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転生ですか?…すみません ウチそういうの結構です   作者: ODN(オーディン)
第一章

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36.「未知との遭遇」

地下水脈の流れに乗って幾ばくかの時が過ぎた頃。気泡の魔術を発現させたままブリズィア家の「氷」魔法について考察・試行を繰り返す最中、暫く書いていなかった手記のことを思い出して筆を取る。

記憶を失わない(・・・・・・・)エルフにとって「知識を書物に書き残す」ことは本来不要なことだが自らの知識が他に語り継がれていく感覚は中々に面白い。

正しく伝わるのは勿論のこと、少し誤った形で伝わるというのもまた一興。

人とエルフ。種が異なるのだから互いの解釈が一致しないことも多々ある。ただ、そうした間違いの中でしか生まれる新たな発見もあるのだから知識の正誤は重要ではない。

私にとって、知識の継承とは未来に記憶を託すということ。

記憶が、形なき我が子が時を経ても変わらずにいてくれるのか、はたまた変わった顔を見せるのか。

…未来を永い目で見守れるというのも長命種たるエルフの楽しみの一つといえる。


「こんなところかしらね…」

まだ思考の余地がある「氷」の魔法とは別に、氷菓子についての手記をまとめたところで例の異変について思い返す。

当時の状況――常に捉えていた龍黒の存在が強大な力に覆い尽くされる感覚から察するに龍黒は間違いなく異変の発生した現場にいた。

現在は遠い彼方へと飛び去ってしまっているが、いずれ彼女にも当時の状況を聞かなくてはならない。


 見たものを殺す魔眼を有する最強の龍、龍黒。その魔眼の脅威ゆえに昔から他を寄せつけない性格で私も出会った当初から避け続けられている。

たしか昨今では『空に黒が現れたら跪け』と子供たちに教えられているものだったか。昔より柔らかい言葉に変えつつ(・・・・)あるが龍黒の魔眼の脅威は今なお根強く残っている。

「でも私、あの子に嫌われてるのよね」

「嫌われている」と意識されているだけでも良しとすべきか。

天の母様が運命付けた「タメシ」によって龍族の多くは大神の御子であるエルフを毛嫌いしている。話しかけても無視されることが大半だが、龍族の全てがエルフを嫌っているわけではない。


 龍黒の姉、龍白。彼女とは古くからの付き合いで頻繁(ひんぱん)に交流がある。彼女はエルフに近い好奇心を持った変わった龍で龍族に関する知識は全て彼女から学ばせてもらった。…そういえば最近はガルディアンの騎士に討たれたと伝え聞いたが、それが事実だとしたら今世のガルディアンは初代並みの力量といったところか。


「――あれは…?」

気になって魔力感知で龍白の位置を探ろうとしたところ水底で光るものが目に入った。道端で珍しいものを見つけたような気になって何気なく手を伸ばすと。

「ナイフ、ね」

何の変哲もないただのナイフだった。

採取良し。解体良し。ただ大物を狩るにはやや力不足なだけの汎用的なナイフ。

なぜこんな物に気を取られてしまったのか。ただ拾ってしまった以上やむなしと適当な布を刀身に巻いてリュックにしまい込む。



やがて遥か前方に光の束が見えてくる。

ガラティア洞窟の地底湖を覆う巨大なスラガ鉱室から反射された光線が湖の底まで手を伸ばす。平時であれば美しいはずの光線が泥に汚されるのを目にすると同時に張り巡らせようとした魔力感知に奇妙な反応が現れた。

「――――母様?」

感知したマナは四つ。

内二つは人間のもので片方は遠い昔に身体を交わしたガルディアンのものと波長が似ている。もう一つは、かなり微弱だ。マナが枯渇する寸前といったところだろうか。

問題なのは残りの二つ。禍々しい赤黒いマナと爛々とした黄色のマナ。

その芯を探れば両方とも地の母様のマナを宿しているではないか。

「どうして…()の母様のマナが?」

地の母様が生んだ生き物たちも初めは地の母様のマナを糧に命を宿すが、その営みとともに天の母様のマナも徐々に取り込まれていく。結果的に(・・・・)そうあるように地の母様が創られたというのもあるが、この二つのマナは全く違う。

地の母が生み出す命の(ことわり)から外れたもの。この雄大な大地を彩る植物の如く純粋な地の母様のマナを宿した存在だ。


「これ、母様のマナ…」

その一方が魔術を行使したのか。凄まじい速度で地の母様のマナが黄のマナへと流れ込んでいく。このマナの流れはエルフ族と同等のもの。それほど地の大神に近しい(・・・)存在だとでもいうのか…。

「片方が、縮んでいく」

答えを得られないまま緋色の光線が衝撃波とともに水流を伝う。

激しく燃えていた黄のマナは一気に(しぼ)み、禍々しいマナは恐れるように気を張り詰めるが、やがて慢心したように(たゆ)むと徐々に萎んだマナへと近づいていく。

「やばいじゃない」

水面から浮上すると即座に魔術の膜から飛び出し跳躍する。気取られないよう細心の注意を払ったつもりだったが勢い余って天井にまで飛び上がってしまっていた。


「あれは子ども?それに…あの獣」

天井から二つのマナを見下ろす。

幼子(おさなご)と獣。萎んだ黄のマナと赤黒いマナ。

この目で実際に()ても二つの存在からは地の母様のマナが感じられる。

「あの獣…龍に近しいものを感じるわ」

永年の直感が正体不明の獣を龍と重ねる。

体の大部分が焼き尽くされてしまっているため判別しづらいが翼の名残のような部位が確かに見受けられる…。

「急がないと、よね」

やむなしと息を吐いて天井から降下すると羽毛の如く静かに水面へと降り立つ。


「母さま、力を貸して―――」


いつものように祈りを唱えたところで如何なる魔術が獣に有効なのかを思索する。

「この獣が仮に地龍であったら…」「稀有な魔眼を有した龍であったら…」

そうした憶測に思考を奪われている合間に天地の大神より多量のマナが授けられる。

急を要する状況のため咄嗟に魔術を発現させた結果「氷」の魔法の実験途中であった魔法(・・)を発現させてしまう。

「あっ、」

凍てつく水、甘美な氷菓子、絡ませた身体…瞑想の中で幾度も反芻(はんすう)した記憶が魔法として行使されると正体不明の獣は舌の上で溶ける氷菓子のように塵の一片も残さずに消滅してしまった。


「どうしましょ」

死体でも観察すれば獣の正体が掴めたかもしれない。

思いもよらぬ失敗に打ちひしがれていると縮こまっていた幼子が声をかけてきた。

「あなたは だあれ?」

人間にして2、3歳ほどの、まだまだフニフニな赤ん坊。

僅かに赤みが残った黒髪から不意に消滅させた謎の生物を思い出し、慎重に幼子の元へと歩み寄る。

「私はエルフ、アダルティー。あなたは?」

「アキ、だよ」

湖から上がり、地べたに縮んだ幼子を()下ろすと新たな謎に足を止まる。

芯に宿る地の母様のマナ。そして、それを覆う天の母様のマナは魔術行使の際に借り受けたものか…残った天の母様のマナは徐々に擦り減っていく。


「そんな、こんなことって…」

分かってはいたが、この幼子は人間ではない。

地の母様に由来するナニカが人の器に収まった姿。芯にある地のマナと纏った天のマナを覆う未知の力(・・・・)によって形作られた存在。

こんな魔法を、こんな奇跡をエルフは知らない。

こんなことができるのは、それこそ大神でなければできない偉業だ。

「ごめんね。私を許さなくていいから」

(つるぎ)へと手を伸ばす。

この存在が、この世界を脅かすものならば容赦はできない。

それが無垢な子どもの形であろうと、今この世界を失うわけにはいかない。


「うわわわわわーーーん!!」


謝りの言葉と共に柄を掴みかけた途端、子どもが突然泣き崩れてしまった。

呆気に取られ、それから隠した殺意に気づかれたと悟って距離を取ろうと片足を引こうとすると。

「ありが…ありがど。ありがどぅゔーーー!」

鼻水を垂らしながらアキと名乗った幼子は私の足にしがみついて泣きじゃくる。塞き止めていたものを一気に吐き出すようにワンワンと幼子の声が地底湖に響き渡る。

「…怖かった、わよね」

よく見れば体はボロボロで、抱きつく力も弱々しい。

こんな小さな子が、あの獣の脅威に晒されていたのだから当然のことだ。

「怖い。そう、よね・・・そうよね」

ゆっくりと怯えるように両手を伸ばして抱き上げるとアキは涙を流しながらも嬉しそうに笑い、それからこと切れたように眠ってしまった。「マ~ちゃん。ベルちゃん」と誰かの名前を夢の中で呼びながら幼子は安堵したようにニマリと笑う。

「…あの子たち。起こさなくちゃね。」

地底湖の入り口付近で倒れている男女を横目に腕の中で眠る嬰児の頭を撫でていると自分の頬が吊り上がっていることに気づく。

「母性、かしらね」

謎の幼子。ガルディアンの騎士。そして可愛らしい乙女。彼らを救うことがこの世界に起きた異常への糸口ではないかと、そんな妄想を抱きながら眠る幼子の頬を小指でつつく。



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