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転生ですか?…すみません ウチそういうの結構です   作者: ODN(オーディン)
第一章

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15/62

9/10「ネルバ大森林にて」

「おーい。そろそろ撤収するぞ!」

話を終えた親方が周りの職人たちに呼びかけると数十人の屈強な男たちが見上げるほどに大きな丸太を転がしながら大森林の奥から現れる。

白い木皮。断面から見える膨大な数の年輪。

地が天へと伸ばした白き種、ネルバの木。

ところが男達が運んでいる木はベルマーが知るものとは異なる切り方をされていた。

「あれは…ネルバの木ですか?」

「おう。今朝切ったやつだな」

大都アスカテーラの大通りなどで見られる長屋は巨大なネルバの木を一本丸ごと使って建てられ、端材から家具や紙などの調度品を作る。だから、あのように不必要に輪切りされることなど滅多に無い…。


「もしかして「森の子ら(・・・・)」に?」

伐採する際、稀に幹の木部に空洞を含んだネルバ木のことを「森の子らにイタズラされた木」と言う。長い時間をかけて育ったネルバの木には、いつ・どうやって中身に空洞ができたのかを知る術がない。そのため「森の子ら」という架空(かくう)の存在にイタズラされたのだと古くから言い伝えられている。


「いいや違うぜ。最近は~こう…輪切りにして頼まれることが多いんだ。今までは「長屋」が多かったから一本丸ごと切っていたがアレは運ぶのが大変でな。でも最近増え始めた「一軒家」の場合はこうして輪切りにしたものを運んでから家を作っていくのさ」

集合住宅である長屋は複数の住居希望者が費用を出し合うことで建てられる。

住居者間もしくは住居者と職人の交渉にもよるが費用は分割でも払えるため元手が少なくても家を持つことができる。

一軒家の場合、建築費は住居者によって全て前払(まえばら)いで支払われるため初期費用がかさむ。貨幣に余裕がなければ一軒家を持つことは難しいとされている。


「…豊かになったものですね」「そぅだな」

腕組みをしながら親方は元気に、だけど少しだけ寂しそうに言葉を返す。

長屋造りが大変だと言っても何十年と作り続けてきたものが変わっていくことに何か思うところがあったのだろう。

「一本‥‥一軒目から撤収だ! 行くぞ!」

けれど、それを振り切るように親方は太い腕を高々と上げ、職人たちに指示を送り始める。

「あの姉ちゃんからの言葉は確かに伝えたからな。気ぃつけて行けよ! あんちゃん!」

「はい。お仕事中にありがとうございました。親方たちも気をつけて」

意気揚々と立ち去る親方たちを見送ったのちベルマーはネルバ大森林へと歩を進めた。



「——それにしても冒険者集会所の所長か」昨日よりも重くなったリュックを背負いなおすと中に入っていた甲冑がガシャンと大きな音を立てる。

冒険者集会所は知識や腕に覚えのある者たちが集う場所。仕事は主に採取・調査・討伐…と様々で依頼の内容によって各地の騎士達にも依頼が出回ることがある。

…例えば【乱心した龍の退治】なども(これ)にあたる。

「一体どんな人なんだろう。」

冒険者集会所・所長。性別・年齢・名前ともに不詳の謎多き人物。

龍黒の姉——龍白の一件でさえ所長が表舞台に現れることはなく、当時アスカテーラ内では「冒険者集会所の所長は本当に実在しているのか‥」と囁かれていたほど。

‶龍殺し〟として名を知られるベルマーも人伝いに聞く程度で本人に会ったことは一度もない。

「…面倒事でないといいなあ」

頭の中で親方から伝え聞いた「所長直々の依頼」という言葉が渦巻く。

肝心の依頼内容について、親方からは何も聞いていない。

親方は「所長からの依頼がある」という言伝を謎の美女(親方いわく)に頼まれただけ。追って通達するとも何も言われてはいない。どうせならベルマーが大都にいる間に言ってくれれば良かったものを…なぜ順番が異なる(・・・・・・)のか。ヴァルマン家当主からの依頼をベルマーに仲介したのは冒険者集会所のはずだというのに。

「へっくし!」

気づけば親方たちが作業していた伐採区画に足を踏み入れていた。

開けた空。並び立つネルバの木々。切られてもなお存在感を失わない巨大な切り株。

先程まで作業をしていた影響か地面には木屑が散らばり、柔らかな風が静かにそれを舞い上げる。

大都の木材加工場で嗅ぐものとは少し違う陽で少し乾いた木屑の匂い。香りから不思議と陽の温もりが感じられて気持ちが和らいでいく…。


「———なにかいる?」

平穏な空気に紛れた奇妙な気配を察知し、騎士の体は警鐘を鳴らす。

背筋を通る冷たい雫。止まぬ耳鳴り。乱れる呼吸。震える内臓。

杭を打たれたように心臓は高鳴り、()に入れられた鉄の如く身体は熱を帯びていく。まるで自分の身体が、あの焼かれた鉄みたいに赤くなってはいないかと妙な想像が自らの冷静さの欠乏を気づかせる。

「こっちだ」直感を頼りに森の奥へと進むと音が聞こえた。

何かが地面とこすれ合う音。それから太い枝が滑り落ちる音。

気づけば伐採区画は遥か後方へと消え、暗がりを帯びた木々がベルマーの周囲を囲んでいる。

〈・・・フゥ〉

風音に混じった何かの吐息。

生々しい木の匂いがする方へ進むと伐採区画と同様に開けた場所へと出た。

「…なんだこれは」

その景色は全くの別物であった。雑木は荒らし尽くされ、ねじ切られた木片が辺り一帯に散乱。付近のネルバ木にも深い裂傷が刻まれており青臭さが周囲を漂う。

「小さな(あらし)でも起こったみたいだ。それに…この穴はなんだ?」

この異常の中心となったであろう場所に穿たれた穴。辺りを削り巻き込んでできたような広い大穴は中心部だけ異様に深く沈んでいて近づかなければ底を覗けない。

「誰かいる」

そして明らかに感じた人の気配。

剣の柄を握りながらベルマーは恐る恐る穴の底を覗き込むと、そこには…。


「女の人だ」

最初に目に入ったものは、その者の衣服であった。

初めは上下で繋がったドレスのように見えたが注視すると上衣と下衣に明確に分けられている。上衣は首元から肩・手首・腰・足元まで伸びた長い衣で、腰骨辺りで縦方向に切り開かれた生地が前後に垂れているためドレスのように見える。次いで(でん)部の膨らみによって生まれた上衣の隙間から覗くように現れた下衣も、上衣と同じく足元まで伸びた丈が長いもので質感は上衣よりも柔らかくみえる。

深みのある蒼の上衣。汚れ無き純白の下衣。

そのどちらも希少な鉱石の粉末を編み込んだ高級布であり、ピタリと寸分違わず身体に似合った上下の衣服は完全なる特注品。けれど、これほどの衣であってもなお引き出しきれない彼女の美貌に一時、ベルマーの視線は踊らされることになる。

(うるお)いのある乳白色の肌。閉じたまぶたから伸びる長いまつ毛。

左目じりの下に浮かぶ小さな黒子が疑似的な瞳のようだと錯覚して視線を下げれば、今度はスラリとした長身と細身な身体に行き着き、急いで視線を泳がせて安堵したかと思えば下衣と上質な白い皮靴から見える艶めかしい足首が視線を一心に集めてしまう。

 だから。ベルマーは彼女の髪に視線を固定することにした。潤艶が際立つ美しい薄紫(うすむらさき)の一線。名のある高級糸を束ねたところで敵いもしない至高の紫髪。「きっと日頃の手入れによる賜物だろう」と、いつしかベルマーは歴戦の戦士にでも向けるような賛美の眼差しを向けていた。


「はぁ———————生き返りました」

「それから」もしくは「やがて」。

ふわり、と彼女は地面から起き上がった。自宅のベッドで起き上がるように呑気な寝起きの声を上げ、ぐ~んと身体を伸ばしながら辺りを見回す。自らが横たわっていた穴と、そこを起点に広がる周囲の惨状を何一つ気にすることもなく彼女はある一点を見上げて言葉を発した。

「こんにちはベルマー=ガルディアン。まさか貴方から見つけて頂けるとは思ってもみませんでした」

耳元で囁かれているような通りのある声にベルマーは僅かに身震いする。

甘美や色っぽさというよりも声自体に何かが宿っている不思議な声音。雑多な音に混じっていようと一言唱えれば耳に溶け込むような魔性の声を持つ女性にベルマーは尋ねる。

「ここで何があったんですか?」

「そうですね‥‥まあ。事故(・・)にあったようなものです」

「事故…?」

「ええ、私の不注意によるものですからお気になさらず。幸い、親切な御方のおかげで大きな怪我(・・・・・)もありませんでしたから」

彼女は立ち上がり、身なりを少しだけ整える。

「整える」といっても地べたに寝ていたはずなのに衣服には何も付着しておらず、髪に着いた土を軽く振り払うだけであったが。


「自己紹介が遅れましたね。私は…コウウラ。冒険者集会所の所長を務めさせて頂いております」

名乗る直前、彼女の唇が何かを言い淀むような動きを見せたがベルマーはとがめない。

「昨日、ネルバ木の大工職人に声を掛けられましたか?」

「はい♪」にこやかな笑みを浮かべながら彼女は穴から這い上がると、少しだけ胸を張って自信満々に腕組みをする。…さっき会った親方の真似なのだろうか。

「わざわざ御自身で出向かなくとも所長の立場であれば俺なんかを呼び出すくらい訳もなかったでしょうに」

「ええ。ですから集会所から噂を流してヴァルマン家当主様に貴方を召喚させたのです。まさか「お孫様の家庭教師」とは思いませんでしたけど」

「うわさ‥」

どんな噂を流されたのかは知りたくもないが彼女の思惑通りに御当主様はベルマーに依頼を出してアスカテーラに召喚させた。依頼主が大英雄‶白銀〟ともなれば集会所が仲介に入っても不自然ではない。

「そうして私の筋書き通りであれば昨日の朝、大森林を越えた草原辺りで貴方と会う予定だったのですが…」

「このように」と彼女は穿たれた穴と荒れた木々を手で差し、困り顔を浮かべた。

…どうやら「事故」という言葉だけで穏便に済ませてしまいたいらしい。

ついてないですね(・・・・・・・・)

「‥‥ええ、本当に。彼女には悪いことをしてしまった」

思わせぶりな言葉を呟いてコウウラは何もない空を見上げて溜め息をつく。

方角は草原のほうだろうか。特に意味はないのかもしれないが…。

「それで?所長直々に俺に何の依頼でしょうか」

「ああ、そうですね。忘れてしまわないうちに話してしまわないと」

細い指を軽く重ね合わせて微笑む彼女。それから胸元に手を当てながら「こほん」と一息整えて、依頼を述べようと口を開きかけると「何か来ますね…。」


「ナニが…」

言葉を吐き出そうとした途端、突如大地が一振り揺らぐ。

不動たるネルバの巨木を根から降らし、大量の葉を散らす地響き。

大穴を挟んだ反対側の森の陰——震源と思しき方向から先行して現れた亀裂が徐々に膨らみを帯びて、隆起し、ネルバの木々を押し上げながら真っすぐにベルマー達に向かってくる。

「所長、失礼します!」

それ(・・)を危険と判断した騎士の行動は素早かった。のんびりと隆起する何かを眺めるコウウラを抱きかかえると一目散に大森林の奥へと駆け出した。


「 ■■■■■■■■———————!!! 」


大地を、森を、そこに住まう生き物を脅かし、大量の土砂と共に地の底から現れたもの。何の因果か全く見当もつかない存在の到来にベルマーは驚愕を通り越して、怒りの声を上げていた。

「なんなんだ!?」噴き上がった岩を避けながらベルマーは乱入者を注視する。


舞い上がった粉塵を風が吹き流し、最初に現れたのは土気色の鱗。

次に大きな図体から伸びた引き締まった四肢と無機質に垂れる長い尻尾。

そして最後に現れたのは、光が籠っていない一対の(まなこ)

それは、ただの人種の範疇(はんちゅう)に収まりようもない最上位の存在。

生ける伝説として後世に語り継がれてきた気高き種族。

黒の一色を除き、世の男児の全てがいずれ相まみえる事を願い憧れた「龍族」。

だが、地底から現れたそれは龍にして龍族にあらず。

かつて男児たちが夢見た龍。

(こころ)(やさ)しく誇り高い龍は天に翼を、地に尊厳を奪われた。

地に隷属させられた彼らを他の者は「龍族」とは呼ばない。

それは彼らが築いた誇りと一抹の優しさを(けが)す行為だと知っているから。

されど過去の栄華を無下にも出来ず。いつしか地に飼われた彼らはこう呼ばれた。


「———地龍。」

一時の空を味わった(つぶて)が雨粒のように枝葉を伝ってポツポツと地面に落ちていく。咆哮を上げてから何かを探るように周囲を旋回する地龍。その長い尻尾が周辺の木々を()ぎ倒していく中、ベルマーは地龍の背中——大空を翔けていた幻想の翼を見つめる。


「…二頭の龍と勘違いされたようですね」

巨大なネルバ木が積み木のように倒れる中、淑女は確かにそう告げていた。

「ベルマー=ガルディアン。先程の依頼についてですが詳細はこちらに記載してあります」

「え」

どこからともなくクザの皮でできた巻物を差し出す彼女。

ベルマーは少し困惑しながらも巻物を受け取ってリュックに差し込んだ。

「それと。これはまた別の依頼なのですが一つ宜しいでしょうか」

「えっと…それって断れます?」

こんな状況だというのに素敵な微笑を浮かべる彼女。「うふふふふ♪」なんて呑気な声を上げながらも微動だにしないことから返答は「不可」という事なのだろう。

「分かりましたよ! 報酬は期待して良いんですね?」

「はい。生きて戻られたら、ですけどね」

「この人でなしぃ…!」

小さく愚痴を零しながらもベルマーはリュックを降ろし、被っていた麦わら帽子を肩ひもに括りつける。続いてリュックから取り出した鎖帷子に素早く袖を通して次に鉄靴を履いていく。

「・・・あ、見ての通り私は戦力外ですので後は宜しくお願いしますね」

「えぇ~」

すね当ての革ベルトを締めている最中、彼女が恐ろしいことを言い出したためベルマーは反射的に顔を上げると既に彼女は森の奥へと進み始めていた。どうやら森を迂回してアスカテーラに帰っていくようだが、どうも彼女からは危機感というものが感じられない。こんな状況だというのに切迫するどころか愉しんでいるようにも見えて、堪らずベルマーは声をかけた。

「気を付けて帰ってくださいね。カウラ(・・・)さん!」

「コウウラ」が誤った発音になってしまった事を気に病むこともなく彼女は颯爽(さっそう)と紫髪を揺らしながら振り返ると、にこやかな笑顔を浮かべてこう答えるのであった。

「はい。それではご武運を。龍を()とした騎士、ベルマー=ガルディアン」

そうして淑女(しゅくじょ)は森へと消えていった。


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