20.「インドアヴァンパイア」
‶継続は力なり〟
雨粒も降り累なれば岩をも穿ち、千里も一心一歩から始まり、塵も積もれば見た目は悪くと山にはなる。森羅万象と同じく人の‶継続〟も何かしらの力になるという言葉ですが、これが意味するのは「諦めるな」という戒めか。もしくは「励めよ」という応援なのか。いずれにせよ、私には縁遠い言葉です。
我が師、ベルマー=ガルディアンをご覧ください。
私と同じ歳月を生きたにもかかわらず人間というモノが大変できていらっしゃいます。その肩書きや経歴もさることながら彼の師は優しさと厳しさを併せ持った強き人。騎士としての鍛錬を積み、よく学び、他を助ける人徳もある御方。惰性にかまけた私とは、そもそも人としての練度が異なる訳なのです…。
「ゔぉエ」
痛む脇腹を抑えて、えずく乙女。
高卒までの通知表には決まって「体育:技能5 意欲3 持久力1」と評されながらも自らの器用さを隠れ蓑に今日までを生き延びた怠惰の使徒。惰眠を愛し、自室を愛し、真夏の太陽と運動を嫌うインドアヴァンパイア—―それが若槻鱗である。
『——ワカツキ、もう体調は大丈夫かい?…それじゃあ剣術に入る前に軽く森の中を走ってきてもらおうかな。期限は…とりあえず「陽が手の輪と重なるまで」にしようか。』
この世界に「年」「分」「秒」といった暦や時間を示す単位はない。
年齢は田畑の種蒔きや収穫期など季節の巡りに添ったもので、日数は「今より陽を遡ること三度」「あれから陽が三度、縮んだ」と基本的には自然に依った数え方をする。
この世界の陽は空に浮かび上がり、膨らみ現れ、縮んで、消える。
「陽が手の輪と重なるまで」とは「陽が鱗の手の輪と同じくらいに膨らむまで」ということ。つまり、鱗の大嫌いな持久走である。
「まだ、か」
休憩がてら手の輪でつくった望遠鏡で陽を覗いてみるが、その大きさに変化はない。溜め息を飲み込み、近くの小川で水分を補給すると鱗は重い足を前へと踏み出す。
「病み上がりの、人間が、やることじゃ、ない…っ!」
緑の実でマナ不足を回復、そして持久走‥RPGで戦うキャラクターの気持ちも今ならよく分かる。回復アイテムによる時間稼ぎ。復活アイテムで繋ぐ命のリレー。MP全回復から速攻最大魔法を打たされ、あげく不可視のクリティカルでリスタート…なんという不条理だろうと鱗は初めて二次元に共感を覚えた。
・
「ワカツキが走ってる間、アキちゃんには魔術を教えていきます」
「マジュチュだね!ベルちゃん!」
フンフンと鼻息を吹かしながら元気いっぱいな少女。ワカツキの「かえる力」によって、彼女の起こした火から生まれた特異な存在アキ。
しかし、その中身は普通の子どもと何の変わりもなく、地元ガルドーの子ども達と接するような気持ちでベルマーは少女の気合いに答える。
「マジュチュだよ。アキちゃん!」
…少女の活気に当てられたせいか思わず童心に帰ったような気になってしまった。
「こほん、アキちゃん。二つの神様の御話、覚えているかい?」
「うん!おそらのかみさまとぉ、つちのかみさまでしょお? プンプンしちゃったけど エルフちゃんがなかなおりしてくれたの!」」
両手を空に掲げて「ふんっ」と軽く跳躍すると、両足を開いて着地。
プクリと頬を膨らませて怒ったような表情になると、プウッと息を吹き出して最後は満足そうに笑う。その一連の流れが、体全体で必死に伝えようとする様子が何とも可笑しくてベルマーは必死に表情を固めていた。
「よく、覚えてたね」「でへへへ♪」
言葉が拙い部分はあるけれど覚えは非常に良い。伝え方さえ工夫すれば魔術の仕組みも理解できるだろう。
「アキちゃん。魔術というのはね。天の神様と地の神様に「力」を貰って使うモノなんだ」
「チカラ?」
「そう。「元気」っていった方が分かりやすいかな」
「げんき…マ~ちゃんに『ふぅ~』してもらったら「げんき」になるよ!」
「ワカツキのマナ供給、か」
魔術とは「大神に祈り、マナを借り受けることで行使する」もの。
ワカツキの「かえる力」とは、ある種の「魔法」のようなもので、火を人に変え、自らのマナを与えることで是を存命させる。それらを魔術の流れに置き換えれば「アキが祈ることで、ワカツキからマナを借り受け、存命する」となる。
「似ているね」
アキとワカツキの関係は魔術の流れを汲んだ節がある。勿論、彼女の「かえる力」は魔法であるのだから魔術の流れを含んでいても何もおかしくはない…。
「ベルちゃん?」「…ああ、ごめんごめん」
考え事は頭の片隅に。ワカツキのマナ供給を基軸に別の切り口で話を進めていくことにした。
「ワカ、マーちゃんにお願いしたら『ふぅ~』してくれるもんね」
「うん!!‥‥でもね。マ~ちゃんげんきなくなっちゃうの」
何気ない言葉が災いして少女の不安をすくい上げる。パッと花のように明るかった笑顔がシュンと萎れてかけて、青年は急いで弁明する。
「まだワカツキも慣れてないだけだよ。でも、きっと上手く出来るようになるから…だから安心して」
まだ根拠のない励ましに内心「頼むぞ、ワカツキ」と願うベルマー。嘘か真か。今の言葉がどちらに傾くかは彼女の成長と自身の手腕に懸かっている。
「ワカツキを元気にするためにもアキちゃんは魔術を頑張ろうよ」
「‥うん!」
両手を握りしめて気合いを入れ直すアキ。一難去って安堵したベルマーは小さくした手の輪で陽を見上げ、陽の大きさを確認してから授業を再開する。
「ワカツキに『ふぅ~』してもらうのと同じでね。
魔術も二つの神様にお願いして「元気」を貰うことで使うことができるんだ。
魔術には色んな種類があるけれど、これからアキちゃんに見せるのは「土」の魔術。地の神様にお願いすることで使える魔術なんだ。まあ、みてて」
言葉は最小限に、ここからは実際に目で見せることにした。
「・・・地よ。我が手に童心の思い出を——『地との触れあい』」
地の大神から微量のマナが送られ、ベルマーは右手に拳大の土の塊を創造する。
「で、たぁ!すごい!どうやってるの?」
キラキラした目でベルマーを見つめるアキ。大したことではないけれど不思議と自慢げな笑みを浮かべてしまう。
「次はアキちゃんもやってみようか。小さくても良いから初めに作りたいものを思い浮かべて、それを形にしてみよう」
「あたしにできるかなぁ ベルちゃん?」
「大丈夫。炎を使うときと同じ感覚でいいから…」
地龍への火球。焚き火の火。「力」の強弱は既にできている。
あとは試行して感覚を掴んでいくしかない。
「ちのかみさま つちをください——『地の茶』」
祈りに応え、大地から大神のマナが少女の中に入り込む。それを感じた少女の体は僅かに身震いするも、キュッと目を閉じて集中を乱さない。
「むんむんむん」想像が形を成す。少女の両手から浮かんだ土くれは丸く、次に凹凸を刻み、小さくなったところで変形を終える。
「でけたっ!」そして、少女の開眼と共に砂粒となって弾け飛んだ。
「…あう」
「惜しかったね。何を作ろうとしたの?」
落ち込む肩に手を置いて尋ねると口をすぼめながら少女は一言「みどりぃみ‥」と力なく答えた。
緑の実。弱った母を「げんき」にする魔法の実。
土の実は食べられないけれど、その想いは届く。願いは届く。
げんきな姿を願った少女の祈りを彼女は絶対に無下にはしないだろう。
「もう一回!アキちゃん、もういっかいだけ!頑張ろう!」




