プロローグ 「告白」
女の子がいたの
真っ暗なお部屋で一人で泣いている女の子
真っ白な布でお顔を隠した二人は眠ったままで泣いてる女の子に気づきもしないの
「げんきをだして!」
あたしの声は聞こえていない
女の子はお顔を隠したまま泣いていて ずぅっと同じ言葉を繰り返してるの
声がボロボロになっても 「もうやめて」って あたしが言っても女の子は謝るのをやめてくれない
【 ワ ス レ ル ナ 】
…やっと止めてくれたと思ったら
お顔を上げた女の子はとってもコワイ顔をしていたの
真っ白な布でお顔を隠した二人みたいに 何かを被った女の子
「だいじょうぶだよ」って ギュッとしてあげたいけれど女の子には触れない
「えい」って 被ったものを取ろうとしても女の子のお顔はコワイまま
怒ってるのかな 泣いているのかな
ねえ 教えてよ どうして そんなにコワそうなお顔をしているの?
あたしにそっくりな女の子 だいすきなだいすきなママのお顔。
「ねえ おしえてよ————————マ~ちゃん」
プロローグ 「告白」
無辜なる美女を殺め、魔法の鞘を持つ不思議な女と龍殺しと別れてから幾ばくか経った頃。
行方知れずとなった姉を探しに私はギャロップ山の頂へと降り立った。それらしき洞窟には姉の匂いが微かに残っており、龍殺しのマナも僅かにだが感知できた。ところが肝心の姉の魔力を辿ることはできず、捜索を一時中止して一夜を明かすことにした。
意識を静める。眠りに落ちると、まず最初に父の顔が思い浮かんだ。
私に全霊の息吹を浴びせる父の顔。焔で歪んだ父の顔がようやく晴れると次は虚を突かれたように死んだ父の姿が映る。傍にいた母を見れば姉を守りながら怯えたように顔を伏せる母の姿が映る。母の翼から垣間見えた姉の顔は引き攣り、酷く狼狽えた様子で小水を漏らしていた。
見たものを殺す、忌むべき魔眼。
天の赦しを経て生まれたはずの私は親殺しの罪を背負って生きることを義務付けられ、そして母の手によって幼少の私は光を失った。
「お前は世界を見てはいけない。感じるだけに留めなさい」
そう言った母に目を潰されたときは訳が分からなかった。とつぜん世界が真っ暗になって何も見えないはずなのに眼だけが異様に熱くなる感覚。あの忌まわしき焔の記憶と絡まり合って、私は母にも恐怖を抱くようになった。
「このまま えいえんに とじこめられるの?」
私の目が見えなくなると姉の龍白が話しかけてくるようになった。私の目を潰した母から介護するように言われたのか。おどおどとした挨拶から始まり、今日狩った獲物の話から他の龍から聞いた龍族の歴史まで饒舌に話し続ける姉。それを鬱陶しく思うことは多々あったが、目の見えない私にとって姉の話は世界を知る唯一の術であった。
「黒は特別なんだって。」
「とくべつ…?」
「そう。母様に聞いたら黒の眼は「星の眼」だ…って。ご先祖様の眼が宿る先祖返りとは違う。もっと大昔の龍の魔眼なのかも、って」
魔眼の発現によって家族に被害が及ぶことは多々ある。先祖の魔眼が蘇る先祖返りの例も然り、魔眼は突発的に発現するため目醒めた時には大なり小なり被害が出るのだという。
「黒には、きっと大きな星が降ったんだよ」
子の魔眼が目醒めることを【星が降る】と龍は呼ぶ。
星が何を指す言葉なのか。当時の私には分からなかったが、私に目醒めた双眼の星は父を殺める凶に至った。大きかろうと小さかろうと私に降った星が忌まわしいモノであったことに変わりはない。
否、正しくは「である」か。
母に潰されたはずの私の凶星は体の成長と共に光を取り戻してしまった。
再び母に眼を潰されかけたが成長した私の体は既に母の力を超えていた。反射的に閉ざしてしまう目蓋は母の爪を通さず、瞬膜にさえも届かない。父たる龍帝の血が色濃く現れてしまった恩恵——弊害ともいうべきか。私の体は龍族を統べる覇者のものへと変貌してしまっていた。
「龍黒。今すぐ…眼を潰しなさい。其の眼は世界そのものを滅ぼしかねない」「わかりました」
けれど凶星は私の爪を受け入れなかった。取り戻した光を逃さぬように凶星は煌めき自傷を拒んだ。
潰えぬ凶星。苦悩する母。とある選択を迫られた母に助言を呈したのは姉の龍白であった。
「ねえ母様。いっそのこと黒が目を瞑って生きられるようにしたらいいんじゃない?」
その足元には天地の御子たるエルフが一人。
母よりも長き時を生きたというエルフは世界を流れるマナを視る技——魔力感知の応用を伝えた。
元々、視ることに長けていた龍族からエルフ族に伝わった魔力感知。目視によって世界に流れるマナを捉えることが主流であった魔力感知を、彼女は眼に頼らず体感として行えるようになったのだという。
「感覚としては「自分を伸ばす」感じかしら。自らのマナ…失礼。貴方たちの言い方でいえば「魔力」を体から伸ばして世界を探るようなものね」
世界に満ちる大神の「マナ」との区別をつけるため龍族は自らに流れるマナを「魔力」と呼んだ。
龍の祖先と大神との大戦。その軋轢から生まれた言葉の壁である。
「龍妃。貴方は私を、私たちを嫌うでしょうけれど。世界を守るという考えだけは同じだと信じているわ」
そう言って母に擦り寄り、何かを耳打ちすると母は渋々アダルティーの滞在を許可した。
幾ばくかの時を経て、私は魔力感知で世界を視ることが出来るようになったわけだが、私は更なる大罪を重ねることとなって…。
「なさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめん」
謝りの言葉を述べながら夢から覚めて、いつもの最悪な朝を迎える。
夢は見たくない。眠りたくない。静かな常夜と何者にも侵されない天上世界にしか私の安寧はない。
わたしを真に救えるのは、きっと孤独だけなのだろう。
「白は…どこに消えたのだろう」
山脈に降り注いだ雪に紛れるように姉の痕跡は途絶えた。
あのエルフ —――アダルティーほどの魔力感知ができれば探せるのかもしれないが…なにぶん私はあのエルフを好かない。
「…恩は返すべき、か」
翼はためかせ張り付いた銀雪を撒き散らす。暫しの静寂と銀世界を堪能し、意を決して長く重たい息を吐き出すと黒き龍は天上世界へと翔け上がった。




