25.「初めての魔術」
『 先生が初めて使った魔術も土魔術なんですか? 』
…あの日、地元ガルドーは大寒波に見舞われていた。
当時、両親は仕事で家を離れておりガルディアン家に残っていたのは当時5歳のベルマーと12歳の家令ファラーナの二人だけ。
寒波の影響で村の井戸は機能停止。さらには食糧不足に陥った村民も多数続出したため幼いベルマーに代わりファラーナ指示の下、ガルディアン家で備蓄していた水と食糧を村民に提供。無事に村民への供給が終わり危機を脱したのも束の間、無理が祟ったのかファラーナが体調を崩してしまう。
「ベルマー坊ちゃま。私の事は結構です。その水は坊ちゃまがお飲みください」
杯に汲んだ水を差し出すと彼女はベッドから起き上がり毅然とした態度で水を拒んだ。当家に残された水は二人が生活するのに必要な最低限の水のみ。彼女が万全であれば水魔術による補填も利いたが今となってはそれも不可能となった。
高熱にうなされ、夜もろくに眠れず、食が細くなった彼女の顔。
話口調と目つきが怖く、普段はまともに見られない彼女の顔が日毎に弱々しくなっているように思えた。
ガルディアン家唯一の家令ファラーナ=ラスキス。
旅先から戻ってきた母が突然連れ帰ってきたという彼女は、ベルマーが生まれた時から面倒を見てくれた「もう一人の家族」と呼ぶべき存在。
あの不真面目な父が委縮するほどの厳粛な性格から母に「ガルディアン家の帯締め役」と呼ばれるほど自他共に厳しい彼女が今では窓から見える白雪の一欠片のように儚く感じられた。
あの猛吹雪のように怖くて、危うくて、雪のように消えてしまいそうな彼女。
ベルマーが彼女にしてあげられた事は残り少ない水を渡すことだけであった…。
「‥‥ごめんなさい。お母さま、お父さま」
ガルディアン家の蔵。三日前に空になった水瓶を前に手をかざす。
両親が仕事から戻ったら習うはずだった魔術。だけど、みんながやっているように天地の神様にお祈りをすれば、きっと叶えてくれる。
「天の神さま。地の神さま。ぼくの家族に明日を生きる水を———『天地に結ぶ我が儘』」
ベルマー=ガルディアンの初めての魔術は瓶一杯に満たされた水。
自らの濡れた手と水瓶を交互に見合い、興奮のあまり呼吸を乱しながらも大きな達成感が胸を満たす。こんな小さな自分にも何か出来るのだと自身の成長を誤解した少年は、数秒後には急激なマナ不足によって意識を失ってしまうわけで…そのとき偶然戻った両親に発見され、事なきを得た。次に目覚めたとき顔を真っ赤にしたファラーナに叱られたことは今では良い思い出となっている…。
「——大空よ。見知らぬ私に小さな奇跡を———『大空の片隅で』」
祈りの直後、周囲の風がワカツキを包み込む。
発現させたのは大空の風魔術。自身を対象に浮遊する魔術のようだが、初めてにしてはかなり難度の高い魔術を発現させている。筋があるというよりも呑み込みが早いというべきか。元々、魔術に必要な発想と想像力を備えていたようだ。
「マ~ちゃん すご~い!!」歓声を上げるアキ。
気づけば2ロットほど上昇しており浮いたまま周囲を見渡していた。
「魔法って、凄い…」
不意に空に浮かぶ彼女の姿が当時の自分と重なる。
初めて使う魔術への高揚と満たされた表情。積年の何かが薄らいだような彼女の顔を見ていると…なぜだか羨ましく感じてしまう。
「ワカツキ!ゆっくり降りてきてくるんだ!」
いつ落ちてきても受け止められるよう両手を広げながらワカツキに呼びかけると上昇と降下を繰り返しながらも器用に地上へと降り立った。
「ワカツキ、次も行けそうかい」
一息ついたところで尋ねると彼女は力強く頷く。アキちゃんへのマナ供給後に見られた疲労感はない。無事に魔術が発現できたことで自信がついたのか。憑き物が落ちたような彼女の顔は少しだけアキちゃんに似ていた。
「次は別の魔術でやってみよう。ワカツキ」
アキちゃんと同様、彼女には魔術の才がある。加えて膨大なマナを持つ彼女であれば、魔術面においては鍛錬次第でベルマーを追い抜くこともできるだろう。期待を胸に秘めつつ次なる魔術の行使に臨む。
「大地よ—————・・・」
ところが、次の魔術を試そうとしたところで予期せぬ問題が起きた。
土・火・雷・水‥いずれの魔術も彼女は発現できず、さらには発現できていた風魔術も回数を重ねると行使すら出来なくなってしまったのである。
「どういうことだ…」
ベルマーのように個々の相性によっては魔術が発現できない事例もある。
だけど彼女の場合は全く違う。本人の素養とは関係なく魔術を行使する際に必要な大神のマナが借り受けられないのだ。
「なんで…なんで?」
火から生まれたアキちゃんのような出自による大神との関係性の差異は人間であるワカツキには存在しないはずなのに…。
「大、神?」
寂しげに空を見上げるワカツキを見て、ベルマーはある言葉を思い出す。
『 私…何にも知らないんです 』
彼女は初めからそう言っていた。
龍黒の恐怖も、マナも、世界の成り立ちも、魔術も、何も知らなかった彼女。
ベルマーと彼女の間にある決定的な違いを挙げるとするなら【ワカツキウロコは大神の存在を知らなかった】ということ。
人は生活の中で祈りを捧げ、大神の偉大さを子に伝え、大神の存在を認識し続ける。
変わらぬ日常生活ゆえに継がれてきた人と大神との関係性からワカツキウロコは一歩外れた存在。大神が個人を認識するのかは定かではないが見知らぬ相手にマナを貸し与えるほど大神も寛容ではないということか…。
「…〝大神も人を選ぶ〟ということか」
火から生まれた少女は地の大神から惜しみない愛を。
謎の少女は天の大神から偏屈な愛を。
天地の大神が自らの性格を露わにした愛をもたらす…ある意味で彼女らは特別な存在なのかもしれない。
彼女らとの日々に一抹の不安を抱きながらも、ひとまずベルマーは落ち込むワカツキをアキと共に励ますことにした。




