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転生ですか?…すみません ウチそういうの結構です   作者: ODN(オーディン)
第一章

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12.「炎の記憶」

光のなき(まなこ)がコチラを見つめている。

漂う土煙と差し込む陽射しの中で大きな瞳孔が収縮する様は写真機のしぼり(・・・)のよう。ただ、生物にしてはあまりにも機械的で気味悪くも感じられる。

深い切り込みが入った赤黒い尾。欠けた歯牙。体表を覆う土気色の錆びた鱗。

壊れかけの玩具を見ているようで不思議と胸が詰まる。

「翼が、ない」

詰まりを吐き出すように若槻鱗は違和感を口にする。

元から翼を持たない個体とも考えたが背中に何かが生えていたような突起が見える。

成長の過程で無くなったのか。あるいは事故で無くしたのか。

理由は分からないが見ていると何だか悲しくなってくる…。

「あの穴は」バチャリと桶の水を返したような音が聞こえ、地面の黒い血溜まりから赤の流線を辿ると胸の大穴に辿り着く。これが大そう綺麗な丸い穴で、血が流れ出ていなければ元から開いていたものだと誤解するほど。どんな手段で開けられたのかは分からないが傷口が新しいことから察するに穴を開けたのは龍と相対する騎士——龍殺しベルマー=ガルディアンによるものだろう。


「マ~ちゃん。あれ…なあに?」

シャツの裾を引っ張りながら隣のアキが尋ねる。

鱗の起こした火から生まれた元気いっぱい活発乙女。純粋無垢を人型にしたアキ。

そんな彼女ですら初めて見る龍に怯えを隠せずにいた。

「多分だけど、あれは龍だよ。」

「リュウ…あれも(・・・)リュウ」

震えた声で繰り返すように唱えるアキ。

よほど怖かったのか今度は鱗の左手を強く握る。

「———君たち!今すぐここから離れて!」

そこで前方のベルマーから指示が飛んでくる。緊迫した声。ベルマーの方を見ると既に彼の意識は土煙で揺らぐ龍の動向に集中していた。

「分かりました!一旦逃げるよ、アキ」

この場に留まったところで彼の邪魔になるだけ。

脇に抱えた教本を右手で抱き、握られたアキの手を引いてベルマーに背を向ける。「‥‥てくる」

途中、アキが何か言いかけていた気がするが構わずその場から離脱することにした。

「終わったらベルマーさんに色々聞かないと…」

僅かに振り返って龍の体に開いた大穴を見る。

あれほどの致命傷(ちめいしょう)ならば、きっとすぐに片が付くはず。

それが終わったら、もう一度話をしよう。彼には聞きたいことが沢山ある。

文字の読み方。教本に描かれた魔法のような概念のこと。

王都(おうと)のこと。大きな黒い鳥のこと。スライムのこと。あの龍のこと。

それからアキの事も…。


「———マ~ちゃん? マ~ちゃん!」「・・・わ、なに?」

緩み。いつの間にかアキに手を引かれる形になっていた。

「おいかけくるよ!」「おいかけて…」

アキの言葉にベルマーの姿を思い浮かべる鱗。ところがアキの顔を見ると黄金(こがね)の瞳を潤ませながら今にも泣き出しそうな様子だ。

「うそでしょ~?」恐る恐る背後を振り返ると、そこには恐ろしい形相で迫る龍の姿があった。


「■■■■————————!」

「待て」と仇を見るような顔が物語る。

胸の穴から溢れた血をまき散らしながら森を蹂躙する龍。

血と共に巻き上がった土くれは(でい)血の雨となって森の緑を赤黒く染める。

幾重もの大木は容易く踏み倒され、折れた太枝(ふとえだ)が胸の穴を(えぐ)ろうとも龍が足を止めることは無い。

「どうして———彼女を———まさか———」

龍の体越しに聞こえたベルマーの声が一時、けたたましい破壊音に掻き消される。

滝のような爆音を上げて落ちてくるのは尾に撥ねられて宙を舞った木々。折れ、曲がり、形を変えた大木は巨大な槌や槍となって大地を大きく打ち、深々と突き刺さる。

「逃げろ! もっと遠くに!」

破壊音の間を縫ってベルマーの叫びがはっきりと聞こえた。

「マーちゃん!!」

怯えた声。緩んだ糸を再び張り直して鱗はアキの手を引き、全力で森の中を駆ける。


…「生命」というものを、どこかで舐めていたのかもしれない。

早鐘を打つ心臓。吸っているのか吐いているのかも分からない肺。

自分のものではないかのように回転する足。

アキの手を握る感覚すら麻痺した右手。

まるで自分の体ではないような感覚の中で鱗は強く痛感する。

「弱肉強食。」

鱗が初めて実感し、身を以て学んだ世界の絶対的なルール。

弱きは肉となり強きは食らう者へ。

余裕も油断(ゆだん)に変われば脂の乗った贅肉(ぜいにく)となる。

「変わらないと」

体に穴が空いた程度では、あの龍は死なない。

その命、その意思が沈まぬ限り「死」は訪れず。

それが自然界における生命の本質。本当の命の強さ。

早く、雑草みたいに根付いた自分の常識を捨てないといけない。

鱗は張り裂けそうな胸に、強く、深く刻み付けた。


「はぁ…はぁ…はぁ」

アキと共に進んできた道を戻って、戻って、戻って、戻って。

そのまま一心不乱に走り続けていると、いつの間にか最初に見た小川を飛び越えていた。目印に引っ掛けた長枝。地面に刻まれた道(しるべ)。それから岩場の拠点を通り過ぎてもなお鱗たちは走り続けた。

「森を抜ける‥」

木々の合間から光が見えると後方で岩を砕くような音が聞こえた。

一瞬の喪失感が冷たい風となって鱗の首筋を通り過ぎる。

「ま、マ~ちゃん…はぁはぁ‥つかれた」

気がつくとアキの体力が尽き始めていた。

身体は乙女の姿のまま。消えかけているような様子はない。

服を着せようと何度追いかけても捕まえられなかった活発少女アキ。

そんな彼女よりも自身の体力が続いていることを不思議に思いながらも何とかアキを鼓舞して森を抜ける。

「もうすぐだから…ほら、森を抜けるよ。アキ」

地面を撫でるように吹く風が草花の匂いを運ぶ。

開けた大地と青々とした空。森を抜けた鱗たちは始まりの草原に帰って来た。


         ・


「どういうことだ」

逃げる二人。それを追う地龍。

そしてその背中を追いかけるベルマーは疑問を口にした。

草原で出会った彼女が現れた途端、地龍の意識が彼女の方へと集中した。

地龍が走り出した際、咄嗟に剣で切りつけて止めようと(こころ)みたが魔術で強化していない刃では地龍の鱗に歯が立たない。

彼女が何かしたわけでもないというのに、この異様な執着。

使命感にも似た地龍の行動にベルマーは一つの仮説を立てる。

「原因は彼女…?」

あの地龍は地の大神の御使いとして地上に現れたもの。その目的は分からず仕舞いではあったが今の行動を見れば間違いはないだろう。

「でも、どうして地龍が彼女を———」

…初めて彼女を見た時の印象が蘇り「あれは違う」と頭を振るう。

先程。言葉を交わしたのは少しだけであったけれど彼女は謎の半裸の少女を連れていただけで、やはり普通の女の子(・・・・・・)と何も変わりはなかった。

早く、頭にこびりついた彼女の最初の印象(・・・・・)を払拭せねばならない。

彼女とは再び会うと約束したのだから。

「俺のリュックは…」

彼女の登場と地龍の目的によってベルマーの行動は大きく変わる。

冒険者集会所・所長コウウラの「地龍の討伐」という依頼に背く形になるが、いま優先すべきは彼女たちの身を守ること。

…であれば不要なプライドも捨てなくてはならない。

周囲を見渡し、脇に置いていた自分のリュックを発見すると、その背に掛けられていた(たて)を、ベルマーは右腕に装備する。

「間に合ってくれよ」

先程の大魔術で身体は不調気味。階級(・・)にもよるが魔術行使が出来るのも三度が限界だろう。少しだけ離れてしまった地龍の背を再び追いかけながらベルマーは静かに呼吸を整え始めていた。


         ・


「■■■■!」

血と土砂と木片を周囲にまき散らしながら追跡者は大草原に躍り出る。

大声で、無鉄砲で、目的のために我を忘れる。積み木を蹴散らす子ども怪獣だ。

「「きた!」」

大草原に着いて数秒後、息をつく暇もなく現れた龍に鱗とアキが同時に答える。

「アキ。スライムの時みたいに手から炎を出せる?」

「うん!…でも、あたらないかもしれない」

「うーん。とにかく狙いをつけてやってみよう」

「わかった! どこに「えいえい」すればいいの?」

「とりあえずは、あいつの顔あたりに」

「…やってみる()

「(ウチの娘が急にネットスラングを…)」

心配になってアキの顔を覗き込む。表情はガチガチで視線はグルグルと渦巻いており、かなり緊張している様子だった。

「無理に当てなくても大丈夫。私も一緒に付いているから」

アキの肩に手を置きながら鱗は優しく(ささや)くも、その胸の内は無力感に溢れていた。

「腰の剣は飾りものか!」と見えない誰かに後ろ指を差されているような気がしてならない。

「ありがとマ~ちゃん!」

お日さまみたいにニッパリと笑う彼女に、どこか救われている自分がいた気がした。

「むぅんむぅん…」

アキが両手に意識を集中させる。

スライム戦と卵焼きの調理。これまでアキは二度の発火を行っているが実のところ、その発火方法までは鱗にも分からない。スライム戦では気づいたら両手に火花を咲かせていたし、調理の時は例の「ふぅ~」でダウンしていたので見てはいない。

アキが火を出せる結果は知っていても、どうやって火を出しているのかという過程を鱗は初めて知ることになる。

「むぅん!」

可愛い掛け声と共にアキの両手から一気に炎が発現する。シュボボ‥とアキの手を赤い閃光が覆い、手の動きに合わせて形を変える。まるで炎で編まれた手袋のようだ。

「いっくよ~‥‥」

発火と同時に髪は僅かに赤みを増し、黄金の瞳も一層強く輝く。

グーにした両手を縮こまるように胸の前に構えると炎が激しく音を立て、赤い渦が密度を増していく。それが赤いボンボンを構えた応援団に似ていて不覚にも鱗は頬を緩ませる。

「よし! やっちゃえアキ!」「うん!」

その場の勢いで鱗が指示を出すとアキが両腕を空に掲げる。視線で龍の顔を捉え、蹴球のスローインみたく身体を反らし、拙いながらも反動をつけて一気に両手を振り抜くと、


「 炎は駄目だぁ———!!! 」


森からすさまじい勢いで何かが飛び出し、大声で叫んだ。

木の葉が張り付いた鎧。どこかの枝葉で切ったのか薄い血の線が入った頬。

息を切らしながらも鱗たちに追いついたベルマーであった。

「だ、め…?」鱗が気づいた時には既に炎はアキの両手から放たれていた。

スライム戦で見せたグルグル投法よりも勢いよく、真っすぐな軌跡を描いて飛んで行った炎の塊。「まって」と口を開きながら鱗は手を伸ばすけれど放った炎には到底届かない。覆水盆に返らず。言葉も炎も二度と返ってはこない…。


         ・


「■■」

かつて龍であったものは、左目に迫る赤い閃光を前に動きを止めた。

ゆらゆらと歩き始めた赤子みたいに幼い炎。吹けば掻き消えるほどに弱々しい炎を前にしても動かず、無抵抗のままその左目を焼かれた。

眼の水分が蒸発し、眼球が焼け(ただ)れてもなお龍は一声も発することなく不動を貫く。

残った右目にも動きはない。かつて左目が見ていた風景を反芻(はんすう)するようにジッと固まったまま。只々、あの小さな炎に没頭する。

視界の中で喜び跳ねる赤髪の娘も、呆然と立ち尽くす茶髪の娘も、そこへ必死に駆け寄る男も、「今」の風景は何も目に入らない。

瞳に映るのは、ただ一つの「過去」。

生まれた我が子の誕生を天の大神にゆるし願う「タメシ」の儀の風景。

自らの子に全霊の息吹を浴びせる子殺しの儀は母よりも力を持つ父に義務付けられた儀。腹を痛めた母ではなく(はら)ませた父親の責務。

「天の大神の赦しを得る」「強き龍を後世に残す」「龍族たるものの運命」

そうした()弁や適当な理由を並べ、タメシの儀に臨める冷徹な龍であったならば。我が子への愛憐(あいれん)よりも「自らの子を信じる」ことができる強き父であったならば。一家もろとも翼を奪われず、地に隷属することもなかったはずなのに…。


「■■■■■■■ 憎イ ■■■■■■■」


ただ一言。

名もなき龍は言葉を吐き、大きく息を吸い込む。

天を仰ぎ、ひずんだ声で喉を震わせながら大気を喰らうその姿は死に際の枯れ木。

「愛」という感情に従っただけで家族を地の奴隷に貶めてしまった覇者の血統の末路。

愛は、純粋であっても正しいわけではない。

堪えれば、埋め合わせれば、騙せれば…と並べたところで過去は変わらない。

父となる覚悟も、子を信じる度量もない。ただの心弱きもの。

かつて龍であったものは、息吹の中で蒸発するあの小さな涙と乾いた産声に耐えられなかったのだから…。

憎しみを火にくべて龍は業火(ごうか)を口に含む。

口から溢れた炎熱で体に開いた傷口は焼き固まり、焦げた肉の匂いをまき散らす。

放たれんとするのは龍族の奥義「息吹(ブレス)」。

世界に満ちる天地両大神のマナを無条件で奪う(・・・・・・)畏怖(いふ)すべき悪技。天の大神の秘部——天上に浮かぶ陽にも劣らぬ熱量を有したマナの(ほのお)


「□□□□□□□□□————————!!!!」


大地を張り裂かんばかりに大草原と先々の森林を揺らす龍の叫び。

言葉無き声の響きから伝わるのは怒りと怨み。吐き出された怨讐(おんしゅう)の焔は愚直にも龍だったものの心を切実に表していた。

「薄紅」と「黒」。

渦巻く二つの感情を焔に込め、地龍(ちりゅう)は悔恨の息吹を吐き出した。


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