エピローグ 騎士の帰り道
とこしえの龍。災厄の黒と対を成す再帰の白、龍白。
その龍白が乱心したとされ、大都を治める当時のヴァルマン家当主を筆頭に数多の騎士たちが之を迎え撃つこととなった。
龍と人。エルフ族ですら歯が立たない龍族を相手に人族が敵うはずもなく、当主が敗れた事を皮切りに数多の騎士たちは敗走した。
混乱を極めた戦場。その中で唯一人、他の者とは違う異彩を放つ空色の瞳を持つ青年騎士に古の龍は言葉を投げかけた。
〝 おまえは運命を信じるか 宿命を信じるか 〟
「俺は信じない。龍よ。白く美しき鱗を持つ龍白よ。この世にあるのは〝巡り合わせ〟だけだ」
これに対する青年騎士の返答によって龍白は牙を納め、両者は時を改めて決闘することとなった。
決戦の地はガラティア洞窟から向かいに位置する山脈の一角——ネルバ大森林を流れる小川の先にそびえる山々の内、最も高いとされるギャレイプ山の山頂。
寒波の中、険しい山道を歩みながらも死闘を覚悟していた騎士であったが山頂に辿り着いた彼に龍白が…彼女が掛けた言葉は至極人間に傾倒したものであった。
「疲れただろう。今夜は…私と話でもしないか」
決闘という名の問答。問答にかこつけた対話。対話ほど堅苦しくもない雑談。
言葉を交わすと張り詰めていた緊張が次第に紐解かれ、いつしか古の龍との会話に胸を弾ませる青年騎士であったが登山の疲労が祟り、深い眠りに落ちてしまう。
そして、その翌日。彼女は忽然と姿を消した。
目覚めたベルマーに残されたのは虚無と寂しさ。
それから、その場に残された夥しいほどの血痕。地面や壁の淵。それから騎士の下半身にも濃い血が付着しており、混乱しながら身体の血に触れると、それが自分の血ではないことが分かった。
「俺が…俺が殺してしまったのか」
その後、身体に染みついた龍の血によって青年騎士は「龍殺し」と認められた。
事の真偽も分からぬまま異名だけが人伝いに広まっていき、いつしか青年は〝龍を堕とした男〟と呼ばれるようになった。
◆
「———『龍白は生きている』か。…もう一度会わないといけないな」
帰路を進む中、ベルマーは彼女の言葉を繰り返す。
ワカツキたちと別れる間際にアダルティーが残した言葉。エルフである彼女がそう断ずるのであれば間違いはないのだろう。
「いくよ―—アキ」「うん―—マーちゃん」
風に流れて聞こえた彼女らの声にベルマーはほくそ笑む。
これから彼女らが歩む道が素晴らしいものとなるように願いながら再会することを夢に見る。
アスカテーラで見聞きした技術や産業。それからヴァルマン家での家庭教師と所長コウウラの依頼で得た報酬のイゾルテとコワッパ…これでより一層村を発展させることができるだろう。
「いつか彼女達にも楽しんでもらえるような…そんな村にしよう」
田畑を耕し、家畜を育て、「食」を得る。
「食」から派生する産業に枝を伸ばし、利を得る「職」へ。
往復する二つの「食/職」から「衣」や「住」…と枝を伸ばし、往復は「食」を起点とした「円」を描いて生活となる。営みとなる。
しかし、それだけではいけない。「個」として見れば唯一の円を廻り続けることも間違いではないが「集」として視れば同じ円―—同じ起点に集中するのは非常に危ぶまれる。
誰しも同じ円を廻り続ければ飽和が生まれる。
ゆえに「食」とは異なる起点を生み出さなくてはならない。
そのための知識・文化の収集。すべての答えは人の生活の中にある。
道を示し、安定を基とした挑戦に踏み出し、新たな円を築く。
色も巡りも異なる円が集まり「全」を回すからこそ村という「集」は円滑になる。
そうした「可能性のある村」がベルマーの目標。
凡夫な田舎騎士が描いた未来のカタチ。
「がんばるんだよ、二人とも」
ワカツキウロコ。彼女との出会いが間違いなく自分を変えた。
騎士家系の者が纏うような上質な衣と不思議な剣を持った少女。
龍黒も大神も魔術も…常識と呼べるものを何も知らず、火から生命を生み出す「かえる」力を持った謎多き彼女の正体は、異世界から訪れた一人の女性であった。
…あまり良いことではないのかもしれないが、次に腰を据えて話し合える機会があるならば前の世界についても尋ねてみたいものだ。
「————あれ?」
浸った思い出を閉じようとしたとき謎の違和感が胸の内でざわつく。
ずっと抱いていた違和感。ワカツキウロコの正体を探るときのような違和感。
コウウラからの依頼を思い出した時の夜にも抱いた何かを忘れているような感覚…。
「地よ。惑う我らに明日への導きを―—『地の光』」
陽が縮み、野宿の準備をする。
魔術で火を起こし、土の魔術で簡素な一人用の鍋を生成。今日の夕食は水で煮たダンゴロ芋に薬花を加えたもの。それと昨日老婆の棺で買ったクザの干し肉が少々。香ばしさを出すため干し肉を軽く火で炙りながら再びベルマーは違和感の正体を探る。
ワカツキウロコの正体、ではない。
「かえる」力について、でもないが何か重要なことを思い出せそうな…惜しいところまで来ている気もする。
「…おっと、あぶないあぶない」
焦げた匂いが鼻にチラつき、急いで干し肉を火から離す。ふぅ~と息を吐き、十分に冷ましてから肉にかぶりつくと焦げた肉の苦みが強烈に舌にまとわりつく。
「———アキちゃんだ」
そして、ようやく気づいた。
龍黒の脅威も知らぬ彼女が自分と別れた後に何をしていたのか。
教本を開いても文字が読めず、一人でネルバ大森林に入って野宿をして、翌日に目覚めるとアキがいた。
アキという少女はワカツキが起こした火から生まれた。
「かえる」力という真実の神が彼女に与えた力。およそ魔法と呼ぶに等しい奇跡によって、アキという少女が火から生まれたのだと…。
その話を聞いた当時のベルマーは「かえる」力にのみ意識が向いていた。
あのときのワカツキウロコに、この世界の常識がないことを知らなかったから。
この世界での当たり前に意識を向けることは無かったから。
〈ワカツキが起こした火から生まれたアキ〉
アキという少女を一言で表す言葉に隠れた違和感の正体。
ワカツキが初めて魔術を行った際に、風の魔術しか使えないと知った時から気づくべきだったもの。
「ワカツキは―――――どうやって火を起こしたのだろう?」
大きな謎を抱えながらベルマー=ガルディアンは地元ガルドーに帰郷する。
それから幾度か陽が縮んだ頃、アダルティーの予言通りに再び大都へと向かうことになるわけだが…それはまた別のお話。
第一章 〝始まりの草原〟 完




