35.「未知の旅人」
旅の道中、私は「氷」の魔法を扱うという遊牧商家と出会った。
亭主と妻。そして可憐な長女と双子の男児を合わせた5人で十数頭のクザを連れながら旅を続ける商人一家、ブリズィア家。
彼らの扱う「氷」について話を聞く御礼に私は氷菓子なるものを購入した。
氷菓子とは菓子の調理過程に「氷」の魔法を組み込んだもので、今回はクザの乳を冷たく固めたものに花の蜜を垂らしたものを頂戴した。
冷えた乳と蜜が口で溶け合い混ざりあう感覚が大変甘美であり、亭主の話を聞き終える頃には10個ほど平らげてしまっていた。
いつしか天の秘部が鎮まり、辺りが暗くなると心優しい夫人の提案により私はブリスィア家と一夜を共にすることにした。
私がいつものように湯を張っていると幼い双子が「でかいでかい!」と大変喜んだ様子で大地を跳ね回る。…話を聞くと旅の道中で湯に浸かることは殆ど無く、普段は湯に浸した布で身体を拭くだけだとか。
一部の地域では魔術に頼らず「できることは自分の手で」といった教えがあるらしいが、あとで亭主に尋ねると単に効率がよろしくないからだと語った。
「今の生活も気に入っているのですが、もっと稼いで…いつか都に家でも建てたらデカい風呂に浸かって、こう言ってやるんです。「やってやったぞ」って」
それから夕食にヤクの乳で野菜を煮こんだスープとアフロ麦のパンを頂いた後、食事の片付けを請け負って先に亭主らに湯に浸かって頂くことにした。
…本当は彼らの扱う「氷」の魔法を試したかっただけなのだが、やはり「氷」の魔法は血筋によるものらしく一度目の試行は失敗に終わった。
やがて亭主が戻り、次に妻と双子が戻って来たため私も湯浴みを済ませようすると、今まで一度も口を開かなかった長女が共に入浴したいと願い出てきた。特に断る理由もなかったため私は快く彼女と湯浴みを共にすることにした。
次のアフロ麦を刈る季節で18になるという長女サラ。
跡取り娘ということもあり両親らの前では大人ぶった態度を振る舞っていたものの内心ではエルフ族である私のことが気になっていたという。
湯に浸かって語り始めると、互いに旅をしていることもあり話題は尽きず。
今まで彼女らが訪れた土地や旅路で起きた出来事…そして、まだ見ぬ土地の話を私が語ると長女サラは瞳を輝かせながら私に詰め寄った。
話題が変わって家族の話になると、やれ父親の寝息がうるさいだのと小さな愚痴を漏らし、双子が生まれた時の話を遠い目をしながら幸せそうに語る。
それから将来の展望へと話が飛躍すると、やがて自分がどこかの土地で知らない男性と結婚して家業を継ぐのだと不安そうに語り、私を見上げた。
火照った顔で私の目を見て、耳に触れ、髪を撫でて、指が触れ合う。
夕食を食べ終えてもなお私の舌には先ほどの氷菓子の甘さが残っており、不思議と身体は塩気を求め始める。
気がつけば互いに指を絡めて、肌を重ね合う。
一度燃え上がった昂りは収まりを知らず。
その夜、私は乙女の純潔を摘んだ。
夜明け前。クザの餌やりをしていた亭主と妻に声をかけて私は再び旅路に戻る。天の秘部が徐々に顔を出し、暖かな光が大地を照らす。
次の行き先は特に決めてはいなかったけれど、仲睦まじいブリズィア家と出会ったせいか久々に母様の顔を見たくなった。ここからだと遥か先の山脈を超えてネルバ大森林から大都へ。それからガルーラを迂回すれば―—。
「なにかしら…?」
そこで世界に異変が起きた。
歴代最強の龍種、龍黒。常に感じていた彼女の気配が巨大な力によって上書きされる。大地が割れたか、天が裂けたのか。とにかく世界の何処かがひび割れて、何かが現れ出たのような感覚…。
【 貴方なの…? 】
口が言葉を走らせる。私の意志ではない。これは記憶から出た言葉だ。
いつの記憶だろう。生まれてから今に至る記憶を探るが思い当たる記憶はない。…であれば、これは血の記憶。母様の記憶だろうか。
「行きましょう」
世界に奔った亀裂。一時でありながら龍黒の気配を掻き消すほどの巨大な力は、その波紋だけを残して綺麗さっぱり消えてしまっていた。
魔力感知から察するに原因となった場所はネルバ大森林か、ガラティア洞窟のあたりか。とにかく現地に向かわなければ詳細は分からない。
「ガラティアの湖…どこに繋がっていたかしら」
空に伸ばしていた魔力感知を大地に張り巡らせて水脈を探す。すると私のマナに母たる大地が応えて100ロットほど先の地点で水柱が打ち上がった。
「ありがとう。地の母様」
水柱の根本。地下水脈へと続く穴を見つけると迷わず飛び込んだ。
「―—母様。力を貸して」
風と水の魔術を発現させて作った気泡で身体を包み込む。
世界を震撼させた異常。その正体は見当もつかないけれど、この身に流れる母様の血が反応を示したのならば…あるいは良い転機となるのかもしれない。
「何が待っているのかしら」
昂る好奇心が笑みとなって溢れ出す。
そこに未知があるならば赴かずにはいられない。それが私たちエルフに刻まれた性なのだ。




