43.「依頼」
「彼女と二人きりで話をさせて」
そう申し出たアダルティーを所長室に残し、階下の広間に戻ると冒険者集会所はいつもの風景を取り戻していた。
中央で与太話を肴に酒をかっ喰らう野郎ども。
片隅で依頼の作戦を立てる真面目な者。
入り口近くの小机で僅かばかりのイゾルテを広げては溜め息をつく苦労者。
誰もいなかった受付卓では冒険者の往来が後を絶たず所内各所で懸命に職務をこなしている受付嬢らの姿がある。それら活気にあてられたおかげなのか室内のスラガ照明も輝きを取り戻したように感じられた。
「ベルマー=ガルディアン様ですね!こちらが今回の報酬となっております!」
幾人かの視線を感じつつもコウウラの指示通りに受付卓へと向かうと依頼の報酬として拳大のイゾルテ10個とコワッパを2袋受け取る。ガラティア洞窟の調査と地龍を倒した追加報酬。〝老婆の棺〟の婆ちゃんが見たら、きっと腰を抜かしてしまうことだろう。
それから後処理を済ませると所長室から戻ったアダルティーの姿があった。
こちらから声をかけようとしたところでアダルティーは隅で清掃をしていた黒髪の受付嬢に話しかける。緊張した受付嬢の表情から、どうやら知り合いではない様子だった。
「――――、———。」
活気の戻った集会所。遠くからでは会話の全容を聞き取ることはできず、緊張から動揺、緩和…と変わっていく受付嬢の表情が見えるだけ。ところがアダルティーが何かを差し出すと彼女の表情が一気に曇り始めてしまう。
ただ事ではないと感じ、一歩前進すると偶然にも喧噪をすり抜けた言葉がベルマーの足を止めた。
「…ありがとうございます」
涙ぐむ受付嬢の言葉。それを正面から見たアダルティーも何かを感じたのか。颯爽と背を向けて、逃げるようにベルマーの方へと歩み寄ってきた。
「アダルティーさん…何をしていたのですか」
「別に。落ちていたものを届けただけよ」
バツが悪そうな顔でそう答えると不躾にベルマーの頭をワシャワシャと粗く撫で始める。何かを発散しているように思えてベルマーは抵抗せず黙ってそれを受け入れることにした。
「じゃあ。先に帰ってるわね」
結局、詳しくは話してもらえず彼女は集会所を去っていく。ところが出入口で思い留まるように足を止めると。
「わかってると思うけど…貴方、今朝から顔色が悪いわよ」
まるで子どもをたしなめるような言い方をして集会所から出ていってしまった。
「あの…」返事をする間もなく去ってしまった彼女の残影を見つめていると後ろから声を掛けられる。先ほどアダルティーと話していた受付嬢だ。
「わたくし、マルスと申します。騎士ベルマー=ガルディアン様。この度は私の軽率な行いのせいで…大変申し訳ございませんでした」
「いえ。誰かの助けになりたいという思いは間違いではないですから――」
その名前から彼女が例の「出来高制」の依頼を発注した人物だと理解する。
冒険者同士の公平を期すために本来は禁止されている「出来高制」の依頼。
集会所内の権力構造は把握できていないが、あの依頼を独断で発注できることを鑑みるに彼女の地位はそれなりに高かったらしい。
「——俺から言えることはそれだけです」
軽く会釈をして再び顔を上げると布で巻かれた短剣を胸に抱きながら一筋の涙を流すマルスの姿があった。
彼と何かしらの関係があったのかは分からない。冒険者と受付嬢が恋仲に発展する事は多々あるが彼女の涙は色恋とは一線を引いたような…純粋で、かけがえのないものに感じられた。
「もしよければ、これを。彼が命がけで集めた依頼の品です」
誰に渡そうか考えていた「スラガ鉱石」が入ったリュック。
あの地底湖の怪物―—血の化身との戦闘後の調査で地底湖の淵に散乱していたものをアキとワカツキが集めてくれたものだ。
「では…俺はこれで」
それ以上彼女の顔を見ることはせず、穴ぼこのリュックを足元に置いてベルマーは集会所から去っていった。
ガタンと崩れ落ちる音に耳を引っ張られたが足を止めることは決してなかった…。
・
夕刻。大都内を歩いていると灼けた鉱を打つ音が聞こえた。
乱れることなく均一に振り下ろされる槌。一切の無駄を排した鍛冶師の一振りは音だけでも違いが現れるというが鍛冶師でないベルマーに細かな違いは分からない。
ただ、その音を聞いていると不思議と彼女の姿が頭に思い浮かぶ。
「やあ。元気そうだね。アン」「・・・チッ」
振り下ろす手を止めると鍛冶師は大きく舌打ちをして即座に鉱を冷水へ。そのまま素早い手つきで奴床の持ち手を縛り固定すると、奴床ごと作業台に置いて一息つく。
「よう。何の用だよ。ベル。」
厚手の皮手袋を外しながら鍛冶師は顔も見ずにぶっきらぼうに挨拶を交わす。
綺麗な赤髪に少し色褪せた紺のバンダナ。
熱を感じるため、と肩から剝き出した両腕は強く、健康的で、まさしく槌を振り下ろすことのみ特化した鍛冶師の腕。本人は気にしているみたいだが、腕に残る火傷跡すらベルマーには勲章のように見えて誇らしさすら芽生えてくる。
名工、鍛冶師アン=ロート。
共にガルドーで生まれ育った幼馴染。少年時代からベルマーの剣を鍛えてきた相棒。
騎士としての勉学のためベルマーが冒険に出た頃、時を同じく大都アスカテーラへと移り住んだ彼女は研鑽を積み、大都でも有名な鍛冶師へと大成した。
…性根逞しい自慢の親友である。
「アン。装備の修理を頼みたいのだけど…」
「うっげ。なんだよ、その顔。普段からパッとしないけど今日は特に酷いよ。ベル」
人の顔を見るなり、げんなりとした顔で辛辣な言葉を畳み掛けるアン。
昔はもう少し気さくな性格だった気もするが、地元ガルドーで一度別れてからのベルマーに対する当たりが強くなったように感じられる。
「・・・これ、誰にやられたの?」
装備一式が入ったリュックを渡すと一目でアンの目つきが鋭さを増す。
「集会所の依頼で、ちょっとね」
「鎧泣かせの騎士様だな」「それは…反省してる。」
「それで、納期は?」「なるだけ早く、かな」
「無茶言うね。この際、新しいのを買えば早いだろうに。それなりに稼いでいるんだろう?」
「駄目だよ。これはアンが作ってくれたものなんだから」「…あっそ」
片耳を掻きながら受け取ったリュックを慎重に作業台の端に。それから台の中央に固定した奴床が目に入り、大きな溜め息を吐くとアンは天を仰いで目を閉じる。
…これまでに頼まれた注文―—そこから作業時間を個別に推算―—各々の納期と器具・素材の潤沢具合を確認―—各依頼の工程を全て思い描いて――そして、アンは再び溜め息をつく。
「―—2回、陽が縮んだら此処に来い。ただし!無茶を聞いてやるんだからな。つぎ壊してきたら新しいのを頼め。いいな?」
「分かった。…でも無理は駄目だよ」
「はっ!誰にモノいってやがる。お前こそ、その腑抜けた面戻して出直してくるんだな」
●
「ったく、男ならシャンとしろってんだ…」
去っていくベルマーの背を見送りながら愚痴を零す。
昔のベルは元気で活発で頼りがいのある大きな背中をしていたはずなのに。あの異名をつけられてからの彼は小さくなってしまったように感じられた。
「あの白銀の爺。嫌な名前を付けやがって…」
龍を堕とした男。〝龍殺し〟ベルマー=ガルディアン。
龍白を討ち取ったことでベルの名は世界中に伝わった。けれど英雄と同じくらいに龍が好きだったベルにとって、その異名は課せられた呪いのようなものとなった。
「白銀と龍」という英雄白銀の逸話。憧れであった物語と同じ英雄になったというのに、どうしてベルは悪いことしたような顔をしているのだろう。
彼の真意を知りたい。知りたいけれど口下手な私では上手く聞き出せない。
騎士の隣にいても恥ずかしくないように鍛冶師としての研鑽を積んできたつもりでも幼馴染としてベルを支えれるような存在に、私はなれない。
…こんな火傷だらけの硬い腕では、女としても見られてはいないだろう。
「おい!野郎ども!急ぎの仕事が入った!しばらく休みはねぇからな!」
変な気を弾き出すように弟子たちに檄を飛ばして再びバンダナを締め直す。
「ちっ。だいぶ色褪せてきやがったな」
前の誕生祝いにベルから贈られたバンダナ。
龍殺しと呼ばれる前の彼から貰ったものが色褪せていくのを見ると妙な不安がよぎる。昔の彼が思い出と共に消えていってしまうような。そんな幼稚な不安が。
「気合い入れろよ。あたし」
きつくバンダナを締め直して大きく深呼吸。作業台に置いた奴床と槌を握り、再び鍛冶師は鉱に槌を振り下ろす。
一打無心。今打っている鉱は自らの心。
鍛練によって無駄を弾き出し、精錬された強き心を作り出す。
心は刃に、心は防具に、心は盾に。
英雄に焦がれた少年を飾るのは自らの心だと信じて…赤髪の鍛冶師は今日も鉱を打つ。




