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転生ですか?…すみません ウチそういうの結構です   作者: ODN(オーディン)
第二章

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60.「ギャップは必要ですか?」

「—―――母様。私はマスターと旅をすることになりました」

空中。人々が手記を記すように私は天の母に向け、今日に至るまでの出来事を話し()える。

時刻は真夜中。愛しきマスターと(くだん)の焔は眠りにつき、エルフの子アダルティーは眠りながらも常に私をマナで捉えていた。

「焔は私が見張ります。ですから母様はマスターを——異世界から来た者を私と(とも)に見定めて下さい」

宙を漂いながら目を瞑り、両手を合わせて祈る。これらは全て人間の真似事だけれど、こうして「祈る」ことができるのもマスターのおかげだ。自由を与えてくれた彼女の助けとなるならば私は幾夜も母に願い乞おう。

「母様。「言葉」とは素晴らしいものですね…」

夜風に転がりながら笑う。ただ世界を流れるだけだった私に「温もり」を与えたのは通りすがりに吹きかけられた吐息や言葉。それらは以前の私であれば全く同一の等しく「温もり」を与えるものだったけれど、こうして言葉を唱えられるようになってから間違いだったと気づく。溜め息は確かに暖かいけれど大切な人からの言葉には確かな「温もり」がある。

「いつか私も…母様に温もりを与えられますように。—――それではまた次の夜に」

天の母に別れを告げて、拠点へと降り立つ。マスターを起こさぬよう細心の注意を払って、柔らかく抱きしめて、最後に横顔が見れる位置に寝そべって惜しむように目蓋を閉じる。マスターの吐息が、温もりが、少しでも感じられると身体がポカポカして‥‥それからの事は覚えていない。


          〇


 翌朝。(つぼみ)ほどの陽が現れた頃になると若槻鱗は目を開く。身体を伸ばし、軽く準備運動を経てから装備を整え、日課の走り込みを始める。拠点となった小さな林から視線を返せば巨大なネルバ木が立ち並ぶネルバ大森林の一角。拠点への帰路で迷うことはないと思うが、念のため目印となるものを覚えながら林を進む。

「…あれにしよう」

もう手作りの的は置かれていない。

進路上の木から垂れ下がった枝を見つけると鱗は自らの剣を抜刀し、狙いをつけて振り払う。地底湖の戦いで初めて使用した「神の剣」…あの時は辛うじて握れていただけで「斬る」という動作には至れなかったが鍛練で使用する分には扱えるようになってきた。

「あの葉っぱ…ダンゴロ芋かな」

地面から生えた大きな一枚葉を見つけて、場所を記憶する。

最初のころは走るのに精一杯、剣を持てば手一杯であったが「剣」に慣れてきたおかげか視界が広くなったように感じられる。

「成長、だ」

小さな成長を喜び、今後の成長を志すよう言葉を唱えて足を早める。以前であれば幾度も手の輪っかを通して陽を見上げていたが、最近は陽の明るさで判断できるようになってきていた。この世界に慣れてきた、というのか。まだまだ知らない事ばかりだというのに「慣れ」を覚えた自分を戒めるよう精神を律して剣を振るう。

「——おはようございます。アダルティーさん」

「おはよう…今日は早いのね」

 拠点に戻り、地べたに正座したままボーっとしているアダルティーに声をかけると眠たげにコチラを見つめて、挨拶を交わす。

「眠気覚ましに入浴してくるわ…」

昨日の疲れが残っているのか。とろとろと立ち上がると林の奥へと歩いていく。本当に寝ぼけているのか湯を沸かす前に全裸になると「一緒にどう?」と意地悪な夢を見る少女のような顔で尋ねてきたので鱗は丁重にお断りする。

「風邪ひきますから早く入ってきてください」

…以前。ガラティア洞窟で出会う前の彼女が『氷』の魔法を持つブリズィア家長女の純潔を奪った話を聞かされて以降、鱗はアダルティーへの警戒を怠ったことはない。流石に寝込みを襲われたり、力ずくで…といったことはないが事あるごとに彼女は色っぽい気配を匂わせて鱗を口説こうとしてくる。


「おはようございます。マスター」

どこからか声が聞こえて上を見上げると空中に浮かぶイブキの姿があった。手を挙げて「おはよう」と挨拶を返そうとすると誰かが右足に抱きついてくる。

「おはよう!」「おはよう。アキ」

頭を撫でて、くすぐるように頬をなぞると幼女アキは嬉しそうな声を上げる。ひとしきり撫で終えたところで地面に膝を下ろし、それから小さな肩に両手を添える。黄金の瞳を真っすぐに見つめて、鱗は自らの過ちと向き合う。

「アキ。昨日のことを謝らせてほしい。もっとアキの事を考えて伝えるべきだった。もっとアキの気持ちを大事にしてあげるべきだった。アキのことを傷つけて…本当にごめんなさい」

間違えた母を彼女はどう思うのだろう。

嫌いになるだろうか。軽蔑するだろうか。不信になるだろうか。もう二度と「母」と呼んでくれなくなるのだろうか。

経験にないこと(、、、、、、)だから。分からないことだから。考えれば考えるほど怖く(、、)なる。


「マ~ちゃん。「こわい」って、イヤだね」


心が通じ合ったように「こわい」と呟くアキを見上(みあ)げると、優しく笑うアキの姿があった。

「どうしようもないよね、へへへ」と無理やり開き直ったような笑み。寂しさを漂わせながら笑う彼女の顔を見て、鱗は小さな自分の姿を重ねていた。

「——泣いたって「こわい」から、だから皆は楽しい記憶で上塗りするんだよ。…前の【若槻鱗(わたし)】には出来なかったけれどね」

…怖くとも決して上塗りできない記憶もある。

むしろ上塗りされない(、、、、、、、)よう生きるために汎用の自己である【若槻鱗】は生まれた。消してはいけない記憶と感情。それ(、、)を守るために「一人」を選び、人間社会を生きるために「独り」にならないよう(つと)めた。

「一人」であることが本当の自分でいられる唯一の(いとま)であったから。

「一人」ならば過去(それ)を思い返しても誰にも咎められないから。

「一人」であれば誰かを恨むことはなく、愚かな自分だけを恨めるから…。

「それは…とってもつらいね マ~ちゃん」

泣いて、泣き疲れて、泣き萎んで…それでも泣きたくなるような顔を浮かべながら炎の少女は母を抱きしめてくれた。背に回された小さな手がポンポン‥と子どもをあやすように背を叩く。その手が本当に小さくて、暖かくて、心に沁みた。

「でも今は二人だから…」「うん。…こわくない」

『 私の傍にいよう 』

アキが初めて「あつい」を知った日。アキを失うのが(こわ)いと知った日。

二人で生きていくと誓ったあの言葉をアキを縛る呪いにはしたくない。二人で並んで生きていくのならば二人で選んで道を決めていくべきだ。

「イブキのこと、勝手に決めてごめん。もしアキが嫌ならイブキには私から(あやま)…」

「いいよ。いっしょにいっても」

「本当に?」ぽつりと答えるアキの言葉が気になり、目を見つめて再び尋ねると彼女はやる気に満ち溢れた声でこう答えた。

「うん!がんばって おりょうりするんだ!」「お料理…?」

ちんぷんかんぷんな返答であったがアキが納得しているのなら良しと踏んで、どうにか飲み込む。

「—――お話は終わりましたか。マスター?」

「ひゅ…うん」

フッと上から顔を覗き込まれて息が止まりそうになる。中々挨拶が返ってこないから腹を立てたのか。アキとの話が終わるまで待ってくれていたのは有難いが声色が少し怖い。

「なんでマ~ちゃんのこと「ますたー」ってよぶの?へんだよ」

「貴方こそマスターの事を「マ~ちゃん」と呼ぶではありませんか」

「ママだから「マ~ちゃん」だもん!」

「ふっ…陳腐ですね」

「ちんぷ…じゃないもん!かわいいもん!」

出会って早々に火花を散らしあう二人。「おりょうりする」のはドコにいったのか。完全にイブキに乗せられる形となっている。

「私も教えてほしいかも。なんでイブキは私のことを「マスター」って呼ぶの?」

助け舟を出す形で尋ねるとイブキは地面に降り立って得意げな顔で答えてくれた。

「私の母は天の母なので貴方を「母」と呼ぶ事はできません。ただ人間の言葉で主従を表す際に下の者は目上の者を「マスター」と呼ぶ、と…風のうわさで聞いたのです。ですからマスターのことは「マスター」と敬意を以てそう呼ばせて頂きます」

ふふん、と胸を張りながら語る様子が大人っぽいイブキの見た目に反して子どもらしく感じて思わず笑いそうになるのを堪えながら聞いていると「何がおかしいのですか、マスター?」と詰め寄られてしまう。

イブキ(、、、)やめてぇ!」

貴方(、、)には関係ありません。これは私とマスターの—――」

先が思いやられる…と思いながら二人のやり取りを眺めていると「帰ったわよ~」とアダルティーの和んだ声が聞こえてくる。

「おかえりなさ…」

「助かった」と思いながら声の方を見れば案の定全裸の美女がコチラに向かってきていた…。


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