52.「食への探求は罪ですか?」
「神域…?」
聞き覚えのある言葉。おそらくベルマーが話していた気もするが…一体どの授業で話していた事だったか。
「あたし きいたことあるよ!ベルちゃんがいってた!」
「いつ言ってたか覚えてる?」
「うんとね~!はじめて おニクをカミカミしたとき!」
「お肉をカミカミ…クザの干し肉か!」
黒鳥ミュートの肉質は柔らかい。
アキが食べたお肉の中で硬いものといえばベルマーがくれたクザの干し肉しかない。
毛が沢山生えた四足獣クザ。家畜として飼われるのが一般的で少量だが甘味のある乳を出すのだという。
この世界で初めて食べた肉—クザの干し肉。
大人の鱗は特に気にならなかったが、あの時の幼女アキにとっては噛みちぎるのに苦労した食べ物だったのだろう。
「初めてクザ肉を食べた時…ってというと――」
ベルマーが地龍を倒して、【教本消失事件】があって、クザ肉を食べながら『氷』の魔法を扱う遊牧商の話を聞いて、それから文字を教えてくれるように頼んで…。
『 君の装備や衣服は並みの冒険者ではまず手に入らない。だから…初めは位の高い騎士家系の者だと思ったんだ。でも騎士家系の教養のある人物が龍黒を知らないというのは、まずあり得ない。龍黒の脅威を知らないなんて…それこそ「神域」に住む人ぐらいだからね 』
鱗の服装から出自を勘違いしていたベルマーの言葉。本当にサラッと言った程度の言葉だから忘れていたのも無理はない。
「神域に住む人は龍黒の脅威を知らない、って…あれはどういう意味なんだろう」
思い返せば疑問の残る言葉である。
龍黒の脅威はエルフ族であるアダルティーは勿論のこと人族の中でも常識として広まっているはずなのに「神域に住む人は龍黒の脅威を知らない」とは一体どういうことなのか。
「神域は私の母様が生まれた神聖な場所。本能的に龍族は近づかない場所とされているわ。」
「アダルティーさんのママということは世界歴伝の…。」
エルフ族から人に伝わった世界歴伝「世界創生」において仲違いしそうになった天地両大神を繋ぎとめたとされるエルフ族の始祖。
そんな彼女が生まれた土地というのならば、神域とは両大神にとっても重要な場所に当たるのだろう。
「そんなところに私が行っても大丈夫なのでしょうか?」
「問題ないわ。私と一緒にいれば母様の許しも得られると―—―」
そこで言葉が途切れてアダルティーの方を見やると困り果てた表情を浮かべる美女が一人。その視線を辿ると先ほど彼女が話していたであろう神域への近道——ギャロップ山を通る洞窟の入り口が土砂崩れで完全に塞がっていた。
「どうしましょう…ウロコ」
「ひとまず、昼食でも食べて考えましょうか」
「ごはんだぁ!」
・
アダルティーの土魔術で必要な調理器具を作ってもらい、鱗とアキは昼食の準備に入る。今日の献立は二品。粘り気の強いダンゴロ芋を少量の水で煮潰してハーブを少々加えた「ダンゴロ芋のとろとろポタージュ」と角切りにしたミュート肉を燻製した「燻製ミュート~ネルバ香り~」。土格子に乗せたミュート肉を二つの土器で挟み、底に入れたネルバ木を燃やした煙で燻す。
クザの干し肉のように常備できる食料を…と考えた末に思いついた燻製。今回が初めての試みとなったが今のところ形だけは上手くいっている気がする。
…なおミュート肉は昨晩事情を伝えたアダルティーが狩ってきたものである。
「アダルティーさん。あの道が通れないなら山脈を迂回するしかないですよ」
ポタージュの調理を終え、ミュート肉の燻製を待つ間に鱗は今後の道順をアダルティーに相談する。
「もしくは…上るか…」
ギャロップ山の麓から山頂を見上げると山岳を覆い粧す雪の白々。
現在の装備で登山に臨むほど鱗の肝っ玉は据わってはいないがアダルティーにはそれを可能にしてしまいそうな予感がある。
「上るのは無理ね。私、寒いのは嫌だもの」
有無を言わさぬ即答ぶり。永年を生きる銀髪の美女も寒さは克服できないらしい。
「じゃあ、迂回するしかないんじゃ…」
「…そうだけど私、あそこには…う~ん」
選択肢は一つしかないようにも思われるが、アダルティーの様子からして「迂回」という選択を嫌っているように見える。
「迂回する先に何かあるのですね?」
「・・・ええ。かつて地の大神のマナを奪う緑の果実「マユー」を生み出した人間たちがいた場所。神に見捨てられた大地——終焉の地、ガルーラよ」
緑光の瞳に僅かな黒い火種。記憶を失わぬ大神の御子エルフに怒りを覚えさせた者たちがいた土地。
「ガルーラ…それにマユーを作った…?」
禁断の果実マユー。
羊羹の如き甘味を持ち、一つ食べればマナが回復する緑の実。
この世界に来たばかりの鱗が知らずに食し、知らずにその種を埋めてしまったことで地の大神の怒りを受けた要因の一つ…。
「貴方が知らないということは彼も知らないということね。…仕方ないわ。もはや「ガルーラ」という名称すら知る人は少ないでしょうから。元々、ガルーラは自然豊かな町だったの。食料が豊富に採れて、なおかつ食への探求が強い人たちが集まる町でね。大都を中心に多くの町や村々に食料を輸出していた。『食といえばガルーラ』なんて呼ばれるほどの町だったのよ。」
「食といえばガルーラ…あ、アキ。火止めて」
燻製のため蓋をしていた土器の隙間から煙が上がったのを見て、アキに火を止めるよう指示する。
「だけど、マユーが市場に流通し始めたところで問題が起きた。過剰なマナを含むマユーの実は食べた者に異常をもたらしたの。さらにはマユーの生産に伴ってガルーラからの食糧供給が軒並み落ち始めた。それらを鑑みたエルフ族はガルーラを訪れることにしたのよ。」
「その時はアダルティーさんも?」
「一度だけね。あの時のことは思い出したくないけれど住民全員が何かに憑りつかれたようだった。面には出していないのだけれど…何というか人と話しているような実感がなかったわ。」
「…どうして彼らはマユーを作ったのでしょう」
飢餓に苦しんだ末、戦争のため…いずれの理由にも当てはまらない。わざわざ自らの利益を減らしてまで危険物であるマユーを作る必要はないはずなのに、なぜ彼らは妄信的にマユーを作り続けたのか。
「分からない。純粋に美味しい果物を作ろうとして生まれた副産物だったとしか…ただエルフ族の忠告があったにもかかわらずガルーラの民はマユーを作り続けた。いいえ、マユーだけを作り続けた。その結果、人族の食糧事情は大きく変わって、小さな村々では飢饉が起こり出した。
そして遂にはガルーラの大地にも異常が現れ始めた。
大地が、地の母様が彼らを見捨てたの。
緑豊かだった大地は一夜にして何も育たない大地に挿げ変わった。
地の怒りを鎮めるべくエルフ族は奔走し、世界中のマユーを燃やし、記録を消し、人族に生産・流通させないよう呼びかけた。…マユーの匂いを頼りに世界中を駆け回ったのは本当に大変だったわ。マユーの実は皮を剥くまで魔力感知に引っかからないから…。」
以前、ベルマーがマユーを魔力感知で視た際にも同じようなことを言っていた。
鱗もマユーの実を見つけた状況を思い出すと、あのマユーは人目を避けるよう森の木々の合間に隠れるように生えていた。
魔力感知で見つけられず、人目を避けるように生える果実。‥いずれもマユーを絶滅させないような性質に思えてくる。
「それでガルーラの人たちは結局どうなってしまったのですか?」
「地の母様を怒らせた罰としてエルフ族はガルーラの民に約束を結ばせた。・・・それで、話はおしまいよ」
アダルティー本人も話したくない内容だったのか。「おしまい」と言い切ると、それきり黙ってしまった。
禁断の果実を作り続けたガルーラの末路。鱗自身も同じ道を辿っていたのかもしれないと想像すると他人事とは思えない。
「マ~ちゃん!アダるん!みてみて!おにくが まっちゃっちゃになったよ!」
燻製を終えたミュート肉を嬉しそうに見せてくるアキ。その匂いに刺激されて、つい鱗のお腹が大きな音を立てるとアダルティーは押し殺したような笑い声を上げていた。




