48.「青年騎士」
「天よ。未熟な私に仮初の力を―——『天の御手』」
地龍が残した傷跡。地面に散らばっていたネルバの木片を拾い上げて振りかぶる。
魔法と魔術の違いを教えた騎士が「かけっこ」でも使用した風魔術による肉体強化。あのときの騎士が使用した「大空」の魔術よりも階級の低い「天」の魔術のため体感でいえば力が僅かに増した程度。無いよりかはマシといったところ。
「大空よ。迷える私に天を翔ける自由を―——『大空の下で共に』」
…木片、投擲。
鍛えた肉体と魔術の微力支援により投手の想定以上の速さで木片は空を切り、騎士の足を止める。別に顔を狙ったつもりはないが意図せず騎士は顔面に盾を構えてくれた。
…マナ供給完了。浮遊魔術、行使。
浮遊対象は相手。自身の体内で魔術を組み立て、対象に向けて浮遊の魔術を発現させる。日に一度しか使えない「大空」の魔術。大神から借り受けるマナが制限されているため新たな魔術は行使不可。地底湖での戦いと同様ここからは自己のマナを代償に肉体強化の魔術を継続させて最後の一手に臨む。
「か、身体が!?」
不可視の風が足を止めた騎士を浮き上がらせ、身体の自由を奪う。
「せんせ―———!」
5ロットほど相手を浮かせたところで浮遊の魔術を解除。並列して継続させていた肉体強化の魔術に渾身のマナを注ぎ込み、可能な限り魔術の精度を高めていく。
騎士の身体は体勢を崩したまま落下。そこへ容赦なく全霊の剣を叩き込む。
「見事」
騎士から賛辞の言葉が聞こえた。でも、剣は止めない。
目と目が合った瞬間に互いの意志が繋がり、この勝負の決着が予感される。
虚勢から始まり、さらにその虚を突かれ、一度きりの奇策で挑んだ数十秒の戦い。
最善とは言い難くも未熟な鱗が持ちうる全てを以て臨んだ真剣勝負。
その最期を担った全霊の剣撃は騎士の円盾によって相殺された。
重く硬い感触が剣から腕に伝わり、火花が弾ける。
剣撃の反動を利用し、騎士は受け身を取りながら地面を転がり体勢を立て直す。
左に剣、右に盾の構え…ところが攻撃を受けた反動で腕が痺れたのか。右腕から円盾がスルリと抜け落ちて地面を転がる。
「…まだっ!」
焦りを沈めるように呼吸を整え、若槻鱗は剣を構えて騎士に立ち向かう。
もはや頼みの魔術は使えず。純粋な剣の打ち合いが始まる。
木剣で打ち合った時のような攻守の入れ替えがあり、これに各々が対応していく。
だが同じ土俵に上がれば未熟者が熟練者に敵うはずもなく勝敗は完全に決した…。
「勝負あり、ね」
見届け人の言葉と共に剣が空を舞い、地面に突き刺さる。
擦れた握り手は鍛錬を刻んだ証。刃こぼれは未熟さの表れ。
借り物の剣は名残惜しそうに二人の姿を刀身に映す。
「私の負けです。完敗で――――?」
向けられた刃をものともせず膝をつきながら空色の瞳を見上げる鱗。
刃を向けながら鱗を見下ろす騎士。その空の瞳には確かに涙が浮かんでいた。
「これで終わり…そうか…終わり、なんだ」
ゆっくりと力が抜け出たように膝を折る。
納めるべき騎士の剣を手放して鎧を纏った青年は言葉を吐露する。
「・・・初めは「君たちを独り立ちさせるまで」と決めていた。
俺には騎士としての責務がある。だから数日だけ共に過ごして大都を案内して終わるつもりだった。だけど。日々成長していく君たちを見ていたら引き時が分からなくなってしまった。親心とは違うのだろうけど…やっぱり君たちが初めての弟子だったからかな。」
自嘲気味に笑いながらも青年は自らの真意を探るように言葉を重ねる。
「昔、騎士になる前に世界中を旅したことがあった。知らない町。知らない文化。知らない世界…君たちとの日々は、あの冒険時代に勝る発見と高揚感に溢れていた。いつしか騎士としての責務を忘れてしまうほどに俺は―――君たちとの別れを惜しんでいたのだと思う。」
胸の内を明かす最中に青年は地面に突き刺さった借り物の剣を引き抜くと、その剣先を天に掲げた。
「地底湖で君の罪の話を聞いてから「俺では君たちを救えない」と考えた。人間の俺では君と大神との縁を繋ぐことなど叶わない。だけどエルフ族ならば其れが叶うかもしれない、と…そう気づいたら何も考えられなくなった。何も言い出せなくなった。
・・・だからこそ君の境遇を聞いたアダルティーさんから俺と同じ考えが出たとき自分に嫌気が差したよ。アキちゃんを泣かせてまで「ずっと一緒にはいられない」なんて言ったはずなのに一番君たちとの別れを嫌がっていたのは自分だったのだから―――。」
零れる感情。探し続ける言葉の中で遂に青年は自らの答えを口にする。
「嗚呼。君たちとの日々は本当に、本当に楽しかったんだよ」
掲げた剣が陽の光を反射して鈍く煌めく。
すると剣先から徐々に塵が舞い、徐々に仮初の剣が風に溶け始めた。
「先生、剣が…!」
「大丈夫。これは俺が魔術でつくった剣だから」
溶けゆく仮初の剣を見上げながら青年は年相応の悪戯な笑顔を無意識に浮かべる。
「アキちゃんが土魔術でタマゴを作るときに話しただろう。
魔術で生み出したものを維持するには最初にマナを沢山込めるか。定期的にマナを補充しないと崩れてしまう。これは昔、親父に教わった水魔術と土魔術を組み合わせた魔術の剣でね。子どもでも女の子でも使用者に合わせて刀身の長さ・重さを調整できるのが強みなんだけど…マナの補充を怠ったり、術者が気絶すると刀身が消えてしまう。」
歩み寄る銀の麗人を見つめ、礼を述べるように青年が頷くと麗人は片手を振って応える。
「君の持っていた剣に調整するのは苦労したよ。特に気づかれないように重さを変えるのがね」
「え、それじゃあ―——」
青年は笑いながら溶けゆく剣を差し出すと大きく息を吸い、弟子を見据えて告げた。
「これでワカツキも卒業だ。この柄は君への餞別として贈ろう。これからも鍛錬を怠らないように。そして、いつか…君の魔術で作った剣を見せてほしいな」
「精進、します。」
柄の剣を受け取ると鱗は深く、深く一礼して暫くのあいだ頭を下げ続けた。
「ベルちゃん!べるちゃん、 べるぢゃん‥‥!」
トテトテと走り寄って赤の少女は青年の懐に飛び込む。少女が鎧で傷つかないように注意を払いながらも青年騎士は困った様子で少女を受け止め「ごめんね、アキちゃん」と、やはり謝った。
「また、あっでぐれる?」泣きじゃくりながら少女は青年を見上げる。
「ずっといてよ」と麦わらの仮面を被って悲しみに沈む乙女の姿はもういない。
「もちろん。故郷のガルドーに来てくれたら村総出で歓迎するよ」
「ゔん…うん! やくそくだよ! ベルちゃん」
涙に濡れながらも少女はニッコリと笑う。
雲間から差した陽のように美しい笑顔。輝かしい希望を感じさせる少女の笑みを記憶に刻み付けるように青年は目をそらすことなく少女を見つめる。
「ああ。約束だ」




