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転生ですか?…すみません ウチそういうの結構です   作者: ODN(オーディン)
第一章

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26.「つよつよタマゴ」

あれから十日の時が過ぎた。

ベルマー先生によると、この世界の人にとってこよみという概念はかなり曖昧で季節の巡りや田畑の収穫時期によって齢を数えるらしい。正常な世界は揺るがなく時を刻む‥この世界ならではのはかり方といえるだろう。

同じく(はか)り方と言えば、長さや距離を示す数値は全て「ロット」で数えられるのだという。感覚でいえば1ロット=1mほど。まれに10ロット=1クロットと表す場合もあり、ベルマーの住むガルドーはここから千クロット(約10km)先にあるのだという。

なお1ロット未満の測り方に関しては身振り手振りと感覚に頼ったもので基本的には正確に測れるのだとか。安易にモノに頼らないからこそ、この世界の人間は感覚的な部分が研ぎ澄まされているのだろう。

「クロットって何のためにあるのですか」

「元々は龍の体長を示す値だったらしいからね。今は距離や家の建築とかで日常的に使われるけれど大昔「クロット」という値は〝不吉〟を意味していたらしい」

「不吉ですか…ところで「ロット」という値は何処から来たのでしょう」

「ああ、それはエルフの剣から来たんだ。(かれ)らが持つ〝真なる剣〟は全て同じ長さであることから昔はモノの長さを測るのにも重宝していたらしい。…実物は見たことないから何とも言えないけどね」

 森を進むと見慣れたネルバの倒木が見えてくる。十日経ってもなお色褪せない白い巨木。日の出前の湿った樹皮に触れると木の匂いをたっぷり含んだ水滴が手に貼り付いた。

「「天の大神。地の大神。両大神の祝福のもとに生ける私達の今日を見守りください」」

二人、言葉を唱え大神への祈りを捧げる。

天を仰ぎ、両手を握り合わせて黙祷。最後に地に頭を傾ける。初めての魔術修行を経てから始まった早朝の日課——ワカツキウロコが大神との信頼を築くための行為である。

『 大神も人を選ぶ、のかもしれない。 』

ベルマーの解釈では大神の存在を知らずに育った鱗は大神と人間の関係性から外れた特別な存在だという。浅からず遠からずなベルマーの誤解は鱗としては助かるが(だま)しているような気がしてならない。


「それじゃあ俺とアキちゃんは残るからワカツキは朝食前の持久走ね」

「分かりました。修行頑張ってね。アキ」

「~いってらっしゃ~~~・・・ZZZ」

重たい目蓋を必死に開けて返事をすると、アキは寝息を立てて夢の世界に帰っていく。

「いってきます」託児所に子供を預ける親の気持ちとでも言うのか。

背を引かれるような思いで若槻鱗はネルバ大森林へと駆けていく。

早朝に基礎体力の持久走。朝食後に剣術。昼食後に魔術。食事の合間に文字や貨幣の扱いを習い、寝る前にちょっとした雑学や今までの復習…それら全てを忠実にこなし続けること十日。インドアヴァンパイアであったはずの鱗の身体は度重なる負荷に対応し始めていた。


「——明日から新しい剣術修行を試していこうと思うんだ」

 一昨日(いっさくじつ)のこと。夕食の「ミュートのゆで卵」を食べ終え、文字の練習としてその日に食べた物の感想を地面に書き記していた鱗にベルマーから提案を持ちかけられた。

「具体的には何をするのでしょう」

今までの基本剣術は剣のかまえや振りの部分を身体に覚えさせ、つると木片でつくった大小の振り子に剣を当てる的当てだけ。言葉にすると簡単そうに聞こえるが実際はかなり厳しいものとなっている。

例えば「剣の構えや振り」の部分を挙げれば、初めの頃は剣を一振りすればベルマーが調整。気を緩めれば調整。気を張り詰め過ぎても調整…と心身ともに一動作を行うたびに矯正される徹底ぶり。正直気が滅入ることも多々あったがベルマーの指導と献身の甲斐あって何とか形になってくれた。

「早朝の持久走に的当てを追加する。的の振り子は俺が適当な場所に配置するからワカツキは振り子を見つけ次第打ち込むこと。普段と違って帯刀しながらの移動になるから的を見つけたら抜刀。打ち込んだら納刀して再び移動する。需要となるのは注意力だよ、ワカツキ」

‥これは後で知ったことだがベルマーは場所も選んで剣術訓練をしていたらしい。

長物を振り回すのに剣術訓練の場所は開けた草原ではなく、いつも若干(せば)まった森の中。わざと大振り出来ない場所を選んで剣の振り幅を自然と抑制していたのだという。


「——次。」

 ベルマーが貸してくれた剣を振るい、振り子を切りつけて納刀。再び走り出す。

帯刀しながらの移動は慣れないとかなり気を遣う。それほど刀身が長くない剣と言っても慣れ親しんだ身体とは違う異物。気を抜くと木に当たってしまうし、剣に気を取られていると今度は的が見つけられなくなる。

大事なのは注意力。的が敵なら鱗は何度も不意を突かれているだろう。

「やっぱり先生はすごい」

やってみると分かる。この持久走と的当てを掛け合わせた訓練は明らかに実戦を意識したものだ。帯刀・抜刀・納刀を繰り返すのは剣を持つことを常とした動き。妙な表現だけど「剣を身体の一部にする」ということをベルマーは教えたいのだろう。

 的を見つける視野の拡張。狭い場所での剣の扱い。

 凸凹な地面での持久走に加え、剣を振るう際の重心移動…。

ベルマーの訓練は繰り返すたびに様々な発見があって面白(おもしろ)い。

剣とは無縁の世界にいた若槻鱗がここまで挫けずにいられたのは、こうした辛さに勝る楽しさがあったからだろう。


「あ、マ~ちゃん! おかえり♪」

刻限まで陽が膨らんだところで拠点に戻るとアキが鱗を出迎える。今朝はマナの消費が激しかったのかアキは幼女の姿になっていた。

「みてみて! マ~ちゃん」

「ただいま」を言う暇すら与えずアキは強引に鱗を引っ張り始める。幼女アキに手を引かれ、中腰気味になりながらも鱗は空いた片手で剣の鞘を支える。

「きょうはね じょうじゅにできたんだよ」

アキの背中から覗き込むと丸みを帯びた土の塊が出来上がっていた。擦ってテカリをつけた泥団子みたく若干の光沢がある物体。今のアキが抱え込んだら倒れてしまうほどに大きな楕円の物体はミュートの卵に似ていた。

「ミューミューのタマゴだよ!」

片膝をつく鱗の足にもたれ、したり(・・・)顔で鱗を見上げるアキ。

やってやったぞ。どんなもんだい。えっへんへん♪…と表情が物語っており、プクリと膨らんだ頬を指でつつくと「きゃはは♪」と楽しそうな声を上げた。

「アキちゃん。今朝は頑張っていたんだよ」

保母さん、ではなくベルマーが森の奥から現れるとアキの修行内容について話してくれた。

 魔術の修行を経て「火」と「土」魔術の素質があることが分かったアキ。今日までは扱いやすい土魔術を中心にマナを操作する力を伸ばしていったのだという。

そして鱗と同様、アキの修行にも新たな項目が追加された。自らのマナを整え、掌握する技法―—ベルマーが毎朝行っている瞑想(めいそう)である。

「俺なりにだけど、ワカツキが「かえる力」で生み出したアキちゃんを「継続された火の魔術」として捉えてみた。魔術というのは規模や用途に応じたマナが必要になる。食事のときに使う土魔術を例に挙げれば、皿代わりの食器は少ないマナで済むし、火にかける鍋は耐久性を加味してマナを多めに付与して創造する。途中でマナを補填(ほてん)する方法もあるけれど…とにかくアキちゃんの姿を小さく留めれば消費するマナを少なくできると思ったんだ。」

ベルマーの魔術的観点からの工夫。そして魔術の修行と瞑想を経て、ついにアキは自発的に身体を小さくすることに成功する。幼女アキ、マナ節約モードの爆誕である。

「ところで先生。どうして火の魔術の方は伸ばさないのですか?」

「アキちゃんは…地の大神に相当愛されてるらしいんだ」

聞くと、どうやらアキの火魔術は感情に作用されやすく発現の度合いが不安定なのだという。さらに不思議なことにアキが火の魔術を発現させる際には、地の大神から与えられるマナが著しく増加するため現状のアキでは扱いきれないとベルマーが判断したらしい。

「ワカツキ。今日の成果を聞いてもいいかな」

「あ、はい。今日は6でしたね」

「昨日よりも増えているじゃないか。これなら明日は10いけそうだね」

「えっ。が、がんばります」

持久走に的当てが追加されて以降、打った的の数をベルマーに報告するのが通例になった。今までの訓練に達すべき目標が追加され、成果を報告する。

「冒険者と同程度の力量に育てる」と言った彼の言葉が現実味を帯びてくる。

…ちなみに初日は帯刀しながら走るのと見つけた的を打つのに手一杯で正確な数は覚えていない。ここにきて少し多めに報告したことが(あだ)となりつつあった。


「お腹も空いたことだし朝食にしようか。食材は昨日アキちゃんが見つけてくれたダンゴロ芋と今朝俺が摘んだパルファス草が少々、それと(にく)が残り僅かだね」

 この十日の間で食事を作るのが鱗の秘かな楽しみとなっていた。

この世界の食材はどれも栄養価が高く味も良い。簡単な調理でも十分に美味しい食事が取れることもあって色々と工夫を凝らしたくなってしまう。

『美味しいよ、ワカツキ』『うんまい うんまい!』

…元々料理好きではなかった鱗だが御世辞でも誰かに褒めて貰えたことが嬉しくて、いつしか暇な時に献立を考えるようになっていた。

「う~ん。芋は蒸かして、前にアキが拾ったイゾルテを削りましょう。パルファスと「肉」は手堅くスープにでもしましょうか」

 アキが土遊びをしているときに見つけたダンゴロ芋は幅広い地域に根差す食材で地面に不自然に生えた大きな一枚葉を引っこ抜くと、長い根っこに繋がった大量の芋が地面から溢れ出てくる。根っこを切らない限りは保存が効くため必要な分だけ切り取って地面に保存する。気候を問わず植生からベルマーの地元ガルドーでは各家庭の庭にダンゴロ芋を植え、冬場などの食料が取りづらい時期に掘り返して食しているのだという。

 ダンゴロ芋。見た目は丸まったダンゴムシそのもの。外皮は木の皮みたく固いが蒸すなり焼くなりすればスルリと皮を剥いて食べられる。食感はトロトロでホクホク。皮付近は実の水分を保持するためなのか粘ついており熱を加えると実が緩んでトロトロになるためスープに入れれば芋の粘つきが保温効果にもなる。

味は少し甘みがあるデンプン質で蒸かしただけでも十分に食べられる美味しさ。そこへ更にイゾルテを振りかけると一層甘みが増してスイーツのような感覚で食べられる。あの謎の実ほどではないにしても食に甘味は必須なのだ。


「地よ。食に懸ける我らの欲にお力をお貸しください——『地より(グア:)授かりし器(グレイル)』」

言葉を唱え、ベルマーが土の魔術で鍋と食器を生成する。

土魔術の便利なところは覚えれば旅先で困らないという点だろう。元は土と言っても材質を滑らかにし、密度を変えれば十分に食器や調理器具の代替品として効果を発揮できる。

「ああああ~っ!!!」

突然アキの大声が聞こえ、鱗とベルマーが急いで駆け寄るとアキが土魔術で造った「ミュートの卵」が半壊していた。

「せっかくじょうじゅにできたのに…」

「アキちゃん。魔術でつくったものは時間が経つと消えてしまうんだよ」

「どぉしたら こわれなくなるの?」

「作るときに沢山マナを込めるか。もしくは定期的にマナを注ぐか、だね」

泣きじゃくるアキにベルマーは淡々と答える。それから小さな背中に手を添えると「だから今度はさ。つよ~い卵を作ろうよ」なんて、いつもの調子で優しい言葉をかける。

「つよいタマゴ‥‥つよつよタマゴだ」

土卵の欠片を握りしめて繰り返す。小さな喪失と幼い奮起。金色に潤んだ大きな瞳は散りゆく自身の成果を力強く見送っていた。



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