14.「憧れの青年騎士」
これは とあるムラにすむ
きしと おんなのこの おはなし
きしは おんなのこが だいすきでした
かわいくて やさしくて
ヒのように あかるい おんなのこ
だけど きしには
おんなのこと はなすゆうきがなく
いちども こえをかけられなかったのです
あるひ きしがムラで かいものをしていると
ムラの むすめたちと はなす
おんなのこの こえが きこえてきます
「ゆうきのあるヒトがすき」
おんなのこが そういったのを
きしは たしかに みみにしました
「ゆうきなんて ぼくにはないよ」
キシはかなしくなって
おうちかえってしまいます
そのよくじつ
キシのムラは リュウにおそわれました
カオクのほとんどが
リュウのツバサに ふきとばされ
みんな みんな ないています
きしは みんなのてをとって
そらのリュウをみあげると
リュウのテのなかに
あの おんなのこの すがたがありました
「このむすめは わたしがもらう」
そういいのこすと
リュウは とおくはなれたサンミャクへと
とびさってしまいました
「キシさま どうかおねがいです
ワタシたちのむすめを おたすけください」
おんなのこのリョウシンに おねがいされて
キシは リュウのあとを おいかけます
「おんなのこは ぶじだろうか」
ふあんで むねがいっぱいになりながら
キシは サンミャクをわたります
「こんにちは キシさま
おんなのこは みつかったかい?」
「いいえ エルフさま」
「どうして みつからないとおもう?」
「きっと ぼくに ゆうきがないから」
どうちゅう ふしぎなエルフさまとであい
ふたりはともにリュウの あとをおいかけます
「きみの ゆうきは わたしが みとどけるよ」
エルフさまに ゆうきづけられ
ついに キシは リュウのすむ
やまのイタダキに とうちゃくします
「よくぞ ここまでひとりで これたな」
リュウのことばを ふしぎにおもい
ふりかえると
そこにエルフさまのすがたは ありません
あのふしぎなエルフさまは かぜのように
そのすがたを けしてしまったのです
「それで おまえは なにをしにきたのだ?」
とたんにこわくなって
キシは ふるえあがります
おおきなクチ おおきなキバ
おおきなツバサ おおきなシッポ
そして おおきなテにおさまる
おんなのこの すがたを みつけます
「たすけて キシさま」
キシは つるぎをにぎります
こわいこわい リュウにむかって
つきすすみます
「かのじょを たすける
それがぼくの こたえです」
「よくほえた にんげん」
キシのことばに
リュウはグレンのほのおで こたえます
こわいけど とってもこわいけれど
キシは つきすすみます
キシは ケンをふるいます
なんども なんども ふきとばされても
キシは そのたびに たちあがります
「もうよい このしょうぶ きさまの かちだ」
そんなキシの すがたに
おそれをいだいたのは リュウのほうでした
「そのシロき ツルギに ふさわしきユウシャよ
そのユウキをたたえ わがナをあたえよう
きさまは これより"ハクギン"と なのるがよい」
そして キズついた リュウは
おんなのこに あたたかなイブキをふきかけると
てんたかく とびさってしまいました
「ありがとう
ありがとう キシさま」
おんなのこの うれしそうなカオをみて
キシは はずかしくて シタをむいてしまいます
『 ゆうきのあるヒトがすき 』
おんなのこのコトバを おもいだし
キシは ユウキをふりしぼって
おんなのこに こう たずねました———〜
…これは大都アスカテーラを治めるヴァルマン家当主"白銀〟の逸話。その中でも、この「白銀と龍」というお話はベルマーが最も敬愛する物語であり幼少期の頃は何度も母や家令のファラーナにせがんで語り聞かせて貰っていた。
『いつか、この物語の騎士のような勇者になりたい』
幼少の憧れは空想への心酔へ。
尊き日の憧れは時を経て剥がれ落ち、葛藤へと迷い込む。
空想に浸ることはできても、理想を形にすることは至難。
研鑽を積み重ねても理想を実らせることは未だ叶わず。ただ理想と異なる才が際立つのみ。
騎士ベルマー=ガルディアンは守護者としての才はあれど勇者となる力は備わってはいない…。
「———大丈夫。この程度なら…!」
ただ事実のみを騎士は告げる。翼を捥がれ、尊厳を奪われ、力が減衰した地龍の息吹。その対処さえ間違えなければ騎士の技量でも十分に捌ける威力だ。
『視えた』
空色の瞳。
魔力感知で視たものは焔の形と流動。
圧縮された熱線であれば多重の盾で迎え撃ち、止めどない炎流ならば陣を築いて受け流す。
それを視てから瞬時に為せるのはベルマーの守護者としての才覚———こと守りにおいて必要最低限のマナで攻撃をいなす俊敏精密なマナ操作と慧眼の賜物である。
「ひゅぅ…はっ‥‥ひゅぅ…はっ」
この炎流を乗り切れば疲弊した地龍に止めを刺すだけ。本来であれば、そのはずであったのだが魔術の反動が騎士の身体を蝕む。
「節約したんだけどな」
地龍の体に大穴を開けた大魔術。
その行使から二度立て続けに魔術を使用した結果、身体の異常が如実に表れ出した。
体内に籠った異様な熱。
体表を針のように刺す寒気。
甲高い耳鳴り。歪む視界。
飢餓にも似た空腹感と粘りつく胸やけ。
…もはや呼吸すらも危ぶまれるところだ。
「もうひと踏ん張りだ」
耳鳴りのせいで自身の声以外は満足に聞き取れない。後ろで誰かが叫んだような気がしたが、地龍から目を外すことはもう出来ない。
「天上から降り、天下を巡る愛の液よ——」
頃合いを図り、最後の魔術を唱え始める。
焔の密度が徐々に薄くなり、目を凝らせば炎の隙間から先の景色が見え始める。
やがて枯れ木のような地龍の姿を視界に捉えると騎士は地面に立てた盾を引き抜き、右手を前方に構える。
「悔恨に囚われたものに断命の一撃を———」
焔が消えた。
一気に右腕を前面に押し出すと水壁の陣が地を滑りながら直進。その陰に隠れるようにベルマーも疾走し、水壁が地龍の顔に被さると同時に三度目の魔術を行使する。
「———『天上天下、揺るがぬ水面なれば』」
それは死後の安寧と生前の誇りを慮った鎮魂の一撃。
天上天下を渡る水の如く平凡な生を。
揺るがぬ水面の如く穏やかな死を…。
地龍の長い首に振るわれた剣。
細く鋭利な水の刃は首を落とすことなく、その命を自由へと解き放つ。
天上、天下。
振り放ったのは天と地の二つ大神からマナを借り受けた水魔術の剣技。御使いとの戦いであるため地の大神から借り受けられるマナは少ないが、それでも良い。
二つの大神に祈り、呼びかけることに意味があったのだから…。
「———。」
一風の沈黙の後、枯衰の龍は僅かに口を開く。
「‥‥感謝を。やっと‥家族の元へ…」
解放者に礼を述べ、龍はその永き生に終わりを迎えた。
龍の家族は、この世にはいない。
子も母も既に龍の手によって殺されているからだ。
「タメシ」に失敗すると、その家族は翼を差し出すように(彼らの中では何かから逃れるように)天へと翔け上がるのだという。
そして天に翼を捥がれ、地に落ちる直前。
父たる龍は、その責として自らの子と母を手にかけなくてはならない。
地に落ち、地の大神の祝福を受けてしまったが最期、その龍は未来永劫大地に縛られる。
自決も叛逆も思考も悲しみも許されない。
それが地の大神の眷属になるということ。
故に、父は家族を殺す。
天から地に落ちる僅かな間に。
長男も長女も次男も次女も生まれた子さえも殺して、殺して、殺して、殺して…そして最後に手に掛ける母たる龍から呪いの言葉を吐き捨てられる。
【・・・大神に呪いあれ】———と。
「力及ばず、すみません」
体の大穴に手を伸ばした直後、ベルマーの視界が揺らぐ。身体の踏ん張りが利かず「倒れた」と気づいた頃には鼻の中が鉄の匂いが充満していた。
(これは…まずいかも)
目蓋が閉じる。真っ暗で、まぶた越しに見える陽の明かりさえも小さくなっていく。
「———~ちゃん!」
視覚が閉じる代わりに僅かに回復した聴覚が活発な音を捉える。はしゃぐような軽い跳躍と引きずるような疲れた足音。二人の足音が、ゆっくりと着実にベルマーの方に近づいてくる。
「ベルマーさん…」
今度はハッキリと聞こえた。
草原で出会った彼女の声に間違いない。
「マ~ちゃん。あの「みどりぃみ」をたべたら げんきになるかな?」
こちらは半裸の少女なのか。声が見かけよりも随分幼い気がした。
「よし、やってみよう」
「緑の実」とは一体何のことなのか。
このネルバ大森林にそんな植物はない。
「ベルマーさん、失礼します」
少し経ってから口元に何かを当てられる感覚があった。花のように甘い香りで、少し粘り気のある感触が唇から伝わる。
「ほら たべてぇ!」
幼い声が無理やりベルマーの顎を開ける。
顎に触れた指の小ささは、まるで幼女のようだった。
「こらアキ。もっと優しく」「はぁ~い」
姿は見えないけれど声を聞いているだけ風景が浮かんでくる。親子や姉妹のような暖かさが二人から感じられて…、
「…あまい!!」
凄まじい甘味と共にベルマーは上体を起こしていた。身体の力を戻っただけではない。度重なる魔術の行使によって枯渇した体内のマナも不思議なことに回復している。
「ベルマーさん。お願いがあります」
身体の復調に驚いていると、彼女———あの日に出会った茶髪の女の子がベルマーを見つめ、その足元から赤みを帯びた黒髪の幼女が顔を出していた。
「私たちの先生になってください」
「…くだしゃい!」
アキと呼ばれていた黒ドレスを被った幼女もこれに続く。
「先生か…」
ふぅ、と大きく息を吹きながらベルマーは空を見上げた。本当はアスカテーラで稼いで帰るだけだったはずなのに、気がつくと妙なことに巻き込まれてしまった。
草原を龍黒が通り過ぎ、それを見上げる謎の女の子。「助けてほしい」という彼女の頼みを一度は断ってしまったけれど、どうにも見捨てることができず再会を約束した。
翌日には冒険者集会所の所長に依頼を頼まれ、地龍と遭遇して、そうしたら昨日の女の子と別の少女も現れて———まさに波乱に満ちた二日間だった。
「いいよ。君たちの先生になろう。でも、その前に——」
言葉の途中で青年は、ある事に気づく。
何度も語り聞かせて貰った騎士の物語。その最後の台詞に相応しい場面が来たのだと、歓喜を抑えながら彼は彼女に、こう尋ねた。
「 キミの ナマエを おしえてほしい 」
遠い日の憧れは実らぬ理想への葛藤に変わってしまった。
自分は勇者にはなれない。
それが分かってもなお、あの頃の憧れが消えたわけでないのだと青年騎士は安堵する。
「う、鱗。わわわ、若槻鱗‥です」
彼女——ワカツキ ウロコは言葉を詰まらせながらも自分の名前を教えてくれた。
「きっと自分の笑顔が気持ち悪かったせいだろう」と、ベルマーは猛省する。




