミカルな演技が抜群なのに、いざとなるとカッコいい。

も、理想の俳優!」


俺からすれば、森山さんも負けてないと思う。


「今のとこ、あの人の方が全然格上なんだけど、俺もそれなりに上がって来たから、キャラ被りで共演できないんだ」


それはわかる。確かに細身の身体つきや、コミカルな演技が得意なところ、そして癖っ毛の髪が似てる。


「でもさ、うーんと歳とって、あの共演NGだった大物、あ、自分で言っちゃったよ、まあいいか。

その大物俳優同士が、還暦を越えて初共演! とか騒がれてみたいわけよ。

だから、それまでにあの人と肩を並べられるように頑張るんだ。

ま、俺の片思いみたいなものだけどな」


「俺、それ見てみたいです!

楽しみにしてます」


「そう? 嬉しいね」


「俺、友達にちょっと爺むさいって言われるくらいで。

流行りの動画より、ちょっと古いドラマなんかよく見てて。

森山さん、出始めの頃から力いっぱいで、見るだけで元気が出ます」


「うわぁ、嬉しいけど恥ずかしー。

チョイ役の頃、よく怒られたわ。

目立ち過ぎだって」



でも、俺は知ってる。

翌年には、同じ監督作品の連ドラでレギュラーを取り、翌々年には主演に躍り出たことを。


「同期の桜って言葉があるじゃない?

俺はさ、一緒の現場で頑張った仲間って同樹の桜だと思うわけ。

役者もスタッフも、皆で一本のでっかい桜を咲かすため奮闘するわけよ。

今回は、ヒロ君もその一人だな」


「あ、ありがとうございます」



「ところで、サインいる?」


「いえ、せっかくですけど。いりません」


「おや、理由聞いていい?」


「サインは、動いて喋って演技してくれないし」


「なかなか良いこと言うね。

よし、次会うまでに、歌って踊れるサインを書けるようにしとくわ」


「も、森山さん!?」


多分、冗談だろうけど、彼が言うと冗談に聞えない。



「森山さん、出番です!

準備、お願いします」


助監督が呼びに来た。


「はい、すぐ行きます。

ヒロ君、近くで見るだろ? 一緒に来て」


「はい、ありがとうございます」


まるで付き人みたいに、ついて歩く。

現場に着くと、髙志兄ちゃんが手招きしてくれた。



やがて始まったのはシリアスなシーン。

空気がピンと張りつめる。

さっきとはまるで違う、サスペンダー刑事その人がそこに居た。



「はい、OK!」


助監督の声が響く頃、夜は明け始めていた。



その後、俺は先に東京に戻るスタッフのバスに乗せてもらい、家の近くで降ろしてもらった。

完徹だったので、家に着いたら風呂入って爆睡だ。



その夜のこと。


「ごめんください」


玄関から声がする。

つまり、近所の人ではない。


「ありゃ、なんだろ?」


「俺、出るわ」



「はーい、どちらさ……え? 森山さん!」


「来ちゃった!」


「どうしたんですか?」


「ロケはアップしたんだけど、考えたら真っすぐ帰っても、嫁さん子供連れて実家だから寂しくてさ。

ヒロ君の家、農家だからキャンピングカー停めさせてもらえないかと思って。

知らないとこで一人で一泊も不安でさ。

髙志君拝み倒して、住所聞いちゃった」


「ちょ、ちょっと待ってください。

両親は留守なんですけど、姉が責任者なので」


「ん、ヒロ、誰だったのーって森山和重さん!」


「あ、どうも。ヒロ君の友人の森山です。

ヒロ君にはお世話になってます」


友人! なんということだ!


「まあ、こちらこそって立ち話も何ですから、おあがりになります?」


「いいんですか?」



結局、この夜、森山さんはうちの風呂に入り、姉ちゃんとビールを飲み、うちのとれたて野菜を堪能した。

そして、翌朝早く東京に帰って行った。


「気持ちの良い人ねえ」


「だろ」


「あんたが大ファンだって言うのもよくわかったわ」


「むふふ、出演作いろいろ録画してあるよ」


「あ、それは追々」


うーん、姉はブレない。



しばらく後、髙志兄ちゃんから電話があった。


『マネージャーの戸田さんが、ヒロが進学で東京に出て来るなら、森山さんの付き人のバイトしないかってさ。

もし、興味あったら連絡して欲しいって』


そして、兄ちゃん経由で森山さんと戸田さんからのお礼の品が届いた。


戸田さんからは『森山が上機嫌で、仕事もはかどり助かりました』と。


森山さんからは『また会えるのを、楽しみにしてる』と一筆。



俺にはまだ、目指す夢は無い。

だけど、この時、歩き出す方向を決めるための、切っ掛けが出来たのだった。




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[良い点] 高校生が憧れの俳優にひょんなことから出会えて、自分の人生に張りが出る。 じんわりとくる作品でした。 将来的にテレビ関係の仕事につくつかないにかかわらず、よき思い出となりそうな出来事でしたね…
[良い点] 何もないけど、若さと憧れがある。そんな気持ちを強く感じられる作品でした。 そして、若者が憧れる大人たちもまた、自身の憧れに向けて進む等身大の人間なのだということを、若者に伝えられる、本当の…
[一言] 可能
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