21.「剣って男のロマンですか?」
「おかえり、ワカツキ」「おかえり!マ〜ちゃん」
おぼつかない足取りで拠点に戻ると悪戯っ子のような笑みを浮かべるベルマーと乙女アキの姿があった。
「マ〜ちゃん これあげる!」
満面の笑みで差し出されたのは土で作られた小さな物体。全体的に丸く、所々に凸凹があって何かと尋ねると「みどりのみだよ!」と元気に答えた。
「それ、アキちゃんが魔術で作ったんだよ」「魔術で…」
「すごい!」と「嬉しい!」の両方が溢れて、ジッとアキを見つめる。
鱗と目が合うと、アキは照れくさそうに身体をモジモジさせ、時おり返事をうかがうように上目遣いで視線を飛ばす。「そんな可愛い仕草、一体どこで覚えたの」と両頬をフニフニして問い詰めたくなる気持ちを押し込んで、鱗はニコリと笑った。
「もう魔術を覚えたんだ。すごいじゃん、アキ。ありがとうね」
「へっへん どんなもんだい♪」
はにかんだ笑みを浮かべるとアキは小走りでベルマーの元へ行き、ハイタッチを交わす。どうやら森を駆けまわっている間に二人の仲は進展したようにも見えた。
「先生。剣術の指導、よろしくお願いします」
アキに負けてはいられないと意気込んでベルマーにお願いするも鱗の足は既にガタガタ。ベルマーもそれを察したようで「まずは剣の由来について話していこうか」と、その場にアキと鱗を座らせる。
「〝剣〟というモノはエルフ族から伝わったもの。かれらが持つ真なる剣は〈万象を等しく断ち、万象と等しく繋がる〉とされ、人族はエルフの剣を模倣しようとした。
石を砕いてできた石片から、石を削った刃が。
魔術の普及によって、焼き溶かした鉱石を型に流す剣の原型が。
やがて鉱石を焼き、槌で打ち据え、研ぎ澄まされた刃を持つ現代の剣が生まれた。」
鞘から剣を引き抜くと、その刀身をゆっくりと鱗たちに近づける。
鱗の剣より僅かに長い両刃の剣。藍鼠の刀身は陽光を浴びると疎らな薄藍と黒が浮かび上がって表面の凸凹具合がよく分かる。打ち直された跡なのか。鱗の剣と比べると粗く見えるが不思議と視線が惹きつけられる。
「先生の剣は、生きているみたいですね」
思わず出た感想にベルマーは「そうかな」と少し照れくさそうに笑い、自身の剣を鱗に手渡してくれた。
「りっぱだね」鱗と一緒にベルマーの剣を覗き込むアキ。
大雑把だけれど彼女の言葉は的を得ている。直に握ると分かるが彼の剣には命を宿したような「熱」がある。風格があるともいえるのか。ひとりでに動き出しそうな存在感があった。
「俺の剣を作った鍛冶師の親友がね、」
剣を鞘に納めると思い出したようにベルマーが話し出す。
「『鍛冶師の一生は真なる剣へと至る過程』って言ってたんだ。
たとえ天賦の才を持つ鍛治師が生涯を捧げたとしてもエルフの剣に並ぶものは作れない。だから鍛治師の一生というのは将来自分の子孫や弟子が真なる剣へ辿り着くための道となるものだと思え、って。」
「なんだか意外ですね。職人って聞くと、どこか野心家な印象がありますけど」
「もちろん自分の手で辿り着きたい、というのはあるだろうね。彼女、俺よりも度胸がある人だから」
「‥その職人さん、って。いつから先生の剣を?」
「昔から、かな。最初に貰った剣は親父さんとの合作だけど、それ以降は彼女が造った剣を使ってる。元々彼女は俺と同じガルドー出身なんだけど修行のために大都に移ってね。今では大都で自分の店を構えているんだ。」
「その人が『鍛冶師の一生は』…と。」
幼馴染の鍛冶師。あくまで想像でしかないが、そこまで尽くしてベルマーに「親友」と呼ばれる彼女に鱗は心の底から同情していた。
「先生。その人、大事にしてくださいね」
・
「ねえねえねえ ベルちゃん」
ワカツキの剣術修行に一段落つき、アキと共にベルマーは食料探しに出向いていた。
「なんだいアキちゃん」「よんだだけ~♪」
拠点を出てから何度も続くこのやりとりだが嫌な気は全く起きない。
出会った当初から人懐っこいアキであったが「土の実」をきっかけに更に距離が縮まった気がした。
「ベルちゃん なにさがせばいいの?」
「ミュートっていう、黒い羽根をした大きな鳥さんだよ」
「くろいトリさん? あたし みたことあるよ!くろくてぇ フワフワしててぇ ポコポコっていうの。とっても かあいいんだよ」
「アキちゃん ミュートを見たことがあるんだ?」
「うん!あとね トリさんのタマゴをマ~ちゃんとたべたんだよ」
「青みどりの?」「そうそう!こんぬぁ~におっきくてね——」
そこで勢いよく両手を上げると突然アキの身体が小さく縮んでしまった。
「…あはは びっくりした」
ずり落ちたレザードレスを見下ろし、それから恥ずかしそうと頭を掻きながらアキは照れくさそうに笑う。レザードレスを拾い上げると「ありがとベルちゃん」と小さくお礼を言った。
「まだ動けるかい」
「うん!だいじょうぶだよ」
ワカツキの話から〈アキは体内のマナに応じて身体の大きさが変わる〉ということが分かった。マナが満ちていれば身体はワカツキと同じ乙女の姿に成長し、そこから徐々に縮んでいく。アキの姿が体内のマナを示すものならば、今後はマナ供給を受けた後も少女の姿を保っていた方がマナの消費は抑えられるのかもしれない。
魔術の創造物においても大きなものを維持するには、それに比例したマナが必要となる。「かえる力」が魔術に則ったものならば、恐らくはそれでマナを削減できるはず…。
「ねえねえ ベルちゃんみてみて!」
気がつくと大きな卵を抱えたアキが傍に立っていた。
黒地に発色の良い緑青と細かな白い斑点、ミュートの卵だ。
「凄いねアキちゃん。ミュートはいなかったかい?」
「みえたんだけど あっちにはしっていったよ!びゅーんって」
「わわ、ちょっと待って」
卵を抱えながらその場で走り回るアキを必死になだめ、ミュートの卵を受け取ると今度は「もういっかい トリさんにあってくる!」と一目散に森の奥へと駆け出してしまい、気づいた頃には姿が見えなくなってしまった。
「ここで待ってるからね!」
一応、声を張り上げてアキに伝えると「わかったぁ!」と元気な声が返ってくる。
(まて~! まってってって まてまてまて~!)
遠く聞こえるアキの声に耳を傾けつつ、ベルマーはワカツキウロコの不可思議な行動について思い返していた。
『変わった形ですね』
文字を見せたとき彼女は確かにそう口にした。
初めて見るものに対して、そのような感想はまず出ない。
「変わった形」という表現は知識と異なるものを前にしたときの言葉。
つまり、彼女はベルマーの知る文字とは異なる文字を知っていたということになる。
それが古代文字ともなれば専門外のためベルマーにも分からないが、天地両大神を意味する「た・ち・つ・て・と」の文字形態は古代より不変のもの。
ところが彼女の書いた筆跡を見ても、いずれの文字も書き慣れた様子はない。
彼女は、いったい何の文字を知っているというのだろうか。
「それと例の剣…」
初めて出会ったときにもベルマーの目を引いたワカツキウロコの剣。
間近で彼女の剣を視て分かったことは〈鞘にはめ込まれた黒い宝玉に尋常ではないほどのマナが編まれている〉ということ。例えるなら小さな砂粒に膨大な文字を刻んだような代物で、ベルマーの魔力感知ではそれを読み解くまでに至らなかった。
‶鞘に収まる限り重くなくなる剣〟
ワカツキはそう言っていたが、あれを視るにそれだけではないような気がしてならない。あえて伏せている、といった様子でもなし。彼女自身まだあの剣について知らないことが多いのだろう。
「生きた剣…」ワカツキの言葉を繰り返す。
彼女の剣の刃は柔らかで、しかし過剰に鋭く、主が望むモノを断ってしまう。
まさに刃の本質とも呼ぶ「切る」という行為に特化した刃の形状。
騎士の剣が「生きた剣」ならば彼女の剣は「生かす剣」。
担い手である彼女の技量と采配で生かしも殺しもする剣は、あまりにも不安定だ。
剣の重さにしても、あの尋常ではない重さは彼女に見合ったものではない。
あれは誰かに貰った剣なのか、あるいは…。
「——ベルちゃん げんきだして?」
ハッと気づいて顔を上げると、アキが不安そうな表情でベルマーの顔を覗き込んでいた。
「ほら これあげる!」
嬉しそうな顔でアキが差し出したのは、なぜか生臭い小さな白い塊——イゾルテの実。そして先程よりも一回り大きなミュートの卵であった。




