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転生ですか?…すみません ウチそういうの結構です   作者: ODN(オーディン)
第一章

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34.「空似」


時を追うごとに頭が強く締め付けられる。

ぐーん、ぐーんと加減を知らない誰かによって頭に巻いたハチマキが締め続けられる感覚は、とても生きた心地がしなかった。

「自分の最期くらいは自分で決めたい」なんていうのは、自分の身が最後まで自分の身であると信じきった者だけが言える妄想。むしろ、自身の死に姿に理想を持つなど、ある種の自殺願望といってもいい。

生の反対は死。死とは常に隣り合わせの隣人だ。

呼び鈴を鳴らして挨拶してくることもあれば理由もなく押し入ってくることもある。


初めて若槻鱗(じぶん)の「死」について考えたのは両親の死だった。

暗い部屋の硬いベッドの上で仰向けになり、白い布で顔を覆われ、そのまま死の炎に焼かれて灰となる。喪服に付いた灰も払えば落ち、鼻に貼り付いた肉が焼ける匂いも…いつかは消えてしまう(・・・・・・)

両親だった灰は当然のことながら話すことも笑うことも泣くことも出来ない。

火傷しながらポケットに忍ばせた灰も小高い丘でそっと手を放せば宙ぶらりんになってしまうだけの、ただの(ほこり)。記憶も、肉体も、感情も、そのことごとくを焼き尽くされてしまっただけの空っぽ‥。

死とは「何もできない存在になる」ことだと幼き若槻鱗は悟った。


「は—————っ————はぁ、はっ」

不規則な呼吸。

疲労に顔の筋肉は垂れ下がり、身体は亡霊の如く空に浮かび(ながる)る。

風魔術を発現させてから一体どれほどの時間が経ったのかは分からない。体感と現実の時間は大きく食い違っていて、あっという間に現実が過ぎることもあれば先走った体感に現実が追いつかない時もある。

「やってやる」

最後の決断を下す。

鞘付きの剣でしのぐのは、もう終わり。

時間を稼ぐなんて言葉の上で矛盾した夢は、もうお終いにしてしまおう。


鞘を握り、刃を滑らせる。

鞘に付いた黒いビー玉と目があうと無様な自分の顔が映った。

生前、鏡を見るのは顔を洗うときか歯磨きするときか化粧をするときだけだったけれど今が一番良い顔をしている気がした。


開帳。修行を経てもなお神の剣は鱗の手に余る異物。

鞘に収まる限り重くなくなる神の剣。しかし、今にして思えば、この特性も剣を渡したあの真実の神による手心だったのかもしれない。


『 真実を述べよう。若槻鱗よ。もう一度だけ、私は貴様に生きてほしいのだ 』


柘榴石(ガーネット)の瞳を投げかけながら真実の神は心情を述べた。他に歌舞かぶき続けた【若槻鱗】の人生を覗いておきながら「もう一度だけ」と神は言葉を連ねた。「生きてほしい」と真実を述べた。


この弱肉強食の世界において両腕に掛かる剣の重さは命の重さと同義。それを無くすというのは命の重さを代替わりすることに他ならない。

それでも、あの我儘(わがまま)な神は若槻鱗が再び生きることを願った。

生の消費でも、生の流れに乗るでもなく、生を謳歌することを望んだ。剣の重さなど忘れてしまうほど、身軽に、この世界を生きてほしかった———のかもしれない。


「…まあ、全部私の妄想なんだけどね」

ただ、そうであったらカッコいいと思った。

「格好がつく」なんて誇りじゃなく、ほこりに塗れた無邪気な心。

誰かを守って死ぬという偽善と責任と小さな勇気が積み重なった人間賛歌…などと堅苦しいドラマも道理も思考もいらない。「ただのカッコいい」だけで鱗は満足だった。


「やっぱり重い…」

抜刀。鞘を腰ベルトに納め、両手で剣の柄を握る。初めは持つことさえも難しかった重しの剣が師との修行を経て、ついに剣としての本懐を発揮する。

呼吸を整え、天井を仰ぐ。

言い訳はしない。弱音も吐かない。

もう覚悟は決めた。あとは全霊を傾けるのみ。

見えない水底に飛び込むように鱗は一気に宙を滑り降りて悪魔の胸へと飛び込んでいく。剣の重さに軌道がぶれそうになるのを堪えながら目はしっかりと悪魔の動向を見据える。まるで鳥になったみたいだ。地上や水面の獲物目がけて飛来する鳥と自身の姿を重ねた。

「いけ、いけ、いけ!」

身体に残るマナを限界まで推進力に変えた特攻。全てを懸けた神の剣による刺突。

全身全霊の悪あがきだけが若槻鱗に残された最後の選択であった。


【 ■ ニ ク イ 】

それを悪魔はあざ笑った。

剣が纏う異様さに抱いた「興味」にのみ生かされていただけの弱者。

それが自ら喰われに飛んできたのだから見逃す理由もない。飛来する獲物が描いた軌道、頭に想い描いた路を崩す形で悪魔は跳躍。獲物の加速よりも先に、ただ一身に突っ込んでくるだけの無能な獲物に向かって口を開く。


「ちくしょ」

悪魔と目が合う。慈悲も喜びも何もない。

ただの強者が、生物的に上位にあたる者が食事に抱くのは価値があるか否か。日頃、人間が買い物で気にするような品定め。美味しそうか、安いか、適しているか。そうした視線や感触を受け入れるだけの声なき野菜達や陳列された肉魚になった気分だ。

…ならば、せめて血の一滴も残さず楽に喰らってほしいというのは、あまりにも傲慢ごうまんかもしれない。

「おわり…」

ジェットコースターを乗り終えた気分だった。右往左往、引っ繰り返って阿鼻叫喚。終わりが見えれば安堵を抱き、達成に満ち、快楽に疲労する。悪くはない。悪くはない一生。でも、もう一度だけ乗りたいと願うくらいは許されやしないだろうか…。



「 さ・せ・な~~~~~~い !! 」


一縷(いちる)の焔が叫び、地を駆ける。

身に纏う炎。甘美に燃ゆる火の粉を散らして焔は飛翔。悠々と口を開く悪魔を湖まで弾き飛ばすと、その身を焔の中から顕現させた。

「マーちゃん!たすけにき———ぅぶっ!」

悪魔の口から、うら若き乙女の胸元へ。

決死の攻撃。魔術で加速した勢いを止められるはずもなく二人は宙で激突した。

「やぱ」

直後、鱗の魔術が解ける。

限界超過。緊張緩和。今までの負債を取り返す重力が体の自由を奪う。

「だいじょぶ? マ~ちゃん」「うぅn」

上手く言葉が出ない。

頷こうにも既に頭は項垂れていて彼女の目を見る事すら叶わない。

「ベルちゃんのところにいこう」

風を感じた。強く抱きしめられる。

人肌とは違う暖かさが体を包み込む。お日さまのいい匂い…。

「ここでまってて」

暖かな風が止み、それから硬い地面に横たわると大地に吸われるように意識が沈む。肌に感じた温もりが余韻を残しながら徐々に遠のいていく。

「あたしが———ね————ちゃん」

何かつぶやくのが聞こえた。ヒタヒタ、と裸足の足音が遠のく。

余韻が消え、湿った寒さが僅かに沈んだ意識を引っ張り上げると片目の目蓋(まぶた)が僅かに開いた。

「ア・・・・キ」

いかないで、私の火。

小さな背中。小さな焔が一歩一歩と離れていく。二度と取り戻せないような焦燥も不安も後悔も、再び沈み始めた意識と一緒に消えていく。

待って。いっちゃダメ。駄目。だめ。だめだめだめだめだめだめだめ…。


とうとう、あの暖かさも匂いも何も感じなくなった。募る青い感情だけが浮き沈みを繰り返して、上澄みの黒いところだけが視界を支配していく。

それでも、あの緋色の輝きだけは絶えず燃え続けていた。

渦巻く黒の隙間から確かに感じるアキの光。芯のある強い炎だ。

沈む意識の果てに見た小さな覚悟。泣き虫な太陽の後ろ姿が強く焼き付いて、上澄みの黒が微かに晴れる。そして、若槻鱗は深い眠りに落ちた。



          ・



「あたしがまもるからね。マ~ちゃん。ベルちゃん」

炎に満ちている。

母のものとは異なる二つの大神の力。「まもりたい」と願った少女の言葉を地は尊び、()は渋々と受け入れて(マナ)を貸し与えた。

身体は少女のものよりも僅かに大きく、乙女と呼ぶには少々幼い。

頼りないというわけではないけれど不安は拭えないお年頃。未だ庇護欲をくすぐるほどの肉体年齢。

「くる…」

そんな彼女が向かうのは騎士と母を追い込んだ怪物。盛大に水しぶきを飛ばしながら再びその身を現す。獲物を盗られた怒り。もしくは当たりどころが悪かったのか憤慨した様子だ。

「こわい」

隠すことなく娘は言葉にする。

邪悪・歪・狂気・嫌悪・不快・恐怖などと複雑なものを抜きにして娘は静かに憂いを吐露した。

『 ・・・あの大きな龍が相手でも? 』

騎士の言葉を思い出される。

胸に刺さった優しい騎士の言葉。それが再び彼女の意志を問う。

「まもるもんっ」

当時の自分を思い返して勇気を奮い立たせる。

「マ~ちゃんも、ベルちゃんも、あたしがまもるもん」

言葉にして、後ろを振り返ろうとしたところで彼女は動きを止め、再び前を向く。

「…でも、こわいよ」

震える。手が、声が、心が、記憶すらも震えが支配する。

たった一人。独りだけの戦い。いつかの母(・・・・・)が抱いた孤独の暗闇を追体験するように娘は身体を両手で擦り合わせて憂いに打たれた。涙が浮かび、火の粉に変わって舞っていく。チリチリ、と空気を燃やしながら風に揺られる花弁の如くそれは眠る母の頬に落ちた。


「ちのかみさま。」

震える声を必死に抑えて娘は祈りを唱える。

母と騎士と過ごした楽しい日々。それを失うことが怖いし、そうなってしまうことを想像している自分が何よりも「こわい」。

「ほのおをください——」

湖面から天井にまで飛び出すと怪物は垂れ伸びた鍾乳洞を尾で折り砕き、石柱の雨に紛れる。石柱のうち何本かが瓦礫と化す中、怪物は気配もなく次なる獲物の背後に着地。囮に見せかけた尾の槍と背後からの歯牙による挟撃で流れるように、その命を奪う。


「——『大地の(グディア:)(レッド)』」


怪物の体を纏う水滴が蒸気へと変わった直後、足元から噴き上がる火柱に怪物は焼かれた。囮にしていた尻尾は焼失。さらには体の半分が焼き尽くされたのである。

【アアァ…アガアアガ】

喉と肺も焼かれたのか。溶けて複雑に貼りつけた声には確かな苦痛があった。

残る炎熱に身を焼かれながらも怪物は即座に距離を取って湖に退避。体を冷却しながら再び(てき)を目視すると…その背丈が小さく縮んでいた。


「…けほ」

過剰な愛は身を滅ぼす。地の大神に必要以上のマナを与えられたことで魔術の威力は上昇。しかし、その代償に身体は幼女の姿になっていた。

「ぜんぶつかっちゃった…」

母の吐息。もしくは天地の両方のマナを借り受けることで火の化身は存命・成長する。木を燃やしたことで生まれた幼女は地に愛されてはいるものの天の信頼を得てはいない。渋々与えられたマナが、たとえ微々たるものであろうとも既に幼女の願いは叶えられた。…つまり炎は、もう満ちていない。

「どうしよう かてない」

怪物は未だ存命。次の攻撃が来れば幼女にこれを打倒する術はない。

【ゴア、ガカァ…】

絶望に曇る幼女の顔を見て勝機を確信したのか。体を引きずりながらも余裕そうな面持ちになって怪物は湖面から幼女へと歩み寄る。尾が健在ならば絵でも描くように滑らかに宙をうねらせたことだろう。自らの勝利に酔いしれながら怪物は一歩、一歩と踏み出し湖面から這い上がったところで(おもむろ)に背後へと振り返った。

反応、ではない。

何気なく振り返っただけの怪物に幼女自身も疑念を抱くほど。その不自然な行動を目で追うと幼女はキレイなものを目にした。


「 母さま(・・・)。力を貸して——— 」


…いつから其処(そこ)にいたのかは誰にも分からない。

随分と昔からこの場にいたように、その存在は自然と湖の上に佇んでいた。

波紋一つ生むこともなく静かで無駄のない所作。手を前方にかざすだけの動き。祈りをささげた口の動き。そのどれもが慈愛に満ち、雄大でありながらも凛とした空気を纏う。


緑光に潤む眼。流るる銀の糸。弓張りの長耳。

湖面に写る姿ですら目を奪われるほどに、その存在は唯々(ただただ)、美しい。


折れた鍾乳洞から水滴が一粒落ちた。怪物が天井に上った際に付いたものだろう。

閑散とした湖面に水滴が落ち、円形の一波が湖面を伝う。中央から端々まで、小さな波紋が薄くも強大な円となって地上に着いた瞬間。怪物は塵芥(ちりあくた)を残さず、この世から霧散したのである。


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