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転生ですか?…すみません ウチそういうの結構です   作者: ODN(オーディン)
第一章 
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7.「素人の火起こしは大変です!」


謎の甘き果実「緑の実」を収穫した若槻鱗は川沿いを下りながら拠点へと向かう。上流の景色と違い、下流には延々と森が続いており地平線の果てに雪の積もった山脈が僅かに顔を覗かせる。

「飲んでみるか…」

道中、喉の渇きを覚えた鱗は小川の水をすくい上げる。

透き通った綺麗な水。枯葉の欠片も土の粒子も混ざっていない。唾を飲み込み、意を決して水を口に含むと予想以上に美味い。この世界で初めて吸いこんだ空気を思い出させる清涼さと優しい口当たりの良さがあり、思わずがぶ飲みしそうになってしまうほどだった。


 いつしか陽の光が徐々に小さくなり森に陰が入り始める。時間の経過を知るため森に入る以前から頻繁に陽を見上げていたことで気づいたが、どうやらこの世界の〝太陽〟は定位置から(ほとん)ど動かないらしい。部屋の電球のように定位置から世界を照らし、時が経てば豆電球のように陽が縮んで夜を迎えるようだ。

現在、陽の大きさは初めて見た時の半分ほど。

時刻でいえば正午過ぎから夕刻前と推測された。

「あった」

似たような風景が続く森の中、小川にかけられた一本の長枝を発見する。

食料を探しに出る際に帰りの目印として拠点付近の小川にかけておいた長枝だ。誰かが動かしたような形跡はなく、地面に書いた拠点までの道筋もしっかりと残っている。

「かえってきた」

開ける扉も待ち人もいない拠点。

岩場に置いたベルマーの教本にむかって鱗は小さく「ただいま」を告げる。

「拠点」といっても腰掛けられる岩場があるだけ‥と思っていたが、こうして腰を下ろして周りを見れば、周囲は雨風を凌ぐ木々に囲まれ、気まぐれに開いた枝葉のおかげで陽当たりも悪くはない。野宿などしたこともない鱗だが存外悪くない場所だと一人安堵する。

「どれどれ」

腹も満たされ、喉の渇きもない。

ようやく落ち着いたところで岩に置いた教本を取り上げ、今一度ページを開く。

〝龍殺し〟ベルマー=ガルディアンから貰った赤と青の二つの本。

ベルマーの直筆とされる教本は、この世界の言葉で書かれているため鱗に読むことは出来ない。それでも文字の法則性や絵などから情報を得られないかと淡い期待を抱きながら赤い教本のページを開いていく。

「むん?」

ふと興味深いページに指が止まり、鱗は本に顔を近づける。

矢印と人と炎が描かれたページだ。

下方向から矢印が上がり、腕を伸ばした人から、炎が出る…という図。

中学時代にこういう(・・・・)創作図をノートに描いている人がいたことを思い出して鱗は苦笑いする。

「…〝魔法〟のつもりかな」

力なく笑いながら鱗は空を見上げ、そして息を呑んだ。

影を帯びた枝葉と隙間から見えた空色。それが黒い龍を錯覚させ、植え付けられた恐怖を再燃させる。見た者を殺す魔眼をもつ黒き龍、龍黒。あのような存在がいる以上、魔法というものがあってもおかしくはないのかもしれない。

「ありえない話、じゃないのかな…」

疑心暗鬼になりながらも鱗は正面に手を伸ばす。それから図のように地面から来る何かしらの力を探るよう目を閉じ、意識を集中させる。

カチチ、とノブを(ひね)って燃え上がる炎を想像してみるけれど熱や気といったものは感じられない。ゆっくりと目を開けても結果は同じ。眼前に焼け野原が広がっている‥なんてことはない。思わず「炎よ——」なんて呪文じみたことを唱えないで本当に良かったと慎ましい胸を撫でおろす。

もしも本当に〝魔法〟のような不思議な概念があるならば誰かに教えを乞わなければならないだろう。こうして教本に書き留められるほどだ。きっと魔法とは積み繋がれてきた知識。この世界でいうところの常識であり若槻鱗にとっては未知の領域でしかない。


「寒っ‥」

どこからか吹き込んだ冷たい(かぜ)に身震いする。

空を見上げれば陽は更に小さくなり、空には夜闇の青みが強く表れ始める。

縮小する陽の影響を受けて気温も徐々に下がり始めているようだった。

「———あ」身体を擦るうちに鱗は気づく。

衣食住を粗方整えたことで気が抜けていたのか。「住」において最も重要なことを失念していた。雨風は森の木々が防いでくれる。けれど寒さだけは自分でどうにかしなくてはならない。

「火だ」

急いで立ち上がり、目に映る枝や枯葉を手当たり次第に集めていく。ところが小川から近いためか乾いた枝が中々見つからず、結局小川からかなり離れた場所で探す羽目になってしまった。

「・・やばい」

再び拠点に戻った頃になると陽は豆粒ほどの大きさになっていた。

空は青から紺に変わり、寒さは増す一方である。

「火を起こさないと」

はてさて。どうやって火を起こすか…。

手持ちは大小様々な枝と枯葉。それと何かで使えるだろうと拾った黒い羽根。

おそらく先ほど見た大きな黒い鳥のものだろう。

鱗は一番大きな木材を地面に置き、適度に長い枝を両手で挟み込む。

「まるでお祈りだ」

両手を見て少しだけ笑うと鱗は手を前後に動かし始める。

原始的な火起こし方法。

木と木をすり合わせ、摩擦熱によって火種をつくる「きりもみ式」。

もちろん鱗に火起こしの経験はない。正真正銘、人生初の試みである。

「…あれ」

ゴリゴリと火起こしを始めてから数分後、鱗の手が止まる。

地面に置いた大きめの木材。火種の作成場となる土台の木材が安定しない。

さらに言えば擦り合わせる長枝も闇雲に回転させているだけで狙いが安定しない。

「目印というよりもくぼみがいるのかも。それに土台も固定しないと‥」

鱗は木材の上に膝を乗せようとするが、丸みを帯びた木に上手く膝が乗らない。

「成形しないと」言うや否や鱗は腰ベルトから剣を外して鞘を半分だけ抜く。

〝鞘に収まっている限り剣は重くなくなる〟

故に半分だけ刀身を出して鱗は土台の木材を半分に割り、余分な枝を切って成形する。ついでに擦り合わせる枝もなるだけ真っすぐなものに変え、目印となる窪みも剣先に木材を()じ込むことで何とか刻むことができた。

「リトライだ」

木に長枝を擦り合わせる地味な作業に工夫から生まれた円滑さ生まれ始める。

ゴリゴリという音がシュルシュルと軽快な音に変わり期待に目を輝かせる。

「・———なんで」

そして、期待は時を経て焦りへと変わる。

時おり炭化したような匂いもするが煙が上がる様子は一向にない。

気づけば手にはマメが出来始め、手の動きも次第に悪くなってきていた。

「ちょっと休も‥」

溜め息を空に吐くと絶望となって降り注ぐ。

陽の光は完全に途絶え、辺りには暗闇が立ち込めていた。空には頼りない明かりを放つ点々の星が浮かぶだけである。

「急がないと!」

追い立てられるように火起こしを再開するが、やはり手のマメが気になって作業に集中できない。シャツを引き裂いて手に巻くことも考えたが、防寒性が落ちることを恐れた鱗は腰元のレザードレスの革冊を外してテーピングの代わりにすることにした。

「はぁ。はぁ」

焦りと寒さと破裂したように襲い来る疲労感に息が上がる。

まだ火は点かない。けれど試行錯誤の甲斐もあり徐々にコツを掴み始めていた。

擦り合わせる長枝は体重をかけながら上から下へと手を擦るように。窪みだけでは発火しづらいと考え、窪みに鋭角な切り込みを入れ、火種の受け皿として枯葉を土台の木材の下に敷くことにした。

「・・・ぎだ!」乾いた喉を震わせる。

炭化したような焦げた匂いと共に土台の木材から小さな煙が上がる。

「ここから、どうすれば」

すぅ~と単純作業に固執し始めた脳に酸素を巡らせ考える。

火種はできた。あとは枝なり枯れ草なりをぶち込めば火は育つはず…。

「あれ、枯葉が…」

近くに置いたはずの木材や枯葉が見当たらず鱗は狼狽(ろうばい)する。妙に暗闇に慣れてしまったせいか鱗の目は手元しか捉えることができず辺りは暗闇ばかりで何も見えない。

やがて寒さを引き連れた(かぜ)が鱗の耳を通り過ぎ、カラリと何かが崩れる音がした——。


「ぅぅあった!」

音を頼りにつかみ取った枯葉を急いで火種に突き入れるが既に煙は消えてしまっていた。夢のように、あっけなく。

「もう一回‥」

今度は見失わぬよう集めた材料を足元に並べて枝を擦り合わせる。

しゅる、しゅる。

しゅる、しゅる、シュル。ボキッ。

・・・・枝が折れた。

辺りを探せばどこにでも落ちていそうな長い枝。

子どもが拾ったらそのままチャンバラごっこでも始めてしまいそうな真っすぐな枝。余暇として役割を果たせば適当に放って「はい、さよなら」の、ただの枝だ。

「。」

それなのに心が挫けた。

黒ずんだ枯葉と(くぼ)んだ木材。その窪みに吸い込まれるように前傾姿勢をとっていた鱗の身体が地面へと沈む。祈りを込め続けた両手から皮一枚だけで繋がった枝が千切れ、ぼとりと落ちる。

「うぅっ」

そして静かに泣いた。

レザードレスの一端を巻き付けた両手に顔を埋めて。血と革と木の匂いにおぼれるように若槻鱗は泣き出した。

―——嗚呼、〝(ひと)り〟で本当に良かった。

泣きながら鱗は安堵する。

泣いているのに、どこか安らぐように笑う自分がいる。

【誰かと一緒であったならば、きっとこの涙は出なかったでしょ?】

「そうだろうね」と【若槻鱗】に返答する。

誰の目もないこの世界は過酷であっても残酷じゃない。

弱肉強食という自然淘汰があるだけで憔悴(しょうすい)するのは肉体だけ。

心は傷つかない。【若槻鱗】は傷つかないし揺らがない‥そのはずだったのに。

「なんか変だ」

あの真実の神と出会ってから調子が悪い。

体調とかではなく、いつもの調子(・・・・・・)が出ない。

ベルマーと会った時もそうだ。「あんちゃん、私を助けてくれ」だなんて見ず知らずの人を「あんちゃん」と呼んだことなど一度もない。

龍黒の恐怖に動転していたとはいえ、いつもの調子で彼と接することは難なくできたはず。始めたて(・・・・)調整時(・・・)ならいざ知らず十数年かけて作り続けた【若槻鱗】を忘れてしまったように今の若槻鱗は揺れていた。


『全ての(ことわり)を白日に灯し真実を明らかにする、これが私の力だ』


ポテチ片手に(のたま)う男の顔を思い出して鱗は天を仰ぐ。

「神様は見ているぞ」なんて子ども騙しの台詞が何処(どこ)からか聞こえた気がして蛇口を締めたように涙が引いた。鼻水をすすり、両手で軽く頬を抑えて鱗は小さく息を吸い込む。

「負けてたまるか」震えた声で決意を改める。

土台の木材に新たな窪みと切り込みを加え、別の枯葉を受け皿にする。先程急いで材料を集めたせいか枯葉に羽根が絡みついていたが、気にせず鱗は火起こしの準備を行う。

擦り合わせる長枝から余分な小枝を落とし、窪みに接する部分の皮を削る。

両手のレザーを巻き直し、再度材料の位置を確認してから静かに深呼吸する。

寒さに混じった暖かな(かぜ)が鱗の傍を緩やかに通り過ぎた気がした——。


「もう一度だ」

膝で土台の木材を固定し、重心をかけながら長枝を擦り合わせていく。

スカート越しであっても揺れる木材を抑え続けた膝には鈍い痛みがはしる。

手の感覚はない。擦り合わせる両手も壊れた機械みたく同じ作業を繰り返すだけ徐々に力が無くなりつつある。

「点け、点け、点け…」

繰り返す。まじないを唱えるように。

祈るように合わせた両手で長枝を擦り続ける。

寒さで体が震える。疲労でへたり込みそうになる。

頭が痛い。恐ろしい眠気と謎の頭痛が鱗を襲う。

だけど手は止めない。あの赤い閃光を見るまでは…。

シュルシュル。シュルシュル。

軽快な音を繰り返すと焦げた匂いが吹き上がる。木の屑が摩擦により熱を帯び始め、炭化した木屑から僅かに煙が浮かんだ。

「出た」

やがて黒炭の底で光が生まれた。チリチリの枯葉に絡みついた黒い鳥の羽に纏わりつくように光は膨らみを増し、幼い赤が暗闇に生まれた。

「ふぅ———」

喜びに浸るのは早い。鳥の巣をつくるように小枝や枯葉を静かに火種に被せ、それらを両手で覆いながら慎重に空気を送りこむ。

「ふぅ~————。ふぅ~————」

一息吹くたびに自分の力が抜け出ていくような感覚があった。

シャボン玉や吹き絵をやってる際中に「あたまがいたい」といっていた誰かのことを思い出す。ぼうっと頭の中で何かが渦巻いて集中が搔き乱されていく。

「がんばれ、私」

一呼吸。気合を入れ直して再び火種に息を吹き込んでいく。

―————変われ、変われ、変われ!

鱗の強い意志に呼応するように息を吹き込むたびに種火が大きく点滅する。明かりが大きくなるとチリチリと音が鳴り始める。そして徐々に煙が大きく噴き上がって…。

「あちっ…!」

弾けた火花が顔にかかり反射的に仰け反ると鱗は静止した。

暗闇に支配されていた森に一筋の灯りが生まれた。

土台になっていた太い木材を燃やすほどに力強く育った火。バチバチと勢いよく火花を飛ばす姿は〝ワタシハ ココニイル ゾ〟と叫んでいるように見え、大きくうねりを上げる焔の力強さに心を奪われた。

「よがっだ」

視界が傾く。痛みを感じる間もなく強烈な眠気が鱗を夢へと誘う。

目蓋が閉じた。空腹と寒さと疲労を超えた達成感が渇いた心を満たしていく。

パチパチと祝福を送るように炎が火花を散らす。

燃え上がる炎の熱が包まれながら若槻鱗の最初の一日が終わりを告げた。

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