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転生ですか?…すみません ウチそういうの結構です   作者: ODN(オーディン)
第一章

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28.「お風呂といえば何ですか?」

 野外での沐浴(もくよく)事情といえば頭髪は薬花を散らした湯で汚れを流して身体は湯に浸した厚手の布で体を拭くだけ。運良く水場を発見できれば水浴びもするが野外での沐浴はあくまで効率よく衛生面を整えることに注力される。

別に入浴が出来ないわけではない。土魔術で窯と湯船を造り、近くに水場が無ければ水魔術で水を生成。最後に窯に入れた薪に火魔術を放てば簡易的だが入浴はできる。‥ただ効率が非常に悪い。寝そべられる湯船に窯に多量の水と、これらを生み出す魔術で消費するマナに加え、常に火力調整と薪の残量に気を配らないといけないため全く気が休まらない。そういった苦い経験からベルマーにとって野外の入浴とは(いこ)いのために疲れるようなもの、という印象であった。

「おふろ モクモクしてきたよ!ベルちゃん!」

「よし。それじゃあワカツキを呼んでこようか」

「うん!」

そんなベルマーにとってワカツキ考案の「ドカン風呂」は斬新かつ画期的な発想であった。地面の土を利用(・・)した土魔術で小さな土台と円柱の湯船を造り、空いた窪みに切り込みを加えた丸太を立てる。湯船の底にネルバ木の板を敷いて水魔術で水を生成。最後に火魔術で丸太に着火すれば準備完了となる。

立って湯に浸かる、というのに初めは慣れなかったが今では湯に浸かりながら夜空を眺めるのがベルマーの至福の時間となっている。

「マ~ちゃん おふろ!」

「マ~ちゃんはお風呂じゃありませんよ〜」

「もう!」赤の教本を読みながら適当な返事をするワカツキの背をアキちゃんがポコポコ叩いて急かす。そんな二人の様子がアキちゃんの子ども姿も相まって本当の親子のように感じられる。

「ワカツキ。剣を預かるよ」

「いつもありがとうございます。お風呂、先に頂きますね」

「うん。ゆっくりしてきなよ」

貸していた剣を預かってワカツキと付き添いのアキを見送る。

彼女が入浴している間に貸した剣の整備をするのがベルマーの日課。今日の修行で摩耗(まもう)した箇所を調整すると、今度は森に出向いて早朝の修行用に配置していた的を確認する。

森に残った痕跡からワカツキの動向を、落ちていた的の切り口から剣筋などを分析して明日の早朝に助言する事柄をまとめる。的の残数に応じて新しい的を作り、配置し終えたら拠点に戻る道中で明日集める食料の場所を確認する。

「お、これは大量だな」

今日見つかったのは、新たなダンゴロ芋の一枚葉。

茎を軽く引っ張ると重く、かなり深く根付いているようだった。

「そうだ。パルファス草も収穫しておかないと…」

少し前に拠点付近に植えたパルファス草。

土地にもよるが種を植えれば数日で大人の掌ほどの葉を生やし、更に数日経てば種を孕んだ薬花を沢山咲かせる。葉は栄養豊富なうえに花は煎じれば傷薬ともなる。食用以外でも活躍するパルファス草は旅のお供には欠かせない植物といえるだろう。

 ところが長命なエルフ族からすれば成長が早く短命なパルファス草は命儚き草花として惜しまれており、一部の地域では〝ホシ(・・)ナガレグサ〟とも呼ばれている。

ホシってなんだろう(・・・・・・・・・)?」

真っ暗になった空を見上げる。物心ついた頃から時おり夜空に光るような点々が見えることはあっても、その正体をベルマーは知らない。


「ワカツキなら知っているのかな」

彼女らの師となってから12日。陽が(ちぢ)むこと12回。

生活を共にする中、ワカツキのもつ発想と応用力にベルマーは何度も驚かされた。

 始まりは彼女が作った料理。アキちゃんには内緒で狩った黒鳥ミュートの(にく)にハーブと薬花を散らし、それをダンゴロ芋の一枚葉で包んでムシ(・・)焼いた料理。「穴のあいた鍋を作って欲しい」と彼女に頼まれた時はベルマーも耳を疑ったが、出来上がった品を一口食べたら疑念は一気に消え去っていた。

 そして、次に魔術の知識と発想力が合わさることで作り上げたドカン風呂。掘った地面に火元となる丸太を置くことで安定した火力を保ちながらゆっくりと湯に浸かることができる優れもので「寒い時季には、とろみのあるダンゴロ芋の皮を入れると保温ができそうですね」と料理の際に得たダンゴロ芋の性質から新たな着眼点を見出していた。

『 私…何も知らないんです。 』

異なる身の上。違った考え。類を視ない発想。

一人、夜の帰り道。女の子のことを考えながら青年は想像を巡らせる。

修行に明け暮れるなかで忘れていたが、ベルマー=ガルディアンはワカツキウロコの出自について何も知らない。

「何か、とても大事なことを忘れている気がする…」

いつからだったか。ベルマーの中で引っかかる何かがあった。

肉か野菜のスジが歯に挟まったような感覚。ほじくり出せない異物感がここ数日ベルマーに纏わりついていた。

「忘れもの…忘れごと…」

拠点に戻るとベルマーはリュックから甲冑と盾を取り出し、皮布で汚れを拭きとっていく。

剣と違い、旅先でベルマーが防具を整備することはあまりない。

気を紛らしたいときや考えをまとめたい時に掃除するだけで本格的な整備・修繕は自宅か、もしくはアスカテーラの鍛冶師に依頼する。仮に旅先で防具が壊れ、その場しのぎで修繕しても戦闘中の破損や動きの支障に繋がりかねない。

「事前準備を怠った」と戒めを胸に刻み、それが原因で命を落としてしまったのならば「鍛錬不足だ」と受け入れるほかない。

騎士が有する甲冑や盾とは、自ら以外の誰かを守るためのもの。

盾で防ぎ、盾が破れれば自らの身をもって背後の者を守る。それが騎士たるもの。

一対一の純粋な戦いにおいては身一つ剣一振りで臨むのがベルマーの信念に当たるが盾を使う戦いにおいて重要なのは勝つことではなく負けないこと。負けなければ守れるし、いつかは勝てる。


「・・・あ、思い出した。」

やがて盾を拭き終わると同時にベルマーは声を漏らした。

家庭教師。謎の少女。龍黒。地龍。ワカツキウロコ。アキ。修行…色々な事がありすぎて忘れていたが、そもそもベルマーが大都を訪問したのは例の人物がきっかけだったのだ…。

『 私はコウウラ。冒険者集会所の所長を務めさせて頂いております。 』

薄紫の長髪。乳白色の肌。(みやび)な黒子。

どこであろうと一声発すれば耳に届く魔を帯びた甘美な声。

およそこの世のものではないような美貌を持ちながらも、どこか気が抜けた人物。

大都(おおと)アスカテーラ冒険者集会所・所長コウウラ。

その直々の依頼があったことをベルマーはようやく思い出す。

ネルバ大森林で倒れていたコウウラを発見し、その直後に現れた地龍の討伐を頼む直前にサラリと寄越したクザ皮の巻物。大事な依頼書をリュックの底から掘り出し、急いで読み上げる。


『‶ 冒険者集会所 所長コウウラより。

   龍殺しベルマー=ガルディアン殿に直々の依頼を申し上げる。

   ガラティア洞窟にて異常が発生。貴殿に洞窟の調査を依頼する。 』


開き、綺麗に描かれた初めの三行に目を通す。安堵の溜め息が零れ、それから一拍。目を閉じて胸を撫でおろそうとした次の瞬間、ベルマーはかじりつく勢いで巻物に顔を近づけた。


『———尚、期限は書状を受け取ってから14日。「14回、陽が縮むまで」とする〟 』


「14…」何度も指で数えながら頭の中で確認する。

アスカテーラを出て、ネルバ大森林で彼女に巻物を貰ったのはワカツキの師となった日。つまり、残りの日数は…。

「あと2日しかないじゃないか!」

大慌てでベルマーはワカツキ達の下へと駆ける。真っ暗な森の中に灯る別の明かり。立ち上る湯気と二人の気配が正確な居場所をベルマーに示してくれる。

「ワカツキ! 大変なことになっ———た‥」

我を忘れ、森の陰から身を乗り出した時には既に遅く。

微かな湯気を纏いながら蒸れた身体を拭く彼女と真正面から目が合う。

乾き、それから潤み出した綺麗な瞳。この世に一つしかない一対の宝石が一層強く輝きを増した次の瞬間、阿鼻叫喚とともに凄まじい勢いで放たれた薪がベルマーの頭部を直撃するのだった。


               ・


髪を拭きながらも鱗は陰からチラチラとベルマーに視線を送る。

焚き火を挟んでもなお開いた二人の距離。今日までの積み重ねを帳消しにしかねない【お風呂場覗き事件】によって鱗とベルマーの間に見えない亀裂が走る。

「ムムム」

その亀裂を感じ取ったのか借りてきた猫みたくアキは黙り込む。

パチパチッと亀裂を示すように焚き木は音を立て、炎を揺らしながら二人の沈黙を破る機会をジッとうかがっているかに見えた。

「———それで、なんだったんです。先生?」

今回の一件でベルマー=ガルディアンも男なのだと鱗は気づかされた。

男性との交流経験が少ない美少女鱗にとって、ベルマーは良き師。

「男性」としてよりも先に人間的に「優れた人物」という印象のほうがつよかった。だけど、今朝のアキとの一件から予想するべきだったのだ。

どんな世界でも完璧な人間などいない。ベルマーも人間。そして男性なのだと。


「実は、大事なことを思い出して」

濡らした布を顔に当てながらベルマーは小雨が降るみたいにポツポツと話し始める。

「ワカツキと再会する前に、ある人に依頼を頼まれていたんだけど———」

鱗とベルマーが出会う前。おそらくは鱗とアキがスライムを倒した頃だろうか。

話に聞けば、ネルバ大森林まで彼を探しに来た冒険者集会所の所長コウウラ女史(じょし)から直々の依頼を預かったものの、その後の地龍との戦いや鱗たちの修行などで依頼の存在を完全に忘れていたのだという。

「依頼内容はガラティア洞窟の異常を調査。期日は残り2日ですか」

開かれたクザ皮の巻物を開き、鱗も依頼の内容を確認する。

ガラティア洞窟とは鱗が森で見つけた小川の上流‥その先々の山にあるという。

ベルマー曰く、距離的には問題ないようだが調査内容によっては期日以内にアスカテーラに辿り着けない可能性もあるらしい。

…急を要する問題。正直、ここで彼が去ってしまっても鱗に文句はない。

「でも、君たちの修行もまだ途中だ。こんな形で終わりになんてしたくない。だからさ、ワカツキ。君たちさえ良ければ俺の仕事を手伝ってくれないかな」

「よろしいのですか。先生を指名した依頼なのでしょう?」

「大丈夫だよ。丸投げは良くないけど今回は手伝いだけ、だから…」

しおれるみたいに彼の語気が弱まる。

「わかりました。さっきのは事故ということで水に流しましょう。私達で力になれるか分かりませんが手伝いますよ」

「本当にごめん。それから…ありがとう、ワカツキ」

誰だって切羽詰まれば冷静さを欠く。お互いに(・・・・)見えるものが見えなくなる。…今回はハッキリ見られなくて良かったのだけれど。

「ベルちゃんとなかなおり、できた?」

ピョコピョコと怯えた野兎みたいに二人を見合ってからアキが鱗に尋ねる。

「まあ、なんとかね」

「ふぅ~ん。じゃあ なんでマ~ちゃんはざんねんねん(・・・・・・)なの?」

「‥‥ハハハ。そんなことないよ」

気を紛らわすようにアキの身体をくすぐって、どうにかその場を誤魔化す鱗であった


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