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転生ですか?…すみません ウチそういうの結構です   作者: ODN(オーディン)
第一章

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45.「お姉さんはゴリ…力持ちです!」

「どうしてそんな剣を使っているの?」

ベルマーが王都へ向かった翌朝。アキと大神への祈りを終え、日課の持久走をこなしていると突然アダルティーの声が聞こえた。ところが周囲を見渡しても姿はなく、やがて枝葉が擦れる音と共に木の上からアダルティーが颯爽と現れた。

「これは先生が修行用に貸してくれた剣なんです。真実の神から貰った剣は私の実力不足で普段使いできないので」

「ああ、それでこんな剣を…」

そう言って、いとも容易く鱗から剣を奪い取ると珍しいものでも見るように剣を観察する。表裏に剣を返し、柄から剣先にかけて刀身を指でなぞる。

窓埃をすくうように、しかして艶めかしく。

「こんなものかしら」

やがて納得したように呟くと(はさみ)を渡す要領で軽く刀身をつまんで鱗に剣を返してくれた。

「エルフ族って、皆アダルティーさんみたいにゴリ…腕力が強いのですか?」

「今、とても不愉快な表現をされかけた気がするけれど。まぁ人族よりは強いわよ」

「ほら」と外套をめくって自慢げに二の腕を見せてくれた。

鱗の腕より細い腕。鎧を着たベルマーを「たかいたかい」してしまう筋力があるとは、とても思えない。…やはり身体の構造からして人間とは異なるのだろうか。

「こんなに綺麗で細いのに…信じられないです」

「そう?貴方程度なら力ずくで(はじ)めてを奪うことも出来るわよ」

「オー…コワイデスネ」

唐突に獲物を狩る目になって鱗を追い込む肉食エルフ。

滅多なことを言うものじゃないと思う一方、この危機をどう抜け出すかに鱗は全神経を集中させる。…というか。なぜ(・・)分かるのだ。

「良かったら…このあとの修行…手伝ってくれたり…なんて?」

返事の代わりに濃い唾液を含んだ舌なめずりが聞こえ、鱗は無我夢中で森へと駆け出した。

「待ちなさ〜い♪」

かくしてベルマーの代わりに彼女が鱗の剣術修行を見てくれることとなった。

貞操の危機を抱えながら、ではあるが。


「―—―—木剣なんていつぶりかしら」

 木剣の握りと振り具合を試す姿は棒切れを振るう子供みたいに楽しげで乱雑。

本当にこの人に頼って良かったのか。若干不安になったところで、どこからともなく彼女はナイフを取り出すと気になる箇所を削って振り具合を調整していく。

「こんなものね」

ついさっき聞いたような台詞を唱えると、ようやく彼女は剣を構えた。

『剣の構え一つで戦い方が分かるものだよ』

初めての模擬戦。剣と盾を有する騎士はそう語りながら自らの構えをみせた。

左に木剣。右に空想の盾。

普段は盾を使わないことから身体をやや右に逸らし、重心を僅かに下げた姿勢。

盾を扱う者の癖なのか右肘は常に曲げている状態。

守備よりも攻撃、攻めは最大の防御…という彼の戦闘への志向が現れた構えだ。

「いつでもどうぞ」

削られ、やや反りが加わった木剣を持ち、こちらに歩み寄るアダルティー。

人間よりも筋力が勝るエルフ族ゆえなのか木剣を握る様は提琴(ていきん)奏者が弦を握るように柔らか。木剣を持ちながら散歩にでも出向くような気軽さで歩み寄ってくるため集中が削がれてしまう。

「ああ、それと―——」

こちらの気が乱れたのを察すると彼女は()えて見えるように木剣を振り上げる。「はい、注目」と言わんばかりに木剣を宙で止め、鱗の視線と意識が木剣に集中すると。

「―—当たりどころが悪いと死ぬから…そのつもりで」

風が、鱗の頬に一線の赤を刻んだ。

若槻鱗が持ちうる最速。脊髄(せきずい)反射によるまばたき(・・・・)も間に合わないほどの風。出遅れた目蓋が反射を終え、それから頬の微熱を感じ取り、再び開いた視界には吹き上げられた小さな枯れ草たちが余韻を残しながらも風に舞っていく。

‥魔術の詠唱は確かに聞こえなかった。

大神の御子であるエルフ族も魔術の詠唱は必須だとベルマーは言っていた。

つまり、今の風は魔術によるものではない。エルフ族である彼女の肉体が可能とする荒業。とても信じられないが瞬間的に空を払った木剣の風圧と推測された。

木剣は振り上げる前の位置に戻り、何事もなかったようにアダルティーは笑顔で歩み寄る。

「…お手柔らかに」

(かつ)が入ったところで鱗も本腰を入れて剣を構える。

剣を中央に据え、片足を僅かに引く…鱗の構えはこれだけ(・・・・)

基本と呼ぶべき「これだけ」を身体が覚えるのに鱗は一週間以上の時間を要した。

ただの構えも常に出来なければ意味はない。付け焼刃も、特別な力や道具もいらず、踏み固めた基盤が剣士を高みへと育てていく。

「よろしくお願いします」

互いに木剣の先を合わせ、軽くぶつけて鱗は距離を取る。

アダルティーは特に動かず、その場で静かに鱗の動きを(うかが)う様子。

剣での戦いである以上、間合いを詰めなければ勝負は始まらない。けれどアダルティーの剣術を知らない鱗からすれば無策に距離を詰めるわけにもいかない。

「待っているだけじゃ駄目よ。様子を見るにしても注意力が散漫になっては意味がない」

間合いの外にもかかわらずアダルティーは振りかぶる。その身体能力に任せて一気に踏み込むのかと身を構えていると足のすねに思い切り何かがぶち当たった。

「ひぃ…!」

ブーツ越しに弁慶の泣き所へ衝撃が伝わり、思わず膝を落とす。大人になってから久しく忘れていた痛み。ジン…と骨にまで響くような鈍い痛みが足の自由を奪う。

「でないと、こんな風に足をすくわれる。ウロコ。視線は常に相手の目を見るようになさい。こと戦闘においては刃を向けるよりも目で刺す方が効果的よ」

上体を起こす間もなく後頭部に木剣を押し当てられる。この状況、ベルマーが相手であれば両手を上げて降参の意を示して終わりとなるが背後の木剣からは緩んだ気配が一切感じられない。

「…はいっ!」

即座に木剣を握りながら左肩から前転。先に地面に着いた右足を軸に振り返り、ほぼ片膝をついた低姿勢で背後の目を見上げる。余裕(しゃく)々。温かな緑光の瞳からは母性すら感じられる。

「じゃあ。再開ね♪」

今度は怯まずに鱗から打ち込んでいく。

基本的な上段・中段・下段打ちを中心に相手の目に注目しながら剣を振るう。

〈自分の剣が、どこからどこまで届くのか?〉

目算に反して空振ったり、想定以上に踏み込みすぎたり。自身の間合いすら分かっていない素人の剣は酷く御粗末に見える。身体さばきが上手くないことも挙げられるが、その多くが剣で「切る」という動作が身体に刻まれていないために起こる。

素人同士、剣を「当てる」だけなら容易に出来る。

ただ「当てれば切れる」のが剣ではない。

身体の軸が逸れれば刃は真価を発揮せず、心が乱れれば剣筋は愚直になる。

心。技。体。精神を平らにし、技を踏み固めて、身体を掌握することで初めて剣で「切る」という基盤が築かれる。

「基本は出来ているわね」

鱗の打ち込みを容易く防ぎ、流し、試すように一撃を返す。

ベルマーとも同じような打ち合いをした事はあるが彼女の攻撃は実に多彩だ。

フェイントを挟んだり、体術を交えたり…一手ごとに違った反撃を返してくる。

一手につき一つの技術。長寿の種族エルフが学んだ剣術の歴史…。


「―——はいっ。お腹が空いたから止めにしましょう。凄い集中力ね、ウロコ」

やがて締めの剣撃を十連ほど叩きこまれてアダルティーとの剣術修行は終了した。

集中していたせいか気が緩むと身体の力が一気に抜け出て、鱗は地面にへたり込んでしまう。

「ありがとうございました」「いいのよ。私も楽しかったわ」

温かな目で笑いながら鱗に左手を差し出すアダルティー。ふと右手に握られた木剣に視線を移すと既に剣としての形を保ってはおらず棒切れ同然となっていた。

今まで気づけなかったのは、やはり彼女の木剣を握る立ち姿があまりにも自然体であったからだろう。剣を自らの身体の一部として扱う剣士の極み。さすがは〝真なる剣〟を持つエルフ族だ。


「そういえば…アダルティーさんの剣って、どこにあるんですか?」


「剣」や「ロット」の授業で話題に挙がっていたエルフ族の剣。

〈万象を(ひと)しく断ち、万象と等しく(つな)がる〉という真なる剣。

しかし彼女が帯剣している姿は一度も見ておらず、ベルマーのように剣を手入れする場面もない。

1ロット。1mある剣だというのに、どこかに隠し持っているのだろうか。

「そうねえ。貴方が良い返事をくれたら教えてあげるわ♪」

引き上げた勢いで軽く鱗の身体を抱き寄せると美女は耳元で蠱惑に囁く。そうして意地悪く笑って鱗から離れると銀の御糸を揺らしながら揚々と拠点へと戻っていった。


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