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転生ですか?…すみません ウチそういうの結構です   作者: ODN(オーディン)
第一章

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27.「いたいのは いやです」

「上。上。下。下。左。右。左。右。びっ——うえ!」

「上上下下左右左右B…上?」

パカンと軽い一撃が脳天に決まり、鱗はその場でうずくまる。

早朝の持久走と的当てを終え、朝食を済ませてから新たに始まったベルマーとの剣の稽古。使っているのはベルマーが倒れたネルバ木の枝から作った木剣。切られる心配はないが当たれば結構痛い。一応、鱗に合わせて手加減(てかげん)してもらえているが、剣を握ったベルマーは(すこ)しだけ怖い。

「大丈夫?ワカツキ。」

鱗を心配しながらもベルマーが構えを解く様子はない。両手で握った木剣を向けながら重心は静かに低く、自然と次の攻撃に転じる姿勢を取っている。

「でも真剣なら死んでいるからね」

…訂正。剣を握ったベルマーはかなり怖い。


「なにしてるの ベルちゃん?」

 ふるえた声。離れた場所で土魔術の修行をしていた幼女アキが乙女の姿になってベルマーの背後から音もなく姿を現す。金色の瞳に僅かばかり赤の一線が走り、その手には送球サイズの火球が握られている。

「アキ!これは稽古だから! 大丈夫だから!」「…ほんと?」

急いで誤解を解くと、アキは火球を引っ込めて幼女の姿に戻る。

修行のおかげで幼女と乙女の姿を使い分けられるようになったアキ。消費するマナが少なくなるため普段は幼女姿で過ごすようになったが…時々、今みたく感情によって体内のマナが乱れると乙女の姿になることもある。

「ねえ、ベルちゃん。マ~ちゃん いじめないで?」

稽古を再開してから時を待たずしてアキがお願いする。ベルマーに悪意がないと分かっていえ、やはり鱗が傷つくことに納得がいかないのだろう。若槻鱗の初めての戦い。森で出会ったスライムに激情したアキが火球を投げつける姿が思い出される。

あの一件もあって鱗が傷つくという事にアキは過敏になっているのかもしれない。

「ごめん、アキちゃん。でも、これは大事なことなんだ」「どうして?」

膝をついてアキと向き合うと小さな肩に両手を置いてベルマーは答えた。

「ワカツキが一人でも戦えるようにならないとアキちゃんを守れない」

「どおして? あたしも…た、たたかえるよ?」

「そうだね。アキちゃんも一緒にたたかえるようになれるかもしれない。けど結局ワカツキが倒れてしまったらアキちゃんは———」

「でも!…でも、まもるもん。マ~ちゃんは あたしがまもるもんっ!」

キエテシマウ。

言葉を発さず鱗が口を動かすと耳を塞ぐようにアキが大声を張り上げる。

波立つ感情。マナの抑制が乱れてアキの身体は幼女から少女へと変わっていた。

‶あたしがまもる〟

その言葉に嬉しさを感じる反面、アキにとっての若槻鱗(じぶん)庇護(ひご)の対象であることが正直悔しくもある。

「守る、か」

少女の言葉を繰り返す騎士。繰り返された言葉には確かな重みがあった。

「・・・あの大きな龍が相手でも?」

「ヒッ———。」

(みぎ)半身を引くように身をよじる少女の肩を騎士の両手は(のが)さない。問いかけ、静かに返答を待ちながらも騎士の目線は黄金の瞳の奥を見据える。

「ベルちゃん ベルちゃん! ベルちゃんがいるもん!」

「…(いま)はね。」

潤み揺れる瞳を見つめながらも騎士は淡々と事実を述べた。

「でも、ずっと君たちを守ってあげられるわけじゃない。俺にだって守って、(みちび)いてあげなくちゃいけない人たちが沢山いる。」

「そんな…」

名も知らない衝撃が少女(しょうじょ)の顔を曇らせる。

ずっとあると思っていたものが「じゃあね」と唐突に消えることを想像して、ぽっかりと胸が空く。けれど、その正体を少女はまだ知らない。大好きな誰かと別れる未来(みらい)を初めて想像した乙女(おとめ)の顔は分かりやすく涙に濡れていた。

「どぉ、どおして‥どおして そんなこというの?」

「ごめん」

「ひどいよぉ ベルちゃん」

「うん。俺は、本当(ほんとう)に酷い奴だよ。俺が守れるのは俺の目に(うつ)るものだけなのだから」

「ぅわかんないよぉぉ」

「…そうだね。ごめん」

蓋を閉じるように大きな麦わら帽子が少女(しょうじょ)に被せられる。

くしゃりと大きな手がツバを掴み、そのまま帽子を下げて、下げて。麦わら帽子は顔を隠す仮面にかわる。籠った言葉なき声が仮面から零れ、まない涙が麦わらを湿らせる。泣きじゃくる仮面から「ずっといてよ」と聞こえたのは、鱗だけではなかっただろう。

「ごめんよ。アキちゃん」

謝りの言葉を唱え、それから一言も発することなくベルマーは地面に両膝をつきながら乙女の仮面が取れるのを待ち続けた。


             ・


「———…泣かれるとは思わなかったよ」

昼食の準備をしている最中、ふと彼は口を開いた。

朝の修行を中断してから一言も発さなかったベルマー。そんな彼が口を開いたのはアキが泣き疲れて眠ってしまったからなのか。それとも単に間が悪いと感じたからなのかは分からない。…もしかすれば無意識に吐き出した独り言だったのかもしれない。

「私も泣きましょうか?」

「勘弁して、とは言えないけど覚悟はしておくよ」

鱗の冗談に笑って答えながらも心は完全に上の空。

話す言葉は彼らしくとも言霊には何も宿ってはいない。

「先生。ありがとうございます」

「どうして、そこで感謝の言葉が出るんだい」

「私には言えなかったことですから」

言葉の通りだ。彼がアキに言った言葉は若槻鱗には伝えられないものだった。

『・・・あの大きな龍が相手でも?』

同じ言葉を鱗が言ったとしてもアキを納得させることは出来なかっただろう。本当の恐怖を知るものと知らないもの。どちらの言葉に重みがあるかは言うまでもない。

「あんなの…(おど)しのようなものだよ。何も知らない子に剣をチラつかせて怖がらせるのと何も変わらない。下劣なことだ。本当にアキちゃんには悪いことをしてしまった。」

そう言葉を吐きながら彼は無意識に利き手の左腕を右手で握りしめていた。

獲物の首を絞めるように力強く、自らを叱りつけるように容赦なく、ごく自然と慣れた手つきで(・・・・・・・)彼は自らを罰していた。

「でも、怖さは生きるのに必要です」

血管が浮き出た彼の左手に両手を添えると、彼は熱い何かに触れたみたいに右手を放した。

「怖いから臆病になる。臆病だから慎重になる。慎重になるから確実を求める。絶対を求める。完璧を求める。不完全な自分を完全たらしめようとする。」

「つまり?」

「…怖いから人は成長する、ってことです」

良いようにも悪いようにも、という言葉を伏せて鱗は持論を述べる。

(こわ)いから、恐れたから生まれた【若槻鱗】——前世の自分。

ただ一つの過去を、思い出(・・・)が消えることを恐れた少女が生涯創り続けた汎用の自己(・・・・・)

独りになることを恐れながらも一人であることを望んだ。その願いの果てに出来た歪みのある人生。演じて、(かたむ)いて。(かぶ)いて、演じる。波のように揺らぎ続けた人生。真実の神曰く「他に歌舞(かぶ)いた人生」。

…そこで得た苦みが彼を励ますものに変わるとは【若槻鱗】も想像できなかっただろう。

「やっぱり、ワカツキは強い人だね」

「先生がそれを言います?」

「ははは。確かにね」渇いた声に僅かな潤いが浮かぶ。

ベルマー=ガルディアンも完璧ではない。イケメンで、強くて、気が(つか)えて、博識で、容赦がなくて、優しい騎士。そんな彼にも人間らしい穴が見えたことに鱗は不謹慎にも安堵していた。


「うぅ~むんぅ?」

そこで唐突にアキが目を覚まして、うにゃうにゃと甘い唸り声が上がる。

ぐぅ~んと身体を伸ばして、ふわぁ~と吠えるような大きなあくび。

ぐりぐりと猫の手にした両手でまぶたを擦り、ぼ~っと虚空を見つめて再起動。

「ぅぁはよう マ~ちゃん」「おはようアキ」

「ぅぁはよう…ベルちゃん」「お、おはよう。アキちゃん」

寝起きのアキに明らかな動揺を見せるベルマー。アキの方もやや縮こまった様子ではあるが尖ったような印象は見受けられない。

「ねえ、アキ。先生とも話したんだけどアキも一緒に先生と稽古してみない? 剣じゃなくて魔術の稽古になるんだけど…」

試しに提案してみるが、寝起きで頭があまり回らないのかアキは黙ってしまう。

「う~ん~」うつむき気味になりながらジッと待つこと数秒。次第にモジモジと身体を動かし始め、それから消え入るようにただ一言。


「ベルちゃんに「あつい」のさせたくないな…」


次の瞬間、鱗とベルマーは互いの顔を見合わせていた。

アキの言葉に各々左右に顔を伏せた偶然。

頬が吊り上がるのを堪えて震える互いの顔を見合い、鱗は咳払いする。

「…ですって、先生?」

「ハハハ。あれだけ訓練したワカツキもまだ一撃も当てられないんだ。アキちゃんの魔術も完璧に避けて見せるさ」

考えていた言葉が全部飛んでしまい、ベルマーに丸投げしたところ思わぬしっぺ返しが来た。「もっと成長しろ」という嫌味かとベルマーを(にら)むが顔色を見るに、どうやら彼も冷静ではないらしい。

「ほんと?」「もちろん!」

やっと顔を上げたアキに胸を張って答えるベルマー。

ようやくこれで一段落、かと思えばアキがおもむろに二人に尋ねる。

「なんでマ~ちゃんたちの おかお まっかか(・・・・)なの?」

示し合わせたように鱗たちは急いで両手を顔の前であおぎ始める。

…夕日のせいだよ、なんて言い訳はこの世界では通用しない。

「今日は暑いからね!」「そ、そうですね!」

必死に言い訳するベルマーとそれに同調する鱗。

そして二人をキョトンと見つめるアキ。

そんな彼らを笑うように涼やかな(かぜ)が青臭い草花の香りを引き連れて通り過ぎていった。



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