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転生ですか?…すみません ウチそういうの結構です   作者: ODN(オーディン)
第一章

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15.「探し物は何ですか?」


「イケメン、怖い」

ぼやきながら若槻鱗は空を見上げた。

風が笑うように髪を撫で、土と木と血の濃い匂いに混じった草花の香りを嗅ぐ。じんわりと緊張の糸が緩んでいくのを感じながら鱗は先程まで倒れていた龍の残影を見つめる。


・・・あの無自覚イケメンことベルマー=ガルディアンに名乗った後、龍の体は文字通り地面に沈んだ。地面がひび割れ、龍の体を地の底に落とすと開いた口を閉じるように元に戻って…不思議と食虫植物の捕食シーンを思い返す。

いま立っている地面も自分を喰らってはしまわないか、と思わず後退りする一方「無意味な抵抗だな」と引いた片足を見下ろしながら鱗は鼻で笑う。

「この世界にある生命は、みんな大地に還っていく。この地龍も「地の大神」の御使いだったけれど、その魂は解き放たれ、その体だけは大地に還っていくんだ」

だから怖がらないで欲しい、と。

大地に飲まれていくチリュウを見つめながらベルマーは語る。その眼差しは真っすぐで、優しくて、古い友人を見送るような寂しさも含んでいて妙に引き寄せられた。

「…さて! 君には聞きたいことが沢山あるのだけれど、その前に‥」

気を紛らわすように快活な声を上げるとベルマーは森林の方へと歩き始める。

「森に荷物が置いてあるんだ。まずは昼食でも食べて身体を労わらないと」

だからここで待っていて、と。

陽気そうに笑いながらベルマーは荒れた森の中へと走り去ってしまった。


「つっ…かれたぁ~」

だらしない声を上げて地面に大の字になると、脇の下辺りで「ちゅっ、かれた~」とアキの甘い声が聞こえた。

母娘二人。大の字になって空を見上げる。

ザザァ、ザザァと潮騒のように風になびく草の()と森のさざめき。それらが無造作に耳の奥へ入り込むのを感じながら空に流れる雲をぼんやりと見つめる。

「自然と一体になるって、こんな感じなのかも」などと牧歌的な感想を抱いて鱗はゆっくりと息を吸い込んだ。

 いつしか天上に浮かぶ陽に雲がかかると大きな影が辺り一帯を埋め尽くしていった。

「アキ。」

空を見上げたまま少し低い声で名前を呼ぶと脇の下をかすめていた小さな手がビクリと震えた。

「どうして、黒いのに触っちゃったの?」

「‥だったから」か細い声が返ってくる。

「もう一回」空を見上げたまま(うなが)すと胸のあたりに小さな何かが覆い被さった。

「キラキラしてたから…」

幼い声が身体を伝わる。子ども独特の汗っぽい匂いが仮初の母性を惑わせてくる。

「キラキラか…たしかに綺麗だったね」

薄紅と黒の乱流が透明の水壁に裂かれて分断される風景を思い出す。

ベルマーの人としての強さに心打たれていた鱗と違い、アキは炎の美しさに心奪われた。火の化身である彼女にとって、それは抗いようのないものだったのかもしれない。

「私ね、怖かったんだよ。アキが急にいなくなって、大声で泣いてたアキを見た時は凄く、すごく…こわかったんだよ」

…あのままどうする事もできなくて、アキが地龍の焔に飲み込まれてしまったら。

考えるだけで、若槻鱗には絶望しかなかった。

『 嗚呼、(ひと)りで本当に良かった。 』

あの泣いた夜を一生忘れない。

明かりの無い果てなき闇。誰にも伝わらない寒さと寂しさ。

そこから救い出してくれた(アキ)が鱗の支えになっていた。

この世界で若槻鱗が生きる理由になっていた。

「私の傍に…いよう(・・・)。「キラキラ」も「あつい」も、この世界には私にも分からないことが沢山ある。だからさ、今度は二人で一緒に色んなものを見て、知っていこうよ」

柔らかく抱きしめるように鱗は胸に乗っかった小さな背中に両手を据える。

火の暖かさ。アキの温かさが震えと共に伝わる。


 陽を覆い隠していた大きな雲の一群が流れ、陽光は(ことごと)く天下を照らしていく。

やがて鱗が胸元を見ると顔を沈めていたアキと目が合った。

(うる)み揺れる黄金の目。今にも零れ落ちそうな大粒の涙。「あつい」を体験した右手を震わせながらも小さな両手は力強く鱗の白シャツを握りしめていた。

「ごべんなざい マ~ヂャン」

顔の(りき)みがほどけて、ポロポロと涙をこぼすアキ。溢れた涙が移りそうになって、堪らず鱗は背に据えた両手をまわし、小さな頭を胸に押し込んだ。

「いいよ。無事で、よがっだ」


「力」を送った鱗は意識を失った。

次に目を開けたとき、アキを失っていてもおかしくはない状況だった。

『———アキ。あ、あき、あき!…ああ、あ、よかっだ!よがっだ、よかったあぁあ!——』

それでもアキは無事に戻ってきてくれた。

不安で目醒めた鱗が見たのは、胸の上で寝息を立てる幼女アキの健やかな姿だった。

「そういえば…あれは夢だったのかな」

…気を失う直前、倒れそうになった鱗を誰かが支えてくれたような気がした。身体を預けても動じない大きな身体。あの柔らかな感触(・・)は確かに女性だったはずだけれど。

「けしからん…」顔あたりに残った感触を頼りにアレ(・・)の形を宙で描く。

胸元のアキが「からんからん?」とポカンとした顔で鱗を見つめて、それから二人で可笑しく笑い合った。


「———おー…い」


 大森林からリュックを背負った麦わら帽子のベルマーが戻ってくると木陰近くの草むらで横たわる二人の寝姿を発見する。声に出さないよう小さく鼻で笑うと、静かにリュックを降ろして近くの木陰に座り込む。

それからぼんやりと二人を眺めていると、疲れが眠気となってベルマーを襲う。

右腰に掛けていた剣を胸に抱き、麦わら帽子を顔に被って目を閉じる。

二度、三度と深い呼吸を繰り返すうちに意識は徐々に遠のき、やがて大草原を流れる草木の音色に三人目の吐息が加わることとなる。


         ・


「どうしよう…」

陽が大きく膨らんだ頃、若槻鱗は困惑していた。年頃の乙女が地面に大の字になって眠っていた場面をベルマーに目撃されたから、ではない。一眠りして心身ともに余裕ができたのも束の間、鱗は重要なことを思い出したのだった。

()がない」

ベルマーが貸してくれた赤と青の二冊の本。

この世界に「魔法」の存在を示し、鱗に「火起こし」を促したベルマーお手製の本。それがどこにも見当たらないのだ。

「どこに、」

思い出すように両手を動かしながら記憶を探る。

「たしか拠点を出るときには持っていたはず、」

今は無き本の感触を確かめるように鱗は右脇を締める。

スライムを(たお)し、黒い鳥の卵を食べ、アキと一緒に王都(・・)へ向かったベルマーを追いかけ始めたところで、あの大きな咆哮が森全体に轟いた。

「龍…」締めた脇が少し緩む。

ベルマーと再会できたのも束の間、突然あのチリュウが追いかけてきた。それ以降は逃げることに必死で、本のことは何も覚えてはいない。

ふと手元を見ると、記憶を辿るように本を抱えていた鱗の右手は力無く垂れ下がっていた。

「たぶん、あのときに落としたんだ」

思い当たる部分に行き着き、大きなため息が出る。

「探しに、」

そう思い立って、森の方へ足を伸ばすと災禍の残り香が鱗の足を止めた。

血と木の青臭さと湿った土の臭い。そこに焼けた血肉の匂いも合わさって、その場にいるだけで気分が悪くなる。

「行か、ないと…。」

さらに災禍に見舞われた森の景色が鱗を押し返す。

荒く削られた地表。薙ぎ倒された木々。

砕け散った大岩と、その道中に飛び散った(おびただ)しい血痕…。


「どうしたんだい。ワカツキ?」

突然の呼び声に鱗はピンと背筋を伸ばす。

ゆっくりと振り返ると、眠たげに目を擦りながら大きな欠伸をするベルマーの姿があった。

「…あの、実はですね」

流れるような動きで鱗は右腰の剣を鞘ごと外して地面に正座する。

「寝起き早々で、大変申し上げにくいのですが…」

ピンッと指を張った両手を地面に据え、仰ぐようにベルマーを見上げた後、鱗は勢いよく額を地面に振り下ろす。

「ベルマーさんに頂いた(ほん)を! 失くしてしまいました!」

ベルマーが鱗に預けた二つの本。

黒ずんだ指紋。手汗の黄ばみ。薄れた文字に書き足された濃い文字。古い紙と新しい紙が入り交じり、時おり内容を改訂した紙を挟んだ本は彼が築いた知識の結晶。内容が読めずとも彼の勤勉さや几帳面な部分が読み取れる彼の写し絵でもあった。

…そんな大事なものを失くしてしまったのだから、初めての土下座を捧げるだけでは恐らく足りない。その身を賭して彼は鱗たちの命を救ってくれた。そんな人物に受けた恩を(あだ)で返してしまったことが情けなくて、鱗は懸命に額を地面に押し付けていた。


「・・・本?」

頭上でベルマーの声が聞こえた。

寝起きで今一つ状況を掴めていないような気の抜けた声。戦いの疲れが残っているのだろうと鱗はお腹に力を籠める。キュッと目をつむって、それから少し先の不安を想像する。

時間が経って、正気に戻った彼はきっと怒るだろう。元々「仕事で使うもの」と言っていたものを初対面の常識知らずな女に預けてくれたのだ。多少の憂いもあったことだろう。

「ふぁ~あ‥」再び大きな欠伸をあげたところでベルマーは鱗に告げた。

「よく分からないけれど、約束はちゃんと果たすから安心しなよ。それと、」

ベルマーはしゃがみ込むと沈んだ鱗の頭に手を添える。

「本。大事に持っててくれた(・・・・・・・)んだね」

「・・・え。持って(・・・)て?」

訳も分からず困惑する鱗の頭から手を放すと「だって、ほら」とベルマーは鱗の腰元を指差す。見ると、地面に置いた剣の隣には失くしたと思われていた二冊の本が綺麗に積み重ねて置かれていた。


「マ~ちゃあ、おはよぉ~」

本の発見と同時に横から現れたのは閉じた目を小さな拳でグリグリと擦る幼女アキ。

チャム‥チャムと舌を鳴らしながら腹をさする姿は「寝足りない」と言わんばかりだ。

「———。」

思考停止。再起動。状況把握。

時間にして数秒の後、鱗は思いっきりアキを抱き寄せると「ぅああああきぃぃぃ…ありがどうぅぅぅ」と半泣きでアキを撫で回していた。

「むん?」

急なことに驚き、訳が分からず困惑。理由を探ろうと考えるも思考は宙を漂い、結局「もう いいや♪」と思考放棄。幸せそうな寝顔をニチャリと浮かべてアキは鱗に身を預けると「よかったね~うん~うん~よかったね~」なんて夢うつつに寝言を漏らし始めていた。


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