23.「魔法処女♡鱗ちゃん!(失笑)」
黒鳥ミュートの卵焼きにベルマー手製「ミュート卵のスープ~イゾルテ入り~」と卵尽くしの昼食で満腹になった鱗は食休みの合間にベルマーと文字の勉強に励む。
初めは基本的な46文字の復習。それから昼食前に分からなかった濁音などの書き方を尋ねる。
「ワカツキは覚えが早いね」「先生が良いですからね」
「ハハハ。それはどうも」達筆で書かれた教本とは違う丁寧な字体でベルマーは地面に自らの名を書き記す。そのついでに半濁音の書き方についても一緒に教えてくれた。
[ ヘルマァ=カルティアン ](ベルマー=ガルディアン)
濁音は文字の上に横棒一つ。( 例:「べ」→「へ」)
半濁音は文字の右側に縦棒もしくは半縦棒一つ。(例:「ぱ」→ 「は|」)
小文字は基本文字をそのまま縮小。
伸ばし棒はなく伸ばす母音を小文字にする。(例: 「まー」→「まぁ」)
「あとは先生の本を解読するだけですね」「古文書みたいに言わないでよ…」
青い教本を開きながらベルマーの文字を読み解く鱗。時おりベルマーに文字を聞きながら読み解いていくと見慣れた形の絵が目に止まった。
「これがさっき言っていた「イゾルテ」ですね?」
達筆な文字の羅列から離れた部分に描かれた絵。
イゾルテと記載された絵を指差しながら尋ねるとベルマーは照れくさそうに頷く。
どんな筆記具で描いたのかは分からないがインクの濃淡で陰影や凸凹が忠実に描かれたベルマーの絵は対象の特徴をよく捉えている。
「本当に貨幣なんですね」軽く文面を見ると「貨幣」の文字。そして適当に文面を流し見てみると「コワッパ」という謎の単語が度々現れる。ベルマーに尋ねると「夜になったら分かるよ」と再び老いた魔女みたく「ヒヒヒ」と笑った。
白い種——イゾルテ。
この世界で貨幣の役割を果たす魔法の調味料の一つであり、これを削ったものを料理に加えると旨味と塩気が増す。いわば木に生る塩の実といったところか。
「イゾルテの価値は下がらないのですか?」
鱗がいた世界において、かつては調味料が黄金と同等の価値を築いていた歴史があった。ところが調味料の生産拡大によって供給が需要を大幅に超過し、その価値は徐々に下がっていった。
「実りの時期は多少下がるけれど基本的には一定を保っているよ」
イゾルテは一定の時期に入ると何処かしらに生えてくる気まぐれな神木で、実を全て落とすとイゾルテの木は地面に引っ込んでしまう。落ちた種を植えても発芽はせず人工栽培が出来ないことからイゾルテの供給は自然任せである。
イゾルテの実とはいうものの元が果肉が萎んだ種。水場を避ければ保存もできるが主に調味料として消費されているため実りの時期に入っても少し経てば自然と価値は戻るとのこと。
「私が拾ったこれはイゾルテなのですね」
長らく黒ドレスのポケットにしまっていた軟球サイズの白い種。
スライムと戦った後に偶然見つけた桃・橙・赤の酸っっっぱい果実の種。意図せず自分が金の生る木を見つけていた事に得したような「もう少し採れば良かった」と損したような曖昧な気持ちになる。
「イゾルテの実は「地の大神の涙」とも称されるもので、それを拾うという事は涙を拭うという事になる。ワカツキは良いことをしたんだよ」
「ソ、ソウデスネ」浮かべた曖昧な表情がベルマーに良いように捉えられたことで妙に言葉が上擦ってしまう。
「それに。いずれはアスカテーラにも行くことになるだろうからワカツキも一人で買い物できるようにならないとね」
「が、頑張ります。はじめてのおつかい…」
~はじめてのおつかい うろこちゃん(21さい)~
…到底、視聴率は狙えそうにない。
「それじゃあ、そろそろ良いかな」
パチンと手を叩き勢いよく立ち上がるベルマー。いよいよか、と鱗は唾を飲み込む。
「魔術の授業を始めよう。アキちゃ~ん?」
ベルマーが呼ぶと、その辺りで戯れていたアキが犬みたいに走り寄ってベルマーの足に抱きつく。
「まじゅちゅだね!ベルちゃん!」
「まじゅちゅだよ。アキちゃん」
「…センセイ?」鱗がジロリと視線を送ると、コホンと咳払い。活を入れる意味で軽く両頬をはたいてベルマーは仕切り直す。
「まずは「魔術とは何か」についてだ」
赤い教本を取り出し、鱗が最初に見た魔法のページを開く。
地面から矢印が伸び、人の身体を通って火を発現させる絵だ。
「天の大神、地の大神。どちらかの大神からマナを借り受けて魔術を行使する。この絵の場合、地の大神からマナを借り受けて〈火〉の魔術を発現させていることになるね。」
「先生、質問なのですが。魔法と魔術は何が違うのでしょうか?」
クザの話で挙がった氷の魔法と彼が度々口にする魔術。
言い方が違うだけで同じものを指す言葉だと捉えていたけれど鱗の剣を見たとき彼は確かに「魔法の剣だ」と口にした。
不意に出たにしては妙に緊張感のある言葉。「魔法と魔術は別物ではないか」と鱗が疑問を抱いたのは、そのときであった。
「良い質問だね。ワカツキ」言葉を選ぶように宙で頬杖をついて考え込むと「これは俺の持論なんだけどね」と聞き馴染みのある口上を述べられる。
「魔法とは、決められた条件がある〈遊び〉。
魔術とは、遊びの中で許される「空白」みたいなものなんだ」
「仰っている意味が…」
「うん、正直よく分からないよね」笑いつつも両手を扇いで鱗とアキを立たせるとベルマーは二人を連れて草原の方へと場所を移す。
「例えば、ここから地面に刺さった…あの一番大きな木にしようか」
目印と言わんばかりに突き刺さった地龍の置き土産―—森から吹き飛んで刺さった大木のなかで一番大きなものを指差す。
「あそこまで俺と君達が〈かけっこ〉をするとしよう。
〈あの大木に最初に辿り着いた者が勝ち。だけど相手の妨害をしてはいけないよ〉」
それからベルマーが半身を引いて腰を低めたので鱗とアキも同じように駆け出す姿勢をとる。
「位置について。よーい、どん」
拍手が鳴って鱗とアキは同時に駆け出す。ところが出発地点にいるベルマーは全く動く気配を見せない。
「ベルマーさん?」
速度を緩めて振り返ると「いいから、いいから」と彼は手を前に振って鱗を促す。納得いかない表情を浮かべながらも先頭を走るアキを追いかけて鱗も全力で走る。
「あはははは♪」
ただ素の体力はアキの方が勝るようで先頭を走る彼女は既にゴール目前。鱗にも最後尾のベルマーにも追いつけるはずがないと思われたが、
「大空よ、我が身に一息の風を———『大空の失笑』」
最後尾にいたはずのベルマーが颯爽と鱗の横を通り過ぎ、そのまま流れるように先頭のアキを追い越して大木に触れた。
「はい、俺の勝ち!」意地悪く笑いながらベルマーは鱗たちの方へ振り返る。
「先生ずるい…」
「いいや、これは〈かけっこ〉だよ。
〈この大木に最初に着いた者が勝者。俺は相手の妨害もしていない〉。ただ「魔術」という力を行使しただけだよ」
「ベルちゃん はやいね!」
「ありがとう。アキちゃん」
大木に辿り着いたアキの頭を軽く撫でてベルマーは鱗の下に戻っていく。
「もう一度言うよ、ワカツキ。
魔法というのは条件が定められた遊び。魔術とは、その中にある空白なんだ」
「…何となく分かったような。分からないような」
魔法と魔術。法と術。
制約と割り込み。遊びの中の空白。
魔法というルールを守りつつ、その中で工夫を凝らすのが魔術…。
「先生の魔術を例に挙げれば〈水〉そのものが魔法。その水を壁にしたり、剣に纏わせる魔術は〈水〉という魔法の範囲で可能な手段。一つの条件下で出来得る発想…いや連想?——」
「うん、魔術に関してはそうとも言えるね。難しいけど、こればかりは人それぞれで異なるから」
ポツポツと自分の考えを口にしていくと笑顔で頷きながらベルマーは鱗の方へと歩み寄る。「ひとまず及第点といったところか」と鱗が安堵しているとベルマーの足元で知ったかぶりの顔をしたアキが首をコクコクさせていた。
「魔術についてはよく分かりましたけど、そうなると魔法って何なのでしょうか」
「これは受け売りなんだけど。魔法というのは天地両大神のマナを独自で構成して為すもの、らしい。要は〈遊び〉を自分で作るってことだね」
「そう聞くと簡単そうですね」
「とんでもない。かけっこの時にも言ったけど魔法には制限や制約と条件付けが必要となる。そのためには両大神のマナをより深く知らなければならないし、その領域に踏み込むには人間の寿命では圧倒的に足りない。それこそエルフ並みの寿命がないと無理だろうね」
「私の「かえる」力は魔法なのでしょうか?」
「う~む。じつは魔法という表現は不明瞭な魔術を示す言葉でもあるけど、君の力は確実に魔法に近いものではあると思う。火からアキちゃんを生み出すなんて…それこそ神に並ぶ力だろう。もしも好奇心旺盛なエルフが君と出会ったら徹底的に付き纏われそうだね」
まんざら冗談とも言えない様子でベルマーは笑い、授業は次へと進んだ。




